君を呼ぶ世界 135


 それが本当ならば。
 オレは、この世界の人々に同情するぞ。

 え? え? え?
 神子の子供?
「ちょっ、ちょっと、待って。神子の子って、誰が…?」
「ボクじゃ。だから、昨夜言ったじゃろう?」
「聞いてねェよッ!?」
「ん?そうだったか? 言ったと思ったんじゃが……駄目じゃのう、最近耄碌してきたのか、思い出せんわい…」
「言ってねえ、絶対、言ってないから!! ってか、言った言ってないより、それ自体が意味わかんねえしッ!!」
 マジで、神子の子供なのか?
 この世界の象徴たるそれの血を引いているのか?
 しかも、御子の記憶だって?
 だから、色々知っていると言いたいのか?
 いや、でもでも。それって可笑しいだろう?
「ん? 言葉が理解出来ぬようになったのか?」
「違う!意味分かんねェ事をぬかすな!って話だよッ」
「意味など、ひとつしかなかろう。子供と言えば、子供じゃ。ボクの親が神子じゃったと言うだけの事じゃ。難しくとも何ともない。――ああ、そうじゃった。神子の子とは言わなかったのぅ。昨夜は、ソチには、ボクもまた異世界の血を持つものじゃと言っただけであったな。ふぉふぉふぉ、先走ったようじゃのぅボクは。でもまあ、今更隠す必要もなかろうて。ソチも、これだけ話せば気付いていたじゃろう?」
「気付くかッ!!」
 ツッコミ叫べば、そうか?と、純粋に不思議がるように首を傾げる奇人。そのまま、「じゃが、ただのこの世界の者にはわからぬ情報を今さんざん喋ってきたんじゃ。気付かぬ方がどうかと思うぞ?」と、しゃあしゃあとのたまってくれる。
 そりゃ、確かに「何者だ!?」と思ったけれど。
 その知識が『大神官』であったのならば納得出来るものであるのだろうと、そうではないらしいのを知らないオレは思い込んだし。何より、深すぎるそれも、奇人が口にすれば軽くて怪しくて、重点がずらされていたのだ。オレの無能さのせいばかりにされるのは、面白くなさすぎる。
 そもそも、だ。
 あの、異界の血を引くという発言は、オレの正体を見破る為に、オレの言語能力を測る為に打った冗談ではなかったのか? オレを引っ掛けるための嘘じゃなかったのか? そうとしか捉えられないものだったはずだ。今更、何を言ってくれるのか。
 それとも、あのまま話を続けていれば、「ボクは神子の子供で何でも知っています。今白状すれば、色々教えてあげるよ」とでも言うつもりだったのか?
 いや、でも、ホント。そうであったとしても、これはおかしな話だろう。オレにこの世界の秘密を話しているんだ。それにより矛盾が生じてしまっている事に、気付けよ、奇人。
 神子だって、子供を作るだろうから、それ事態は確かにおかしくない。だけど、ならば他にも子供はいっぱい居る事になり。この男が言うように、神子の記憶が子供にも受け継がれるのならば、神の事も召喚の事も秘密になんて出来ていないはずだ。真実を知る者が大勢いては、隠し通すのは無理な話だろう。
 そうじゃないか?
 だったら、最低、どちらかが嘘ということになる。この世界の真実か、神子の子ということか。それとも、真実が伏せられている事態が、か…。
 何にしろ。クソ奇人が、いい加減な事を言っているのには間違いないようだ。
「……アンタさ。ンな嘘ばかりついていて、楽しいのかよ…?」
「嘘? 嘘などついておらぬ。それとも、ボクが神子の子供でない証拠をソチは握っているとでも言うのかえ?」
「……だったら、さっきの話が嘘か?」
「何故そうなるんじゃ?」
 ソチの反応はおかしいぞ、と。神子の子供と教えられれば、普通はびっくりした後は、憧憬の目で見るものじゃがのう。来訪者殿は変わっておられると、肩を竦める奇人。明らかに、何を訝られているかわかっていての、パフォーマンスだ。腹立たしい。
 こいつの話を、真剣に聞き。それが、オレの感覚にあっていたものだから、成る程なと納得していた今さっきまでの己が悔しくて仕方がない。
 そんなに、オレをからかって楽しいか? クソッ!
「う〜む、何やら誤解が生じているようじゃのォ?」
「……誤解というか、あなたの誠意が感じず、真意も見えないその態度が間違ってンですよ」
「ふぉふぉふぉ、流石王にも噛み付く男じゃ。面白いのォ!」
 じっとりと睨み続けてやると、困った顔で譲歩するような発言をしたので、ここぞとばかりに言ってやるが。
 そこに反省の色はなかったようで、男は高らかな笑いを響かせる。
 オレは奇人を微塵も喜ばせたくないので、まったくもって面白くない。なので、笑いに乗らず見据え続けてやると、「まあ、いきなり沢山の事を言われても、わからぬよのォ」と、笑いを潜めてしみじみと奇人は言う。
 …だから。
 俺の理解力がないような言い方をするな。誰が、お前を理解出来る。出来るのは、同じ変人だけだろうが…!
「ソナタには、この世界の者ならば持っている常識がないからのぅ」
「……貴方にだけは言われたくない気がします」
「それは、気のせいじゃのォ――と、言いたいところじゃが。確かに、ボクも神殿育ちで、ひとにはない記憶もあるしのぅ、世間とは少しずれておるのかもしれぬ。否定はせぬ。じゃが、まあ、生まれも育ちもこのフィリーじゃから、困った事は一度もない」
 ……オイ。それは、暗に、そのままだと困った事になるぞと、オレの常識外れを指摘しているのか?
 奇人のくせに?
 っつーか。その変わり具合は、神殿育ちだとか、神子の子だとか、記憶持ちだとかの問題じゃないんじゃないか?
「ソチも、神子の言語力だけじゃのうて、記憶もあればよかったのォ」
「……いや、オレは関係ないし…。……って、貴方は本当に、神子の子供なんですか? 聞いた秘密は、その記憶からだと…?」
「異なる世界に飛び、言葉を得たソナタにとって。ボクのこれなど、否定するほども不思議じゃなかろう?」
「それは…、確かにオレには、否定は出来ませんけども…」
 だけど、胡散臭さ満開なそれを両手を広げて受け入れろというのも難しい話だ。
 たとえば、これがリエムなんかであったのならば。オレだって、スゲー!と素直に感心して鵜呑みにしただろうけども。
「そう難しく考えるな。これも言ったがのぅ。神子の力は、すべてが解明されているわけではないのじゃ。こういう事も有り得るのだと思うしかないぞ」
「……え? あれ…?」
 なんか、おかしいぞ?と。違和感を覚え、オレは奇人に確認する。
「神子の子供は、記憶を得るんだよな…?」
「いや、普通はないのォ。ボクは特別じゃ」
「あ、そうなんだ…」
 何だよ、全員が全員、記憶持ちじゃないのかと。自分の勘違いに気づき、だったら奇人が言ったことの辻褄は合うのか?と、もう一度浚おうとしたのだけど。
 奇人が、変わりに纏めるかのように、オレに語りかける。
「よいか? ソチに話したのは、すべて事実じゃ。ボクは神子の子で、母親が持っていた能力の一部を引き継いだ。それにより、多くの者が知らぬ事実を知っておる。じゃが、それを広める気はない。ソナタに話したのは、特別じゃ。ソナタが、ボクと同じように、力を授けられた来訪者じゃからじゃ」
「……なあ、それが神子の記憶というのなら…、神が何もしないのを、神子の皆が知っているんだよな…?」
「そうじゃのう。その多くが知っておろう。じゃからこそ、皆、口を噤んできたのじゃ」
「何故だ? 神が審判者でないのならば、自分の価値が下がるからか?」
「さて、そう思う者もおったかも知れぬ。じゃが、多くは神のそれで支えられている世界に、そうではない事実は要らぬと思うたんじゃろう。ボクのように」
「……」
 真実を隠す。その事に、嫌悪はない。確かに、奇人の言う事は尤もだ。
 だけれど。
 それでも、隠されているのが本当に正しいのかは、オレには分からない。
「のォ、メイ」
 もうすっかり冷めただろうカップの中身を飲み干し、奇人がオレの名を呼んだ。
「市井での神子に対する認識に、神子は全ての知識を持っているというものがある。曖昧な記憶というものじゃなく、知識じゃ。何でも知っているというのが、神子に関する常識じゃ。じゃが、ソナタは神子の記憶を持つわけでもなく、情報を得たのは市井からであろうに、それが知識ではなく記憶だというのを簡単に受け止めるのは、どうしてじゃろうのォ?」
「どうしてって…。いや、でも、オレは初めからそう聞いたけど…?」
 そう答えつつ、そういえばと思い出す。爺さんは記憶であり知識ではないときっぱり言い切っていた。だが、出会ったほかの皆にはその認識はなく、確かに意識などしていなかった。そして、確かにオレもその差に気付いていた。
 それに対して、オレはそういうものなのかと別段気にしないできたけれど。違うと言うのか…?
「では、ソチにそれを教えた者は、どうなんじゃろうのォ。ただ単にその認識なのか、若しくは、神子の事を良く知っておるのか…」
「爺さんが、神子を?」
「記憶だと認識しているからといって、神子に関わりを持っていた者とは限らぬ。長い時の中で、伝えられてきた事じゃからの。地域や国により多少変化していてもおかしくない。じゃが、気になるのォ。まさか、逃げたわけじゃなかろうが、どこへ行ったのやら」
「何で爺さんが逃げるんだよ。考えすぎだ」
「まあ、その男の事は、追々わかるじゃろうて」
 いや、追々ってなんだ。それこそ、オイオイだぞ。神子だけじゃ飽き足らず、爺さん探しまでする気か?
 縁起でもない事を言わないでくれよ。
「そっちは置いといての、メイ。同じように、神子に力がない事も、召喚が拉致同然である事も、多くの者は意識などしておらぬ。神子とは、神への憧憬と畏怖を持って、目の前に据えて敬う対象じゃ。極端に言えば現人神のようなもので、信仰を具現化したようなものじゃの。だから、のォ。普通の者は、神子召喚自体に嫌悪は抱かぬ。結果として来訪者が現れる事に関しては色々考えはあるが、神子はこの世界の者に望まれるものじゃ」
「ああ、そうみたいだな。…で、何が言いたいんだよ?」
「ヴァンの若造は、ソナタのそう言ったところが引っかかったんじゃよ。決定打になるほどのものではなく、些細な事が積み重なっての違和感じゃの。変わった考え方をする奴だと思っていたのが、何故そんな考え方を持ったのかになり、いくつかの可能性を考えたというわけじゃ」
「つまり…アンタは、オレが間抜けだと言いたいんだな?」
「そこまでは言っておらぬよ。じゃが、まあ、これからはもう少し気をつけるんじゃな。ここに居るのはソチにとって必要なことじゃろうが、周りを思えば楽ではなかろう。何せ、国の中心じゃ。色々思惑が飛び交っておるところじゃて、来訪者と言うのは気付かれぬ事にこしたことはない。ソチは、唯の来訪者じゃなく、神子の力を得ているんだから余計にじゃ」
「それは、…神子の記憶を持って、この王宮で暮らしてきたアンタだからこその忠告か?」
 オレの問いに、奇人は笑いのみを返す。眼は笑っていない、嫌な笑みだ。
 本気で親切心があるのならば、誰に気をつけろだとか、何が起こるだとか、オレがすべき事だとか、そう言うのをはっきり言ってくれよと。含んだ言い方だけで終わろうとする奇人にオレは舌打ちしたが、どこ吹く風だ。効いちゃいない。
 そんなオレの顰め面など見えていないように、徐に、奇人が椅子から立ちあがる。
 そして。
「どうやら、ヴァンの若造がこちらに向かっておるようじゃ」
「…リエムだって?」
「ボクは会いたくないので、失礼するかのォ」
「え?は? ちょ、アンタ、そんな事もわかるのかよ? それって、勘の域を超えているだろ!?」
「ふぉっふぉっ。普段はそうでもないんじゃよ。ただのォ、どうやら彼奴は怒っているようでのぅ。あと、ソチに意識を向けているからじゃろう、今は気配がびしびし飛んでくるんじゃよ」
「え? 怒ってって――あ、おい…!」
 妙な声で笑いつつそう説明しながら、ふらりと窓辺に近づいた奇人がガラス戸を開け、桟に尻を置き片足を外へと投げ出す。
 まさかと思った次の瞬間には、窓をもぐり、奇人は外へ飛び出していた。
「よいか、メイ。この世界の考えに染まっておらぬソチじゃから、元の世界に戻りたいと申すソチだから話したんじゃ。神の行為も、召喚の真実も、ボクの事も、決して他言するでないぞ?」
 では、またのォ。
 会いたくないからと言って、窓から出るなんて。お前は泥棒かよ!と、ツッコミながらも慌てて駆け寄るオレにそんな声だけ残し、奇人が颯爽と去っていく。言いたい事だけを言い、オレを掻きまわすだけ掻きまわし、これだ。最悪だ。
 訊きたい事はまだ沢山あるのに…と。
 去った嵐を、オレは早くも請い――そんな自分に、顔を顰める。いやいやいや、ここは帰ってくれて万歳だろう…! そこは、間違ってはダメだろ、オレ!
 毒されてはヤバイぞ、と。自分を戒めながら、オレは壁に額を付け溜息を吐く。

 何かもう。
 今のだけで、頭がパンクしそうです…。


2010/01/25
134 君を呼ぶ世界 136