君を呼ぶ世界 152


 どうして、そんな事になったのだろう。

 一体何がリエムの中で起きたのか。
 オレの話にきちんと相手をしてくれていたけれど、そんな素振りなんてなかったのに。
 突然された、告白。王は無関係だと言う、証言。
 理解しきれないまま、オレは向けられたその言葉を口の中で転がす。
「関与って……、……その場に立ち会わなかったってこと、だよな…?」
 そういう話なんだろう?と。逆光で表情が伺えない相手に言葉で問うと、「そうじゃない」と言われてしまった。
 リエムにはオレの顔がはっきりと見えているのだろうが、遠慮する余裕などなく、オレは意味がわからないと顔を歪ませる。
 本当に、意味がわからなさすぎる話だ。
「違うって…ちょっと待てよ。まさか、なあ?」
 まさか、本気で何も関わっていないと。後からそれを知っただけなのだとか言わないよな? あの暴挙に走ったのは、別の誰かだと、今更言うつもりじゃないよな?
 止めてくれよ、そんな事。
 だったら、今までの話は、オレの葛藤は、王へのものは、何だって言うんだ。
 冗談じゃない。ふざけるな。
 だって、首謀者は王様じゃないだなんて、オレの中では微塵も有り得ないし。リエムだって、それを匂わせはしなかった。なのに、何故、今になってそんな事を言うんだよ…!
 嫌悪を感じる程の拒絶が、一気に膨れた。
 オレはそれを隠さずに、リエムを見る。
 だが。オレのそれをわかっていても、今更汲み取るつもりはないらしく。本当に、何があったというのか。表情など見えなくてもそれが冗談でも何でもなく、真実なのだとオレを諭す雰囲気で、リエムが言葉を紡ぐ。
「だからと言って、何が変わるわけではないのだろう。お前がここに来てしまったのも、王が強硬な態度を取り続けるのも事実だ。誰が何をしたかも大事だが、結果であるこの現状には関係ない。そして、未来にもそうなのかもしれない。メイは先程、知れば変わるかもしれないといったが、そうではない事もあるだろう。全てが判明しても、理解も納得も出来ない事はある。知ったからこそ逆に、今以上に腹立たしくなる事もある。真実は、そういうものだ。俺には正直、知る事がお前の負担軽減に繋がるかどうかわからない。だが――お前に、何があったのかを知って欲しいんだ」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ」
 堰を切ったようなリエムのそれに、オレはたじろぐ。思わず身体を捻って視線を外し、飛ばした先の闇を見つめながら髪を掻き上げる。片手で頭を支える。眩暈がしそうだ。
 いやいやいや、マジで本当に待ってくれ!だ。訳わかんないぜ!と叫んで走りだしたい心境だ。
 知るだとか、何だとか。確かにオレはリエムに訴えた、語った、願ったけれど。それは、そんな真実じゃない。そんなところに、真実はなかったはずだ。
 オレが知りたかったのは、神子召喚を行われた経緯ではあったが。そこに居るべき筈の王が居ないのに、行き成りそれが真実だなんて――どう捏ね繰り返しても、意味がわからない話だ。簡単には挿げ替えられない。
 リエムが一切の関与をしていないというのならば、そうなのだろうと表面的には思える。語る言葉の意味はわかる。それが、唯一の事実だろうとも。だけど、オレの思考はそこまで行きつかない。居なかったのだとのそれはわかるけど、本当に、本気で、訳がわからない。
 何故、今まで一度もそんなことを匂わせなかったのに。今さっきも、そんなものは微塵もなく話をしていたのに。一体、どうしたのか。どうして、そんな事を言い出すのか。
 これって、何かの罠なのか? オレの知らないところで、オレをどうにかしようと何か起こっているのか? 言葉を尽くしても王様の良さを理解しないオレに対して、リエムが打ち出した秘作か? 凄く上手い演技で、本当はただの冗談だと言わないか?
 ってか、言って欲しい。言ってくれ。
 だって、無関係は有り得ないだろう。あの男は、王だぞ?
「…………ダメだ。全然ダメ」
 頭がグルグルで、全く考えが纏まらない。あまりにもひどい衝撃に揺れた思考が、オレにまともな考えを引き上げさせない。
 何時間待って貰おうと、どうにも出来ない状況だ。
 拒絶しか浮かばない。
「…本気で、話が見えない。ってうか、意味がわからない」
 思わずしゃがみ込み両腕で頭を抱え、う〜と一度唸ってみてから。
 オレは観念して、そのままの体勢で首だけを回し、腕の隙間からリエムを捉えて確認する。
「……本当に、王様は関わっていないのか? 命令したんじゃなかったのかよ?」
 だって、そんな事、普通はないだろう? 神子召喚って、そこまで気軽にするなものじゃないだろう?
 何より、いま中心で動いているのはあの王様だ。後から知ったにしては、積極的に探しているじゃないか。誰かが勝手に行ったそれを、横取りしたのか? だけど、それならそれで、全くの無関係とまでも言えないんじゃないか?
 一切の、って。どこまでの話だよ…?
「第一、召喚に必要な聖獣は…王様のもんだろう?」
 何があったのか知って欲しい。その気持ちは、分かった。どうしてそう思うのかも、分かる。オレの言葉にリエムが、王のメイは関係なく、リエム自身が応えた結果がこれだと思える。信じられる。
 だけど、内容は、それとこれとは別だ。リエム云々の前の話だ。一切の関与をしていないなんて言うひと言で飲み込めはしない。出来るわけがない。
「マジで王様は本当に何も一切を知らなかったのだと、そう言うのかよ?」
「そうだ。あれは、王の与り知らぬところで行われた」
「……。…だからリエムは、王は神子に何も望んでいないと言ったのか? 王様自身が呼び出したわけじゃないから…?」
「ああ…。アイツは、神であれ神子であれ、他の誰かであれ、縋りはしない。己の力量をわかっている男だ。……王の勤めが己ではままならないと判断したら、玉座にとどまる事はしない」
 だから。
 だから、あの王は。あの若い王は、神子の権威を欲した事はないのだと。あの男に召喚を行う理由は何もないのだと。そう言いたいのだろう。
 リエムがゆっくりと、オレに近付く。
「あの儀式は、ひとりの神官によって行われたものだ」
「は? ひとり…?」
 思わぬ言葉に、オレは目を見開く。
 ひとりって、そんなこと……。
「なんで…、そんな……」
 数歩の距離の残して立ち止まった男を、腕を降ろし見上げる。
 リエムは、足元でしゃがむオレではなく、星明かりの下で浮かび上がる城を見ていた。
「……召喚は、ひとりでするようなものじゃないだろう」
 あの、元・大神官である奇人が言っていた。手法としては伝わってはいないが、実際はひとりでも召喚は可能なのだと。召喚成功の最大の要因は、神の力を狩り取れるかどうかだからだと。
 しかし、本来ならば。通常の神官が知り得るのは、正式な召喚方法であるはずだ。たったひとりで、無謀だとされるそれに挑むか? ちょっと試しでするようなものではないのだ、やらないだろう。本来なら何人も必要なそれに、自分ひとりでなど無謀だ。最初から、成功の意思はないようなものだ。
 それとも、その召喚をした奴は、人並み以上の能力を持っていたのだろうか。
 例えば奇人のような、人よりもその知識が深かったのだろうか。
 だが、それでも。無茶な事に変わりはないだろう。
「正確な手順は、神官でなければ知らないものだ。だが、通常はひとりでなど有り得ない。――本来ならば、何もなく終わっただろう」
「……でも、オレは…」
 ――ここに居る。それが、答えだ。
 神子もまたこの世界に飛んでいるのかどうかはまだ分からないが。少なくとも、それでオレがこちらに引っ張られて来たのは確かだ。その召喚師は、神の力を狩れたのだ。
「…………力がある神官だったのか…?」
「……聖獣が協力をしたのもあるのだろうが――」
 喉を詰まらせたように言葉を途切れさせたリエムを伺うと、唇を震わせ、瞼を閉じて頷いた。
 その、痛みを覚える表情に、辛そうな雰囲気に。驚きで忘れていた事を、ハッと思いだす。
 あの人だと。
 リエムの幼馴染であるという亡くなったフィナさんじゃないのかと、オレは唐突に思いだした彼の存在に、目の前に突き付けられた事実を繋げる。
 オレの手にある駒が彼しかないからって、そんな単純な――そう思うが。それ以上に、確信が湧く。朧に思い続けていたものに、一気に色が付き、そうとしか思えない。
 奇人に訊いた時は、関わりのある一人だと思ってが、そうではないのだ。彼だけで実行したのだ。
 フィナさんは、聖獣と仲が良く、神官だ。神官は、召喚師を務められる。フィナさんが召喚の知識を得ていたのならば、ひとりでも実行は可能だ。何より。牢屋で会ったオジサンは、召喚に関わった神官が亡くなっていると言っていた。そこにリエムの話を足せば、唯一の実行者が亡くなっている事になる。王の知らぬところで行われたそれが、王にどうやって伝わったかわからないが、今なおそう多くに広まっていないのはだからじゃないのだろうか。規定通り多数の実行者がいたら、そいつらから広まっているだろう。本当に、ひとりきりでの儀式であり、そのものはもう死んでいるのだ。
 考えれば考えるだけ、彼としか思えなくなる。
 もとから身体が弱いと言っていたが、神官としての能力に関係なかったのだろう。ひとりで召喚を行い、そして、それが負担になり亡くなった。そうじゃないか? 奇人は、召喚はそう難しくはないと言っていたが、大それたことを前にした彼にはそうではなかったんじゃないか?
「その人は、今はどこに…?」
「この世にはもういない」
「……そのせいで、亡くなったのか?」
 リエムの返答に、やはり、と思った。
 だが、その漸く見とおせたそれに喜ぶ気は皆無で。
 その瞬間、当てたオレは己のそれに、胸の奥が冷たく震えるのを感じた。
「…元々身体が弱い奴だった。だからこそ、あいつは神子を求めたんだろう。……自分の先が長くはないとわかっていたから、更に命を削る事になるとしても、召喚を行わずにはいられなかった」
 幼馴染の死の要因が、目の前に居るその事実を。
 神子でもないオレがここに居るのを、リエムはどう処理しているのか。
 それ考えると、慄き叫びそうになる恐怖が腹で燻った。
「あいつにとって、希望はそこにしかなかった。死にゆく自分が残せるのは神子しかなかった。逝くしかない無念さは、それでしか救われなかった」
 他者ではなく、自分の事のように言葉を紡ぐリエムに。オレは、拳を握り締める。
 それが王ではないからか。まだ実感出来ていないのか。
 語られるのは、確かに同情の余地はあれど利己的でしかないそれなのに。オレをこの境遇に落とした犯人だと示されても、王様だと思って彼に向けていた時のような苛立ちは一切起きない。
 それ程に、淡々と語るリエムの声が、止めてくれと遮りたくなるほどに痛かった。
「ただ、王の…あいつはシグの事を想っていた。今の状況を変えてやりたいと、変えてやらなければならないと。王の不遇に憤っていた。あいつだって、シグが神子を望んでいない事はわかっていた。それでも、与えたかった。現王に、神子を。そして、神子に、己の夢を希望を、命を託したかった」
 どの面で、オレはリエムにあんな事を語ったのだろう。王の事を、家族の事を、オレ自身の事を。
 リエムは、オレのそれをどんな気持ちで聞いていたのだろう。
 それにより大切なものを奪われたのは、オレだけではないのだ。
 リエムもまた、そいつにそいつを奪われたのだ。
 そして、そうして命まで賭けた結果が、唯の来訪者だ。
 神子はまだ、見付かっていない今が、どんなに歯痒いか。想像しただけで、自分の事ばかりを訴えていた己に、オレは泣きたくなった。
「俺は、あいつのそれがわかるんだメイ。もしもオレがあいつの立場ならば、同じ事をしただろう」
 ああ、もう止めてくれ。
 オレはまだ、何もわかっていないんだ。本当に、何も。
 だから、そんな感情を向けられても。オレには、どうする事も出来ない。
「俺は…あいつの決意をどこかで感じていながらも、止めなかった。あいつがそれで死を早めれば、シグがどれ程に苦しむかもわかりながら……見逃したんだ、フィナを」
 そう、オレもどこかで、神子を欲していた。だから、同罪だ。リエムはオレの怯えさえも射殺すような視線で、そう言った。
 お前をこの世界に引きずり込んだのは。
 お前から全てを奪ったのは。お前の大切な者達からお前を奪ったのは。
 王ではなく、俺なのだと。リエムが、言う。

 何か言わねばならないのに。
 言葉が、出ない。


2010/03/25
151 君を呼ぶ世界 153