君を呼ぶ世界 141
噂をすれば、影――ならば。
これからは、思考の中に上げるのも、遭遇したくないのならば止めた方がいいのかもしれない。
王様一行にぶつかりそうなので、ここはひとつ、さっさとズラかろうと提案したのだけれど。
気付かれていないくらいに遠いのならば兎も角、これで避けるのはそれこそ不敬だと言うように。溜息混じりのような声で、出来るわけがないとリエムに言い切られてしまう。どうも、いま気をつけろと忠告したのにそれか…と言ったところのようだ。
しかし、その嘆息ひとつで、オレに対する脱力を振り切ったようで。
「ほら、行くぞ」
そう短くオレを促し足を踏み出したリエムには、緩みひとつない。気持ちいいぐらいにピンと張ったその雰囲気に、どうせ向こうもオレなんかを見たくないからイイじゃないか…と反論しかけた言葉を飲み込む。おぉ〜、仕事の顔だ、騎士様だと。引きしめられたその顔につられる様に、オレは素直に従う事にする。
これでまた喧嘩になっても、半分くらいはリエムの責任だ。
近付いてくる集団との、ベストな状態を図ったのだろう。数歩も行かないうちにリエムは足を止め、壁に背中を向けて礼をした。オレも倣うべきなのか?と戸惑っているうちに、王が歩み寄り足を止める。
「…………」
顔を上げていたので、避けたかった人物とバッチリと目があってしまった。
だが、王様はオレなど見えていないように、さっさとそれを外し。頭を下げたままのリエムに声を掛ける。
「先程使いを出したが、余計だったな」
「何かありましたか」
探されていたらしいそれに反応して背中を伸ばすリエムとは逆に、オレは視線を落とす。
何やら話しがあるらしく、言葉を交わす王とリエムのその側で――何故だかオレは、無言の責めを受ける。
「……」
「……」
「……」
足を止めた集団は、全員で四人。王と、昨日もいた御付きと、いつかオレが追いかけたオッサンと、初じめましてな青年。その三人が、リエムと向かい合う王の変わりと言うように、オレをものすごく気にしてくれているのだ。居心地が悪すぎる。
…………ええ、ええ、場違いなのは分かっていますよ、オレだって。
そもそもオレは逃げたかったんだぜ? だからこれは、不可抗力だ。リエムのせいだ。
よって、だな。そんなにオレばかりを非難がましく見ないで欲しい……。
てか。何なんだ、これは? オレの何が悪い? リエムの傍にいる事か? 王に挨拶一つしなかった事か? それとも、あんた達は何か知っているのか?
いやいや、もう何でもいいから。リエム。頼むから、さっさと終わってくれ。それが出来ないのなら、オレに逃走させてくれ…。
無言でやって来る意味のわからぬ攻撃に、オレは早々と白旗を上げ胸の中で隣の男に訴えるが。王と話すリエムさまは全然気づいてはくれない。薄情な奴だ。
はっきり言って、こんなところで立ち話などせずともいいじゃないかというものだろう。リエムはともかく、王様はオレが早々に立ち去りたいのを知りつつ、嫌がらせでリエムを足止めさせているんじゃないだろうな?
マジで、一体これは何なんだよ…と。視線をビシバシ感じつつ、オレは綺麗に磨かれた廊下の石を睨む。王に対し大人しくしろと忠告された手前、名前ひとつでどうだのこうだのと階級社会を匂わされた手前、下手な事も出来ない。
堪えるオレを良い事に、視線は相も変わらずだ。
正確に言えば、近衛なのだろう男はまあ、仕事の一環程度のそれだけど。残りの二人が、あからさまな程、オレにガンを飛ばしてくれている。そして、それは時間が経つにつれ、あまりにも相手が堂々としているからか、こちらが居た堪れない気持ちにさせられる。こんなところにいて御免なさい、って感じだ。……って、実際にはオレが謝る必要はひとつもないのだけれど。
いい加減堪えがたくなって、あさっての方向へとオレは視線を飛ばす。ああ、良い天気だと、対面の庭を眺めて現実逃避しようとしてみるが。横顔に刺さるそれが痛すぎて叶わない。
これは、「こんなのが王の客だって?」って疑心なのだろうか?
それとも、事情を知っていて「目障りな異界人めッ」っていう嫌悪か?
少なくとも、「この人はどんな人物なんだろう?」な、純粋な興味や好奇心でないのは確かだろう。
そりゃ、まあ、オレだって。十分すぎるほどに、自分がここに居るのはおかしいと思っているから。その視線に、多少の不満や嘲りや、その他色々マイナス感情が混じろうと、仕方がないかと思うけど。
思うけど、さ。この近さで、それはないんじゃないか? 腹の底で思っていても、隠そうぜ? なあ?
気付かぬ振りをしておけば外れるかと思ったそれは、まったく持ってそんな事はなく。埒が明かないと顔を向け、不躾過ぎるそれを受け取ってみる。
じっと目が合うのも気にせず、オヤジは無言でオレを見続ける。微動だにしない。
オヤジと見詰め合う趣味はないので、逃げるが勝ちだと、引きつったかもしれないが曖昧に笑って視線をずらす。今度は青年の方だと、何となくいつの間にか意気込みを持っていて、挑むように見やる。
オレと変わらないくらいか、幾分若いか。愛嬌のある顔の青年が、眉を寄せたまま顔を背けた。
よし、勝った。
勝っても嬉しくないけども。
あと一人だと、王とリエムの間に立つ近衛へと顔を向けたら、ちょうどオレを振り向いたリエムと視線が重なった。
「ひとりで大丈夫か?」
「……何が?」
首を傾げたオレには答えず、リエムが王に、「先に彼を送ってから向かいます」と言う。話がつかなかったのか、どうやらリエムはそのまま呼び出しを受けたらしく、ここから部屋まで一人で帰れるかとオレに聞いていたようだ。
「あ、それだったら――」
「スオン」
状況を把握し、だったら別に一人で帰るからと言おうとしたところで、王様に遮られた。
名前を呼ばれたのは、御付きの兵士だ。
っで――って! それで終わりかよ!?
何を言うんだろうと待っていたのはオレだけの様で、呼び掛けだけをして、王はその輪からスッ先に抜け出る。それに、オレを見ていた二人が付き従う。
「……は?」
え? 何? これで終わり?
思わず声を零しながら、遠ざかるその姿を見ていたオレの肩をリエムが叩いた。
「メイ。今日はもう無理だが、また明日にでも続きを案内する」
「あー、うん……ヨロシク」
リエムの言葉を処理しながらも、対応はおざなりになってしまう。
いや、だって。
構えていた手前、何もなく去った彼らに疑問符いっぱいだ。睨んでおいて口を開くことすらしなかった男達もそうだけど。昨日の今日で、完全無視してくれた王にも、怒りよりも不可思議さを覚える。拍子ぬけだ。
……まあ。声を掛けられても、腹立たしいだけだけど。
「一人で出歩いてもいいが、迷子にはなるなよ?」
「……ああ、気を付けるよ」
「出来る限りは、キックスを供につけろ」
「うん…でも、キックスにも仕事があるだろうし…」
いやいや、それを言えば、リエムだってそうだなと。思いながらも、口は滑らかに滑らない。隣のリエムと会話しながらも、通路を曲がったのでもう見えないのに、王達が去った方向を見てしまう。
今のはホント、何だったんだ?
「それもまた仕事のひとつだ。気にせずに他の事でも何でも言え。いいな?」
「ああ、わかった」
振り向き頷くと、リエムは満足げに首を振った。そして。オレの肩をもう一度叩き、「メイをお願いします」と残った男に頭を下げてその場を離れる。
まっすぐと、王達の後を追うその姿を、またもやオレは呆然と見やってしまう。
王と何の話をするのだろうか。視線が気になって、傍でされた会話が全く耳に入っていなかった事に気付く。
しくじった、と。ひとつ溜息を吐き、身体ごと振り返ると。男がオレを待っていた。
「あ、あの…」
「行くぞ」
何となくどう振る舞えばいいのやらわからず、オレは戸惑ったのだが。男はそんなオレを気にする風もなく、短い言葉で先導を始めた。カツンと、男が足を運ぶ度に靴音が響く。
よくよく思い出せば、この男も表情が乏しい人物だ。昨夜の限りでも、王の傍で控えている時も、ラナックに力を振るっている時も、読めないどころか無色な表情をしていた。それはもう、王様以上のものだ。
敵愾心丸出しの、先程の二人もそうと言えるが。上司が上司ならば、部下も部下だと言ったところだ。
それとも、近衛兵ってこんな感じが普通なんだろうか。テレビで見る、要人のSPってのもこんな感じにだよな? 護衛対象が何を言っても、聞こえていないかのような無関心だ。無表情が務めなのかもしれない。
っつーか。
一応そうだと言うラナックを簡単に甚振っていたのを考えれば。この男は一兵卒じゃなく、正真正銘の騎士さまなのだろう。所謂、近衛騎士というやつか。と、言っても。オレには、あまりにも馴染みがなくて、階級だ何だのの違いは分かんないんだけども。
まあ、昨夜の様なところまでつき従うくらい、王に重宝されているようだから。軍の中でもそれはそれは、ランクが上であるのは間違いないだろう。
しかし、そんな奴が、何故に、オレを部屋まで送るのやら…。これって、確実に雑用だよな?
「あの、近くまで行ったらわかると思うんで…そこまででいいですから」
王がこの人を指名した理由は、たとえ短い距離でも、放置できないくらいの要注意人物だとオレを見做しているからなのか。それとも、ただ事情を知るから命じただけにすぎないのか。だったら、あのガン飛ばし二名は、オレが何者か知らない事になるんだけど…。いやいや、それこそ、これ以上オレが周囲と接触しない為の措置なのかも?
何となくだけど、王の一番の護衛であると思われる男とのこの事態に、早くもオレはビビる。まさか、じゃないけれど。昨日のラナックみたいに、オレも力にものをいわせて捻じ伏せられたり…しないよな?
王と側近が前もって、客間を与えたとはいえ調子に乗られては困るから一度シメておこう――なんて事を話していない保証はないし。それならば、一人で帰る方が安全かも?と。半泣き気分で、逃げ腰全開でオレは打診するが。
オレの言葉にあっさりと、「送り届けるように言われている」と、平坦な答えが返る。
いやいやいやッ!
王様は全然そんな事は言っていませんよ!?
貴方の名前を呼んだだけでしょう! それとも、アンタ達はテレパシストかなにかですか?
「……ラナックは、大丈夫なんですか?」
緊迫しているわけではないが、緩みひとつ見せない男が纏う空気に、そんなツッコミなんて入れられる訳もなく。かといって、沈黙も重苦しくて、ラナックの事を聞いてみるが。自分でも、そこに非難が混じっていたのは仕方がないと思う。命じられたとはいえ、実際に力を奮ったのはこの男なのだから当然だろう。
だが。本気で言う文句ではなく。本当に、つい、思わず、に近い感覚で言ったので。その瞬間、緊張を覚えもしたのだが。
男はやはり、オレのそれなど気にもせず、「あれくらい、平気でなければ騎士は務まらない」と言う。それは、騎士が務まっているのかどうなのかは知らないオレには、大丈夫なのかどうなのか判断出来ない答えだ。だが、まあ、昨夜の様子からするに、確かに問題なかったのだろう。身体に痣がいくつも浮かんでいそうだが、その程度なら、ザマアミロの範囲内である。
それでも一応、人として、「なら、良かったです」と答えたオレに。男は歩きながら、チラリと視線を向けてきた。
だが、それだけだ。それ以上、何もない。
プツリと切れた会話を、名前を聞く事で復活させたが、名乗り合っただけで終わった。会話にもならないそれを続けるネタはオレにはなく、ほぼ無言で歩みを進める。
本当に、これは何の嫌がらせだよ?
2010/02/15