君を呼ぶ世界 133


 もし、そうなのだとしたら。
 その時、彼は何を思ったのだろうか。

 最近亡くなったというフィナさんは、リエムの友人であり、聖獣と仲が良く、王やラナックも知っている。これが、オレが確実に得ている、彼の情報だ。
 それに加えて、昨夜のラナックの発言で、神子召喚に関わりを持っているのかもしれないという疑念が出来た。
 よって。
 召喚時に神子が亡くなったと知っているオレに、死んだ人物の名を上げられてなお、その偶然を気にするなと言うのが無理な話であり。リエムに詳しく聞いてみなければと思っていたところに現れた、オレよりも事態に詳しいと思われる奇人である。
 流石に、突拍子がないのもわかっているので、数を打っても当たらないだろうという思いの方が強いものの。どこかで、聖獣と仲がいいのならば召喚に巻き込まれた可能性もあるのだと思ってもいたものの。ただの可能性のひとつでしかないと、焦って答えを得ようとするような自分を、ちゃんと抑えていたものの。
 本当に。ただ、本当に、話を向けても腰を折る事ばかりしそうな奇人に、思い付きに近い感覚で、知り合いに居ないか?と言ってみただけなのだ。実際、どれ感引っかかるとは考えていなかった。オレは持っているカードが少なすぎるから、それらを単純に重ねてしまったわけなのだが、世の中はもっと複雑だろうと、期待などは微塵もしていなかった。
 加えて。
 たとえ、オレの正体を暴く依頼をされた時に、王に召喚の話を聞き、そこにフィナという者が居たのだとしても。正直に言いはしないだろうと、奇人への信用も全く置いていなかった。
 なのに。戒めたり諦めたりしたのが馬鹿みたいに。
 期待ゼロの予感は外れ、放り投げた石が、思いがけずもヒットした。
「……え? マジ?」
 知っていると言って微笑んだ奇人に、唖然となるオレ。
 あっさり、ビンゴかよ!?
 ……いや、この変人奇人の事だから、適当な嘘を吐いている可能性もなくはないんだけれど。
 だけど。リエムの幼馴染だのフィナさんだとまでは、オレは言っていないのだから。きっと本当に、本気で、知っているのだろう。その彼の事を。
「オレが知りたいのは、その人の事なんだけど…」
「ふぉふぉふぉ、ならば当たりじゃ。良かったのォ」
「教えてくれるんですか…?」
「ん? 教えるも何も、ソチは何が知りたいんじゃ?」
「あの、その人は……、えっと……」
「どうした?」
「……オレがここに居る事に、関わっているんじゃないかと、気になって…」
 っていうか。その前に。
 傍らに控えるキックスの存在が気になり、オレはモゴモゴと言葉を口の中で転がす。神子の召喚を王様は隠しているようだし、オレだって、来訪者ですと顔に張り付けて歩きたくはないしで。第三者の前でどうすればいいのか、戸惑い声は尻すぼみになる。
 普通に喋ってもいいのだろうか? オレの世話役になるくらいだから、キックスもチュラも知っているのだろうか? でも、王のご友人とか言われたし……それって、建前なだけなのか?
 ようやく見つけた糸口に、飛びつきたいのだけれど、躊躇うオレを前に。
 奇人は、軽くオレのそれを無視し、ついでに先の発言も耳に届かなかったかのように取り合わず、世間話をする大阪のおばちゃん並の勢いで言葉を紡いだ。
「しかし、あの小坊主は、ホンに可愛い子供でのォ。初めて会ったのは、まだ毛も生え揃っていない幼さい頃であったが、それはもう天の使いかというくらいに愛らしくて、どうしてくれようかと思ったほどじゃ。慣れぬ場所と相手に緊張し、小鹿のように震える様は、そこに居た神官全員の心を鷲掴みしたわい。しかし、神殿とはいえ、所詮は人の集まりじゃ。綺麗なところではない。誰もが、閉鎖的なここでは幾らも保つまいと、その風情に思ったものじゃ。じゃが、彼奴は、確かに気弱で小心者なところもあったが、基本、蝶よ花よと可愛がられてきた者特有の、自尊というには幼い負けん気も持っていてのォ。ヤられて泣き寝入りする性格ではなく、どちらかと言えば、ヤられそうならば、ヤられる前にヤってしまえで、周囲を蹴散らしておったわい。いやはや、アレには参った参った。そうであっても、他の神官の前では何も知らないかのように、無垢に笑うんじゃからの。大したタマじゃよ。しかも、そうだというのに本来の泣き虫気質も健在じゃからのォ、ヤっておいて、後から影でこっそり泣いておったりもするんじゃよ。そう、はっきり言って、ただの子供じゃな。じゃが、そこがまた可愛くてのォ。もう、誰もが骨抜きになっておったわ」
「…………はァ」
「なんじゃ、知りたいというておいて、気の無い返事じゃのォ」
「…………スミマセン」
 確かに、それは、御免なさいだけど。
 だけど、そんなに熱く語られても、困るというものだし。実際、奇人が熱を上げるような人物を、想像しろという方が無理だ。可愛い子供だったのは分かったが、それ以上に、神官はロリコン親父ばかりなのか!?とドン引きだ。
 何だよ、天の使いって……。だったら、アンタは悪魔の使いだろ、オイ。
 てか。
 何年も前の話だろう、幼少期の彼を語られても、仕方がないんだけど…。
「まあ、あの愛くるしさは実際に会わねばわかるまい。どれだけ可愛かったのか、ボクが語りつくしたところで、半分も伝わらるまいよ。それでも、教えてやりたいのは、大事にしていた菓子を食べてやった時の様子じゃな。あの、神に捨てられたかのような絶望を、一気に親の敵のような怒気に変えて、ボクを見た時のその変化はすさまじかったわい。少し力を入れれば砕け折れるような細い肩を怒らせて、零れんばかりに眼を見開いて、詰ってくるその姿はのぅ。年端もいかぬ子供のそれではなかったわい。ああ、あと、ちょっとした仕置き代わりに、物見塔へぶら下げてやった時の怯えようは、最高じゃった。恐怖で声がかすれているのに、どこまでも高飛車にわめいてのォ、吊るす紐を切って落としてやっても、泣きながら暴言を吐いておったくらいじゃ。もっとも、後から非はアレになかったと判明したから、正当な主張であったのかもしれぬが。まあ、それならそれで、はっきりと示しきらねばならぬ。あれは彼奴にはいい教訓になったじゃろう」
 それにしても、懐かしい、と。
 うんうん頷きながら、一人、記憶の中に入り込みご満悦な奇人。
 呆れてものが言えない。幼子に、何をしてンだコイツ…。
「……キックス、ちょっと、席を外してくれないか?」
「はい、わかりました」
「ごめんな。……間違ってもボコったりしないから、安心して」
 オレの申し出に頷きながらも、大丈夫なのか?と言たげなその目に、茶化した言葉で答える。いや、実際、殴ってこの奇人がどうにかなるのなら、そうしたい気持ちはあるけれど。
 だけど、オレの拳ではこの男は変わらないだろう、死ぬまできっとこのままだ。
 一応、元とはいえ、大神官だった人物に暴力を振るったら、オレは罰せられるのだろう。そして、オレの監視役でもあるのだろうキックスも困るだろう。
 だから、そんな事はしないよと。ホント、ちょっと胎を割って内緒話をしたい程度だからと。オレは頑張って、余裕ある笑みを作って、居間を後にするキックスを見送る。
 しかし、内心は、余裕など一切ない。
 今なお楽しげに、フィナ少年との思い出を語る奇人を前にしながら、オレはどうしたものかと心で嘆く。今のオレでもそうなのだから、神官になろうかというようなピュアな子供にとって、この奇人は恐怖でさえあったんじゃないだろうか。あった事もない人物の過去に、オレは同情すら覚える。
 奇人の周囲は、この理不尽な苦労を常に強いられてきたのだろうか。もしかしたら、暴君王のそより性質が悪くないか…?と。そう、溜息をつきかけたところで、「聞いておるのか?」と、指摘される。
 目の前で語られて耳に入れずにおくような器用さはオレにはないが。嫌気がさしていたのも事実なので、それは無視してやる。
「その彼が、召喚に関わったとは…?」
「なんじゃ、唐突に。話が飛んだのォ」
「どう思います?」
 口を開かせては話が進まないと。オレは、ひょいと片眉をあげた奇人にたたみ掛けた。貴方は知らないのかと。神官のタマゴはその後、召喚に関わるほどの神官になったのかと。
「今回の召喚を行った神官の一人が亡くなったそうだけど……その彼と、関係あるんじゃないか…?」
「ほほぅ、だからこその飛躍か。なる程のォ。しかし…、はてさて、それはどうじゃろうのォ。ボクはそこまでは聞いていない。じゃが、あの子は、素質があったからの。立派な神官になっていたとも聞いたし、その可能性はあるじゃろォ。ただし、それを言うのならば、ボクは召喚を行えるだろう程度の神官の知り合いは多数おるし。召喚故に死んだというのも、事実かどうかも分からぬ。それだけの情報では、何も言えんのぅ」
「本当に聞いていないのかよ? 第一、オレの事は話を聞いただけで引っかかったと言っていなかったか?」
 お得意の勘はどうしたんだと、眼を細めてやる。言わないだろうとは思っていたが、実際に何も知らない態度を取られ、面白くなさをオレは覚える。これだけ喋る男が、聞き出していないわけがないだろう。ひとりでも召喚師に知り合いがいるのならば、神子捜索協力を要請してきたリエムに詳細を訊ねたハズだし。リエムも、亡くなった友の知り合いに、その死を隠すような奴でもないだろう。
 知っているだろうに、白を切っているなと。そう、胡乱に見やるオレに、奇人は飄々と悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「そなたの事は、アレじゃ。ヴァンの若造が、熱く語ってくれたからのう。言ったじゃろう。勘と言うよりも、興味じゃったんじゃよ。気にするな。それに、確かにボクが調べれば、どれだけ隠そうが直ぐにそれは知れようが。しかし、それよりものォ。ソチが直接、ヴァンの若造に訊けばいいだけの事じゃ」
 違うか?と、まっとうな事を言われ、オレの眉に皺が寄るが。実際それ以上の事はないので、オレは頷くにとどめる。確かに、そうだとも、違うとも奇人に言われたところで、その言葉を自分がどれだけ信じられるか怪しいものだ。少なくとも、件の日に王都にすら居なかったらしい人物に訊ねるよりは、秘密だと言われるとしても、リエムに訊くのが一番だろう。
「まあ、話の流れとしては。彼奴は聖獣とも仲が良かったし、召喚に関わったのだろうのォ」
「……召喚は、身体に負担がかかるものなんですか?」
 オレが納得した途端、先程はくれなかった同意を示す奇人に、こいつはこういう男なのだと内心でひとつ舌打ちを落とし。オレは、大神官ならば召喚の儀式について詳しいのだろうと話を変える。これ以上、フィナさんの事を聞いても、オレと奇人では答えは出ない。
 それよりも。そのフィナさんが召喚師だとすると。
 命をかけてまで王の命に従ったというわけになるのだけれど、どうなのだろう。
「そもそも、召喚って、神官が行うもの? それとも、召喚師?」 「実行する者を便宜上、単純に召喚師と呼ぶだけじゃ。大抵、素質があるものは神官じゃがの」
「その人達は、何をどうをするんです?」
「そうじゃのォ。正式に行うならば、召喚には聖獣と、その能力がある者数人と、聖水や陣やその他細々としたものが必要じゃな。じゃが、実際には何かが欠けているからといって、失敗するとは限らない。儀式の作法程度の重要さしか持たぬのじゃよ。異界から人を呼び寄せるのは、存外簡単じゃ」
「簡単…?」
「確かに、正式に行う方が、神子を召喚する成功率は高いのじゃろう。だが、全てが整っていたとしても、何も呼べない時もあれば。たった一人で未熟な神官がことに及んだのであっても、神子が渡る事もあると言うわけじゃ。まあ、それは流石に、極一部の者しか知らぬ秘密じゃがの。そうやって、無茶な召喚が多発しない為に秘されているんじゃよ。だが、それがなくならないのもまた事実じゃ。人という生き物は、欲深いからのォ」
「……その、召喚は簡単って…神子じゃない人物も含まれての事だ? 無茶な召喚が実際には行われているから、来訪者がこの世界に来るんだな…?」
「聖獣を持たねば神子は見つけにくいからのぅ。そういう場合の召喚は、ただ闇雲に異界から人を引き寄せているに過ぎぬ」
「聖獣が、神子を…」
 そうだ、だから、神子召喚となるのだ。爺さんも言っていたじゃないか、聖獣が神子を呼ぶ手立ての一つだと。普通は、それを信じているのだ。だが、そうでなくとも呼べた過去があれば、偶然でも召喚方法を知ってしまえば、人は自分もと望むものなのだろう。
 旅で出会った、純粋に神や神子を敬っていた人々と、謂れなき中傷を受けていた来訪者の子孫がオレの頭に浮かび、消えた。聞いただけの、権力者たちの醜いそれが沸きあがり、オレをこの現実に追いやった、若き王の姿となる。
 情報が多くなる度、それを理解する度、眩暈すら感じそうだ不快感がオレを襲う。
 知らなければと思ったが、一気に取り入れるのは難しいくらいだ。
 いつの間にか詰めていた息を吐き、新たに大きく吸うたところで。奇人がオレに追い討ちをかけるように言う。
「異世界からの召喚は、実のところ、神の力によるものじゃ。執り行う儀式は、神の力を奪うようなもので、それを勝手に召喚するものが使うんじゃ。聖獣が居れば、それが神子に繋がる。いなければ、ただの人なり、動物なり、命あるものに。じゃから、聖獣は、神子と同じ世界を渡ってきたとも言われておるくらいだのォ。実際は、まったく違うし、そもそも、召喚事態、神の采配と思われてもいるがの」
 これは、召喚の方法よりもさらに秘匿されている話じゃ、と。
 王も知らぬぞと、奇人が笑う。だが、言われた言葉がオレには難しく、不明瞭すぎて飲み込めない。

 それでも。
 その瞬間、オレの中の何かが、ザワリと動いた。


2010/01/18
132 君を呼ぶ世界 134