君を呼ぶ世界 158
何つーか。
パターン化してないか?
本日も晴天なり――というわけで。
太陽の下で元気いっぱいに遊んでいる子供に混ざり、集中攻撃されて息切れ状態でヒィーヒィー言っているオレってどうなんでしょう。
両手で足りるくらいの年頃の子供に劣る体力を嘆くべきか、いろいろ問題がある中で遊んでいる自分を呆れるべきか。最早、どれに突っ込めばいいのかわからない。つか、しんどい。
「ちょ…、ちょっと、待って……休憩させて…」
普通に影踏み遊びをしていたはずなのに、何故かオレ以外がみんなオニになっていて、追いかけまわされる事態になり公園中を駆け回る。バテて大人しく影を踏まれて降参しても終わらないのだから、ある意味イジメだ。チクショウ。
足を止めれば、わらわらと子供達はしがみ付いてくるので、引っ剥がすが。直ぐにまた同じ事が起こり、座ることすら出来ない。埒が明かないと、剥がすだけじゃなく地面へ転がしてやると、キャハハと笑いながらまた起き上がり、飛びかかって来る。ゾンビだよ、オイ。
オレも子供もどんどん意地になりエスカレートしていき、力尽きて地面に座り込んだ時には、全員が肩で息をする始末だ。
ホント、オレは何をやってんでしょう…です。
だが、公園に来て早々に掴まったこの子供達に、気分転換して貰っているのも事実だ。ここ数日、慣れない事を勉強していたので、思いっきりバカをしてリフレッシュするのは良い事である。…まあ、明日筋肉痛にならなければの話だけど。
子供とは言えそれなりに体重のある奴らを何度も持ち上げたので、上下する胸と同様に、腕が震えている。疲労困憊だ。
早くも復活した少年が、ちょっかいを掛けてくるのをいなしながら、オレは顎から零れ落ちる汗を手の甲で拭う。
「…駄目だって、もう降参」
遊ぶのはいいが、体力がなければそれも無理だ。老体を労わって欲しいと、問答無用でじゃれつきに来る少年を押さえつける。
「もうちょい休ませろ」
自慢じゃないが、オレは体育会系からは程遠い。
そりゃあ、困らない程度に身体を動かし遊んでいたので、ひ弱ではないし。こっちに来てからは、かなり足腰は鍛えられたと思うけど。なにぶん、体重が幾らか落ちているので、基礎がない。筋肉がついたのだとしても、持久力は期待できない。
子供とはしゃぎ、それを改めて感じながら。未だに痺れたような手を握り、開く。鈍りそうだからと運動を考えていたけれど、それ以上に鍛えなければならないような気までしてきた。
尤も、だからと言って、リエムに誘われたような兵士用の鍛錬は御免だけど。
っつーか。リエムと言えば。
また来ない。あの告白された夜から、今日で四日目。遣って来ない。
どうなってんだよ…と。何かオレ、よくアイツの訪れを待っているよなと。落ち着いてきた息の中に、小さな溜息を混じらせる。
あの、桔梗亭へ行った次の日は、オレ自身が部屋に居らず、散歩へ書庫へと出歩いていたので気にしていなかったが。二日目の一昨日は、午前中は借りた本を読んでいて、午後に一度書庫へ行ったがそれ以外は大人しく部屋に居たというのに。リエムもそうだが、奇人さえやって来なかった。
だと言っても、別段何もなかったのならば、仕事をしているのだからと思える話なのだけれど。最後に顔を合わせた時がアレなので、一度気になると、色々考えてしまう。まさか、気まずくてオレを避けているんじゃないだろうな?とかなんとかと。
なので、つい昨日、キックスに「リエムに会いたいんだけど、どこへ行けばいいかな…?」と相談してみたのだけど。
当たり前だが、探し求めて王宮内を歩くのは却下され。リエムに直接ではないが、然る方にお伝えしておきますと言われて、お願いしたのが午前中で。昼食時には早くも「今は難しいそうです」のお言葉を頂戴した。
つーか、「然る方」って何者だよ。難しいじゃなく、リエムに言って、リエムの言葉をくれって話なんだけど、と。当然そう思ったが、心底申し訳なさそうに理由は分かりかねるがそう言う事なんですと謝るキックスに、それ以上何かを言えるはずもなく。だったら仕方がないよ、で話は終わり。
リエムが来るまで大人しく待っているしかないのだと解釈し、その場は諦めた。が。
オレにばかり構えとは言わないけれど。あんな話をして放置はやっぱないだろうと。そういえば、用があると言っていた奇人も来ないのはどう言う事だよと。書庫のオジサンや、キックスやチュラを巻き込んで、この世界の事やら何やらを勉強していた自分の努力が空ぶったみたいな感じに苛まれ、昨夜はベッドの中で腐ったのだったりする。慣れぬ事をするのはだから嫌だ。
っで。それを今日も引きずりたくはないので。
この三日頑張ったのでちょっと遊ぼうか――というか。神だの神子だの一時忘れて別な事に集中したくて思い出したのが、左腕のミサンガだ。すっかり抜け落ちていたが、レーイさんに花結びを教えるんだった。
チュラにこういうのを作りたいんだがと相談してみれば、「入用ならばこちらで用意しますよ」と言われたが。食住以上のものを貰うのも気が引けるので断り、先日世話になった夫婦の屋台が出ている公園へ足を向け。
そこへ入って直ぐに、この前も遊んだ子供達に掴まり付きまとわれる羽目に。
遊ぼうと誘ってくる子供達に、先に用をさせてくれと頼み、子供を引き連れてやって来たオレに笑いかけてくれたオバサンに商品を見せて貰ったのだが。生憎、適当なものはなかった。だが。見本にするのならば大きくても構わないよなと、花結びを作るにしては太めの紐を数本と、数色の絵の具と筆と、紙とペンを購入する。
画付き解説書を作れば、何かと便利なはずだ。最悪、オレが桔梗亭に教えに行けなくても、届ければ制作出来るだろうし。
あとは、チュラが興味を持っていたので作ってやろうかと。これを誕生日プレゼントってのは有りか無しかわからないが、そう思い付き。腕のブレスレットを見せて、こういう紐が欲しいんだと頼んでおく。近く仕入れて来てくれるそうだ。
っで。
買い物を済ませたと判断した子供達に引っ張られ、屋台の二人に礼を言い終わらぬうちに、そこから剥がされて。
そうして、求められるままに遊び始めてみればこれだ。
いやはや、何故にこんなに懐かれているのだろう……オレって子供ウケがいいのか? う〜ん。
「ねェ、ねェ!今度は何するー?」
「……まだ休憩」
「キューケイはもう終わりーッ!」
「う…ッ!!」
腕を上げ、肩で顔の汗を拭ったところで。空いた脇腹に突進され、子供の膝が入った。
流石に堪えられず、呻きながら地面に転がされる。
さほど痛くはなかったが、その衝撃に固まっていると。蹴った本人が、「だいじょうぶ?」と言いつつ、オレの身体に乗ってきた。
「あ !ズルイ! アタシもー!」
声と同時に、腰に重みが加わり、次々に残りの子供達が乗っかって来る。
重い…動けない…ま、いいか……とはじめは思っていたが。乗った奴らが大人しくしているわけもなく、身体を弾まされてはこのまま潰れそうな圧迫感を覚え、放置も出来なくなる。
渾身の力を発揮して揺さぶり落とすと、歓声が上がった。ものすごく楽しんでいるようだが、オレは深刻だ。このままではまた乗られるのは目に見えているので、そのまま立ち上がり、逃げる。
「ちょ、…まじ、もう勘弁してくれよ…」
案の定、追いかけっこが始まった。
ヘトヘトだが、止まれば飛びかかられるので、兎に角小さな体を避けて適当に逃げる。
そうこうしているうちに、公園の外まで出てしまった。
っで。出たところで。
なんてグッドなタイミングなのか。少し先をラナックが歩いているのが見えた。
「あ! ラナックッ!」
ここであったが百年目。奴は良い顔をしないだろうが、背に腹は代えられない。リエムの事を聞こうと、呼びとめる為に上げたオレの声に。反応してチラリとこちらを確かに見たが、ラナックはそのまま聞こえなかったとでも言うように無視をした。
変わらぬ歩調に、ちょっとばかりカチンと来たところで、子供達に追いつかれて捕まる。
「あ、ほら! あの兄さんも遊んでくれるってさ! 行くぞッ!」
唐突だったがオレが促すと、「ホントー!?」「わ〜い!」と、子供達が素直に続いてきた。
流石の苛めっ子も、本物の子供は無碍には出来ないようで。オレが元凶だとわかりつつも、いきなり纏わりついてきた子供にまんまと捕まる。騎士服なので仕事中なのだろうが、構うものかだ。
って言うか。襲われるとわかっていて走って逃げないところが、こいつのプライドなのだろう。それが邪魔をしたというわけで、仕方がない話だ。
アハハ、してやったりと。さっきの自分のように、よじ登ってくる子供を引き剥がしている男を見ながら笑ってやる。だが、オレとしては、こう言うところは嫌いじゃないなと評価していい点なので。適当なところで助けてもやる。
「はいはい、お前ら。お兄さんが本気で怒りだす前に止めようなァ」
「オイ、元はと言えば貴様が原因だろうが!」
「だから、助けてやってるじゃん」
子供が見ているのに怒るなよ、大人げないねェと。
からかったところで、母親連中が子供を迎えに来た。昼食のようだ。
ってことで。案の定。
「うおッ!」
子供達を見送った途端。早速、蹴りが飛んできた。手加減しているのか、尻にボスッとの衝撃程度だけど。
「何のつもりだ、ああ?」
「いや、別に…可愛かっただろう…?」
お前が無視するから嗾けたんだと言えるはずもなく。アハハと笑うと、今度はちょっと本気で脚を蹴られる。
「イッ!」
「フザケタことすンじゃねェよ」
「……スミマセン」
脚を抑えてしゃがみ込んだオレを、真上から見下ろしドスが効いた声で脅してくるその姿に。これは、今の子供達のせいばかりではなく、桔梗亭へ行って女将さんに会ったのがバレているのかもと悟る。先日の一件で、オレが置かれている状況を知って、オレに対するものを少し変えたかもと思ったが。それはそれ、これはこれと言ったところか。
しかし。事実確認をして墓穴を掘るのは勘弁なので、そこは無視だと。オレは内心でちょっぴりビビりながらも、笑ってごまかし話を思いっきり変える事にする。
「そう言えば、さ。リエムを見ないんだけど、元気?」
「はあ?」
「用があるから会いたいんだけど、ここ数日オレのところには来てくれないからさ。どうしているのかなと思って」
座ったまま相手を見上げてそう言うと、ラナックは眉間に皺をよせ、まるで不可解なものを見るような眼でオレを見た。
ホント、相変わらずだ。
だが、こんな事でメゲても仕方がない。
「リエムに会ったらさ、手が空いたらでいいからオレのとこに来てくれと言っておいてくれないか?」
「何故、俺がンな事しなきゃならねェんだよ」
「アンタの方が、オレよりも会う確率は高いだろう?」
「どうして俺がお前にそんな親切をしてやらねばならないんだと訊いているんだ、クソガキ」
「……そこまで面倒なら、別にいいけど…」
その根性をまともにする為の一歩として、オレへの親切をリハビリにしてはどうでしょうか――と、冗談を口にしてやろうともしたが。渋面のこの相手に言っては、次に何が飛んでくるかもわからないので。腰に下げた剣は、伊達ではないのだろうで。これ以上はダメかと、とりあえず引く事にする。
耳に入れたのだから、気が向けば言ってくれるだろう。この男の性格なら、リエムを捕まえてでもオレの愚痴くらいいそうでもあるし。まあ、これで良しとする事にするか、と。オレは立ち上がり、肩を竦める。
「悪かったよ、忙しいところ呼び止めて」
じゃあまあ、仕事頑張ってと。放ったままの買った荷物を取りに戻ろうと、公園へと戻りかけたところで、背中に声が掛かった。
「お前、リエムに会ってどうするつもりだ」
「え?」
今更、リエムと接触する意図を探られるなどとは思ってもおらず。その声音に潜む重みを感じ、オレが驚きに振り返ってみれば。
「恨み事でも言うつもりか」
ケッと唾棄するように言葉が重ねられ、オレは眼が点状態だ。
いやいや、待て待て。
どこへ話が飛んだんだ?
2010/04/19