君を呼ぶ世界 126


 唐突に、何だけど。
 挫けそうだ。

 オレは確かに、同年代の奴らの中では、家族への愛情が強い方だ。自分でもそれは認めるところである。
 アレはいくつの時だったか。友達に「柏尾はスーファミだ」と言われた事があった。その、昔懐かしいゲーム機がどうしてオレなのかと聞いてみれば。ファザコン、マザコン、シスコン。三拍子揃っているので、スーパーが付くファミリーコンプレックスだという事で、スーファミであるのだと言ってくれた。
 バカだな、と。命名した奴とは違う友達が笑い。ダサいぞ、と。また別の友達が言って、それで終わり。けれど、流石のオレも多感な時期であったので、同い年の友からのその指摘は恥ずかしいやらなんやらで。紛れもない事実ではあったが、悔しささえ覚えたものだ。相手にしない友がいなければ妙なあだ名をつけられていただろうそれを、オレはしばらく忘れずに過ごした覚えがある。
 そして。
 それらしい指摘は以降もされ続けた。それは、大学生になってからもだ。
 十代の反抗期真っ盛りな少年が家族にベッタリであれば、確かにちょっと引くだろう。友としては、度が過ぎると一言口を挟むだろう。が。二十歳も過ぎ、親の有難みもわかるようになった歳になっても苦笑されるのは、少し納得いかないところもあった。それでも、笑うこいつこそがまだ子供なんだなと思うことで、オレは嘲笑に近いものも流していた。家族の在り方なんて、その数だけあるだろう。恥じる理由はないと、その頃にはオレも開き直るようになっていた。
 だが、流石にサツキの話しは無闇にはしなかったし、家族の話をする相手は選んだ。それでも、親との仲は異常だと引かれることは多々あった。当然だろう。ダラダラと同じ講義を受け、放課後も街に繰り出したり、ゼミ室に入り浸ったたりの中で。最低一日に一度は、親とメールや電話でコンタクトを取るオレは異質だっただろう。まだ親の干渉を嫌う彼らには、理解しがたいものな筈だ。
 それでも、だ。
 面と向かってはちょっとからかう程度ではあったが、裏ではキモイとくらいは言っていたのかもしれないと思える知人でも。オレのその行為を邪魔するようなことはなかった。親と何を話すんだ? ウザくねえの? そう奇妙なものを見る目で見てきたとしても、彼らはオレの携帯電話を取り上げることはなかった。当然だろう。そんな事をしても、何の益にもないのだから。
 彼らにとってオレという人間は、その家族関係は少し濃厚すぎるものであっても、別段害のない奴なのだろう。家族仲以外ならば話も合うし、馬鹿騒ぎも出来る仲間でもあったのだから、あえて退けものにされた事はない。例えて言うなれば、「オレには興味のない趣味を持っている奴」なだけであるのだろう。
 そう、そういう関係は、どこにだってゴロゴロある。どちらかと言えば、そういうどこかで何かを割り切っているからこそ、他人と付き合えるのだろう。すべて自分と同じ価値観の他人なんて、気持ち悪いだけだ。自分と違う感覚を持つからこそ、他人との交わりに意味があるのだろう。オレの、家族に向ける愛情など、個性のひとつでしかないはずだ。
 逆にオレだって、親友と言えるような奴は幾人もいるが、彼らのすべてを丸ごと認めているわけではない。ただ、そいつらの欠点などをそうだと知り理解しているだけだ。彼らも、それは同じでお互いさまだ。オレにも、家族依存以外にもまだ、欠点あれば癖もある。それでも、友人達は友人達なりにそれを処理し、オレと上手く付き合っているのだ。
 そう。他人と関係を築く上で大事なのは、そういうところだろう。相手を思いやるというほど大袈裟でもないけれど、互いの立場を理解することだろう。好き嫌いはその後だ。育ってきた環境が違うのだから、自分だけの尺度で測りきれるはずもないと認め、相手の持つそれを認めることだろう。正しいかそうでないかは、それからだ。
 だから、今も。
 今も、そうするべきだと、冷静に。頭の隅で、落ち着いて対処しろよとの声がオレを諌めるのだけど。
 だけど、目の前で揺れるペンダントがオレの感情をも大きく揺らし、波打たす。
「……なんで?」
 何故、この奇人がオレのペンダントを持っているのか。目の前の現実が受け入れがたくて、つい抑えきれずに、オレは低い声を出す。
 その問いは、腕を伸ばしている奇人へではなく、その横に立ちオレを見ているリエムへの避難だ。
 それが分かったのだろう。リエムが小さく目を眇めた。
「実はのう。さっき王の懐からひょいっと取っておいたんじゃよ。上手いものじゃろ?」
「…………」
「と言うのは、嘘なんじゃがな」
「…………」
「ん? なんじゃ? ゼンマイでも切れたか?」
 首を傾げ覗き込もうとしてきた男に眉を寄せ、オレはその手から奪うようにペンダントを取り上げる。
 サツキの石を入れる為のそれは、オレが見よう見真似で作ったものなので、よく見れば不格好だ。だが、オレには代わりなどない大切なものであるのだと、リエムにはそう言っていたのに。
 何度も返してほしいと訴えまでしていたのに。
 掌に収まったそれを強く握りながら、オレは努めて平常な声を出す。
「…これで、何を?」
「大したことじゃあない。聖獣が反応したと聞いたのでの、一度見てみたいと思ったんじゃ。じゃが、まあ確かに、その後は反応しなかったのも頷ける。綺麗なくらいに何もないのう」
「……当たり前だ。あの虎が間違っただけだろ」
「そうかもしれんのう。じゃが、そうじゃないかもしれん」
「……」
「神子に関することは、謎が多いからのう」
「……。……また後で、あの王様に取り上げられることなんてないよな?」
 そんなのは勘弁だぜと、オレは奇人の相手を止めてチラリとリエムを見上げ、漸く却ってきたそれを首に掛ける。
 服の中へ仕舞いこむと、幾分か落ちつけた。大丈夫だとの、どこか少し硬いリエムの声を聞きながら、広がっていた悔しさをかき集めしまい込む努力をする。
 そう、オレは勝手だろうけど。奇人がペンダントを持っていたのを知って、裏切られたような気分になったのだ。どうしてこんな奴に持たせているんだと、王に奪われていた時よりもリエムに対する不信が一気に湧いたのだ。
 それは、自分でも戸惑うくらいに。そう、戸惑っていなければ、こんな奴に持たせるなんて!と、怒りにまかせてリエムを詰っただろう。それくらいに、理由を聞けば納得もする、単純な事柄でしかないのに、オレには衝撃で。今さっきまでリエムに対して持っていた信頼が霞むくらいだ。
 いや。信頼じゃなく。
 ただ、とてつもない不安が押し寄せる。
 それを振り払いたくて、憤りが湧く。
 相手が王ならば。友人であろうと何だろうと、彼を諌められないのは当然だとして、リエムが非協力的でも諦められた。その立場を慮れた。いや、それは、奇人に対してもそうだろう。この奇人にもまた、リエムは下手のようだ。だから、本当は仕方がないと分かっているのだけれど。それを押して、悔しさが湧くのだ。単純なほどに。
 簡単にいえば。王の中身があれでも、その地位や名誉は本物であるのだから、オレは負けて当然だ。だが。この奇人がどんなにすごい力の持ち主だとしても、こんな変人に負けたのだとなると、奇人を選んだリエム一気に不満が募る。オレがどれだけサツキの石を求めていたのか知らないわけではないのに、どうしてなんだ!と責めたくなる。
 せめて、王が出て行った後ででも言って欲しかった。奇人が思いついたように言い出す前に。
 だったらオレは、奇人が隠したままなら、あんたも言わなかったのだろうか?との疑いを抱きはしなかったのに。
 オレの家族への愛情なんて、性格のひとつにすぎないだろう。リエムがもしあの妹を亡くし、その形見を取り上げられていたとしても。オレのように必死にはならないだろう。だけど、オレは。オレは来訪者なのだ。それを認めたのだ。なのに、どうして、真っ先に考えてくれない?
 オレが元の世界と唯一繋がっているのは、このペンダントだけなのに。
 これは、ただのペンダントじゃないのだ。リエム達にとってもそうであったのかもしれないけれど、オレには、そんなものは関係ない。粗末なものに見えようがなんだろうが、ものすごく意味のあるものなのだ。こんなにもちょっとした事でうろたえてしまうくらいに、オレがオレでいられる為のものなのだ。
 確かにオレは忘れたし、取り戻さずに逃げ出そうとしたけれど。だからって、その扱いを下げたわけではない。こんな風に、奇人から渡される事がいかに苦しいか、屈辱であるか、リエムは思い付きさえしないのだろ。
 だけど。
 それを差し引いても、どうしても、だけどと思ってしまう。
 戻る方法を考えてくれるのも、協力してくれるのも有難いけれど。これは、その前に率先してするべきことじゃないのかよ。大層なことを言ってオレを口説いたんだからさ。なあ?
 オレの、世界を奪われたその衝撃を。本当にあんたは正確に、想像しているのか? リエム。
「なあ、リエム…」
 口には出来ない問いかけを、心に存在させたまま。オレは、今度はまっすぐリエムを見て呼び掛ける。
 本当に、リエムはただ、考えていなかっただけだろう。返さない方がいいとか思っていたわけではないだろうし、もしかしたら、奇人が持っているのさえ知らなかったのかもしれない。
 そう思うのに。ほんの小さなことがとても気にしてしまう。そして、そんな自分が嫌で、それを誤魔化す分も含めて高ぶった心が、オレを鈍く攻撃する。
 神子を探したいから協力してくれと切実に訴えてきたのを断ったオレが、オレがどれだけその石を大事にしているのか知っているくせに…!と、リエムの不干渉を責めるのはおかしいと思うけれど。本当に勝手だと思うけれど。そういう気分になってしまい、振り払えない。
 一番オレを正当に扱ってくれる友なのだから、冷静に接しなければならないと思うのに。再び、余裕がない。
 それでもこれは、王との攻防で生まれる焦りや腐りではなく。甘えだなとどこかで気付いている自分が居るのも、事実だ。一番頼れる相手だからこそ、それが証明されているからこそ、オレはまるで幼子が親に甘えるように憤りを覚えているのだろう、きっと。
 なんて、みっともないのか。
 だから、落ち着け。リエムの立場を考えれば、何一つおかしなところはないのだから。
 怒りなのか悲しみなのか、反する感情が混ざったような胸で膨張するそれを押さえつけ、オレは苦しみが広がらないように無理やり笑って見せる。やせ我慢だと思いつつ、それ以上に打算的だと自覚しつつ、この陰りを振り払う為に、リエムの良心を突く。
「あんたは、神子を探していたけれど……見付かったのがオレで、がっかりしている?」
 安心する言葉を、優しい言葉を掛けて貰うが為の計算が入ったそれに。リエムは気付いているのか、いないのか。実にリエムらしい真摯な態度で、言葉を紡いだ。
「神子を見つけたい思いは変わらないが、刻々と難しくなっているのは事実だ。その中で、あの召喚に属するお前と出会えたのは幸運だと思っている。がっかりなど、一度として思ったことはない」
「そうか…」
 そりゃそうだろう。そんな事はないと以外、この場では言えないだろう。言えるとしたら、あの王様ぐらいだ。奇人だってラナックだって、気を配るだろう状況だ。リエムならば当然である。
 それをわかっていたからこそ、口にした問い。思い描いた通りの返答。
 だけど、安心など微塵も浮かばず、虚しさが広がるばかりで。訊いた意味がないと、内心で苦笑する。
 そんなオレに、リエムは少し躊躇うような素振りを見せた。らしくないそれに、何だ?と視線で問えば。
「被害にあったと言えるお前は、俺にこんな事を言われたくはないだろうが……メイ。俺は、お前で良かったと思っている」
「……」
「来訪者だろうが、何だろうが関係ない。俺にとってお前はもう、大切な友であるんだ。その境遇を前に、無神経なのだと分かっていても。俺はお前と出会えた事を、神子の事を抜きにして、神に感謝しているよ。むしろ……お前があの召喚に巻き込まれた来訪者であるのを、惜しく思う」
 俺は、俺で。お前はお前で。ただ単純にそれだけで、関わっていきたかったのにな――と。
 思わずといった風に、自嘲気味に苦笑したそのリエムの顔は、オレ以上に痛ましく見えるものだった。

 どうして。
 どうしてオレ達ばかりが、こんな風に辛さを噛みしめなければならないのだろう。


2009/12/22
125 君を呼ぶ世界 127