君を呼ぶ世界 120


 ただの奇人ではなく、伏兵か…?

 他人を虐げるような人物が、王でいいのかよ!? アンタはそんな自分が恥ずかしくないのかよ!?
 そう、叫んだところにやって来た妙な男に、王に対する毒気を抜けれたが。
 男自身から、新たな毒を貰ったらしい。
 壁際でフリーズ状態のオレは、現状を半分も理解出来ぬまま、ただただ奇人を見る。それはもう、エイリアンを眺めているような感じでだ。状況についていけず、自分の動きもままならない中で、それでも目を離してはならない物体。それが唐突に現れた闖入者の置き位置だ。
 なのに。
「そう見蕩れておらずに、そなたもこっちにおいで」
 堂々と椅子に腰掛けた男が、そんな言葉をオレに向けてくる。見蕩れているわけがない。むしろ、見ずに済ませられるのならばそれに越したことはない。だが、こちらが人間である以上、エイリアンを無視することは出来ないだろう。何をされるかわかったものじゃないのだから。
 行き成り飛んでくるゴキブリにだって、もう少し余裕をもって対処できるだろう。それくらいに、短い間に怒涛のように押し寄せてきた奇人インパクトは凄まじいものだ。
「ああ、座るところがないか? では、椅子を用意してやろう」
「…いいから、先に進め」
 本気かどうかは怪しいが、オレが動かないのを席がないからと判断したような奇人が、お付きの男に指示をしようと首を回したところで王の突っ込みのような声に止められた。それに対し、余裕がない男はどうだこうだと再びとぼけた発言を始めた奇人を、王は無表情と無言で受け止める。が。よく見れば、内心嫌がっているような雰囲気がそこにはあって、オレだけでなく奇人に困っているのは王も一緒のようだ。仲間意識までは行かないが、ちょっと安心してしまう。
 オレだって、どうすればいいんだと泣きたいくらいな現状だけれど。傍若無人の権力を振りかざして見せたばかりの王が、このふざけた男に梃子摺っているのには胸が少し晴れた。同時に、暴君王がこの男に対してそうでしかないのを不思議に思う。煩い黙れ、でなければ罰するぞ、と。奇人とはいえ首根っこを抑えられる立場であろうに、いいように言わせておくとは可笑しなものだ。
 男はオレを嗜めたけれど。一国の王相手に、好き勝手言っているのはこの男の方である。それなのに、そこに正しさなど皆無のような発言が咎められないのは、この奇人がそれなりの人物だということだろうか。この言動が許される立場なのだろうか。
 それとも、心底からもう奇人の更生を諦めきっているかだよなと。男に席を譲ったので、王の癖に机に腰掛けるように凭れたその横顔をじっと見る。オレには強気なのに、奇人には引いている。それはどうしてなのだろう。天敵だったりするとか?
 まあ、理由はどこにあれ。そうであるからこそ、この奇人を余計に付け上がらせているんじゃないだろうかと。王が許すから、この男は止まらないんじゃないかと、相変わらずな意味がなさそうな遣り取りからオレは顔を背ける。
 …なんかちょっと、こうして一歩離れてみれば。凄く、バカらしい気持ちが湧いてくる。
「……大丈夫か、ラナック?」
 横を向けば、未だ床とお友達な兵士がいて。オレは、疲れ交じりな声を落としたのだが。おざなりであったのがわかったのか、ラナックの眉間に皺がキュッと浮かんだ。だが、反応はそれだけで、声も上げなければ、視線も向けない。
 無視するくらいに元気なのだろうと、構わずに、「アレは…いいのか?」とボソリと落とせば。
「……俺に聞くんじゃねえよ」
 そう、オレ以上にボソボソした喋りながらも、聞き取れる程度の声で返してきた。オレのせいで討たれたのだと思っているのかいないのか、その反応では全然わからないけれど。結局は変わらない態度に、オレは意識することなく頬を緩めてしまう。妙な者に迫られて固まった身体から、ふっと強張りが解ける。
 ゆっくりと数歩近付き、視線は厄介な人物達から離さないままも、その場でかがみこめば。察したラナックが、意外に軽い動きで身体を起こした。しかし、サッと立ち上がるが顔は半分顰められており、若干傾いたままである身体にその無理を知る。けれど、あえてそれには突っ込まず、「…誰? 知ってる?」と、話を変えずに問う。きっと、ムリするなよと言って気遣えば、その瞬間、足蹴にされそうだ。座ったオレは、絶好の位置にいるのだから。
「なんか、凄く変なんだけど…?」
「…………ンなこと、知るか」
 忌々しげにオレを見下ろしたかと思えば、捨て台詞のようにそう吐き顔を背けた。でも、正体は兎も角、可笑しい事実は知らないはずがないだろう。今の遣り取りを聞いていたのならばそれしかないというのに、ノリが悪い。
 ケチだなと、苦笑交じりにそう思いながらオレも立ち上がる。勿論、言葉にはしない。言えば、手が飛んでくるだろうから。
「なあ、王よ、あの者を討つのはもう止めないか?」
 ハッとその声に気付けば、いつバカ会話を止めたのか、奇人がこちらを見ていた。
 隣で、ラナックが姿勢を正す。どこまでも、兵隊さんのようだ。その向こうでは、オレとの接触を咎めずに放っておいた男もまた、主が意識を向けたことによるのだろう、剣の柄に手をかける。
 だが。王は奇人とは違い視線も向けずに、ただ静かに答えを口にした。
「お前が代わりを果たすのなら構わない」
「わかっておるよ、元よりそのつもりじゃ」
 あっさりオッケイした奇人に、オレはギョッとする。
「ちょ、ちょっと待てよ…!」
 どうかオレを巻き込むなと、そこに加わりたくはないぞと思っていたのだが。王と奇人への警戒も吹っ飛ぶそれに、オレは慌てて一歩踏み出す。
 何をさらりと言っているのか。今の会話は、オレが嘘をついたと判断されたならば、ラナックの変わりにこの男が討たれるようになるって事だろう? 変わりも何も、根本が可笑しいそれに、あっさり頷いてくれるなよ…!
 オレが打たれるのならばともかく、と。先の言動を思えば、奇人の軽口である可能性の方が大きいというのに。オレはそれでも、何を言っているんだと、慌てて異議を申し入れようとしたのだけれど。
 オレの焦りを吹き飛ばすかのように、フホホと楽しげな笑いを落とした男が、オレに向かって手を差し出してきた。
「さて。ボクとしてはもう少し遊んでいたいが、怒られるのは嫌じゃしな。どれ、始めるとするか」
「…は?」
 近付いた数歩を速攻で戻したくなるような満面の笑みと、意外に体形の割には大きくてごついその手に、思わず声がもれる。
 何を始めるんだと一気に警戒心が湧く中で、待てよと止めるために上げた自分の手に気付き、オレは慌ててそれを引っ込める。
 たかが手ひとつ、握られてもどうにもならないのだろうが。この奇人に取られては、なんだか一巻の終わりのような気がするのだ。確信付きで。
 それなのに。慌てて手を下ろしたオレを気にもせず、男は「まずは、挨拶を申し上げようかのォ」と、実に楽しく、差し出した腕を曲げ、オレに取られなかったその手を胸に当てた。まるで、男性が女性にダンスを申し込むように、右手を左胸に置き、片足を引きつつ腰を下げる。
「ようこそ、フィリーへ。異なる世界に生まれし者よ」
「……」
「お前さんにとっては不幸のどん底なのかもしれないがのォ、このハギ国に降りたのは不幸中の幸いじゃ。ここは、この世界の中では安定した、来訪者でもそれなりに生き易い国である。王の加護を受ければ、さらに堅実な生活を営めるじゃろう。元の世界に未練はあろうが、逞しく生きろよ若者。これも縁じゃ、そちが望むならばボクも力になろう」
「…………いや、オレ、」
「ああ、そう言えばまだ名乗ってもおらなんだかのォ? ボクは、ディアじゃ。そちはメイと聞いているが、間違いはないか?」
「……名前は、あってるけど…だけど、オレは、さっきも王様に言ったけど、」
「異界生まれかと問われたら、答えは当然、否じゃろうのぅ。だが、この世界の生まれではなかろうと問われたら、どうじゃ?」
「ッ…!」
 オレはその、回りくどい言い方に何が含まれているのか気付き、息を呑む。
 この男は、本当に知っているのかもしれない。いや、知っているのだ。オレがどこから来たのかを。だから、こんな風に問うてくるのだ。
 ただの奇人ではないのか!と。何者だよ!?と、目を見開いたオレに、男は笑みを深くする。
 だが、その眼はいつからか、怖いくらいに真剣だ。王のそれとは違い、もう完全にオレを見透かしているかのように揺るぎない。そうだろう?ではなく、そうだと、この男はオレの正体を確信しているようだ。
 でも、どうして…?
 王もそうだが、オレの知らないところで、何がどうなっているというのだろう。
「お前さんにとっての異世界はここじゃな? お前さんはこことは違う世界から来た。だが、異界人ではない。異界人であるのは、この世界の者達じゃからな」
「……なにを、」
 言っているんだ、と。そう続けられなかった。王には、例えバレているのだとしても認めないと、認めなければ大丈夫だと強気に出られたけれど。この男は違う。何故か、それは無理だとオレのどこかが判断している。絶対に無理なのだと。
「そなたはそなたの世界で生まれた、正当な者だ。それに間違いはないし、それは誰にも侵せない。だからのォ、安心していいんじゃぞ、メイ。そなたが認めても、変わりはせん」
「…………」
「まあ、認めずとも、また変わりはせんがのぅ」
「……変わらないって、何が…?」
 異界人だと認めても、今も扱いは最低なのだから、これ以上は変えようがないと。
 認めなくとも、都合のいいように事を進めるのは変わりないと。
 つまりは、そういう事か?
 ならば、どこに、オレの答えが必要だというのかと。王同様に、オレにYESと頷かせたいような男に、オレは顔を顰める。こいつらは揃って、一体何なのだろう。何を欲しているのか。そんなにオレを、差別対象に放り込みたいのかよ!?
「……寄って集って、異界人と認めろと迫って…意味わかんねーよ。安心って、どこにそんなものがあるんだよ? 違うと言っただけでこれなのに、良いようになる訳がないじゃないか。それとも、そうだと言ったらオレを開放してくれるのかよ?」
 優しい言葉をこの男は繋いだが。相手は奇人だ、さっきの今でその言葉を文字通り受け取れるわけもない。言ったのが、女将さんやリエムならば、オレは観念して告白したのかもしれないけど。本当に受け入れられるのか、しっぺ返しが来るのか、先の予測がつかなさ過ぎてどうしてもムリだ。全てが明るみになっているのだとしても、この状況ではそうだとは言えない。
 バカを演じることになっても、白けられようとも。これで頷けるわけがない。
「そなたが恐れているのは、自分が異分子であるのではなく、王のそれに対する仕打ちなのかのぅ?」
「……」
「王よ、そちの対処の結果じゃな、これは。ちと反省せい」
 オレの無言をどう読んだのか。身体を捻って振り返った男が、少し強めの声で王にそう言った。言われた王は、言い返しはしなかったが、勿論頷きもしない。聞いているのかさえ怪しい反応のなさだ。
 だが、それを気にする風もなく、言うだけで満足したようで。男が顔を戻し、再びオレを射抜く。
「はてさて。認めぬ事がそなたの武器であったようだが、もうそれは無意味じゃ。そなたには悪いが、ボクにはわかるし、それを今ここで隠すつもりもないしのう。いい機会じゃ、覚悟せよ。事実はひとつじゃよ」
「……ちょっと、待てよ? わかるって一体、」
「ボクは人を見るのに長けていてのぅ。それは、そなたは来訪者であると告げているんじゃよ。そなたは、この世界の者とは全く別な気を纏っておる。それがはっきりと、実態としてボクには見えるんじゃ。嘘をついても無駄じゃ、無駄。残念じゃが、そなたはそんなものは信じられないと幾ら言おうが、来訪者ではないと訴えようが、ボクは自分のこの能力を信じておるし、今まで一度たりとて間違ったことがない実績もある。違うとだけ訴えるそなたに勝ち目はない。王が採用するのは、ボクの意見じゃよ。実際、誰の言が正しいかは、そちが一番わかっておろう? もう、隠すな」
「……」
「それでも違うというのは、確かにそなたの自由だが。どのみち、結果は変わらんぞ? 変わるのならば、ボクが出張る必要は一切ないのだからのぅ」
 ほれ、認めよと。目を細めて笑う男から、オレは視線を外し目線を落とす。
 真偽は確かめようのないそれは、けれど結論から言えば当たっているのだ。誰よりも、男のそれが正しいのを、オレは男が言う様に一番わかっている。そして、オレが来訪者であることと同じく。王がこの奇人を呼んだ理由も、オレを見させた理由も、口にしたそれで間違いないのだろうと頷けるものだ。奇人だが、的を射た発言だ。
 何故、こんな可笑しな人物がここに来たのか。漸くオレは悟る。王はこうして、自分とは別に判断出来得る者がいれば、オレから真実を引き出せなくても構わないと思ったのだ。たとえ、この奇人が申告したような特殊な能力を本当は持っていなかったとしても、王にとっては関係ないのだろう。確かな理由があれば、それだけでいいと言うことだ。
 オレの真実など、どうでもよくて。この奇人がそうだと宣言すれば、もう全ては揃ったということで。この男もまた、王のピースのひとつだったのだ。それだけに過ぎない。
 認めない意味はないぞ?と、今なお促すように向けられる視線を頬に感じながら。オレは、ぎゅっと目を閉じる。
 気付けば、いつの間にか、恐れも意地もなくなっているのだけれど。それでもまだ、認めたくはないというか、口にしたくはないと思うのだ。ここまでの扱いを受けてなお、守るものは無い様に思うけれど。言いたくないと新たな意地が生まれる。
 告白するという事は、まるで。自らこの世界を捨てるようで、異端にまわるようで、胸が苦しい。
 けれど。こんな風に乱暴に暴かれる嫌悪もまた、辛い。

 こんな事ならば、もっと早く。
 問われたあの時にでも、リエムに言っておけば良かったのかもしれない。


2009/11/30
119 君を呼ぶ世界 121