君を呼ぶ世界 119
世の中、変わったヤツはドコにでもいるものだけど。
これは、ちょっと……かなり、変わりすぎだ。
思いがけずも、殺されかけた――のかもしれないのだが。
全く当人はそのつもりはなかったのだろう。悪びれる様子などかけらも見せずに、ニコニコと笑う闖入者に、オレは目が点状態だ。
なんか、妙な奴がどこからか湧いて出てきたんですけど…ホント、何者だ?
「……どこへ行っていた、ディア」
一番早く立ち直ったのは、王様だった。いや、一番も何も、オレと王の二人しかいないのだけど。壁際にいる兵士二人は、忠実なシモベよろしく絡んでこないので、はっきりいって数に入らない。ってか、王相手でも絡む時は絡むだろうラナックは未だ床とお友達なので、闖入者などどうでもいいだろう。
ってか。
お付きの男が入室を止めなかった時点で、この新たな男は王の手の内の者というわけだ。
「散歩にのォ。ヴァンの若造には言っておいたンじゃが、居らんようじゃな。案外、役に立たんのぅ」
「あいつはお前を探しに行ったぞ」
「何故また、奇特な。直ぐに戻ると言い置いたのに、せっかちな奴だのぅ。教育し直す必要があるんじゃないかの、王よ?」
「お前と違って必要ない」
「おやおや、なんと。暫く会わないうちに、嫌味を言えるようになったとは。素晴らしいのォ。子供が成長するというのは、何とも早いものだ。ホンの少し前まで、ディアディアとボクの後ろを雛鳥のようについて来ていたあの幼子がのォ。ふぉっふおっ、こりゃあ頼もしい!」
「勝手に過去を作って騒ぐな」
「なんと! 照れることまで出来るようになったか!」
「…相変わらずだな。何が楽しいのか、お前のそれは、久し振りに会っても理解出来そうにない」
「ほぅ、その辺はまだまだなんじゃな。是非とも、精進して欲しいものじゃ」
「戯言はもういい。それより、」
「わかっておる。だが、まあ、そう慌てるな。ものには順序というものがある。まずはもう少し、再会の喜びを味わおうではないか。ボクを呼び出したのはソチじゃろう、もっと可愛い表情をせんか。ホンの数年前までは、女子のように愛らしかったというのにのぅ」
「ディア。もうその歳だ。嘘ばかり口にしていると、耄碌したと思われるぞ。昨日交わした約束、忘れたのか?」
「忘れとりゃせんよ。生憎、まだそう歳でもない。だが、それはそれで面白そうじゃのォ。いつか耄碌してみよう」
「…それ以上、壊れてくれるな」
「壊れはせん、ボクは楽しんでいるだけじゃよ。人生、楽しくなくては意味がない。そうじゃろ? なあ、小僧?」
「えっ…、」
王の仲間って言う事は、オレにとっては危険だと言うわけだけど。だけど、この男は軍人ではない。絶対に違う。しかし、一般人かというと、それもないと思うのだ。この家の主人です、なんてオチも有り得ない。
ホント、今度は一体なんだよと。警戒しつつもオレは、意外に「オイオイお前ら何やってんだよ?」な繰り広げられるバカ会話に、ちょっとばかり余裕が出来て。この可笑しな奴らから離れている壁際の二人が羨ましくなって。オレもこのバカ達からは離れていたいと、ゆっくり足を後ろへと運んだのだけど。
逃げかけたオレに気付いてわざとなのか、それとも王が相手では嫌になったのか。全然わからないが、何故か唐突に妙な男がそうオレに話を振ってきたのだから、最悪だ。
「…………さァ、どうかな…」
意味がわからない。この男が耄碌してようと、意外に相手にてこずっている感じの王様も、はっきり言ってオレには関係ない。だから、今の間に、逃げるのはムリでも離れたかったのに…。
いや、だって。
上手くはいえないけど。
この男、かなり変だ。可笑しい。見た目も雰囲気も嫌じゃないけど、何だか体のどこかがモゾモゾというか、違和感が拭えないというか、兎に角、あんまり関わらない方がいいんじゃないかと相手に思わせるような人物なのだ。
ホント、何がどうとは言えないんだけど。
いやいや、一国の王との今の会話だけでも、十分に変だろ。どうもこうもない。リエムの事が出ていたようだけど、突っ込んで聞く気にもならないくらい、おかしい人物だ。
それなのに。
どうして、オレに向き合う!? ロックオンしないでくれ!!
「では、何か? 楽しくもないのに、一国の王相手に小僧は意見を申しているのか? 物好きだのぅ」
「……」
「面白くもないのに、態々王に噛み付くとは。いやはや、何の為なのやら、理解できんのォ。いいか、少年よ。権力者相手では、何を言おうが意味はない。楽しめもしないのに、対峙するなど無駄じゃぞ。以後、気をつけるんじゃ」
「…………えっと、」
一体、何をオレは言われているのやら。
っつーか、マジで何なの、この男。
おかしいんだけど…、おかし過ぎるんだけど…と。説教なのか忠告なのか知らないが、オレにそう言って満足したらしい男の崩れない笑みからオレは視線を泳がせる。こいつはこれでいいのか?と、流した視線で王に問えば、オレのそれに対する反応は返さないが、面倒気な様子は作っていた。
う〜ん…、手を焼く家臣、と言ったところか? てか、凄い部下だな。オレは間違っても、やると言われても要らない。
「いいか小童よ。そなたの言葉は武器ではなく、ただの枷だ。大層な意見を持っているのは立派だが、その使い方では内容云々の前に不敬罪で処罰され、誰も取り合いはしないぞ。本気で向けたいのならばもう少し上手くやるんじゃな、勿体無い。聞いたところによると、痛い目はもう見せられているとの事だったが。今のを見る限り学習していないようだのぅ。いやはや、それ程にこのクソ面白くない王と遣り合いたいのか? 変わった趣味を持っておるわ」
そう言って、呆れ嘆くように男は首を振るけれど。それをしたいのは、むしろオレの方だと思う。
「まあ、それでも。ボクも、たまには親切のひとつやふたつはしたくなるからのォ。上の相手と遣り合う秘訣を教えてやろう。なに、そう困った顔をするな。そう難しいものじゃない、簡単じゃよ。ただ、相手に二言を吐かさぬくらいにのぅ、ちょっとばかり傷つけるのではなく、完全に息の根を止めるつもりでグッサリいくのがコツだ。遣り合う時は、遠慮はなしだ。下手にしては、付け入られるからのォ。わかったか? ちゃんと練習しておくんじゃぞ?」
少年なら出来る!――と、どこからその根拠を得たのか知らないが、今さっき嘆いたのはどこへいったのか太鼓判を押されてしまった。だが、やはりどう考えても可笑しいだろう。気まぐれな親切心で収まる範囲内ではない。
「……あの、」
「ン? 何じゃ? ――ぉおッ!?」
どこからどう突っ込めばいいのか、一杯あり過ぎて難しいが。兎にも角にも、こいつの正体だろうと。どちらさんですか?と聞こうとした瞬間、真正面で叫ばれた。
質問しようとしたオレに反応して、顔を覗き込んできたところだったので、オレは思いっきり唾攻撃を受けれしまうが。やった本人は、全く気にも掛けていない。…というか、気付いてもいないのだろう。
ガバリと音がしそうなくらい勢いよく、男が王を振り返える。しかし、実際に音が上がるとなれば、何故かスルッというのが当てはまるのだろうと思えるしなやかさがあるのだ。その違和感は、不思議というか不気味さを憶えさせる。なんつー奇怪な男なのだろう。
しかも。一体何事かと思いきや、振り返って王様に向け勢いよく言っているのはオレの事だったりするのだから、最早理解をしたいとすら思わない相手だ。残り二人のように、遠くで見ているのが最良だろう。
「何とも可愛い顔をした小僧だと思ったら、なんだかちょっと不健康そうじゃないか? そなたは、ちゃ〜んと懇切丁寧に面倒を見てやっているのかね? 蝶の間にまで入れてなんと甲斐性なしなのか…情けないのぅ。ボクはそんなヘタレタ息子は持っておらんぞ!」
可愛いって誰だよ…。不健康そうって、失礼だなオイ。オレの顔が本当に青ざめて見えるのだとしたら、間違いなく、奇人に迫られたからだろう。先程までは王相手に怒っていたのだから、真っ赤な顔をしていたと思うので。これは絶対、この男のせいだ。それを、言うに事欠いて、加害者が何を訴えているのやら。
しかも。本気のように勢いがある男も、その実内心はどうであるのか怪しいが。言われている王の方は慣れたもののように全く相手にしないのだから、茶番もいいところ。何のパフォーマンスだ、これは。オイ。
っで。
結果として、やっぱりね…な感じに。軽くあしらうような仕草を見せただけの王様に、楽しいのが一番だと言い切るような男がそれ以上突っ込んでいくわけもなく。振り返り、ターゲットをオレへと戻してくれるのだから、もう泣きそうだ。
「どれどれ、ここはひとつ不出来な弟子に代わって、ボクが小童に旨いものを食わせてやろう。何がいい? 遠慮するな、払いはどうせ王だからのぅ」
夕餉はまだだろう? と可愛くさえ見える仕草で、コテンと首を傾げるその後ろで。息子だ弟子だと勝手に言われているらしい王は今の隙にとでも言うように、悠然とだが確かな歩みで窓へと近付き、そのまま透明度はあまり高くはないというのに外の様子を眺めだす。明らかに、オレを生贄にしての逃げだ。
お前がこの男をここへ呼んだんじゃないのかよ!? お前が相手をしろよッ!
「なんじゃ、嫌なのか?」
先程とは違った憎たらしさに、離れた男をじっとりと見ていると、少し歪んだ顔が迫ってきた。返答の遅いオレに気を悪くしたのか、眉が寄り唇が突き出ている男のそれに、オレは反射的に身体を後ろへ引く。そうすると、すぐさま一歩、距離を詰められた。
先程よりも近くなった顔に視界が遮られ、お前の部下だろう!どうにかしろよ!!とテレパシーで訴えていた相手の姿も消えてしまう。
「嫌いな者の施しを受けない等というのは、阿呆じゃな。気に食わない奴なら、財産全てくらい尽くしてやればいい。その方が健全だろう。だからしっかりと食え。食わねば大きくなれないぞ? ん?」
嫌なのかと聞いたのは、己との食事を指してのものではなく、原因は王であるのだと考えるあたり、もうこの男は駄目なんじゃないだろうか。何故、ここまで引ききっているというのに、オレの怯えに気付かない?
本気でオレは、怖気づいているんですけども。
痛いこれは、何の試練だよ? 新たな拷問か?
「まあ、細いのは発展途上で仕方がないとは言え、脳に栄養をまわさねばバカはバカなままじゃな」
いやいや、発展途上では絶対無い、成長期も終わった年齢です。つか、それは暗に、オレをバカだと言っているのか?
「ほらほら、少年。好きな食べ物を言ってみろ。ボクが買ってきてやろう」
アンタは、菓子で子供を釣る誘拐犯か? つか、小僧に小童に少年にと。揃ってはいないくせに、定義は子供なんだなオイ。絶対それはワザとだろう。大人だと知っているから、あえてからかっているのだろう。けど、言わせてもらうならば、年齢不詳なのはアンタの方だからな! 一体、いくつだオイ!?
王様相手に好き勝手言えるのだから、相当年上だろう。話半分に聞いても、結構年配なのだろう。だけど、間近で見る男は、若いのか年寄りなのかわからない。
六十代だと言われれば、その割には落ち着いていないなと思うだけだし。二十代だ言われても、老けて見えるなで終わりそうだ。無難なところで、その間だとの認識で捕えておきたいところだが。この奇人と違い軽口ではなさそうな王の言葉が、それでは幾つか引っかかってしまう。
耳に残るようでいて、さらりと流れていく言葉は、あからさまな年寄り臭さであるのに。一人称がボクであるのが、子供以上に似合っていて。個性が強すぎて捉えどころがない中身同様、外見も強烈なようでいて実にあっさり淡白だ。元からなのか、白髪なのか、髪は銀色で。おしゃれなのか寝癖なのか何なのか、肩辺りまでのそれはハネ放題だが、まとまっているように見える。いわゆる、無造作ヘアー。っで。肌は抜けるように白いのに、健康的で。一重の目は笑うとなくなるが、普通にしていれば案外大きく、ギョロって感じだ。だが、長いまつげがそれを和らげており、よくよく見れば結構整った顔立ちである。けれど、そもそもこの個人をじっくり観察しようなど誰も思わないだろう。オレだって、別段したくはなかった。逃げられないから、止むを得ずの敵情視察だ。
人を細いだの子供だのとからかえないだろう、オレと変わらぬ体形で、そんな顔立ちで。雰囲気は希薄でいて濃密で。ホント、言動も実態も何もかもが、相対するふたつを持っているかのような人物だ。その奇妙さが、気持ち悪い。
きっと、この男に飲まれきっていて、オレは酔っているのだろう。波に溺れた者のように。
「……」
「ふぉふぉふぉ、終わりじゃな? 後がないぞ?」
唐突に現れた奇天烈男に、何故かナンパでもされているかのごとく迫られて。一歩後退すれば、二歩近付かれる始末で。幾らも行かないうちに、オレの背中は壁に阻まれた。万事休すで、この状況の意味もわからないまま呆然としたオレを、もう追い越すくらいの勢いで近付いていた男が優しく諭す。
「観念せい、蝶の君よ。そちは、ボクに捕えられる運命じゃったんじゃよ」
あのトウヘンボクよりも、飽きるまでは可愛がってやるぞ?
「――いい加減、始めろディア」
「何と無粋なやつじゃ…人の恋路を邪魔するとは、王失格だのぅ。情けない」
飽きるまでと言ったところで、この男の場合、寵愛を受けた一分後には捨てられていてもおかしくはない気がする。どこにも芯などなさそうだ。つか、悪寒ものだから、そのネタはヤメテクレだ。一秒で捨て去って欲しい。
くそぅ、本気で泣くぞコラ!と。流石のオレでも、とっさに手が出て足が出てな事になりそうになったのだが。痺れを切らした王が入ってきて、そちらに奇人意識が向いてくれたので、オレは込めていた力を体から抜く。
たかが、冗談の恋話で王の適正を量られるのもどうかと思うが。それでも、男とは逆に、オレは助かった!と王に胸中で拍手を送る。アンタも役に立つじゃないか!と。
王に座れと促され、仕方がないなという態度で、先程まで王が座っていた椅子に男が腰を下ろすのを。オレは未だに背中を壁に預けたまま眺める。
っで。
だから、誰?
2009/11/26