君を呼ぶ世界 149


 自分と変わらぬ歳の相手を、「王」というだけで縛るのも。
 何だかちょっと、違う気がする。

 リエムにとっては、年下でさえある友人の現状は。諸手を挙げて喜べるものではないのだろう。
 何故、どうして、あの暴君を支えるのかと。王と臣下のその結びつきの強さに、王様とは何なのか、兵士って何なのかと思ったけれど。そう言うのを差し引いても揺るぎないものがそこにあるのだと、オレは改めてリエムの忠誠心を感じる。
 オレは、自分に対してのあいつの態度は行き過ぎだと感じたが。
 その立場を慮り、苦行を知っているリエムにとっては、苦言を呈するほどのものではなく、仕方がないと思う程度のものであったのかもしれない。
 少なくとも、この世界の常識で考えれば、王に楯突いたのだから、それなりの扱いをされて当然というわけで。オレが思うほども、リエムも王も、他の誰もが。全く、王のオレに対する対応に疑問を持っていなかったのだろう。
 いつだったか、リエムは、王も罪を犯せば罰せられると言っていたけれど。
 根本的に、王のそれを判断する基準は、オレに対するものとは違うのだろう。
 やはり、王は、王なのだ。
 だけど。
 王でもない時もあった。
 平民と変わりない時も、あの男にはあったのだ。
「なあ、リエムはさ。王様は神子に何も望んでいないんだって言っていたよな?」
 登りなだけあり、若干バランスを取るのが難しいが。行きよりも楽に馬の背で揺られながら、オレは思い出しそれを問う。
「ああ、言ったが…?」
「その、リエムが言う今の苦労を、改善させようだとかもなかったわけ?」
 あるという反勢力を抑える為に、抑止力の手立てとなるのかもしれない神子の存在を望んだんじゃないかと。今なお探し出そうとするのはそれ故じゃないのかと指摘すると、リエムは小さく笑った。
「そうだな。王としては、そうであるのが当然だな」
「当然って…、やっぱり、そうなのかよ…」
 足場を固める為の、神子召喚だったのかと。あの牢屋で会ったオジサンの話は嘘八百ではないのかと、オレは呆れたように吐き出しつつも内心で唸る。
 あの人は、神子は要らないと言ったが。ひとえに、王に与えたくなかったからなのか。一体、何を思っての事なのだろう。
 自らの危険を顧みずオレを逃がしてくれたが、それは王に今以上の権力を持たさない為か? 失墜させる為か? あの人もまた、王様の退位を望んでいるのだろうか?
 カポカポと馬の脚をとを聞きながら、オレはあのオジサンを思い浮かべる。
 一度会っただけだが、助けられたこともあり、リエムは警戒むき出しだったがオレにはそういう感想はない。むしろ、いいオジサンだった。だから、当然、印象最悪な王様とは比べるべくもなく、向こうの方がポイントはかなり高い。
 だけど、こっちにはリエムが居る。信頼しているリエムに言われれば、幾ら嫌な相手でも、一理あるかもと思う気持ちになってしまうのもまた事実だ。
 なかなかもって、往生の勢力図並みにとはいかないが、オレの心も複雑だ。
「だけど、神子が居たとて、どうなるものかはわからないだろう? それが一縷の望みだったとでもいうのかよ? そんなに、明日にはその地位から引き摺り下ろされるくらいに切羽詰っていたりするのか?」
「いや、そうは言わないが…。……頼りたくなるほどではある」
「頼るって、あの王様はそんなタマには思えないけどな」
 ハンッと思わずオレは鼻で笑ってしまうが。
 リエムはそれに乗りはせず、暗闇に溶ける静かな声で問いかけてきた。
「王の立場を守る為に神子に縋り、お前がここに来てしまった――のであれば。お前は王を一生許さないか?」
「……そりゃまあ、己の保身だけの為に、オレの人生が狂わされたのならば、な」
 今更、あの王が頭を下げて謝ったとしても、水には流せない。それは絶対だ。
 だが、それでも。
 その行動はオレに影響を与えるだろう。人間なんて、そんなものだ。特にオレは、単純なほどにそうだ。示されるものには、素直だ。
 だから、虐げられれば、噛み付く。けれど、そうでなければ、何かと折り合いを見つける努力をする。
 たとえ、そんな事は微塵も起きなくて。オレが知っていたその姿だけが王の本物で、リエムが語ったのは盲信が見せたものだとしても。
 やっぱり、間違った事をしたと反省を示されたら、オレは許すまではいかなくとも、王に対する悪評を一つ減らす事はすると思うのだ。
 王が動かないならオレも動かないというのは、不毛だろう。嫌な奴と同じ行動をするのも嫌だ。あの男が動かないのならば、こっちが動いてやろう。嫌がらせ気分が混じっているが、そんな思いもあってリエムに話を振ったのだが。
 その結果が、これだ。
 少し聞いただけで、オレが思っているようなものでもないようだと知れた。知れてしまった。
 ただ、嫌な奴が仕事で苦労しているのだと聞いただけなのならば。あの性格なら当然だろうと。どうせ、奴が周囲に理不尽を敷いているのだろうと。必然の拒絶を受けているのだろうと。虐げているのは王様だと思ったけれど。
 リエムが、性格は兎も角、国の為にならない政策をしている奴を主君として慕うはずもないし。民の指示の高さもあるしで。思うそれとは違うと認めざるを得ない状況なのだ。オレの方も、変わらずにつき通すのも難しい。
 若干、それでも癪だけど。
「だけど…リエムの話しだと、あの王もそれなりの苦労を背負っているみたいだし。正直、どこまで批難できる要素があるのか、オレにはわからない」
 知る前なら、どこまでも貶していい人物であった。オレにはそれが許されていたと思う。
 それに、知ったからと言って、オレに対する態度の正当性はやはり皆無だ。
 だが、それでも。こちらが気まずさを覚えるのも事実で。純粋に吠える事は難しくなった。
「今までも、リエムは王様を評価していたけど。オレにはああだしさ、リエムってもの好きだなと思っていたわけだよ。それが、なんか訳ありだろ? 印象が底辺を掘るくらいに最低だったから、そこで胡坐をかいて座っているわけじゃないとわかって、溜飲が下がったほどでもないけど……痛い目見やがれ馬鹿野郎!と呪っていたのが、ちょっと躓いてみろよ!ぐらいになった感じかな。決して、底辺を越えるくらいに印象が浮上したわけでもないけど、動いたのは確かだ」
 上手く言えないが、まあそんな感じだと。本当に、自分でもどんな例えだよと思うけれど、それが今の正直な気持ちだ。
 だって、リエムに聞いても、実際にオレが見たのとは違いすぎて、高感度アップ!とまではいかない。
 それでも、だ。それでも、だからってリエムの言葉を捨てる気にはならない。
 リエムの言葉は、オレの想像を豊かにする。不透明な状況に色を付けてくる。
 正しい色かどうかは、わからないし。答え合わせをする機会がオレにやって来るかどうはわからないけども。それはオレに可能な範囲を広げる。
「兎に角さ。巻き込まれたオレにとっては、何の意味もなく実験のように神子を呼び、オレをこんな目に合わせたのなら。当たり前だけど、儀式をした王を軽蔑する。だけど、理由があるのならば、多少はそれを考慮してやってもいいと思えるんだよ」
 その素質はあったとしても、聖獣云々だけで玉座に尻に毛が生えた程度の若者を据えるのは、誰だって納得いかないだろうと思うし。前王の判断に従っただけだという面も強いだろうしで。正直、オレはアンチ王様派を理解出来ないわけではない。
 オレだって、もしもこの国の一員ならば。頭が良かろうが、聖獣持ちだろうが。もっと現場での経験を積んだ年嵩の奴にしてくれと言ってしまうだろうものだ。自分と似た歳の男が、自国の舵を握っているなど不安でしかない。
 だけど、オレはそうでもこの世界では。若い王は他国には普通に居るし、国王は何だかんだ言っても権力の頂点に居るわけだしで、罷り通らない事ではないようで。ちょっと珍しいかも…?に入るか入らないかの話でしかないらしい。
 能力を重視しているこの国では、若いのは確かに欠点だが。ある程度は、優秀な人材が集まっているのだから、周囲でカバーできるというわけだ。だから、適任者がいない時は王家の者なんて決まりが残っていたりする。
 つか、そこまで能力主義にするならば、王家に統治力を与えるのはどうなんだ?と、日本生まれのオレなんかは火種を残しているだけのように思うけれど。まあ、そういう王家の重要性は、今はさておき。
 そういうわけで。決まったことであり、現にこうして国の指揮を執っている王が居るのならば、反対するのもどうなんだろうなと思おいもするのだ。優秀な奴らだからこそ、王を支えるべきじゃないのかと思うわけだ。だから、積極的に反勢力の肩を持つ気にもならない。
 なので、その辺のところどうなの?と。軋轢は酷いのか?と訊けば。
 表立って敵対するのは、旨みが欲しい程度の奴で。本気で厄介な思考の持ち主は、尻尾を掴まれるような真似はしないさと。喋り過ぎたと思ったのか、内情をそれ以上話せないのか。リエムは当たり障りのない程度の答えを返した。
 王の舵取りが間違っている可能性が完全に消えたわけではないし。統率力の無さは有りありだが。リエムにそれを聞いても、それこそまた笑われるだろう。リエムは、正しいと思って仕えているのだろうし、実際にはそう判断する者の方が多いようだし。今ここで言ってもしょうがない事だ。
 兎に角、各々理由はあるのだろうが。国の中枢で存在するいざこざは、国を思って王の入れ替えを目論んでいるというよりも、利益を求めて邪魔をするといった類のもので。
 ある意味、そこに自ら乗り込んだと言うよりも、聖獣によって引き込まれた感の強い王にとっては、理不尽でさえあるのかもしれない状況だ。もしも、オレならば。勝手に玉座に座らせておいて、足を引っ張るなんてどう言う事だよ!?とキレたい話である。
 だが、実際。その立場に立つものが切れるわけにもいかないだろう。
 リエムの話だけが真実ならば、ある意味国の犠牲者にも思える王だ。
 まあ、一方的なそれは有り得ないと思うけど。
「それは王の行動や思考を理解し許すとかじゃなく、やっぱり許せられない話ではあるんだけど。まあ、王様の色々を知ったらオレ自身の気が楽になるところはあるかなと思うんだ。だから、リエムのその話にはちょっとだけど、気持ちが揺らいだ。聞いて、だったら何故だろうと思う事が増えた。そのくらい、王を知りたいと思っている」
 リエム視点のそれだけで、オレは王様の見方を変えてしまっている。
 これが、きちんと自分なりに状況を把握したら。多分、オレは、王の非道の幾つかを、許しはしなくても諦めるだろう。そこに、悔しさはあまりない。
 あの非道な男が、民に慕われ、家臣に慕われ。また、一部では虐げられてもいるようだと知ったら。最低な王様だ!の評価を変えるのも仕方がないだろう話なのだ。本当に、オレの中での奴は最悪過ぎたのだから。
「それを慕えるかどうかはわからないけれどさ。まあ、なんていうか。リエムが見ている王様を、もっと教えて欲しい。一生許さないと決めるのならば、それからだ」
 だって。実は、周囲の軋轢に苦しみ性格を捻じ曲げたのがアレだとかだったら。不憫には思わないけれど、恨むには後味が悪い話しだしさ、と。
 嫌な奴認定はまだ変わらない相手の話を、真面目腐って話すのもなんなので。ちょっと茶化してみるのだが。
 そうふざけつつも、どこかで安心している自分に、オレはふと気付く。
「なあ、リエム。王様って、結婚してる?」
「いや、まだだが?」
 突然なんだ?と首を傾げるリエムに、「いや、まあ、色々思う事があってさ」とオレは苦笑した。
 そう、自分でも笑う話だけど。知りたいと思ったのだから仕方がない。

 リエムが見る王は、あまりにも年相応のそれで。
 無視するのは、難しいから。


2010/03/15
148 君を呼ぶ世界 150