君を呼ぶ世界 125
ふざけンのも、大概にしろよ?
決定的な言葉を発したわけではない。
ただ、示されたそれに納得し、打算全開で受け入れたに過ぎない。
言葉の限りを尽くすようにオレを来訪者だと信じるリエムの、その姿に後ろめたさを覚えもして、言葉尻に乗ってやっただけのことだ。
だから、実際は。そういうニュアンスを否定しなかったけれど、明言したわけではないと。来訪者であると告げた覚えはないと、そう開き直れるくらいに曖昧な遣り取りでしかなかったというのに。確実に、逃げられる場所がまだ存在したというのに。
何故。
どうして。
あれだけ攻めてきておいて、あんなもので満足するんだよ? オイ。
人口密度は三分の一減っただけなので、成人男性四人が詰まった部屋はまだ狭苦しさえ覚えるが。王が去ったおかげで緊張感は多少緩み、息をつくのは楽になった。
が。その中で。
オレは力を入れていた身体を解しながらも、腑に落ちなさが不快を呼び、顔を顰める。
あれだけの事でいいのならば、こんなところへ誘き出されることはなかったし。こんな風に大きく騒ぐことも無かったんじゃないか? もっと穏便に済ませられたんじゃ…?
そう。
返事をくれよと迫ったオレに、嘯いたようなオレの言葉の真相を重ねて問うこともせずに、王はそれでオレとの話を終わらせたのだ。それはもう、実に簡単に、あっさりと。何か予定でもあるのか、お付きの男に声を掛けられたのをきっかけに、時間切れだというようにサクサクその場を去ってくれた。
その際、リエムにオレを王宮に連れ戻るよう指示をしたのだけど、そこに奇人が自分も世話になると入り込んで、多少時間を使いはしたのだが、それも数分のことだ。あれがなければ、瞬きひとつしている間に掻き消えただろう。それくらいに、その前までの遣り取りなどなかったかのような淡々とした仕草だった。まるで、オレなど端から居なかったかのようにだ。
部屋を出かけた王が振り返り、短く「…良いのか?」とだけ聞き、それに奇人が「その方が都合がいいじゃろう」と答え、王は一呼吸分だけ考え、リエムへの命をオレから奇人へと撤回した。
「リエム、お前はディアをあの間へ連れて行け。ラナックがその者を」
「お待ち下さい。それではディア様との約束が、」
「いや、ボクは構わないよ。メイ坊とはまだまだ仲良くしたいしのォ。それに、メイ坊の代わりとはいえ、こういう時でなければ流石に蝶の間には入れまい? これはこれで面白そうじゃないか、のう?」
「確かに、貴方の申し出は有り難い。あの間が使用されているのは広まっているのだから、無人にするよりは良いでしょう。だが、その効果を期待するとなると…貴方との約束を破ることになる。それに…、別な問題が出てくるはずです」
「そうかも知れぬが、ボクとて知らぬ場所でも相手でもない。王が、己が身を守れるのならばなんの問題もないじゃろう。それとも…未だに守れぬお子様か? 今なお、泣かされておるのか?」
「決してそのようなわけではありませんが…」
「なら、決まりじゃ。のう、キース王?」
奇人に首を傾げられ、王は深く一度頷き、「では、頼む」と一言置いて今度こそ颯爽と部屋を出て行った。頼んだのは、リエムにか、奇人にか。相手もわからなければ、何を指してのそれなのか内容もオレにはわからない。だが。
よくわからない会話ながらも、何故だか奇人があの愛人部屋の住人になるという事はわかった。何を好んで進み出ているのか、さすが奇人。恐れ入る。
じゃなく。
オレの代わりだって…?
話が纏まったようで王が去っても、疑問満載なオレは。オレ同様、あの客間が軟禁部屋となれば、奇人が周囲に撒く被害は抑えられるんじゃないかと、冗談半分に考えて――あッ…!と気付く。
オレがまた逃げ出さないための足枷に奇人を囲むんじゃないか、と。ラナックの二の舞要因になるんじゃないかと、そんな可能性を思いつく。オレが余計な事をしないため、今度は奇人でクギを刺そうというんじゃないのか?
よくよく考えなくとも、王はオレの要望に返答をしていない。拒否はしなかったので、一応飲んだといえるのだろうけど、納得してなどいないのだろう。それを、奇人という一応の保険を得たことで、この場を収めたのかもしれない。
「……って。結局、人質なんじゃないかよッ!? ――痛ッ!!」
舌の根も乾かぬうちに、そういう事をするのかクソ王!と。想像した理由があまりにもふざけていて、思わず突っ込むように叫んだところで、オレの後頭部に衝撃が来た。
今度こそ、復活したラナックだ。
「ウルサイ。急に復活するな」
復活したのは自分だろうに、それを棚に上げ、そのままオレの頭をグイッと押さえ付けてくる。オレはそれから逃れながら、「いや、でも!」と反撃を試みる。
だって、オレの尊厳を侵すなと、確かにオレは言ったけれど。だからって、別な奴を使って押さえに来るのはどうかと思う。奇人が不便なあの部屋に軟禁されようともオレには関係ないと多少思うけれど、これが暴行だとかに発展したらそうは言っていられなくなる。そんな自分を、オレはあの王に教えてしまっているのだから、楽観出来ない。
王も王だが、どこまでも厄介な奇人めが。何故、進んでそういう事をするかなクソ!
「この人がオレの変わり人質になるのはおかしいだろう!?」
「はア? お前は何を言っている?」
「だから…!」
「だからも、何もねえ。自ら志願して入り込む奴に、何が人質だ。使い物にならない耳や目など、捨てちまえ」
「それは、でも…」
奇人も一応オレの身を案じてくれて…、と言いかけて口を噤む。奇人と目が合ったからだ。ニヤつく眼と。
「……」
……確かによく考えれば、オレの身など案じるはずもない男であるし。何より、王が奇人相手にもオレと同じ扱いをするはずもない。部屋はそれ用でも、愛人でも罪人でも何でもない知人を。どうやら一目置いているらしい相手を、あの暴君とて閉じ込めはしないだろう。
第一、当の本人であるのがこの奇人だ。普通は入れない部屋への滞在を、本気で望んだのかもしれない。それこそ、オレをダシにして。
「……ちょっと、待って。色々確認したいことは沢山あるけど…まず最初に、今のは何なのか説明してくれ」
どこか満足そうな表情で笑む奇人から少し視線を動かしリエムを見て、オレはゆっくり言葉を紡いで問いを作る。作りながら、どうやらオレは間違っているようだと、何となく部屋の空気で感じる。
ラナックの言うとおりか…。
「オレが自由を望んだから、オレの変わりに軟禁されるんじゃないんだな…?」
「ああ、違う。心配するな、そうじゃない」
「だったら、何?」
よくわからないが、奇人の滞在をリエムは納得しかねている風だった。察するに、本人は気にしていないが、リエムが戸惑うくらいに、奇人は王宮に近付かない方が良いのだろう。この男のことだから、何か悪さをしているのかもしれない。
なのに、何故。あえてオレの代わりとして、いやでも目立つだろうあの部屋にあえて入るのか。別に、誰かが居なきゃ行けない部屋でもないだろうに。古くからの用途はそれであれ、客間は客間だろうに。どうして、無人はダメなんだ?
「もしかして…、オレが戻った方がいいのか…? だったら、」
はっきり言って、愛人と噂されるようなそこに入るのは気に食わない。腹立たしい。だが、それを飲み込めば、ただの部屋でしかないし。噂をする面々は誰一人知らない他人だから、勝手にさせておくことも出来なくはない。だから、あそこに戻っても、これまでのように虐げられなければ。本当に自由が与えられるのならば、オレはあの部屋だって大丈夫だと。オレはそう言う意味で、言葉を続けようとしたのだけど。
「いや、それは駄目だ」
「聡いのか疎いのかわからぬ小僧よのォ」
「アホ過ぎて話にならんな」
三人同時に、突っ込まれた。全部に、ムカッ!だ。
だが、オレの眉が寄ったのを笑う奇人と、鬱陶しげにする男とは違い。リエムは直ぐに「蝶の間には、ディア様が滞在していた事に変える」と説明を始めてくれたので、上がり掛けた溜飲を下げる。オレだって、わらからない中で必死に考えているのだから、あまり刺激をしてくれるなってものだ。
「これからの事を考えると、メイが使っていたことにはしない方がいいんだ。だから、これからメイにはラナックと共に王城の客間へ向かって貰うが、万が一誰かに何かを聞かれたとしても、答えられないと濁してくれ。間違っても、蝶の間に居たとは言わないでくれないか」
「それは何故なのかと、聞いても…?」
「ああ……、まあ、あの部屋は、色々いわくが付いていたりもするからな」
「それは、知っているけど…」
だけど。オレは実際、愛人じゃないし、罪人でもなくなったはずだし。違ったんだで終わりじゃないか? 確かに、正式に滞在することとなった身としては、妙な噂の人物だとバレないに越したことはないけれど。でも、さ。オレが王と遣りあったりしたのを、見ていた奴はもう既に幾人も居るんだろうから。それって、今更じゃないか?
気付かれないはずがないじゃないかとオレが首を傾げ指摘すれば、リエムは「そうだな」とあっさり頷いた。
「だが。たとえ事実を掴まれていても、認めなければ真実にはならない。だからこそ、ディア様に一度入って頂くんだ」
「ボクなら、あの間に隠れていたとしても可笑しくはないからのォ。まあ、坊やはそういうことは気にせず、勝ち取った権利で何をするか考えておけばよい。元の世界に戻るのも大事じゃが、一国の王の客人として城に滞在するなどそうないことじゃ。存分に楽しむんじゃな」
「……楽しむって」
無理だ。どう考えても、出来るわけがない。いつ引っ立てられ刑を科せられるかという不安は一応なくなったけれど、王があれではオレの自由も安寧も不確かなままだ。何より、数人とはいえ来訪者とバラしてしまったのだ。構えを解いて楽しむなど出来るはずがない。
少し救いだと思えるのは、王自身が神子召喚の事実を隠しているということで。そうであるのならば、協力するとはいえオレも派手な事になりはしないだろうという、そこに希望が見えることだ。だが、それもいつまで続くやら。
つい勢いで、あの褪めているのに強い視線に挑むように、己の地位向上を願ってしまったが。勝ち取ったのかどうかは怪しいものだ。むしろ、王が望んだとおりにオレは異世界の者だと言う事になったのだから、負けた感の方が濃厚な気がする。
言葉ひとつどころか、態度で示されたわけでもないのだ。これまでの謝罪とまではいわないが、せめてオレの言葉に頷くぐらいの事をしていたのならば、奇人のようにまでとはいかなくとも多少は安心出来ただろうに――と。そこまで考えて。
物凄く重要な事を思い出す。
サツキの石だ。
「ぁあッ!! 畜生ッ!!」
忘れていたぜ!と思わず叫んだオレに、リエムは驚き、奇人は笑みを崩さず、ラナックは足に蹴りを入れてきた。だが、構っている余裕はないと、頭を抱えしゃがみ込む。
「メイ…? どうした?」
大丈夫かと問うてくるリエムに、大丈夫じゃないと答える。ホント、オレは大丈夫じゃない。っつーか、サツキの石を忘れるくらいに、この攻防はオレを追い詰めてくれていたのだろうけど。その理由は彼女に通じても、オレ自身には言い訳にもならない。
どうして、条件を自分のものにしたのか。ペンダントを返せと言えば良かった…!
しくじった。
でも、でも。オレの尊厳を踏みにじるなと言ったのを飲んでいるのならば、そこを押し切る形で、オレの大事なものを返せと迫れるか? 迫れるよな?
だったら即効で城へ戻って、王様に会うか?
会いたくないけど。
いやいや、それより、王様ってそう簡単に会える奴なのか?
どう何だよ、そこのところは? リエムに協力していくのは全然いいけど、あの王とはどのくらいの頻度で顔を会わす事になるのだろう?
って。待て待て、オレ。だからそれより、自分ことより、サツキの石なんだって!
余裕がなかったとはいえ有り得ないだろう自分に、ズドンと落ち込みつつも。あたふたと、どうにかするべくリエムに訴えてみれば。
「おお、そうじゃ、そうじゃ。そうじゃった」
オレの嘆きにリエムが答えるよりも先に、「大袈裟に言っていたが、その程度のモノだったんだな」とのラナックの嫌味が落ちてきて。カッとなるよりも、返す言葉もなく項垂れたオレの肩に、自らの軽い言葉で何かに頷く奇人の手がかかった。
何だよ、と。反射的に顔を向けると。
目の前で、見慣れたそれが揺れていた。
「ボクも忘れておったわい」
返しておこうと、奇人が持ち上げているのは、オレのペンダントで。
小さなその中の小さな石が、オレを見ていた。
……て言うか、オイ。
何故お前が持っているッ!?
2009/12/17