君を呼ぶ世界 127
もう、ここまで来たらさ。
開き直ってみないか?
オレは確かに、神子の召喚に関して言えば、100パーセントの被害者であるのだろう。これが、もし、万が一の可能性で、サツキが神子であったのならば。その名残の石を持つせいでオレが呼ばれたのであれば、必然だったとの理由が数パーセント占めてしまうのだろうけど。だけどそれでも、やはりこの世界が行う召喚は、拉致でしかないのだから。魔法陣を描いたわけでも、ビルから落ちたわけでもないオレに、一切の非はないはずだ。
同様に、リエムにもオレに対し負い目を感じるような非はないだろう。リエムがあの暴君王を止めて諌めることは出来ないのだから、あの男の暴走の結果に責任を持つ事はないのだ。確かに、オレはいくらか困りはしたけれど。それだって、リエムがすべて率先して動いたわけでもないだろう。ある意味、矢面に立たされ振り回されているようなこの男もまた、被害者だ。
それなのに。
何故、自分ではどうにもならない中に放り込まれてしまったオレとリエムが、互いに申し訳なさを抱き接しているのか。
ものすごく、理不尽だ。
ってか。不毛だ。
こんな風にして、他人の手で作られた最悪な事態に揃って飲まれるなど、馬鹿らしすぎるというものだ。
「あのさ、リエム」
慰めじゃなく、下手なおべんちゃらでもなく。本心で、オレに会えてよかったと言ってくれているのだろうリエムに、オレは苦笑と共に呼び掛ける。
オレは、世界を変えられ、今なお振り回されているけれど。そんな非道な王に忠義を誓い、尻拭いをしているかのようなリエムの方が、なんだか今は哀れに思える。何だかんだ吠えても、オレは従うしかない弱者であるのに。下手に出て持ち上げたり、お願いなどしたりする必要はないだろうに。なんともご苦労な事だ。こんな事をするから、王に良いように使われるのだろうに。
それでも。リエムの誠意と努力と。もしかしたら、含まれているのかもしれない計算が。オレのフテた心を軽くする。リエムの親切をひも解き最終に残るのが、オレへの気遣いではなく、王への忠誠なのだとしても。それでも、その言葉は本物でもあるのだろうから。この世界に居る意義を与えてくるかのようなそれに、オレは苦笑せずにはいられない。
不意打ちで打ち抜かれ、なんだか全てが二の次になってしまうくらいだ。
自分が目の前に居るだけで喜んでくれる相手が存在する痒さが、オレの凝った心を解す。
これが、協力をスムーズに得るために、オレの恨みや不信、不安を軽減させようとした手だとしても。もうオレは打ち抜かれてしまったようだ。ズキュンと空いてしまった穴が、真っ直ぐなリエムの思いを吸い込んで塞がれていく。
これでは、「勝手なことを言ってンじゃねェーよ! お前も同罪なんだからな!」なんて、言えるわけがない。
「とりあえずだけど、一応オレは協力すると言ったんだからさ。そんな懐柔策は取らなくても大丈夫だ」
言われるこっちが恥ずかしいのにと、呆れと照れでそう言ったオレに、「そんなんじゃない、本心だ」と。目元を緩めながらもはっきりと言うリエムに、オレは肩を竦める。この男はホント、大した奴だ。同性相手に、よくもまあ言えるものだ。
オレが女の子だったら間違いなく惚れる状況だぞ。可笑しすぎだ。疑心モードはどこへ行ったのか、一瞬で吹っ飛んでしまった。本当に、落とすのが上手い。
オレが懐いている分を差し引いても、何だかんだでリエムの思う通りに来ているんだよなと。改めてそんな事を思い、オレは軽く喉を鳴らす。リエムが本気で神子を探したいのならば、オレに王と接触させた事が間違いだろう。あの男がいなければ、こんなややこしい事にはならず、もっと早くにオレは協力していただろうに。
「オレも、ちゃんとリエムの事は友達だと思っている。全てを捨ててでも出会えて良かった――とは、流石に言えないけどさ。あの時会えたのがリエムで良かったと、本当に思っているよ。その幸運にならば、知らない神様にだって頭を下げて礼を言うさ。たとえ、そいつがオレを、召喚に巻き込まれるような運命にしたのだとしても」
「メイ…」
「だからさ、リエム。正直、オレはまだ色んな事がわかっていないんだけど、それでもさ。とりあえず、オレ達は仲良くしようぜ? 王様に対しては、全然別な事を思っているわけだけど、リエムはリエムの立場でオレを扱わねばならないのだろうけど。オレらは、対立することも、臆病になりすぎることもないだろう? 幸い、オレもアンタも互いに好感を抱いているのだからさ、共に上手く出来る方法を探ろうぜ?」
あの暴君王とは無理でも、リエムとならば出来るだろうからと。
問題なんてまだ一つも解決出来ていないし。それどころか、王城へ戻らねばならないのだから、楽観なんてしてはならないのだけど。それでも、単純すぎると自分でも思うけれど、サツキの石が帰ってきた安心からか。リエムの言葉がただ嬉しかったからか。浮上した気分が、オレを促す。
とにかく、前へ進めと。誰にも遠慮せず、怯えず、動けと。
生きているのだから、やりたいようにやれよと、じんわりと腹の中から力が湧いてくる。
そう、オレは生きているのだ。今が、死後の世界じゃないとは言い切れない、トリップ体験真っ只中ではあるけれど。辛いのも楽しいのも全て、オレ自身が感じている事だから。実際にはどうであれ関係などない。オレはここにいるのだから。
だから。なあ、サツキ? 頑張らないと、楽しまないと、損だというもんだよな?
お前もそう思うだろう?
嫌な奴が居るし、納得出来ない事態ではあっても。リエムの受け売りじゃないが、それを超えるくらいに、出会って良かったと思える奴らが居るのだ。接することが出来て良かったと思う物があるのだ。
オレはそれがあるこの世界に居るのだから、王様への不満や不安よりも、自分にとってプラスなことを大事にしてもいいよな? するべきだよな?
リエムの発言は、聞きようによってはホント勝手だけれど。つまりはこれと一緒なのだろう。ただ、友達になって良かったと、単純にそれだけを考え、オレの存在を喜んでくれているのだ。オレだって、それを見習わないと、なぁ?
「正直、お前らのせいで人生を狂わされたんだ、オレに償いをしろ!と思わないこともないけれど。リエムはもう十分、オレに良くしてくれているから、チャラだよ。チャラ。リエムも、オレに不満や不信があるだろうけど、そういうのは水に流して、さ。心機一転始めてみないか?」
どうだよ?と。妥協ではなく、健全思考でオレは言ったのだけど。突然のそれは、驚き以外のものではなかったのだろう。瞠目したリエムが、再び何がツボヘと入ったのか笑う奇人を構いもせずオレをまじまじと眺め、その後には少し困ったような表情を作った。
「いいのか、それで?」
「いいも悪いも、何もない。オレにとってリエムは、王様の友人でも、忠実な兵士でもなく、一緒に居ると楽しい頼れる相手だからさ。無くすのは惜しいし、変に気を使われたり、一線ひかれたりするのは残念だよ。第一、どちらかと言えば、それはオレの方が聞くものじゃないのか? 役に立たないだろうオレと仲良くしていたらさ、王様の覚えが悪くなるかもしれないけど、大丈夫か? 何よりオレ、異界人だしな」
協力だのなんだの言っているけれど。案外オレは早々に王城を追い出されるかもよ?と。冗談交じりに口にしたオレの台詞に、「まさか。そんな事はない」と真面目に否定してから、リエムは柔らかい笑顔を作った。そして、もう一度、お前に会えて良かったと、お前で良かったとしみじみと言う。
そんなところへ、ひとしきり肩を震わせ笑い終えた奇人が「お前さん達の仲は充分わかったが、それでは腹は膨れん。飯にしよう」と言いだして。オレが働いていた店を見てみたいと主張する。それに乗っかり、桔梗亭へならば奇人と一緒であろうがオレも行きたいと申し出て、話をひとまずそこで置きそのまま向かおうとしたのだけれど。
奇しくも、意見が一致したオレと奇人の間を裂くように。残りの二人から待ったがかかった。案の定、ラナックが女将さんを思ってだろう、お前らの立ち入りは許さないとばかりにダメ出しをしてくる。リエムはリエムで、これからの事を考えれば、奇人はともかく、オレは今から王城へ戻るべきだとの判断を下してくれる。
あの部屋へこっそり入るのだろう奇人は、夜がどれだけ更けても構わないが。客間に厄介するのを周知する必要があるらしいオレは、皆がまだ動いている時刻に戻るべきであるらしい。
それでも、折角ここまで来て桔梗亭に行けないのはと不服を示すと、近いうちにまた来ればいいと宥められた。リエムに、自分も付き合い女将さん達に話をするからと。
そういう訳で、後ろ髪を引かれる思いだったのだけど。
籠っていた屋敷を出て広い通りまで並んで歩き、オレとラナックは王城へ、リエムと奇人は食事を摂るためどこかの店へと、すっかり夜が更けた街中で二手に分かれることに。
明日にでも会いに行くというリエムに頷き、オレは「じゃあ、」と手を挙げて。
「あ、リエム!」
慌てて、相手を呼びとめる。そうだ、これだけでも今すぐに訊いておかねばならない。
リエムは、早くもふらりと先に進みだした奇人を気に掛けたが、呼びかけに身体を向け向かい合ってくれた。
「あのさ。いつからオレを来訪者だと思うようになったんだ?」
外見は確かに、多少の違いが出てはいるが、問題にはならない程度だ。この世界の人間だって、大きい者もいれば小さい者もいて、髪の色も目の色も肌の色もいろいろあって、オレもその一部にすぎない。なのに、何故、奇人が自称するような妙な能力は持っていないだろうリエムが気付いたのか。そこは知っておくべきだろう。
王城に戻ればまた、誰や彼やに会うはずだ。拙い部分を聞き出し、その「オレは来訪者ですよ!」な部分を上手く隠せるようにしなければ。でないと、隠せていると思っているのは自分ばかりだという、間抜けな結果になってしまう。
オレは、この世界での異物である自分を恥じてはいないけれど。たとえ秘密を作ろうが嘘をつこうが、良い関係を円滑に作れるのであれば、わざわざ全てを告白して波風を立てる必要はないと思うから。
参考までにというか、切実な話だというか、まあそんなわけで。とりあえず教えて欲しいんだけどなと訊ねてみたのだけれど。
リエムの答えは、オレが思ったものとは少し違った。
「はっきりとそれを意識したのは、聖獣が反応したのを知ってからだ。正直、驚いた。俺はずっと神子を探していたからな、疑心になりすぎて出会う相手皆にその疑いをかけたことだってある。それは、メイ、お前とて例外じゃない。けれど…生憎、俺には神子や来訪者をかぎ取る能力はなかった。お前に多少の違和感を覚えてはいたが、それほど重要視していなかった。聖獣の件がなければ、きっと今も気付いてはいなかっただろう」
「違和感って…?」
「ああ、そうだな…。例えば、その話し方や考え方。他人と接するのも、議論を交わすのも、爺さんという男とだけの暮らしでは学べはしないものだ。本人が言うようなただの田舎者ではないなというのは、話しているうちにわかった」
「え? オレ、変なのか?」
「変と言うわけじゃない。ただ、な。この世界に関する知識は乏しいのに、お前には学がある。思考するということを知っている。残念なことだが、この国でもまだ、街を離れれば離れるだけ識字率は下がる。なのにお前は、読み書きが出来るどころか、あの子供とギュヒ語で話までしていた。何か理由があるのだろうと俺は思った。もしかしたら、ギュヒ国から来たのかともな。だけど、いつか話してくれるだろうと、呑気にそんな事を考えていた。聖獣の反応に、神子なのかもしれないとの可能性が出て漸く、それらをそういう意味で見た。こことは全く別な世界から来たのかと」
「…なんだ、そうだったのか」
「ああ。それで、俺はまずお前の事を知ろうと、お前が言う爺さんを訪ねたんだが……彼はもうそこには居なかった」
「え…?」
は? なんだって?
「ちょ、ちょっと待って…爺さんて、あの爺さんだよな?」
リエムが、リュフとの会話を聞いていたのも、それをきちんとギュヒ語で捉えていたのも驚きだけど。その失敗を悔やむのはもう今更だろう。何より、リエムはそれでも違和感程度しか覚えなかったのだし。
だったら、つまり。オレの行いはそう墓穴を掘っているんじゃないんだなと。聖獣が居なければ、リエムも気付かなかったんだなと。これからが安心出来るそれに、少しホッとしかけたところに、思わぬ話が落ちてきた。
おいおい、爺さん。
どこへ行ったんだよ?
2009/12/26