君を呼ぶ世界 154
オレは思うのだ。いや、わかるのだ。
フィナさんが望んだのは、彼らが思っているようなものではないのだと。
気持ちとしては、所詮オレは部外者だ。召喚に巻き込まれてはいるが、ただの来訪者でしかないのだから、あながち間違いでもない認識だろう。
だから、客観的に見れるからなのか。それとも、実はオレという人間は案外薄情なのか。
兎に角、オレには今のリエムや王が、歪んでいるように思えてならない。フィナさんの想いを、捕らえ違えているように感じてならないのだ。
確かに、王の立場だとか何だとかも、神子召喚に踏み切った理由のひとつなのかもしれないけれど。状況が、ないとは言い切らせないものだけど。
だけど、彼は、きっと。もっと単純なことを望んだんじゃないだろうかと、オレには思えるのだ。
神子という、神の目をこちらに向けるとされているような、そんな存在に頼ったわけじゃなく。まして、それをもって王に邪魔する輩を排除しようとしたわけでもなく。その地位だとか、立場だとかだけの為の道具でもなくて。
ただ、王であるあの男の為だけに。その肩に、その背に乗る重圧を軽減できる存在を求めたようにオレは思う。王に向かってくるそれを一緒に持てるのは神子だけだと、自分には出来ないからと、そう思っただけじゃないのだろうかと、そこに純朴ささえ感じるのだ。
その理由は、なんて事はない。オレが聞いて知ったフィナという人物が、そうであるからなのだけど。そこが揺らいだら、崩れ去る想像だけど。
でも、オレが想像する人物は、実物とかけ離れてもいないはずだ。
聖獣と王は似ていて、その姿が痛いのだと言ったという彼の言葉をリエムから聞いた時。オレはなんて純真な奴かと思った。あのクソ王のそんな部分を見れるだなんて凄い奴だとの呆れもあった。それでも、あの男をそこまで想える人物に興味を持ったのも確かだ。
そして、その人物は。あの虐めっ子男にまでも、一目置かれているような人物で。ラナックが語るそれはリエムが匂わせたものとは掛け離れた、少し破天荒ささえ感じさせるものだったが。けれども、女将さん一筋の男が、周囲を魅了する人物などと言うのだから、相当に人を惹き付ける者であったのは確かだとの確信を得て。そんな人が亡くなったのは惜しいなとさえ思った。
加えて。奇人もまた、彼なりの歪みまくった表現ではあったが、その魅力を語っていた。彼が語ったのは幼い頃のものが中心だったが、変人のそれでも愛くるしさがのぞいていた。
そこからオレが持ったのは、フィナという神官は、真っ直ぐな人物であったのだろうというものだ。神子召喚をひとりきりで実行したのを考えれば、芯の強さも伺えられるものであり。オレに与えられる情報では、歪んだ様は一切見えてこない。
どんなに模範的な神官であったとしても、人の子に変わりなく。何かを嫌悪する事も、間違いを犯すこともあるだろうと思うのに。それさえも、悪意のない子供のそれのように、気にするに足りないように思えてしまう。
本当に不思議な事だけど、そうであるのだから仕方がない。
そんな風に、偏っているのかもしれないオレが思い浮かべる事に、真実など微塵もないのかもしれないが。
これもまた、おかしな事に。自分の想像が、大きく外れているように思えないのだ。
故に。
何度考えても。フィナさんが、王の足場固めを望んだのだとは、オレには思えない。自らの命を掛けて、この国の為になんて。一介の神官がするとは思えない。
王を、あの男を、心底から思っていたのならば。やはり、その負担を軽減させるだとか何だとかと考えるのが普通だ。それが、王の立場を固めるのだと解釈するリエムのそれもわかるけど。あの男は、個人よりも国王としての存在の方が大きいのだろうから、それこそ当然なのだろうけど。それもまた、オレは逆に、呼び寄せた神子が王の代わりとなる可能性さえも入れての召喚だったんじゃないかと思うのだ。
だって、本気で王の立場を思うのならば、神子であってはならなかったはずなのだ。
失敗の可能性が低くとも。例え成功しても。その行為だけで言及される立場に王が居るのに、命を掛ける男が、自らを付け入る先とするだろうか。実際に、王は神子を必要とはしていなかったのだから、問題ばかりが溢れる結果を思い浮かべなかったはずもない。
それでも、行動を起こしたのは。そもそもが、その儀式に望んだのが小さな事だったからだろう。大それたことなど何ひとつ求めなかったからこそ、実行できた話なんじゃないだろうか。
きっとフィナさんにとって、今のこの状況なんて、最悪もいいところだろう。自分の尻拭いで、更なる重責を王様に掛けているだなんて、彼にとってはあり得ない事態なのではないだろうか。
リエムは、王を無理やりに引き込んだと言った。フィナさんが何のために召喚を行ったのか。わかっていて探しもしないのかと、あの王に詰め寄ったのだと。王を取り巻く現状を歯がゆく思っている彼もまた、フィナさんのように何らかの手段があったら、それをしていたことだろう。
だけど、それはリエムの想いであって。フィナさんのそれとは違う。リエムは兵士で、フィナさんは神官なのだ。
王を支え守ると、あの男を支え守るは、全く別な話だ。
フィナさんの中に、国などというものは一切なかったんじゃないだろうか。彼が救いたかったのはハギ国の王様ではなく、ただの昔から知るひとりの友人だったのじゃないだろうか。
成功する確率は低いといわれるそれを強行したのはきっと、神子を呼べなくても構わなかったからじゃないだろうか。
確かに、聖獣が協力をしたら、違える事は少ないのかもしれないけれど。話を聞く限り、そんな過信をするような人物とは思えない。
王の為に神子を望んだんだと聞いた時は、馬鹿だと、ふざけた奴だと思ったのは確かだけど。ひとつひとつの事を色々考えて、どうしてもフィナさんを馬鹿だとは思えなくて。死を前にした暴走にも思えなくて。
本当に、彼にとってはただそれだけの。自然な事であったのかもしれないと思えてしまうのだ。
自分でも、会ったこともない相手の何を信じているのだと思う。勝手な解釈でしかないと思う。だけど、それでもやっぱり、どれだけ貶すような事を考えても心は動かなくて。何故かその行動が納得出来てしまうのだから仕方がない。
オレの世界を変えた召喚の実行者であっても、恨む気持ちが湧かない。
それが成されたのが、何だかんだと言っても結局あの王のせいだとなれば、最悪だとの思いは消えないけれど。それでも、どこかで許すような気持ちすら出来たりする。オレだって、友達が苦行に立っていて、オレにだけ出来る事があったならば。それが罪でなければ、すると思う。
そして、フィナさんがした事は、この世界では罪ではない。むしろ、崇高なるもので。
軽率ではあったのだろうが。そこにあるのは真摯なもので。
やっぱり、それでもオレを巻き込んだのだから、恨んでやる!呪ってやる!とはならないのだ。
これを変えるのは、相当難しいだろう。
だったら、今はこれでいいと。あえて、憎みを持つ必要もないしと。胎を決めたオレは、リエムと話さなければなと考える。あと、オレの憶測を口にする前に、神官についても知らなければと思いながら、来た道を戻り林を抜ける。
すっかり太陽は真上にまできていて、散歩以上に時間を使っている事を知ったが。それでも、もう少しだけと、王城には戻らずに表へと向かう。
裏庭を抜けた先程とは違い、幾人かのものと擦れ違った。
王の客人を示す服を来ているからだろう、丁寧に礼を取られたり、会釈されたり、困ったものだ。
だが、悪い気はしない。そして。それがまた、複雑だ。
頬がこけるまではいっていないが、体格の良い面々の中では、ひょろりとしたオレなどみすぼらしいとさえ言える風体だろうに。躊躇いなど微塵もなく頭を下げるその姿は、彼ら個人の人の良さもさることながら、王の人となりを伝えてくるものである。本気で王を慕っているからだとわかるそれなのだ。義務だけでは向けないだろう好意が溢れて見える。
部屋で心配しながら待っているだろう、キックスとチュラを思い出し足を急がせながら。オレは、フィナさんの事を考える。王の事を考える。
オレは、今なお認めたくはないが。罪どころか、崇高なものでさえあるのだろう神子召喚を行った彼は、神官であるからこそ特に。それが成功するも失敗するも、神の思し召しだとか考え、本当にただ目の前の手段を実行したに過ぎないのだろう。そこまで単純に思っていなくとも、きっと、オレが思っている程もそれは大それたことではなjかったのだ。
だが、この世界の感覚が、神官のそれが、例え常識の範囲内であっても。全員が受容できるとも思えない。突然、貴方の為に神子を呼びましたと差し出されたら、喜びよりも戸惑いの方が大きいだろう。手放しで誰もが喜べるところなど、それこそ神に近しい神官達くらいなものじゃないだろうか。
いや、神殿内とて、派閥争いがあるかも知れず。あの牢屋に来たオジサンの話ではないが。神子ほど厄介な者はいないのかもしれない。
そんな神子を、友が自分の為にと呼び寄せ。今わかっているのは、神子ではなくただの異界人の存在のみだとなれば。
若い王様が腐るのもわからなくはないんだよな…と、オレは王城内に戻り覚えたばかりの通路を歩きながら唸る。だからと言って、それがわかるからと言って、彼のオレに対する態度をチャラにする気はないけれど。諦められる部分が多少なりとも生まれるのも事実だ。
オレにも恨む対象が必要だとリエムに言ったのが、戯言ではなく本気のものであったのならば、心底呆れ果てるけれど。流石に、そんなわけもないだろう。あの男の激情は本気だったと、そんな計算などしたものではなかったと、対峙したオレが良くわかっている。突きつけられた剣も、射殺すような眼差しも、あいつの恨みであって、オレを促すものではなかった。
それでも、思い返せば。あの眼の奥に違う感情を見たような気もして。
今更だけど、王の苦労を少しばかり考えてしまうのだ。
彼もいいようにオレを嬲ってくれたが、オレも彼を詰った。口にした事を思い出し、その事の幾つかに、若干の後悔さえ覚えるものだ。王だけではなく、オレはリエムも傷付けるような言葉を吐いたのだなと、今になって気付く。
長い廊下には、等間隔で設けられた窓からの光が模様を浮かべている。それを眺め横切りながら、オレは深い息をつく。
まだ、全てがわかった訳ではないけれど。
リエムも、フィナさんも、あの王様を心底から想っていて。きっと、あの男も、そんな二人を男なりに大事にしていたのだろうに。今のこの現実は、悲しいよなと思う。これが最終結果にならなければいいなと。オレは初めて、神子が居ればいいのになと思う。
実際には、居たらいたで別な問題が出てくるのだろうし。神子自身の事を思うと、世界を変えられる痛みを知るのはひとりでも少ない方がいいと思うけど。それとは別にただ、難しい事は考えずに。フィナさんが望んだ神子が居れば、リエムにも王にも救われる部分があるのだろうと思うと、唯の来訪者でしかない自分がここに居る事が空しくさえなる。
どうしてこうも上手くいかないんだろうなと。
決してオレのせいではないが、残念さが滲む、遣る瀬ない溜息をもう一度吐き出した――ところで。
角を曲がりかけた瞬間に、オレは目に飛び込んで来たそれに一瞬立ち止まり、直ぐに数歩そのまま後退する。
「……」
息をつめたまま、ゆっくりと。今度は、そろりと顔だけを突き出し、いま見たものを確認する。
先の通路に、男が居る。
あの男だ、間違いない。
牢屋からオレを出してくれた、あのオジサンだ。
思わず隠れたが、隠れる必要はあるのかと。何となく条件反射のように、更に数歩後退しつつも考えるオレに。
「オヤオヤ、これはまた厄介な相手じゃのう。会いたくないのも頷けるわい」
「ひ――ぅグ…」
突然耳に送り込まれたその声に驚き、喉の奥で叫び掛けたところを、パシンと叩くようにして口元を手で押さえられた。
「まあ、確かに会わぬ方がいいのぅ。よし、ここはボクが引き受けてやろう。ソナタは向こうから帰るんじゃな」
「ンンッ!」
「おお、済まぬ済まぬ」
オレの口を解放し、ひらひらと手を振りながら傍らで笑うのは、奇人だ。どんだけ神出鬼没だというのか。また、部屋を抜け出しうろついていたのか。何故にここに居るんだこいつは……つか、驚いた…死ぬかと思った…クソッ。
「…何してんですか」
「ちょっとソチに用があったのじゃがな、後回しじゃ」
「用…?」
「だから、後じゃ。ソチは、このまま奥へと進んで突きあたりを左、二つ目の通路を右に行けば誰かおるから、その先は聞いて迷子にはならぬよう部屋に戻れ。じゃあ、またの。――今はボクが助けるが、生きていたいのならばあの男には極力会わぬ事じゃて気をつけろ」
「は? え? ちょ…」
ちょっと待てよ、と言ったが。人の話など聞かぬ奇人は、既にもう通路を飛び出していた。
一体、何だって言うんだよ…!?
2010/04/05