君を呼ぶ世界 153


 これが、誰かが誰かを想った結果であるだなんて。
 悲しすぎないか?

 太陽は沈めば、いつかはまた昇り。昇れば、必ず沈む。
 それはこの世界でも変わりなく、時を刻むと共に夜明けは近付き。
 結局、オレは全く眠れずに朝を迎えた。
 完徹のせいばかりではない、頭の重みが。思考も気分も切り替えようと思うのにそれを阻む。
 昨夜のリエムの話は、本当に衝撃だった。
 やっぱり…ではあったが。リエムの言う「あいつ」は、何度か話題に上がった人物である「フィナ」さんだった。
 その、フィナという若い神官がひとりきりで、ただ王の為に神子を召喚しようとしたのも。リエムが、その思惑に気付きつつも容認する形で放置したという告白もそうだけど。それ以上に。王が関係していなかったというのが、何よりもの驚きだ。
 リエム同様、あの男にもまた、そんな素振りは一切なかったのに。あたかも、自分が行ったように振舞っていたのに。まさか、勝手にやられたそれの責任を抱えていたとは、思いもよらなかった事だ。そんな殊勝さは皆無な男に思えたのに、何てことだろう。
 はっきり言って、そうだとリエムに教えられた今でさえ、実感が湧かない。
 本当にイイ奴なんだと言われた時よりも、その言葉は具体的で信憑性もあるけれど。オレは納得したくないのか、蔑み続けた罰の悪さからか、素直に頷けない。
 真実だと教えられ、それを一晩考えてもなお、あの王は依然、摩訶不思議な存在だ。その行動に一貫性は感じられるが、中身が見えないからだろう。どこに重きを置いているか、よくわからない。
 いつものように起き出し、朝食と風呂を貰う間もぼんやりで。話しかけても上の空であるオレを、キックスとチュラが心配しているのに気付くが。上手い対処が出来ない。
 それでも、気にさせるのもなんだしと、散歩に出ると言えば。かなりオレは危なっかしい様子らしく、昨日はそうでもなかったのに、供をするとキックスが申し出てくる。
「いや、大丈夫だから。気分転換にちょっと行くだけだよ」
「王宮は広いですし、まだご存知のない場所もあるでしょう。ご案内します」
「ありがとう。でも、いいよ。それはまた今度頼むから。悪いな」
 いやいや貴方、全然大丈夫じゃないでしょう。しっかりしていると言うのならば、今朝食べたものを全て言ってみて下さいよ。言えないでしょう? そんなので散歩なんてしたら、何もないところで躓いて転んで器用に大怪我しそうですよ。チュラよりもボケていそうですよ。危なっかしいったらないです。自分が付いていかなきゃ、駄目でしょう。
 キックスならば内心でも、もっと丁寧に思ってくれているのだろうけど。オレ風に言えばまさにそんな感じの言葉を飲み込んだような、何ともいえぬ表情に。オレはもう一度謝り、行ってきますとドアをくぐった。複雑そうな青年の後ろに、心配げな少女が見えたので、軽く手を振って。
 心配されるほどに、思考の渦に入り込んで入るけれど。
 悩んでいるだとか言うのではない。そもそも、真偽を疑うならばともかく、りエムの話に偽りはないと思うので、悩む必要がない。
 考えるのは、ただ。それが事実であろう過去を、それでも全てではないと思うからだ。りエムの言葉リエムにとっての真実でしかなく、別な方向から見ればきっとまた違うそれがあるのだろう。
 相変わらずの快晴に惹かれ、廊下を歩くのではなく、直ぐに庭へと降りる。
 見上げた青い空に、数時間前に見た、無数の星が輝く空を思い出す。
 この世界に来るまで、身近にはなかった満点の星空は。興奮する心とは別に、圧倒されて押しつぶされそうな感覚をも抱かす、不思議なものだ。思い出すと、もう一度その下に立ち振り仰ぎたいと望むのに、小さな苦しささえも覚えさせる。
 雄大な自然とは、壮絶なほどに、畏怖を感じてしまうものなのだと。ここに来て初めて知った。
 元の世界ではたまに目にするそれに、凄いなとか、綺麗だなとかしか思わなかったのに。ここではリアル過ぎて、そんな意識させるのだ。
 爺さんのところを旅立ってからの道程でも、同じような事を思ってた。王都に来てからは、忙しさと人いきれに揉まれてそういうのは少なくなっていたのだけれど。
 改めて。
 ただ広がる青い空を見て。眼を閉じて、深い森を思い出して。
 溢れる光の下で、オレは何となくひとつの答えに行きつく。
 圧巻な自然と、見知らぬ人物を重ねるオレは可笑しいのかもしれないけれど。オレにとっては、太刀打ち出来ない自然と、直接向かい合う事は一生ないフィナという青年とが重なる。
 よく、大自然の中では、人間はなんて無力なのかと。自分などちっぽけな存在だと、表現するのを聞くけれど。リエムから聞きかじり、オレなりにフィナさんを思い描くと、まさにそんな感覚を味わうのだ。亡くなっているのだから当然だけど、オレがどう頑張ってももう揺るがすことすら出来ないその想いに飲まれるしかなく、出来る事はないとただ思う。
 命を掛けてまで、王の力となろうとしたその心は、オレにはわからない。そこまでのものがあの王にあるとは、オレには思えない。けれど、フィナさんにも、リエムにもあったのだ。そして、それが事実だ。
 そんな、ひとつの揺るぎない想いが押し通された結果、オレがここへ来たのならば。オレには、フィナさんを詰る権利があるのかもしれない。少なくとも、リエムはそう思い、自らにも罪はあると言ったのだろう。あの言葉は、王を庇ったものではない。
 けれど、オレの中には。どこを探しても。
 フィナさんを責める気持ちは湧いてこないのだ。
 人気のない庭を奥へと進み、裏門のようなところから外へ出る。表に回っていそうな道があったが、それを渡るかたちで、広がる雑木林に足を踏み入れる。多分、この先にあるのは、墓地だ。王侯貴族以外のそれは城の裏手にあるのだとしか聞いていないので、自信はないけれど。
 行ったところでフィナさんがそこに居るとは限らず、また、参ろうとも思わないので。適当に進み、けもの道のような細いそれを外れて木々の間に入り込む。
 静かだ。
 だが、温かい。
 木々の間から零れ落ちる熱ではなく、この王宮の活気と言ったところか。溢れる生命力のようなものを感じる。
 幸福など、本当はどこにでもたくさん転がっているのだとオレは思う。この温かさもまた、例えオレのものではなかったとしても、オレの幸せのひとつになり得るものなのだ。本来のオレの世界ではないここにも、元の世界と同じくらいの光が満ちている。
 それでも、だ。
 オレ以上にきっと、この世を、この国を、些細な日々を大事にしていたのであろう若い神官が。自らの命の期限を前に、生きた証を刻むよう、神子召喚を決行したのだ。神を尊ぶ神官ならば、神子を欲するのは誉められた行為だったのかもしれない。オレのような抵抗はなく、神子は何よりも身近なものであったのかもしれない。けれど、それを差しい引いても、命を削り、たったひとりきりで事に及んだそれは。身勝手だとの思いを覆い隠すくらいに、痛い。
 リエムは何だかんだ言ったが、暴走したのが誰であれ、その理由での召喚ならば。結局は、王様のせいじゃないか。王がしっかりしていれば、起こらなかったんじゃないか。
 そういう思いが、全くないとは言わないけれど。正直、そこはどうでも良く思えるくらいに。オレは、フィナさんの王を想う気持ちはわからないのだけれど。全てを掛けてでも、ひとつのものを欲したその心は、わかるような気がするから。
 恐いくらいのそれが痛くて、悲しくて、苦しくて。遣り切れない。
 例えそれが一パーセントでも、可能性があるのならば縋りたい。娘を失った両親も持っていただろう、それを。今なおオレが持ち続けている、それを。オレは、否定する気にはならないから。フィナさんのそれもまた、同じだ。彼の行為には賛成は出来ないが、理解は出来る。どうにも出来ない事であったとしても、どうにかしたくて堪らない事はあるのだ。
 オレは、ここに来るまでは。恵まれた世界で好きに生きていたので、想像でしかなかったけれど。自分を犠牲にするとしても、誰かを犠牲にするとしても、渇望するのを止められない思いを持った。元の世界に帰りたい。それが出来ないのならば、せめて無事だと伝えたい。助けてくれ、サツキ。誰でもいい、オレを救ってくれ。そんな事ばかり思っていたのは、そう遠い昔ではない。まだ、生々しく思い出せる、直ぐ前の事なのだ。
 りエムが言うように、友である王の確固たる地位の確保を、フィナさんが求めたのだとしても。そのこと自体には、責める理由はオレにはない。むしろ、リエムとは別だけど、オレも同じだとさえ言えるのだ。
 本当に、あの王の足場固めの為だけに神子召喚を直結し実行したのならば、当然舌打ちものだ。それは変わらない。神官がどんなふうに神子を捉え、召喚を容認していたとしても。オレの感覚は受け付けない。だけど、そんな事とは別の話で、ただ、単純に。届かないとしても手を伸ばさずにはいられない、その衝動のようなものに突き動かされて走ってしまうそれはオレにも覚えがあって、否定は出来ないのだ。
 だから、許すとか、許さないとかの話ではない。そうなんだと頷くだけの話だ。
 それでも、もし、その答えを求められたのならば。オレは、許さないと答えるだろう。しかし、それも、それだけの事だ。
 フィナさんに対する恨みはない。この世界に飛ばされたことへの怒りは消えないけれど、ここでこうして生きている事に対しては、彼はもう関係ない。もうこの日々は、オレが選んだ生であるのだから。死者相手に、一発殴りたいもない。そもそも、王様に対して持ったそれも、彼のあの態度ゆえだ。
 だけど。
 例えば、だけど。
 リエムが言うような王様であったならば。どうなっていただろう。
 そう。気に食わないが、そこにも確かに、王である男の確かな言い分が存在しているようなのだ。
『俺にはフィナの気持ちが、自分の事のように理解出来た。だから、難色を示したシグにも、神子の捜索を押し切らせた。…神子を探せと言ったのも、フィナの行為を容認させたのも、俺だ。今のあいつは、フィナがした召喚の尻拭いをしているようなものでしかない。神子召喚に関する全ての責任は自分にあると、そう受け入れた以上はと、無理をしながらその役目を全うしているだけなんだ』
 幼馴染の暴走を告白したリエムは、王様の事をそう語った。
 何故、賢いのだろう王が、オレに対してはああなんだ?と。その前にした時は答えなかった質問に、リエムはあの後、そんな答えを示した。
 王がオレに対して強硬な態度を崩さないのは、だからだと。自らが召喚したかのように、一切何も言わなかったのは、全ての責任を背負ったからだと。そんな、フザケタ話を真面目に言ったのだ。
『あいつは……お前にも恨む相手が必要だと思っているんだ』
 フィナにそれをさせたのは、自分の弱さが原因だ。ならば、その責任は、フィナではなく俺にある。
 そう態度を固めたあの男は、進んで恨まれ役を買っているのだと言うのだ。フザケンナ!以外にない話だ。
 誰が、そんなもの必要だと言った!?
 それを聞いた時、オレはそう叫ぼうとした。リエムに吐き捨てようとした。いつもならば間違いなく発していた。
 けれど、実際には。何も言えなかった。
 語るリエムの言葉に、口を挟めるようなものをオレは持っていなかった。
 部屋に送り届けられるまで、相槌や、小さな問いかけ以外には、まともな言葉ひとつ向けられず。リエムが、己を蔑んだようなその告白に対しても、オレは何も言えなかった。それくらいに、もたらされたものは衝撃的だったのだ。
 でも。
 一晩考え、今なおこう考え続けても。結局は、リエムやフィナさんを恨む気持ちはなく。王様は相変わらず、訳のわからない男で。あまり気持ち的に変わった部分はないなと認識し、思うのは。
 言葉を失くしてなんていずに、何故にリエムに一言でも、昨夜の内に言わなかったのかという事だ。
 ごめんな、リエム。不甲斐ない友達だよなと、ごつい木の幹に背中を預けながら、オレは深い息を吐く。  オレにだって、自分の確かな気持ちを纏める時間が欲しかったのは事実だけれど。あそこで、何も言えなかった自分が、今更だけど口惜しい。
 リエムが傷ついていないといいけれど、と。零れる光を見ながら思う。
 そして。
 オレは目を閉じて、王様が気付けばいいと思う。

 たぶん、フィナさんはきっと。
 それ程神子には拘っていなかったんじゃないだろうか。


2010/03/29
152 君を呼ぶ世界 154