君を呼ぶ世界 160


 あぁ……腹減ったなァ。

 子供と遊び疲労した身体が落ち着くと、胃が主張し始めた。飯寄越せ!と。
 すっかり昼だよ。また帰らないと二人が探しに来るかもしれないな、と。
 見慣れるまでになった騎士様の面白くない顔を見ながら、オレはそんな事を思う。
 勿論、現実逃避だ。
 だって、目の前にやって来るそれはこれでもか!ってほど。この男と話していると、オレの前でぐにゃぐにゃ歪んで揺らいで飛び跳ねて、掴めない。子供と遊び過ぎたので、追いかけて捕える気力もない。そもそも、初めて会った時から、こいつはこうだ。怖ろしいほどに、イッていた。
 故に、必要に迫られたとしてもあんまり捕まえたくはないよな…と。女将さん一直線が正義のようにオレを苛め抜いてくれた言動が蘇り、嘆きが深まる。
 もう、ホント。マジで。
 オレと話をしていたくないのだとしても、一気に独自の解釈で得た結論へいくのはやめて欲しい。
 個性の強いアナタに、オレが付いていけるはずがないでしょう。つか、こうなったら、ここまで突っ込んだ事を話すのならばさ。どんなに嫌でも、もうちょっと腹を括って、オレを分かってやろうとかは思わないのかよ? なあ? 普通、会話を交わしたらそれだろ?
 なのに、何故、オレの言葉を無視して独自の見解へとひとっ飛びするんだよ? せめて人の話を聞けこうぜ、なあ? 聞いて考えて、それでも微塵も受け付けないってのならば、もう勝手にしてくれって言うからさ。
 兎に角。
 とりあえず。
 聞け。
 言葉を変換せずに耳へ入れ、理解してくれ。
 その思いを込め、オレはゆっくりと。今度こそオレの言葉が真っ直ぐ届くように、選んで口を開く。
 そりゃあ、面倒だと終わらせたい気持ちは確かにあるけれど。疲れた体や頭を押してでも、ここは言っておくべきだろうと思うので止められない。…意地になっている面も、無きにしも非ずだが。
 この男の性格から考えて、今ここで手を抜いたら間違いなくオレは損をする。そんな気がするので、逃げられやしない。
 まあ、どんなに頑張っても、味方になる事もないのだろうけど。それでも、この敵愾心が薄れてくれるだけでも頑張る価値はあるだろう。
「確かに、オレはここへ来なくても済んだ奴で、巻き込まれた身としてはさ。余計なことをしてくれたなと、フィナさんを恨んでいないわけじゃない。だけど、彼だって別に、オレを呼びたくはなかったのだろうし、事故みたいなもんだろ? アレは、神子を呼び寄せるものなんだからさ」
 若干投げやりになった自分を何とか理屈をつけて立て直し、オレは心にあるものの一部をラナックに晒す。
 リエムではなく。フィナさんでもなく、王様でもなくて。何故一番に、この苛めっ子に心情を吐露しているんだと考えれば、少々複雑であるのは否めないけれど。
 それこそ、こうなったからには仕方がない。
 ラナック様が、オレに興味っつか、関心っつか、疑問を持って質問をしてきて下さったのだからお答えしなくては、だよ。ははは。
「考えが浅はかだった部分は責められても、過ぎた望みをするのも、それを掴み取ろうとするのも、多少なりとも誰だってあるものだろう? オレは、理不尽を受けた身としては多分一生かかろうとも、別な世界に問答無用で他人を連れ込む行為に対しては納得などしない。けど、その無謀をまったく理解できないわけじゃないんだ。どうしとうもないくらいに乞うてしまう気持ちは、アナタも知っているんじゃないか? なあ?」
 ヤケ気味に自分を納得させたりもしたが。
 実際は、紡ぎ始めれば自然と言葉が出てきた。この数日色々考え続けていたオレは、それらを向けられる相手をどこかで望んでいたのかもしれない。
「オレはこの世界に来て、喉から手が出るほど何かを渇望するという体験を初めてした。そりゃ、元の世界でも同じようにもがいた事はあったけど、今にして思えばまだまだ甘いものだったよ。ここに来て、本当に良くわかった」
 基本、オレは今まで、そう悩む事もなくきた。
 いや、そうではない。元の世界には、こんな風に悩んでいるような間があまりなかったのだ。
 王城で居るようになって、オレには余りある時間が出来た。その中で答えなどないような課題に向き合い気付いたのだが。あちらの世界では、こんな風に、ただ悩みや考えだけにのみ向き合う事などなかったのだ。家族の事でも、友達の事でも、自分の事でも。色々悩み迷いつつも、他にもたくさん考える事はあったし、しなきゃいけない事はあったし、出来る事もあった。時は否応なしに進み、それにも追われた。けれどここでは、今の暮らしでは、オレはそれだけしかないかのようだ。
 これは、思いのほかキツい。
 もっと、仕事だとか、役割とかがあれば、気付かなかっただろうが。気付いたら、もう、無視は出来なくなるほどで。
 色々突き詰めていけば、やっぱりどうしようもなく帰りたい思いへと行きつくのだ。どんなにこの世界が、人々が親切でも。乞うのは、この世界での幸福ではない。
 周囲が優しければ優しいだけ、来訪者である自分が、こんな思いを持つ自分が、裏切り者のようにさえ感じるが。その罪悪感すら覆うくらいの望みが胸に広がる。
「オレは、きっと。誰かを犠牲にすれば、オレが元の世界に帰れるのだとしたら……多分、それを選ぶんだ」
 選らんだら、選んだで。今、神だの神子だの何だのと唸っている以上に悩むだろう。それらは、所詮は他人事であるが、そういう方法があったら犠牲を生み出すのはオレでしかないのだから、葛藤しないはずがない。何度も考え、帰る事を諦めては乞うてを繰り返し、最終的にオレはやっぱり戻る道へと進むと思うのだ。その犠牲が、最悪、誰かの命を奪う事に繋がろうともだ。
 他人のエゴを否定するのに、自分は選ぶのかと思うが。これこそ、どうしようもない。
 そして、オレはそんな自分に気付いているから、フィナさんを責める気にならない。責められる筈もない。
 そもそも、彼は多分、オレのように誰かを犠牲にする可能性は見ていなかったのだろう。賭けた命は、自分だけのものだから実行したんじゃないだろうか。神子を召喚する事は、否定されていない世界なのだから。オレが何がなんでも帰ろうとするよりも、健全でさえあるのかもしれない。
「これは、リエムにも言ったんだけどさ。今オレが歯がゆく思っているのは、元の世界の誰にも自分の無事を伝えられない事だ。嘆くのだとしたら、帰る方法の手掛かりがひとつもない事だ。そして、それはリエムではどうにもならない、彼には関係のない事だ。リエムに対して、受けた一切の親切を考慮しないのだとしても、文句のひとつも出やしないよ」
 オレは、フィナさんの行動自体に嫌悪はしていないから、本当にリエムを責める気はないんだと。
 少し言い過ぎた。これじゃ、弱音に聞こえて鼻で笑われるかと。若干話題がズレているようなのに気付き、そう修正する。
 アンタが思ったように、オレはリエムを恨まないし。そういう意味の嘆きはないからと。
 っで。わかったらさ、意地悪を言っていないで。リエムにオレの事を伝えて欲しいと。
 つか、絶対に言えよ。なんなら、連れて来い!と。
 お前だって、さ。リエムが変に誤解しているよりも良いだろう?と、色々無言で語りかけてみる。……言葉にしないそれまで汲み取ってくれるような親切を持つ男じゃないのは判っているが、人間、出きることと出来ないことがある。それは仕方がないって話だ。オレは言えないし、こいつは出来ない。
「まあ、そう言う訳だからさ……マジでリエムに会わせてくれよ?」
 危害は一切加えません。というか、加えたくてもオレの腕と根性じゃ無理です。
 ンなこと、本当はアンタだってわかっているんだろう?と、オレは眉を傾け下手に出て頼んでみる。
 牽制していたのが、落ち込むリエムを守る為ならばもうそれは必要ないだろうとも。
 そんな風に。タカを括ったわけじゃないが、何だかんだで聞き入れるだろうと、手応えを感じたオレだけど。
 男の反応は、オレの予想の斜め上をいった。
「俺はお前が嫌いだ」
 ……また、飛んだか?
 つか、今ここでその宣言か?
 これは、だからお前が何を考えていようとリエムに会わせてやるもんか!って意味の言葉なのか…?
「目障りだ」
「……」
「お前は真正の阿呆だ」
「…………」
 ……確かに、賢い訳ではないけど。そこまで言われるほどでもないと思うし。何より、ホント、今、言うか?
 こんなにも寛容と言える心でちゃんと認めているところは認めて許しているオレを、アホだと断定出来る程お前は賢いのか? 偉いのか? つか、お前が基本なのかよ、オイ。
 今度は何だ、どこへ飛ぶんだと。流石にもう嫌だぜ、何でオレはこいつを呼びとめたんだと、早くも後悔しているオレを余所に。言える言葉などなくて口を閉ざした相手に思う事はないのか、躊躇いもせずに苛めっ子は言葉を続ける。
「だが、そのアホさに利点が多少あるのだと認めないでもない。有難く思え」
「……はあ、どうも…」
 全くもって微塵も有難くないそれに、オレはもう帰ろうかな…と視線を巡らせる。
 そこを、ガシッと音がするほどの勢いで頭を掴まれ。あまりの驚きに声も出ずに息を飲み込んだオレに、ラナックは顔を近付けた。
「お前、シグに会え。手伝ってやる」
「…………え、」
「お前らの様子じゃあ、まともに会った事はねェーんだろうが。会わせてやるよ」
 は?だ。はあ?だよ。
 こいつの飛躍行動には結構慣れたけれど、その内容には慣れそうにない。どこまでぶっ飛べば落ち着くんだよ、オイ!

 ゴメン。もうお手上げ。
 …帰っていいかな?


2010/04/26
159 君を呼ぶ世界 161