君を呼ぶ世界 121


 奇人の第六感ほど、恐ろしいものはないのかもしれない。

 目の前にいる個性がキツイ人物は、自称、超能力者であるようだ。
 そんな、奇人が変態に変わりそうな情報を手にしたオレだけれど、はっきり言って役にも立たない。むしろ、状況は悪くなる一方である。
 オレには到底わからない次元で、「見えるから絶対にそうなのだ」と断言されても、どうすればいいのやら。答えは確かに、「正解」ではあるが。その導き出すのが、奇人限定の能力であるというのはどうだろう。
 ここに来て。ここまで抵抗して、頑張って、奮闘してきて。あっさりと、イカレたオジサンの無理がある話に頷けというのか? ありえないだろう。オレの今までの攻防は何だったのだろう。
 120パーセント秘密がバレているとしても、この男の言葉によって告白する事ほど空しいものは無いんじゃないかと。
 誤魔化せば奇人が打たれるのかとオレは焦ったが、どうやら先程の遣り取りはそういう意味ではなく、尋問役を変わるというだけのものだったようで。関心がある話題だろうに、口を引き結び感情を伺わせない王の横顔を見ながら。だったら、奇人よりも暴君相手の方がましだったかもしれないとまでオレは思う。
 だけど。もう後がない。
 後悔を覚えている間も、相手を選別している間もないようだ。
「――見える、わかると言ったけど、」
「ン? なんじゃ?」
「それ以外に、証拠はあるのか? オレ自身に示せるものは…?」
 だから。もう、誤魔化すのは無理だとわかっているから。これは、抵抗ではない。ただ、真実だとしても、この奇人相手に認めねばならない自分への慰めとして。超能力のようなそんないい加減なものではなく、認めざるを得ない根拠はないかとの思いでオレは目の前の人物に問い掛ける。それがあれば、少しは、屈したのがこの変人ではなく、どうしようもない事実に対してだと思え救われる面があるからだ。
 奇人の奇怪能力に負けたなど、はっきり言って、面白くなさ過ぎるどころか憤死ものである。
「あなたのその能力は、どこまで証明出来るんだ?」
 確かにこの状況では、それを誰が支持するのかが重要であって、真偽など意味が無い。この奇人が言うように、王がそうだと認めれば、そうなるのだ。実際、王は異界人だとオレを決め付け接している。そこにはもう、オレの逃げ道はない。
 ならば。向かうのは、負けるとわかってはいてもこの奇人しかないのだ。
「証明は出来んな。言ったように、信じるかどうかはそなたの勝手じゃ。ボクは、自分のこの能力を信じとるから、まあ、信じて欲しいとは思うがのぅ」
 いや、困ったなと。本当に心底困惑したように、眉尻を下げて男がポリポリと頭を掻く。
 その手が、不意にオレへと伸び、戸惑う間もなく肩をぽんと叩かれた。まるで、宥めるか励ますかのように。
「何事も、そう難しく考えるなよ若者。もっと楽に生きねば、早々にボケるぞ。頭は、使いすぎるのも考え物じゃ」
「……それも、あなたの能力か? オレが近い将来、ボケると?」
「いやいや違う、ただの年寄りの意見じゃよ。ボクの能力は…簡単に言えばそうじゃなァ…、他人よりも眼と勘がイイってものだけじゃよ。相手の纏う気が形として見える、勘が人より働く、そう言ったものじゃ。多少は誰にでもあるものじゃから、そう大事のものでもない。未来も過去も見えなければ、雨を降らしたり手を使わずに物を移動させたり、人に術をかけたりという具体的なものはなぁ〜んにも出来んよ。そう怯えずともよい。構えすぎじゃ」
 いや、オレが警戒しているのはそれだけじゃなく、大半が奇行に対するものだ。だというのに、当人はこれなのだからやっていられない。
 どうしてこの可笑しな男が伏兵なのか。最悪だ。
「まして、ボクはお前さんよりも歳を重ねとるからのう。生まれ持った能力に加えて、人を見極める眼も数多の経験で培っておる。ホンに悪いが、お前さんには負けはせんよ。いや、お前さんどころか、そこの王様にだってまだまだ負けんわ」
 ボクはまだまだ若いから、と。ふぉふぉふぉと目前で笑う顔に、けれどもオレは笑えなくて。
 ちらりと話題になった王を見やれば、意外にも真摯と思えるような表情でこちらを見ていて、思わず眉根を寄せる。
「……王様に、オレのことを教えたのは、あんたなんだよな?」
「ん? 来訪者とかね?」
「ああ」
「そうじゃないかとは言った。加えて言えば、今回の召喚で来た者じゃないのかね、と」
「…………今回、だと…?」
 オイオイ、そこまで判るのか?
 それとも、カマをかけているのか?
「そうじゃ。じゃが、それを言うならば、ヴァンの若造の方が先にその考えを持っていたからのォ。ボクだけがわかるものでもなかったというわけじゃがな」
 ……なんだって?
 ちょっと待て。ヴァンの若造って、リエムだよな?
「…リエムが、オレを来訪者だと言ったのか?」
 この奇人だからこそバレた訳ではなく。リエムにも知られていたというのか…?
「言ったと言うか、何と言うか。聖獣が反応したという男にそういう可能性はないかと相談を受けたんじゃよ、ボクは」
「相談って……あんたは、詳しいのか?」
「それなりに、の。じゃが、神子に関しても、召喚に関しても、一概に言えるものじゃあない。可能性は無限大じゃ。だから、取り合えずボクは話を聞いたんじゃ。それで、そちに興味を持ってのぅ。こうして会いに来たという訳じゃ」
「……リエムが、オレを…」
 神子じゃないかと、聖獣の勘違いで疑われはしたけれど。まさか、そんなことまで考えられていたとは驚きだ。けれど、どうして、どこから、その可能性を見つけたのだろう。
 リエムもこの男のように、能力者だとか言わないよな?
 今更言われたら、オレは自分の事を棚に上げて泣くかもしれない。
「正しかった今にして思えば、ボクの勘が働いていたのかもしれんが。あの時は、多少の興味以上のものはなかったんじゃよ。そこまで考えてはいなかったわい。ただ面白そうだからと、王には可能性は高いと殊更大きく言いはしたが、今さっきまでは半信半疑じゃったんじゃよ。神子を見失いはしたが、関係する来訪者を見つけるなど、早々上手く運ぶ話でもないからのぅ。いやはや、ボクのこの勘に匹敵するぐらい、ヴァンの若造もなかなかじゃったという事じゃな。ならばもう少し、大事に扱ってやるかのう」
 しかし、男は弄ばれてナンボのものじゃ、と。お前が弄ぶなと、そもそも揉まれての間違いだろうとか一瞬思いもしたが。  さらりと流されていった言葉が引っかかり、オレは反芻する。
 この男、今、何て言った? 殊更大きく、王に語ったと言わなかったか?
「……やっぱり、あんたが原因かよ…」
 確かに今は確信しているようだが。その前はただの可能性のひとつでしかなかったのを、この奇人は王にそれらしく吹き込んだというわけだ。そんな事をしてくれたから、折角放置状態であったのに、こうして再びの接触が起こったというわけだ。
 例えば。それだけ、何故か影響力があるこの奇人が、「そんな事が起こる確率なんて低い」と。「来訪者かもしれないが放っておけ」と、そう言ってくれていれば。オレは開放されていたのかもしれないのだ。お得意の勘も左程働いていなかったというのならば、どうして関心など向けるのか。迷惑すぎる。リエムはどうして、こんな男に相談したんだ…ッ!
 この現状は、一番は神子召喚なんてものを行った王が原因で。行ったからには探しているのだというのも、十分にわかるけれど。それでも、ここにもあったと。本来は無関係の癖に、奇人が首を突っ込んでくれたからでもあるのだと思うと、悪びれる様子もなく喋り続けている男に敵意が募る。
「原因? そうじゃのう。そうとも言えるし、違うとも言えるかのぅ」
「…どっちだよ」
「事実など、考え方ひとつで変わるというものじゃ。ボクの意見で言うならば、そなたに怒られるほども、ボクに原因があるとは思えんのう。会いもせずに断言出来るほどの能力をボクが持っていないのは、この王とて知っておる。だから、心底から、示した可能性のひとつを信じきっていた訳でもあるまい。そなたが異界人だなと詰問されたのは、ボクばかりのせいではないはずじゃよ。それこそ、ヴァンの若造も気付いたんじゃ。王とて思うところが多分にあったんじゃろう。だから、そうボクばかり睨んでくれるな」
 流石に、オレの腹立たしさを感じ取ったらしく、「まあ、放っておいて欲しかったのだろうに、騒いで悪かったのう。済まぬ」と殊勝に謝罪を口にするけれど。この奇人が本気で悪いと思っているのかは、オレの怒りを理解しているのかは、とてつもなく疑わしいものだ。
 そう思ったオレに、案の定、すぐさま反省の色をかなぐり捨てた発言をしてくれる。
「しかし、結果はボクが正解じゃ。そちは来訪者で、件のあの日にやって来た。それに間違いはないじゃろう? どうじゃ?」
「…………ッ」
 舌の根も乾かぬうちに開き直るのかよ、と。そう突っ込みかけたが、意思に反して身体は追いつかず、一瞬で消えた。
 異界人と言われた以上に、肝が冷えた。そこまでも本気でバレているのかと、衝撃がオレを襲う。
「……異界人の次は、それかよ…」
 何とか口を開いたが。一言そう落とすのがやっとで、その勘は狂ってんじゃないのかと笑ってやろうにも出来なかった。
 青褪めただろうオレに、意外に冷ややかな眼が向けられる。奇人が、どこか嘲笑うように口を開く。
「こうして会えば、一発じゃな。お前さんは、この世界に来てから左程日が経っていないようなのが良くわかる。纏う気がこの世界にまだ馴染んでいない。どう長く考えようとも、半年、一年の話じゃ。何年も前の来訪者ではない。こちらの言葉を流暢に操れるほどの時をここで過してきたとは思えぬ」
「…………言葉って…。だから、オレは、」
「気付いておらぬようじゃから、言うがのう。そなたとの会話に先程から神語を混ぜておる。一握りの神官しか操れない古の言葉を、何故気付きもせず、また意識もせずに使えるか。答えは、ひとつ。そなたには、それこそ多少の違和感を覚えはしても、全て同じに聞こえたというわけじゃ。それこそ、ボクの存在にどこか何かを感じるところがあっても、それが何なのか全く知らないから対処も出来ないんじゃな」
「は…? 一体、なにを…?」
 神語ってなんだ? 本当にそんなものがあるのか? どこで使った?
 奇人への違和感って、どれだ? あり過ぎるだろう。むしろ、その全てだろう。
 そう突っ込みたいところは沢山あったが、誰よりも一番、オレ自身がその指摘の正しさを知っているわけで。この短い間に学んだ翻訳機能を恨むよりも、詳しく理解しているらしい相手の発言に驚く。
「ちなみに、神語は古語ともいうが、この世界が出来た時に神から与えられた言語と信じられておってな、今ではどの国も使っていない。神殿くらいのものじゃから、この部屋で理解出来るのはボク達だけだ。だから、言おう。そなただけに、の」
 そう言った男が、ふと表情を引き締め。驚いたままのオレに向かって、少し掠れた声で囁くように言った。
「ボクもまた、こことは異なる世界の血を持つ者なんじゃよ」
「…………。……懐柔、作戦?」
「ふぉふぉふぉ、やはり理解しておるではないか!」
「なッ!!」
 そっちかよ!と。奇行に余りある発言で、うっかり神語の理解を試されているのだというのを忘れ、つい、仲間だといって告白させる作戦かと突っ込んでしまったのだけど。そうではなくオレは騙されたようで、「神子の言語能力を持っておるのは確かなようじゃのう」と満足げに笑う男に、自分の愚かさを痛感する。コンチクショー!だ。
 最早、違和感を憶えられるほどもオレは落ち着いていなければ。幼子を相手にした時のように意識して話してみるわけにもいかなくて。ただ、ふざけた事ばかりの男の話が、本当なのかどうなのか見極められもしない現状に。その中で、ドンドン追い詰められていく悔しさに。すっかりペースは奇人のものだと、オレは拳を握る。ものすごく、悔しい…!
 その手に気付いた男が、してやったりな顔を隠さずに、「怒った顔も可愛いが、ちょっとは笑ってみよ。ホレホレ」とからかってくる。このどこに、オレが笑える箇所がある? その推理は的外れだと大笑いしたいが、しようにも、どこにもそんな余地を置いてくれていないじゃないか!?
「……来たな。開けてやれ、スオン」
 長い間無言を貫いていた王様が、机に置いていた腰を上げながら不意にそう言った。まるで、目の前の攻防など知らないような、静かな声だ。
 行き成り何だと、苛立ちの中でも気になり、動くお付男を横目で追いかけるオレを置いて。王が動いたのをきっかけに奇人の関心もまた動いたようで、二人が話を始める。
「さて、王よ。こういう訳じゃが、どうするんじゃ?」
「どうとは、何だ」
「話さないのか?」
「…必要ない」
「それでは、」
「少しは口を閉じていろ、ディア」
 必要がないと言い切るくらいにオレと喋る気がないのなら、さっさと城へ戻れよクソ王!と。耳に入ってきたそれに内心で噛み付きながらも、何だか少しオレが思うような雰囲気でもなくて、つい顔を向けてしまう。
 尊大な態度で居るかと思いきや、王様は再び窓へと近付き外を眺めていた。その背中はいやに静かで、身体を捻って見ている奇人と同じように、思わずオレも真剣に視線を注いでしまう。
 そのオレの耳に、扉が開く音が届き。
 新たな人物の入室を教えた。

 失礼しますと部屋に響いたその声が。
 続けてオレの名を呼んだ。


2009/12/03
120 君を呼ぶ世界 122