君を呼ぶ世界 134


 神様から、力を奪うなんて。
 人はどこまで傲慢なのだろう。

 さらりと喋ってくれるので。あァそうなんだと軽く頷くよう、表面を舐めるしか出来ていなかった話を、きちんと聞き直した結果。オレにも漸く、奇人が言わんとする召喚の全容が、おぼろげながらも見え始める。
 神子召喚とは、つまるところ、一種の実験だ。
 やってみなけりゃ、神子が来るかどうかわからない。だったら試しにやってみるかとなる、結構いい加減なものなのだ。そういう事を思いつきもせず純粋に神や神子を敬っている者にとっては、神聖高いそれであろうが。大半の実行者には、そういうものが欠けているそうだ。
 だから。適当な召喚が後を絶たず、その被害者である来訪者が減らないのだろう。
 奇人曰く、昔はもっと盛んに神子召喚は行われていたそうだ。そして、聖獣が多く居た分、神子を呼ぶ率は高かったようで、問題にはなっていなかったらしい。だが、聖獣の減少が早いか、召喚方法がズサンになったのが早いか、徐々にその率は低下し、無関係の者を呼ぶようになった。それを危惧した者達が、召喚を規制するようになり、今では各国のトップレベルの者達にしか伝えられていないらしい。
 もっとも、人の口には戸を立てられないし。広まっていた過去を持っているのだから、どここまで機密になっているのかは怪しいものであるのだが。
 そして、そうして密かに権力を持つ者達の間では、今なお根強く残っている召喚は。神の力を狩り取り成り立っているものであるらしい。
 つまり、実行者達の力を持って、聖獣なり何なりで狙い定めた相手をこの世界に引き込むのではなく。実行者が扱うその力そのものが、神のものであるのだと奇人は言うのだ。何人束になってかかろうとも、ただの人間に、時空超えて何かを引き込む力などないのだと。それを持つのは神のみだと。彼らは、儀式により神へと近づき、それを奪って使っているにすぎないと。
 だけど、なあ?
 神はこの国を見続け、王や何やらを審査しているらしいのだから。奪うじゃなく、神子を呼ぼうとしている奴らに力を分け与えているだけの事なんじゃないか?と。神は、神子がこの世界に来るのを喜んでいるんじゃないか?と。来訪者の一人としては、奇人の言葉が正解ならば自分は神にまで認められていないかのような存在になるので、オレがここに居るのは神の気まぐれの結果だと思いたいので言ってみたのだけど。
 奇人は、どこか少し自嘲気味に、「神は、神子すらこの世界に戻る事を望んではいないのじゃよ」と小さく笑った。まして、来訪者など歓迎していないというように。
 そう、そうであるから。聖獣は神子と同じく、こちらで召喚が行われた時に世界を渡って来るという通説を、奇人は微塵も信じていないのだろう。オレなんかは、それを聞いて、ありえる話だと納得してしまうくらいなんだけども。だって、無関係なオレが飛んだくらいなのだから、人ではない生き物が飛んでいないとは限らないし。
 それなのに、自信満々に違うと言い切る奇人。だったら、聖獣はどこから来るんだと?と聞けば、元々この世界で生を受ける生き物だと言う。神子が、別な世界で生まれ、その魂が血には関係ないところで繋がれていくように。聖獣も、場所は違っても、この世界で同じようにランダムに継承されていっているのだとか。
 いまいち、ピンとこない。継承って、何だそれ、だ。
 まあ。簡単に言えば、その根本的な聖獣魂が、色々な命に根付いて転生を繰り返すと言ったところか。もっと具体的に言えば、その辺で飼っている犬猫からも、聖なる獣が誕生する可能性もあると言うわけだ。
 ならば。聖獣のそれが正しければ。
 神子もまた、違う世界でとはいえ、何の関係性もなく生まれるのだろう。
 それこそ、それがサツキであっても、オレであっても、誰であっても。おかしな事ではないというわけだ。
「…それが本当ならば、さ」
 成る程、と。
 奇人が言った言葉は、なんとか噛み砕けた。だが、やはり感覚的には掴みきれない。
 無神論というわけじゃないけれど、宗教のような思考は、ものすごく苦手だ。物語の中のような設定でしか捉えられない。そういうものだと、言われるままに飲み込むのみだ。
 その中で、オレが思ったのは。今までもそうであったけれど、自分自身が立たされたこの立場だ。この事態は異界の神のせいでもあるのだと、どこかで思っていたその部分が、一点に集中する。
「オレがここに居るのは、100パーセントその召喚に関わった奴らのせいってわけだな。神が、神子を含め一切の拉致行為を望んでいないと言うのならば、そうなるだろう?」
 ならば、世界を見張る神は。愚行を実行した者達を裁かないのか、と。どうして、神子を得て栄えた国もあるんだ、と。矛盾しているこの現実をオレは示す。古くから、神子や来訪者を呼び続けてきた世界が、今なお神に許され存在しているのはおかしくないか?
「それとも。神が力を振るうと言うのが嘘なのか? でも、人に力を奪われるくらいなのだから、神は存在するんだろう?」
 訳がわからないな、と。抽象的すぎる存在を汲みこんでの会話に、オレは嫌気がさしつつも、根気よく奇人に訊ねる。
 その答えは、至極端的だった。
「神は間違いなく居らっしゃる」
「……へえ、どこで会ったンっすか?」
 元とはいえ、奇人とはいえ、腐っても神官であるだろう男に訊いたのが間違いだったと。抑えられずに溜息を吐き出し、オレは嫌味のひとつを向ける。
 何が、居らっしゃるだ。やってられるか!というものだ。
「居るのならば、是非オレも会ってみたいデスねェ」
「会ったところで、お主の状況は変わらぬぞ」
「何だって…?」
「神は、確かに、地上の者達の暴挙を認めていない。だが、それを咎める事はおろか、来訪者達を元の世界へ戻すこともしないんじゃよ。別段、敬ってもいない神になど会いたくもなかろうに、会う意味もないわい」
「……」
「神はもう、この世界には何もしないんじゃよ。何も、の」
「……どう言う意味だ? だから、神は――」
 神は裁きを下すんじゃないかと、続けようとした言葉が遮られる。
「神子の存在が国を救った、滅ぼしたなどと言うのは、結果をこじつけただけの話じゃ。市井で伝わる話を聞いたのならば、神がこの世界を監視し、制御していると思っておるのじゃろうが、そんな事はないんじゃよ。どの結果も、そこに住む人々が歩んできた過程によるものじゃ。神は、何もなさっていない。何も、じゃ」
「……だったら、何で、この世界の人はそんな風に神を…。……わかんねェ」
 今度は、自ら続く言葉を切り、オレは溜息を吐く。
 宗教だと言えば、それまでの話だ。見えないその存在を中心にして観念が存在するそこに、何故と問うても意味がない。
 だけど。実際、出会った人々の信仰心は、熱狂的なそれではなく。昔から根付いているような、穏やかなものであったけれど。けれど、そうであるのならば、危険も伴うのだろう神子召喚がそこまで流行るだろうか。ただの象徴としてだったり、その希少性を欲してだったりするのだろうけど、そこにあるのはそれだけだとは思えない。やはり、神子の存在理由が大きいだろう。
 神子を得たものは栄えるチャンスが与えられるというのが、愚行を増長させている原因のはずだ。
 それなのに、本当は何もないなど。あり得ないだろう。
「オレは、神だの何だのは、分からないし…正直、勝手にやっていれば?な感覚しか持てないけど。でも、その存在を信じ続けるのは、条件も必要だけど、同じくらいに個人の努力っていうの? そんな気持ちが要るよな…? 何もしない神を、どうして、審判者のように――」
 そこまで言って、ハッと気付く。
 そう、だ。先程、召喚と神の力の関係を語った時に、この奇人は言っていたじゃないか。それは、王さえも知らぬ秘密だと。
「――まさか、誰も知らない、とか…?」
 純粋に、人々は神の介入を信じているからというのか…?  単純な答え。だが、あまりの酷さに、無意識に除外していたのだろう。オレは、自分のその思いつきに自身で驚きながら、それを口に乗せる。
 オレの驚愕など意に介さない態度で、奇人は、「知る必要もない事じゃからの」とあっさり頷いた。
「はあァ!? なんで!?」
 ちょっと待て。それは、アレか? この世界は、本気で一種の信仰集団と言うわけか? 将軍様万歳な国と変わらない、制御された情報で成り立つ歪んだ世界なのか?
 見ようによっては、恐怖政治のようなその信仰を。真実は別にあるとわかっていて放置する意味がわからない。
「おかしいだろッ!?」
「この世界にとっては、可笑しくないんじゃよ。実際、神と言う存在はあるんじゃ。人々がそれを敬って悪い事はないじゃろうて」
「でも、不必要に傅いている面んもあるじゃないか」
「そうじゃな。じゃが、今はまだ、過程なんじゃよ。全員が全員、流れる話の全てを信じているわけではない。古からの伝承が、この時代を作っているんじゃ。あえて変える必要もないのォ」
「なんで? 神が不介入なのは事実なんだろう? だったら、変な束縛など消し去ればいいじゃないか。ただその存在を祭ればいいだろう」
「さて、それはどうかのォ。神はこの世界を見ておるだけじゃと言うのは、もしかすれば未来で暴かれるのかもしれぬし、信仰心はいつかなくなるのかもしれぬが。それは誘導するのではなく、その時を待つものじゃろうて、ボクはそうは思わぬ。真実は、確かに真実じゃが、それがこの世界に必要かどうかは、そこで生きる者達が決めるものじゃ。現に、今も、神を信仰しない者もいないわけではない。無理な召喚を行う者もいる。同時に、何も与えられはしないのに、讃え続けている者もいる。そう奴らに、神はただの傍観者だ、召喚は個人の罪だと教えてどうする? ソチは信仰を止めさせたいのか? それ程に、この世界は間違っておるか?」
「…………でも、まるで騙されているみたいじゃないか」
「それは違う。人の心にはそれぞれの神が居り、その神は彼らに応え続ける。生きる上で、信じる上で、真相など無意味じゃ。人の世とは、こういうものなんじゃよ若造。尤も、ボクが神のそれを語ったところで、ソナタの様には誰も信じぬだろうからのォ。言ったところでも、意味がないの。個々の中にある神には、誰も勝てぬ。それは、神本人でもじゃ」
「…………神官って、神様ありがたや〜じゃないのかよ?」
 奇人が言うのは、簡素であり排他的でもあり、非協力的な言葉であったが。言いたい事は、何となくわかり、それに納得さえ出来た。この男は、神は居ると言い切りながらも、その力を求めも、信じも何もしていないが。居るだろうと信じているだけの人にとっては、神は日々の希望や安定といった拠り所なのだ。また、居ないとしている人にとっても、同じ。
 それに大事なのは、個々の思いであって。事実を明るみにすることに、意味はない。その言い草は、わかる。オレだって、短いながらも生きてきた中で、多少なりとも色んな神に触れてきたのだ。多く存在する宗教が、神と言う見えない存在が、いかに人の中に根付くものなのか、少しは分かっているというものだ。
 だけど。それによって、人生を大きく変えられたオレは。前と同様、勝手にやっていて下さいよとは思えない。奇人が言うのはわかるけれど、複雑だ。全てを暴けば、神子召喚などもう起きないかもしれないと思うと、神同様、傍観者のような奇人が憎くもある。
 けれど。オレは、出会った人々の中で穏やかに息づいていた神を消したいわけではない。これは、きっと、言葉は違えど奇人も同じ気持ちなのだろう。
 しかし、それにしても。神官のくせに、この冷めようは何なのだろう。
 神官になるくらいだから、信仰心が篤かったはずだ。ならば、神は見ているだけだとの秘密を知って、嫌気でもさし、その職を辞したのかもしれない。それくらいに、居ると言う割には、言葉にはそれへの尊敬が含まれていない。
「そうじゃの。神狂いは居るが、彼らもまあ、神の不干渉を知らぬからの。熱狂的なのはまあ、仕方がない内じゃの」
「全体的な事じゃなく、アナタの事を聞いたんですが――神官でも、事実を知らないのかよ?」
「神官どころの話じゃないわい。それにしても、ふぉふぉふぉ、ボクが神狂いとは有り得ぬじゃろう。確かに、半分は当事者じゃが、半分は全くの部外者じゃ。神に思うところなどそうないのォ」
「どういう事…?」
「この血は、そういうもんなんじゃよ」
「血? …奇行の?」
 血が可笑しいから、可笑しい人間であり、周囲とは違う可笑しい考え方を持っているのか?と。
 思わず、自分でも自覚しているんだなとちょっと驚きつつも、確認してみたのだが。
 奇人は、「何の事じゃ?」と首を傾げ、眼を瞬いた。
「……えっと、…いや、その――部外者、当事者って、どういう意味なの…?」
「そのままの意味じゃ。言っただろう。ボクは神子の子だと」
「…………ハぁ?」
「ボクは神子ではないから全てではないが、神子の記憶があるんじゃよ。いや、それより。ソチは一体、今まで話していたのを何だと思っておったんじゃ。ボクの話を、妄想だとでも思っておったのか? 神子以外ではそう多くが知るわけでもない重要な秘密を教えてやっておるというのに、何と愛想なしな、罰当たりな奴じゃのォ」
 些か反応が鈍いようだと思っておったが、まさかボクの正体まで忘れているとは…と。嘆く奇人から、オレは目が離せられない。

 これが。この男が。
 神子の子供だって…?


2010/01/21
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