君を呼ぶ世界 143
オレだけが知らないのか。
オレだけが知っているのか。
今のオレの立場は、とっても有難い事この上ないくらいの、『王の客人』だ。
全く持って本当に、本気で嬉しくはないんだけども。まあ、それなりにその恩恵を受けているので、致し方ない。
しかし、王の客人と言っても、正確に言えば、『王が己の客人として扱うことを認めた人物』なのであって。別に、王様の知人や友人であるとは限らない。
オレの場合も、細かく言えばリエムの知人になる。懐の広い王様が、臣下の友を自分のそれとして丁重に扱っていると言ったところか。
だが、王がクチバシを挟んでそうと認めたのだから『王の客人』は言葉通り、王の客でもある。その客人が、王と直接話した事がなかろうが、何であろうが、周囲にはそんな事は関係ないというものなのだ。
なので。
オレは、ちょっとくらいなら踏ん反り返って偉そうにしても許されるんじゃないか?と思うくらいに、丁寧に扱われる立場にあるらしい。オレに付いてくれた二人が仕事熱心で性格が最高なだけであるのだと思っていたが。ちょっと、風呂だ散歩だと出掛けてみれば、擦れ違う兵士にきっちり礼を取られた。
何度か、「お前は誰だ?」って感じで見られたりもしたが。あの客間を使わせて貰っている者だと言えば、失礼しましたと謝罪までされる始末。
はっきり言って、居心地が悪い。そりゃあ、邪険にされるよりはいいけれど。実際には、王様と敵対しているような関係なので、王の客人だからと丁寧に接してくれるのは……なんていうか、騙している感がしてならない。
実はオレ嫌われ者なんですよ、なんて。バラされても困るだろうから言わないけれど、仕事の一環でも止めてくれと頼みたいくらいだ。
昨夜はあのまま部屋で過ごし、今朝は湯浴みへと出たついでに昼まで近場をウロウロしただけなのだけど。両手未満の人数であったというのに、兵や侍従や下働きなどの面々のそんな態度に、気分的に参ってしまった。
ただいま…と、部屋に帰りついてキックスの顔を見た時も。ホッとするより何よりも、「王の客人って、そんなに偉いのか?」と思わず訊いてしまったくらいだ。言われた青年が、「何かありましたか?」と、答えではなく心配をするものだから、余計にオレは複雑な気持ちになったのだけど。
だけど、まあ。寂しいと言えば寂しいけれど。たとえ、キックスのオレへのこれが、王への忠義心から来るのだとしても。オレにはひとつの文句も言えないし、言うつもりもないしで。別段、どうする事も出来はしない。解決策などないに等しい。
だから。ただただ、ホント、王様って何よ?と。昨日も思った事が、更に大きくオレの中で膨れ上がる。
そんなにアイツは偉いのか?
そりゃあ、一国の王だ。偉いのだろう。凄いのだろう。だけど、オレは、あの男の稚拙な部分も知っているから、そこまでだとは思えない。
例えば、王のそれを知らなかったり、また別な国の王様に出会ったりしたのならば。オレも単純に「凄ぇよ!王様だよ!カッコイイ!」と、それだけに感動したのだろうけど。それも、有名人を見るミーハー感覚とあまり変わらない気がする。王だからと無条件に、その存在のために何かをしようなどとは思わない。
オレの中では、王であっても、同じ人間で。そこに差はない。日本人は総じて、確かに立場ある者のそれを敬う心は持っていても、それとは別なところで、人は対等だとの感覚を持っているものなのだ。
王を敬い傅くそれも。何となく、そんなものであるのかもしれないと、周囲の現状は分かるけれど。真実、理解しきるのはなかなかかなり難しい。感覚が追いつかない。
「あのさ、二人に訊きたいんだけど。王様ってどんな奴?」
あの男のどこが、そこまで皆の心を捉えるのか。それとも、単純に、「王」であるから皆がこうであるのか。
どこに理由があるのだろうかと、手始めに訊ねてみると。
チュラもキックスも、困ったような顔をした。
「…聞いちゃいけなかったか?」
「いえ、そんな事を聞かれるとは思っていませんでしたので…」
珍しくも、キックスが言葉を濁すが。
オレの方も、ハテナだ。聞いたとておかしくない話だろう。ナニその反応。
「別に、ただ聞いただけだろ?」
「そうですね。ですが、国王に対してそのようなことを仰られる方はあまり居らっしゃいませんから」
「知ろうとするのも不敬なのか?」
「いえ、そうではなく。王は皆が知っている存在ですので」
「ああ…そう言う事か」
つまり、超がつく有名人であるのに、「どんな奴?」はないって事だ。これが、「リエムってどんな奴?」ならば良いのだろうけど、全国民が知る事を聞くなどおかしいというのだろう。だけど、王都で同じように聞いた時は皆、教えてくれたぞ…?
そう考え、あの時は自分が田舎者の世間知らずだったからかと思い付く。今は、曲がりなりにも王の客人だ。そして、それはリエムの客だからというのは別段隠されているわけではないが、広めているわけでもないので。王の客は王の客でしかないこの二人や、その他諸々に至っては、「何を言っているんだ? 自分達よりも客であるお前の方が王個人を知っているんじゃないか?」なのだろう。
「じゃ、言い方を変える。二人から見る王は、どんな奴?」
「素晴らしい方です」
「立派な方です」
「……成る程」
揃って即答した言葉に、オレは一瞬詰まりながらもなんとか頷く。
そりゃそうだろう。王の客人に「ちょっと血の気の多い方ですね」なんて言うわけがない。またもや聞き方を間違えた。
「実を言えば。オレは、王様の事は殆ど知らない。リエムから、ちょっと聞いたくらいだ。でも、ここで世話になっているからには、挨拶のひとつもする事があるだろう? その時の参考に、ちょっと接する注意点とか教えて欲しんだけど。ほら、オレ礼儀とかに疎いしさ」
「メイさまは、王のご友人ではいらっしゃらないのですか?」
「違うよ、リエムの友人。っで、その繋がりで今世話になっているの。知らなかった?」
「はい、知りませんでした」
素直なチュラの返事とは裏腹に。もしかして、知っていたのだろうか。キックスは、またもや少し困った表情を浮かべた。だが、それはすぐに消える。
「王とお会いになるからと言って、特別な事は必要ありません。メイ殿はそのままで結構でしょう」
「そうか?」
「王は、懐の広い方ですから。たとえ多少の粗相をしたとしても、咎は受けませんよ。心配なさる事はありません」
安心させるよう、にこりと笑ったキックスが、「チュラもそう思うでしょう?」と傍らの同僚に同意を求めた。
少女は大きく頷き、「メイさまは大丈夫です!」と太鼓判を押してくる。
「王は、本当に素晴らしい方です。お心が広く優しい方です」
「……本当に?」
「はい。私が転んだ時、手をお貸し下さり、お声までお掛け下さいました」
躓いて荷物をひっくり返した時、近くに居た王様が起こしてくれて、荷物を集めるのを手伝ってくれて、大丈夫かとまで心配してくれたのだとチュラは言うけれど。
いやいや、それは人として当然の事だろう。女の子が転んで無視など、有り得ないし。
「現王は、身分に関係なく、私達のようなものにも丁寧に接してくださいます」
それも、王城で働くものなのだから、当然と思うけど。
「国のため民のため、常にお考え下さっています」
……うーん、それはちょっと、願望入ってないか?
本気で慕っているのだろうが、オレには頷き難く。けれど、ハートマークが飛びそうな少女に、流石に突っ込む事も出来なくて。
へえ、そうなんだと。引き気味ながらも笑ってみる。
いやほんと、笑うしかないってものだ。
チュラの敬愛を間違いだとは言わないけど。オレは確実に、大丈夫じゃなかったから今ここにいるのだ。この二人が見ている王様像はあまり、立ち向かう役にはたちそうにない。
だけど。王を知る目的では、十分すぎるほどに良くわかったとも言えるだろう。
市井の者のように比較的実害のないところからではなく、結構傍で見ている者達からも。王は支持を得ているのだ。やはり、「王」としての顔は立派なようだ。
オレに言わせれば、どこまで外面がいいんだよ…なだけだけど。
「キックスも、王と直接会った事があるのか?」
「ええ、何度かあります。私の父が王の傍で仕えさせて頂いているので、私の事も何かと気に掛けて下さっているようです」
「へえ、そうなのか。親父さん、職場の愚痴で王様の事をぼやいたりしない?」
「まさか。父は傍に居る分、私以上に王の立派さを存じていますので、そのような事はありませんよ」
本当にあるわけがないと。何て有り得ない話をするのだろうと、苦笑するキックスに、これ以上探るのは不審がられるかと、オレは話を締めくくる。
だけど、さ。完璧人間なんて居ないし、キックスの父親からしたら、若い王は息子みたいなものなのだから。多少の事はあるのが当然だと思うんだけど? あの王様は仕事は出来るが、感情の起伏が激しいなぁ…だとか。時にキレる事がるんだ、とか。そう言うのがないのも変だろ?
何もないのは逆に気持ち悪くないか?
オレの父親など、酒が入らなくてもボロクソに悪態ついていたけどなと。オレだって、仲の良い友達であっても、多少のことは言ったものだけどと。王相手には、隠れて批判もしないのかと、その徹底振りに唖然だ。
これは、もしかしたら。オレがあの王様の暴君振りを知らずにこの話を聞いていたのならば。間違いなく、なんて出来た奴なんだ!と信じたのではないだろうか。それくらいに、誰もが真っ直ぐだ。
牢屋であったあの名前も忘れたオジサンの言葉が霞むくらいで。それはもう、オレが会った王様は、まったくの別人じゃないかと思うくらいだ。
昼食後にも散歩と称して一人で出掛け、調子に乗って城からも出てみる。
ハム公と偶然に会ったりしないだろうかと思うが、流石にそう上手くもいかない。あの素直で純粋な兵士なら、また違った王様像を教えてくれるんじゃないかと思ったのだが、残念だ。
リエムに教えられた鍛錬場まで行ったが、流石に一人で入る事は出来ないと諦めて。公園へ出向いて、一昨日世話になった夫婦を見つけて礼を言う。そこでちょっと王の事を聞いてみたが、やはり評判はいい。
公園を出たところで、子供の群れに遭遇した。元気な姿に思わず笑みが零れ声を掛けると、一瞬警戒されたが、直ぐにそれを興味に変えたようで囲まれた。
「お兄ちゃんダレ?」
「遊ぼう!」
腰ほどの高さの子供数人に迫られ、負ける。
息が切れるほど駆け回り遊んでいると、子供達が呼ばれた。顔を向けると数人の若い女性が立っていて、駆けてくる我が子を両腕で受け止めている。
会釈して立ち去りかけたが、思い直してオレは足を向けた。そして、適当に自己紹介を交わし、王の事をそれとなく聞いてみる。やはり、ここでも評判はいい。
「うちの人よりも若いのに、本当に立派だよ」
「それに、いい男よね」
一人がうっとりな顔で発したそれに、キャハハッと女子中高生のようなノリがそこに生まれて、オレは思わずたじろぐ。
そう言えば、王はそういう意味でも人気だと、街の奴が言っていたっけか。
マジで、アイドル並みだ。
いやいやしかし、だからこそ。痘痕も笑窪みたいなもので、多少の無茶もこのノリで許されているのかも?
王のかっこよさを語られても困るが止めようもなく、盛り上がるご婦人方に途方にくれる。
いや、まあご婦人といっても、オレより若いだろう人も居るんだけどさ。
「ん? どうした?」
不意にクイッと腕を引かれて下を向くと、「遊ぼうよ」と、会話を聞くのに飽きた子供にまた誘われた。だが、それを聞いた母親達が、「もうダメよ」「お兄ちゃんも帰るの」「また明日ね」と即座に言い聞かせる。
空を見上げれば、まだ夕焼けには幾分かあるが、太陽はかなり傾いていた。
オレが帰る事が出来るのは。
あの部屋だけだ。
2010/02/22