君を呼ぶ世界 146


 誰かに優しくされれば、誰かに優しくしたくなるものだ。

 爺さんの親切でも、これはやはり使えないよなと。
 改めて思いながら仕舞ったところで。何か音がしたかな?と耳をすませば、コンコンと控えめなノックがあがった。
 はいはいどうぞ、と。扉へ向かいつつ声を掛けると、オレが行き着くまでにそれが開き、その隙間から小さな顔がふたつ覗いた。
「リュフ!チト! 久し振りだな!」
「メイッ!!」
 破顔したオレに向かって、チトが飛び込んできた。飛んで火にいるなんとやらではないけれど、据え膳食わぬは男の恥なので。思いっきり抱きしめて抱き上げて、調子に乗って頬ずりしてやる。
 ああ、これだよこれ。この癒しがオレには必要だったんだよ…!
 若干暴走気味なオレに引くことなく、チトは思わぬ攻撃に声を上げて笑う。しかし、そんな妹は違い、足を踏み入れたはいいけれど妹とのようには行かないリュフは。オレを見て、リエムを見て、オレを見てと、所在なさげの困惑気味だ。
 だが、戸惑う姿もいじらしく、チトに負けず劣らず可愛いもので。
 オレの鼻の下は伸びまくりだ。
「二人とも、元気にしていたか?」
 チトを腕に抱いたまま、入り口で佇むリュフに近づき、小さな頭を撫でる。しゃがみ込み、片腕でその体を抱き寄せる。
「…メイも、元気だった?」
「ああ、元気だ。心配掛けたな」
 間近で覗き込めば、リュフは口を引き結んだまま首を横に振った。
 そんな風に言葉を詰まらせる兄とは逆に、オレの首にしがみつきながら、「メイ見て!見て!」と、興奮状態の妹が俺の顔に何かを押し付けてきた。見たくても見えない事態発生だ。
「ほら、ふたりとも。とりあえず、こっちで座れ。メイは消えないから大丈夫だ」
 見かねたのか、リエムが助け舟を出してくれた。チトの勢いにバランスを崩しかけていたが、片手で背を支えられて何とか立ち上がる。
 リエムが開けてくれたベッドに腰を下ろしたが、チトはオレの膝の上をキープした。リュフが横に座り、リエムが窓辺に凭れ掛かる。
 チトが手に持っていたのは、新しいお手玉だった。母親に作って貰ったらしく、良かったな可愛いなと褒めると、得意げな笑みを見せた。
 思いつくままに話すチトに相槌を打ちながら、リュフに離れていた間の様子を聞く。その中で、あの問題児達とはどうなっているのだと訊ねれば。言葉を濁しつつも、前ほども悪い関係ではないと語る。
 よく聞けば、どうやらレーイさんがガツンとやったような口振りだ。何となくだが察するに。リュフの歯切れの悪さは、弟ではあるが男としてちょっと悔しく情けない結果になったといったところかと、突っ込んで聞くのはやめておく。虐められていないのならば、それでいい。
 暫くそうして話していると、今度は女将さんが現れた。店が落ち着いたから、食事にしようと誘いに来てくれたのだ。
 厨房ではなく、食堂で空いた席に着く。オレの前にリュフで、その横がレーイさん。オレの横が女将さんで、オレの膝にチト。エルさんとリエムは厨房だ。
 久しぶりに桔梗亭の料理を食しながら得た情報によると。レーイさんは、ちょうどあの日に、オレがリエムと王宮へと行った日に、この店を訪れたらしい。弟妹が世話になっている礼と、オレへの個人的な用だったとかで、暫く待ってまでいたとのこと。そして、その日に早速、帰らぬオレの代わりに給仕を手伝ってくれたのが、働くきっかけなのだとか。
 っで。更に、運良くというかなんというか。後日、オレが遭遇したように、エルさんもまた幼い兄妹が意地悪をされている現場にいきあたり助けに入ったところに、これも偶然に、再度オレを訪ねてきたレーイさんも居合わせて。そこで、苛めっ子達にガツンとやったらしい。
 それも、虐めるんじゃないわよ!ではなく。いつも仲良くしてくれてありがとうね、の言葉で綺麗に笑ったのだとか。勿論、優しさ皆無で、だ。それを、エルさんはかっこよかったと言い、幼い二人は怖かったと言うくらいだから、内面の怒りを見せつけてのものであったのだろう。
 うん、まあ。出会った時の事を思えば、それも頷けるものだ。オレだってビビったくらいの迫力持ちさんだし。
 しかし、そんな言外の脅しで、よくもまあ本当に、あの悪ガキどもを黙らせたものだと感心する。多分、オレが同じ事をしても舐められて終わりだっただろう。美人さんがしたそれだから、ガキとはいえ年下の男でもある少年達は委縮したというわけだ。
 成る程……そりゃぁ、リュフも複雑なわけだと。先に部屋で語っていた少年を思い出し、オレは内心で苦笑する。
 そして。
 結局、再度訪ねてもオレは居らず、加えてまた、給仕役を申し出る程に見かねる忙しさに行き当たったレーイさんは。何だかんだで、女将さんに引っ張られて、ここで手伝いを始めたらしい。今までの仕事も辞めていないとのことだが、オレの了解を得られればこちらで世話になりたいと思っていたようなので、あの仕事から足を抜くのは時間の問題なのだろう。
 雇い主が構わないと言っているのに、オレを気にして正式には話を受けなかった事からも、レーイさんが存外律儀であるのは分かったが。それで、オレへの用件は何だったのかと聞けば、意外にも「あのお手玉を売り物にしてもいいですか?」だった。
 働く程までには回復していないらしい母親でも作れるので、内職にしたいようだ。
 そう言えば、チトにお手玉を作って貰った時も、女将さんが売れるかもと言っていたけど。あれって冗談じゃなかったのか?
「別に、オレに許可は要らないんだけど。それより、あんなのが本当に売れるの?」
 売れても、儲けなど微々たるものだろう。逆に、売れなくとも負担にならない程度で、大した損は出ないだろうけど。だけど、何といってもただのお手玉だ。普通は、親が子に作れば済むものを、商売になるほどの者が買うか?
 しかし。そう言った懸念は、「ここは王都だから」というので消化出来るらしい。つまり、観光地ではあんなものでも、土産品や贈り物になるというわけだ。
 そして、レーイさんは勿論、王都で長年暮らしてきた女将さんもそう考えているらしく。彼女のそれを全面的に後押ししている。
 よくよく聞けばもう既に、店の常連に、子供にあげてと渡したりして、好感触を掴んでいるのだとか。加えて、王宮付近で店を持つ知り合いに、店頭の一部で置かせて貰う約束を取り付けているだとか。流石、女将さん。抜かりなしのようだ。
「それなら、どうぞ早速始めればいいよ。考案者はオレだとかなんだとか、煩い事は言いませんから。いいようにして」
「メイならそう言うと思ったよ」
 いやいや、マジで。オレがそれに口を挟む事はないんだよ女将さん。言っちゃ悪いが、どこまでいこうとただのお手玉ですからね。マージンを寄越せなんて、有り得ないでしょ。
 なのに、何故か評価を貰い、苦笑を禁じ得ないオレに。女将さんが、「それで、もうひとつ頼みがあるんだよね」と、レーイを促す。
「何?」
「あの、その腕輪も、気になっているんです。女将さんから、それは貴方が作ったものだと聞いたので…」
「え? これ?」
 袖を捲り、左手首に巻く花結びのブレスレットを掲げて見せると、女将さんとレーイさんが同時に頷く。女将さんには以前、願掛けで作ったものだといったけれど。ちょっとした話題でしかなく、覚えられているとは思わなかったから、話していたなど驚きだ。
「難しいものかい?」
「いや、そうでもないですよ。だけど、それこそこんな簡単に作れるものが売れますかね?」
 首を傾げたオレに、二人が言葉を重ねてきた。曰く、願を掛けるというのがいいらしい。おまじないはどの世界だろうと、女性ウケがいいようだ。それに、この肌身離さず持っていられるのもいいのだとか。
 恋人や家族同士が持ち、何かの時は交換出来ればいいわよねと。乙女になった女将さんが言えば、レーイも同意し盛り上がる。
 だったら、長さは調整できなきゃだめだろう。いっそ、適当に長く作り、巻きつけて結ぶようなものでもいいかもしれないと。そんな提案をしているうちに、オレもなんだか楽しくなる。
「じゃあ、さ。完成品もいいけど、手作りキットもいいかもな。客が自分で作れるように、必要なものをまとめて売るんだよ。恋人に贈るとなったら、女の子は自作したいだろ? 簡単な編み方のものなら、やってみようと思うだろ?」
「メイ、いいこというじゃない。それも面白そうね」
「まあ、そういうのは客の反応を見ながら色々したらいいんでしょうし。とりあえず、オレが協力できる事は何でもするよ」
 遠慮せず言ってよ、と。親切心マックスでオレが言うと。目敏くも、可愛い子には優しいわねと、女将さんの揶揄が聞こえてきた。だが、無視だ無視。可愛いが限定ではなく、男なら女の子に優しくしてなんぼのものだろう。うん。
 そういう意味では、オレは女将さんにだって優しくしたいし、実際そうしているつもりだ。
 まあ、虐めっ子の存在が、オレを竦ませている部分も無きにしも非ずだけど。
「流石に今夜は帰らないとダメだし無理だけど。その内でいいのなら、教えるから」
「はい。お願いします」
 レーイさんが頭を下げたところで、いつの間にか腕の中のチトが船を漕いでいるのに気付いた。食事を摂って眠くなったのだろう。
 確かに、すっかり夜も更けている。
「私からも、よろしく頼むよメイ。だけど、アンタも無理しちゃだめだよ?」
「大丈夫です。今までは慣れないのもあって忙しかったけど、仕事配分もわかって来たし、自由になる時間は増えると思うから。また、来させて貰います」
 そう言い、事後確認と言うか、実際は宣言に対する許可を得るように。大丈夫だよな?と、カウンター越しにリエムに問えば、「そうだな、メイの仕事は一段落着いたからな」と頷いてくれた。しかし、当然そうなれば、「メイは何をしているの?」と、尤もだろうが、今まで誰も意図してしなかったのだろう問いが、大人達の話を聞くばかりであった少年から発せられる。
「通訳、翻訳と言ったところだな。メイはこれでも、語学に明るいんだ」
「書くのは苦手だけどね」
 これでも、は余計じゃないか?と。少し思わない事もなかったが。実際、オレが得たこれは、努力してのものでも何でもないので、なんとでも言えばいいさという感じである。
 しかし、助けてくれたリエムには悪いが。その言葉に、驚いた少年を見て、少し失敗した事に気付いた。そう言えば、オレはこの少年に、口止めまではいかないが、似たような事をしたのだった。
 他の国の言葉は話さない方がいいんだと言い、隠すようにしていたオレが、行き成りそれを仕事にしただなんて、リュフにとっては驚きだろう。
 よりにもよって、その仕事にしなくてもいいじゃないかと。責任転換宜しく、腹の中でリエムを軽く詰る。だが、ンな事に意味はなく。結局は、どうフォローすればいいのやらで、まぁそう言うわけだよと、オレは気にかけさせた少年に対し曖昧に笑う事しか出来ない。

 そりゃあ、事実を知られるよりは、オレの面目も立つけれど。
 不甲斐ない大人でごめんなさい、の方が大きい話だ。


2010/03/04
145 君を呼ぶ世界 147