君を呼ぶ世界 162


 人生、プラマイゼロだとは、よく言ったものだ。

 流石、王城。治安がいいなぁ、と言う事で。
 買ったものも、上着も。置いた場所にきちんと置かれていた。
 尤も。店の近くだったので、店主が気に掛けてくれていたようなんだけど。
 お手数をおかけしましたと礼を述べて、昼食を終えた子供達に再び捕まるのを避けるべく、即座に引き返し。
 漸く与えられた部屋に帰還したオレは、案の定。ただ、買い物へ出掛けただけなのに、ヘトヘトであり、時間がかかったのもあって、チュラとキックスに心配された。もう少し遅ければ、また探しに出られていたのだろう。
 世話をして貰っているのだから、オレだってある程度の時間は厳守しなければならない立場だ。だから、どちらかと言えば、遅いと怒って貰った方が有難いと言うのに。大丈夫でしたかと本気で眉を下げてくれるのだから、こちらも悪いと思うと同時に困ってしまう。無事で何よりと、ホッと胸をなでおろす姿に、罪悪感は募る一方な話だ。
 オレなど、仕え甲斐のない奴だし、何よりその正体はただの厄介者だ。来訪者とバレいている、遠慮のないラナックに会ってやりあったからこそ、隠したままの状態が落ち着かないのもあるのだろうが。それでも、疾しさひとつなくても、余りある向けられている好意が眩しい。つか、痛い。
「ゴメン、本当にゴメン! 今度こそ、こんな事がないようにするから」
「いえ、それには及びません。メイ殿がご無事であるのならば、お好きにして頂いて結構です」
「でも、心配掛けている訳だし」
「私やチュラの事はお気になさらずにお過ごし下さい」
「いや、そう言う訳には――」
 オレ自身、心配を掛けたくないし。子供のような事もしたくないから。本当に気を付けるよと。
 深く反省してそう続けようとした言葉を、まるで言わせないように、「それで、お気に召される品はございましたか?」とチュラがオレの手元を示しながらニコリと笑う。キックスとの不毛が入っていそうなやり取りをうち消す為に、画策したかのようなタイミングだ。いつもの天然なのか、確信犯なのか、測りかねる。
「ああ、一応今日のところは…。他にも、仕入れて貰えるように頼んでも来たんだけど」
「本当に、入用な物はどうぞ仰って下さいね」
 チュラに頷いている間に、仕草で腕に掛けていた上着を渡すよう、キックスに促され。渡したところで、荷物もどうぞとまた促され。手ぶらになったら、居間の席を勧められた。テーブルにはもう既に、食事の用意が粗方されている。
 お腹が空きましたでしょう、只今直ぐに、と。チュラが姿を消したかと思うと、本当に間をおかずに食事が運ばれた。キックスは、上着を仕舞い、買ってきたものを丁寧にチェストへ置き、戻って来て自然に給仕を始める。
 どこまでお前らは過保護なんだよと、笑いたいような、呆れたいような気持ちもあるが。それより、オレって何なの?と、情けないような気持がふと浮かんだ。渇いた喉を潤す為に一気に開けたカップに、冷たい水が注がれるのを見ながら思う。
 今までも、思っていた――っていうか。いつも思うのだけど。
 ホント、二人の中でのオレって何なのだろう。
 王様の客人って、そんなに偉いのかよ? 王が偉くても、客が偉いとは限らないんだから、そう傅くような事はしなくても…と。純粋に、これは二人が持つ本来の優しさだとか、仕事に対する矜持だとか思いもする反面、そう言う気持ちも捨てられなくて、ひとり腑に落ちない気持ちになる。
 ……なんつーか、オレ。若干、重症?
 後ろめたさを差し引いても、少し過剰な捉え方をしている自分に気付き。気を使ってくれる二人に隠れてこっそり息を吐く。
 ラナックのように、むやみやたらに邪険にされるのもどうかと思うが、これもこれで、なかなかに慣れないものだ。
 それでも。疲れる相手に会ったので、二人に癒されるのも事実なんだけどと。さり気なくオレの様子を伺い気をまわしてくれるキックスに、甲斐甲斐しく尽くすチュラの姿に、卑屈になりかけるのを意識して払い、改めて心の中で感謝する。
 何だかんだ言っても、オレはやっぱり、こういう人の温かさに癒されているから。この世界でやっていけているのだし、この世界を否定しきれていないのだろう。
 そう、こういうのがあるから、最悪な事があっても、差し引いて考えたりなんだりして折り合いをつけられるのだ。リエムなんてその典型だ。アイツが今から最低な事をしたって、オレは何だかんだで恨めないだろうし、案外あっさり許しそうな気がする。それこそ、ラナックだってそうだ。
 あの苛めっ子は、無駄に突っかかって来るし、それだけじゃなくオレに斬りかかって来るし、本当に容赦ない。暴言も暴力も、女将さんへの執着だけでは片付けられぬものだ。けれど、心底から嫌えないのも、諦めの方が強くなるのも、何だかんだでオレの手助けになってくれているからである。
 本人はそのつもりはないのだろうし、オレだってそんなに意識しての事ではないけれど。飾りっけはないが、同じく隠す事もしないので。素直すぎる彼の言葉は、オレに情報をもたらせてくれる。それ以上に文句を言いはするが、案外、力になってくれている。
 そりゃあ、全く親切ではなくて、あの偏った性格のままである言葉だけど。オレを騙すような奴だけど。今の厄介な立場のオレにとっては、あの存在は案外貴重だ。重宝しなきゃと思うくらいに。
 それこそ、相手は望まんでいなくて。こんな考えを知られたら、フザケンナ何サマのつもりだ!と蹴飛ばされるのだろうし。オレだって、目の前にすればそう言うのを忘れるくらいに呆れ果ててしまう事も多々あるのだけれど。
 少なくとも、王様よりも断然マシだ。それは、間違いない。
「あ、そう言えば、さ?」
「はい」
「王様って、なんて名前なの?」
 あ、ラナックと王様で思い出したと。
 オレは、よくわからない甘めのソースがかけられた柔らかい肉を飲み込み、何気なく聞いたのだが。
「どちらの国の王でしょう?」
 素で、キックスにそう返された。
 う〜ん、これもまたNGか? この前、王ってどんな人?ってやったのと同じく、聞くって発想がないほどの常識か?
 でも、オレは直接の知り合いじゃないと言ってるし、大丈夫だよな?
「いや、この国のあの王様だよ。キース王ってのは、知っている。リエム達がシグって呼ぶのも。ただ、改めてフルネームは聞いた事がないなと思って…いや、あるんだろうけどな、何せ王様だし」
 でも、田舎暮らしには必要ないし、忘れてさ。ははは〜と、笑いながら言ってみたオレに、あっさり答えが返った。
 別段、訝る風でもなく。「ああでしたら、」と、チュラがサクッと言う。
「現王は、キルクス・シグニィ・リタル・ハギさまですよ」
「……へえ…長いな」
 あっさり過ぎて、耳を通り抜け、長いという印象だけが残った。
 オレが問うたのではなく、ただ唐突に、それだけを言われていたら。何だぞれ?呪文か?だ。ラナックに教えられていたら、呪いだと思っただろう。
 つか。ミドルネーム持ちかよ…、ハギって国名は個人から取ったのか?――じゃなく!
「は? キースってのはないのかよ?」
「それは王名ですから」
 そう言われても、やっぱり「は?」なオレに、二人が説明してくれた。王名とはつまり、その王様につけられる名前で、通常国で一番身分が高い王を本名で呼ぶのは失礼だとか何だとかで設けられているものらしい。ちなみに、それは代々の王が先々の王名を付けているそうで、46代ハギ国王がキースという名を名乗るのはずっと前から決められていたのだとか。だから、次の王名も、その次の王名も既にもうあって、誰がなってもそれだとのこと。
 つまり、元の世界で言うところの、台風の名前みたいなものかと。身近なもので納得したところで次へと進み。長ったらしい名前も、実は『王家の名・元々の名・元々の姓・王家の姓』であるのを知る。
「現王は、即位の際に王家に入られた御方ですから」
「ああ、そう言えば、そうだったけ」
 でも。日本人なオレは、養子にいって姓が変わりました、てのが感覚的にしみ込んでいるので。元の名に新しい名前をただくっつけると言うのが、何だかおかしくて仕方がない。
 スマートじゃないなと少し呆れつつ、長い名前に、署名ひとつとっても大変だとオレが笑うと。「いえ、それは…」と。キックスが少し困ったような顔を作る。
「このような名前はあくまでもハギ国内限定であって、国外には王家名のみを名乗りますので……」
 また、王が個人的に何かを場合は、王家名は名乗らないのだとか。退位後は、元の名に戻るのだとか。使い訳がされているのを教えてくれる。
「へえ〜、そうなんだ」
 何やらややこしいな、と。何を持って分ける意味があるのか、と。
 その時は、ただ少し耳にした話に、それだけを思って。
 そういや、リエムがそんな話もしていたっけかと、記憶の隅に引っ掛かりを感じつつも終わったのだけど。
 後から考えて、キックスが歯切れの悪い口調であったのを思い出して。そうあっさりしたものでもないのかもしれないと、夜になりベッドに潜り込んでから思い付く。
 だって、さ。よくは分からないけれどさ。
 国内外でそんな風に、使う名を分けるって。やっぱり変じゃないか?
 王名を設ける程に尊いものとしているのに、その王の名を用途によって分離するっていうのは、矛盾している気がする。
 そもそも、あの男みたいに、いつも王家出身ではないの王ではないだろうし。その時は、名前はひとつしかないはずだと思うんだけど…違うのか? 王となったら新たに、王家のものでも名を増やすのだろうか?
 あの長ったらしい名前は、それだけで。オレは王様だ!ってなものでは決してないのだ。ハギというのが王家名なら他にもゴロゴロ名を持つ者は居るのだろうし、王だと言うのであれば王名の方が断然主張が強い。そう、どちらかと言えばあれは、「王家に入った者です〜」みたいな名でしかないように思う。
 国内ではそれを名乗り、国外では王家としてのそれで。個人としては元の名――なんて活動の仕方が、はっきりし過ぎてなくて気持ち悪い。意味がわからない。当人はもとより、他の奴らも不便極まりないのではないだろうか。
 そう。はっきり言って。
 そこには、なんて言うか……流石に王様相手に差別じゃないだろうけど。王家との確執が伺える。王家出身ではない王への線引きがされた名のようだ。
 退位すれば、王家を抜けると言うのもシュールだ。王だからこそ、王家の一員で在れるのは尤もかもしれないが、だからって終わったらハイさよならもおかしいだろう。
 変な決まりだと。オレの感覚であり、この国では違うのだろうけど。キックスの様子はたまたまだとか、別な事に対してのものだったのかもしれないけれど。何だかパッとしなかった話を思い出し、オレはもうちょっと詳しく聞いてみようと決める。
 つーか。
 シグシグと呼んでいたけど。正式には、シグニィだったんだなと。シグニィだったら、シギが愛称じゃないんだ?と。行動を決めると同時にやって来た眠気に誘われ、ものすごくどうでもいい事を考えながら、オレはそのまま睡眠に突入した。
 っで。
「――ズ、――ボ……、コラ」
「ン…ぁ?」
 何か聞こえるなと夢うつつで思った時に、何かが頬に触れてきて。
「ボウズ、起きねば縛って引きずっていくぞ?」
「は?――イッ! ン、ンッ!?」
「これ、静かにせい」
 耳に意味不明な言葉が吹き込まれた瞬間、頬を抓られた。
 っで、痛いと叫ぼうとしたところで、パシンと音を立てながら口を覆われた。
「さあ、行くぞ。夜は短い、さっさと起きろ」
 人の口を塞ぎ、暗闇の中でニヤリと笑う男は、紛れもなく奇人だった。

 オイオイオイ…。奇人の夢を見るって、相当ヤバいぞ…。
 しっかりしろ、オレーーッ!


2010/05/03
161 君を呼ぶ世界 163