君を呼ぶ世界 168


 時と場合によっては、ひとりの方がいい時もある。

 全く思わないモノがないわけではないけれど。
 この爺ちゃんは、一切、オレがここにいることには関係がないと言えるのだろうで。
 オレを思っているからこその言葉だと。聖職者はこうなのだろうと。
 アンタに何がわかるんだ!と八つ当たりするほども子供ではなく、また、そんなことをしても自分で自分が嫌になるだけでしかないと分かっているので。
 その根底がどこにあろうと、誰に繋がっていようと。自分を慮ってくれているのも確かだと、オレはそれだけを汲み上げて。
 ワッフ氏の言葉を飲み込み、短い礼を返す。
 けれどやっぱり、口を閉ざせるほども、心が落ち着くはずもなく。
「…あの、」
 そう言う貴方にとっては、生きるということは何でしょうかと。その甲斐を示そうとするのならば、まず貴方のそれを見せてくれと。
 神に仕えていると言うが、本気で神を信用しているのか。神の真実を、この世界を守っているわけでも人を裁いているわけでもなく、ただそこに在るだけだという奇人の説を知っているのかと。知っているのならばそれをどう思うのかと。
 また。貴方達がした召喚は、本来は神の望まぬことであり、神の意に反してその力を奪い成しているものであるのをどう考えているのかと。
 何故オレであったのかは兎も角。そう言う結果でオレがここにいる、そのこと自体をどう思うのかと。
 そんな言葉達が競り上がり喉元で押し合い、オレの声を潰させた結果。
 ひしめき合うものの中からポロリと転がり落ちたのは。召喚を行ったという、フィナさんのことだった。
「どんな人物でした…?」
 オレへの態度を考えるに、今回の出来事の多くを把握しているのだろう、元・大神官長は。単刀直入にそう切り出したオレに、世間話の延長のような和やかさで奇人と変わらぬような答えを返した。
 彼はとてもイイ青年であったと、優しい子だったとの即答に、思わず苦笑する。
 純粋そうな青年であろうとオレも思っていたが、もう充分に大人である年齢の男に対してのそれは、奇人に対するものと同様に親心が入っているのを直ぐに感じたからだ。この爺ちゃんに掛かれば誰だって、孫のように可愛いのだろう。
「自分の思いにまっすぐで、頑固ともいえる部分は子供のそれに近く、歳の割には幼い面も目立ったが。神官としては、充分に素質を持つ優秀な若者であり、将来が頼もしかったが……惜しい者を亡くしたものだ」
 順番で言えば自分であろうに、と。この歳になると、若い者の死は格別に堪えると。痛ましげに目を細めた男が、騒がしい二人に視線を向け、そしてオレへと戻してくる。
「フィナに興味があるのか?」
「興味と言うか…そうですね。本人の事も、周囲にとってどういう人物であったのかも、出来る限り知りたいと思います」
「キミも知っているのだな」
 彼が神子召喚を行ったのを、と。
 言葉にはせず、眼だけで確認を取ってきた相手に。オレは素直に、先日リエムに聞いたのだと、あの時向けられた言葉を掻い摘んで話した。
 そして。
 その時のリエムの様子や、昨日のラナックの態度なども口に乗せ。
 特に話すつもりはなかったのに、さすが大神官だっただけの事はあるというのか、いつの間にかそんな気持ちになっている自分をおかしく思いつつも。回る舌を止めずに、今の気持ちを晒してみせる。
「この世界で皆が日々を過ごしているように、オレにあったそれが突然奪われたこと自体には、憤りを持っていて…恨み言が一切ないわけじゃないです。もし、目の前に彼がいたならば、どんな理由があろうとも詰っただろうし、手も出したでしょう。でも、実際にはもう彼は居なくて……オレもそうだけど、他の奴らもみんな、憶測でしか図れない状況みたいだから…、どこに何を持て行けばいいのか正直よくわかりません。そんな中でオレが出来るのは、彼を知る人から彼のひととなりを聞いて、その時の様子を聞いて、相手の状況を思い描くくらいの事しか出来ないんです。直接、オレをこういう状況にした相手とは一度も向かい合えないんじゃ、恨みも怒りも継続し続けるのは難しいんですよ。こうしてワンクッションおくような現状では、嫌でも冷静になるというか、諦めるしかない部分が出てくるというか、何と言うか…仕方がないかなと思う事の方が多くなるんです」
 実際には、サツキが神子の素質を持っていたのだとしたら、オレが巻き込まれたのも必然になって来るのかもしれないけれど。召喚という暴力を振りかざした事実に変わりはない。だから、ラナックへ向けた言葉のままに、ここに来て多少揺れてはいるが、それでも本心である気持ちをオレは告げる。
「今まで聞いた感じだと、フィナさんはオレの中ではそうフザケタ奴には思えないし……というか。単純なのか純粋なのか、たぶん、彼自身本気で神子に縋ろうと血眼になって求めたというよりも、なんていうか…子供のお願いというか、お祈りみたいなものだったんじゃないかなと思えてしまうんですよね…。勿論、納得はしていないし、神子召喚なんてものは理解すらしたくないけれど…。オレのただの思い込みかもしれませんが、彼の行為は、そこまでの非難を浴びせるものでもないのかなと思ってしまう程度には、わかる部分もあるんです。上手くは言えませんけども…、オレにだって、一途にそれに向かってしまって周りが見えなくなった経験はあるし。色々と多くの事を考えても、結局その中で選ぶのは、自分にとって一番いい結果に繋がるものであるのが当たり前なんだろうし…」
 だから、同世代の同性として。尽きる命を前にそれしか希望がなかっただとか、単純にダメ元でやってみただとか、そこへ向かった真実はどこにあれ。それがどんなに愚かであろうと、彼と言う存在そのものを否定出来る訳もないと思うのだ。間違った事をしたのであっても、それが愚かであっても。被害者のオレはそれを批難は出来るだろうが、だからといって、それを裁ける事にはならない。
 慕われていたのを察する度に、オレの事は兎も角として、そのフザケタ行為にもケチをつけ難くなる。
 ただ、彼は伝え聞いたそれに望みを託しただけであり、非は薄いと。問題は、神だとか神子だとかのシステムだと、召喚そのものだと、そう思えてしまうのだ。極端な話、例えばだけど。我が子の受験合格を願いお百度参りをして、子供が当選したとしても。どこかの誰かは不合格となり、それにより人生が転落の一途をたどるかもしれないだなんて、誰も考えない。それと似たようなものじゃないかと思うのだ。
 オレを最悪の事態に巻き込んだのだとしても、ラナックや王様と違い、彼は目の前に居ないので。怒りを向けるのは難しいという面も確かにある。居ないからこそ、オレは未だに、どこか他人事のように、現実味なく捉えて考えている部分もあるのだと思う。フィナさんを都合よく想像しているというのもあるだろう。
 けれど、本当に。
 オレを異世界へと引きずり込んだ奴に同じ苦行を味わわせてやるといったような仕返しさえ、この世には居ない彼相手では思いつかないのが正直な気持ちだ。
 ラナックの警戒も、リエムの引け目も、わかる事にはわかるけれど。実際彼らだって、存在したことすら本当であるのかどうなのかわかる事さえ出来ない、亡くなった相手を伝聞だけで恨むなど出来ないだろう。少なくとも、オレはやっぱりどう考えても無理そうだ。
「もしオレが、この世界で最低な扱いしか受けられていなかったら、きっとこんな事は思いもしなかったと思います。フィナさんどころか、この世界の全てを恨んだでしょう。でも、オレはこうして、オレにとっては異世界である事を除けば、悪い日々を送ってはいないんですよね。貴方の言った言葉ではないけれど、ちゃんと温かいベッドで寝起きが出来て、仕事をしたり勉強をしたりも出来て、他人と接する事も問題はなくて、食事も三食摂れていて。そう言うのが、この世界で過ごす上での余裕というか、落ち着きに繋がっているのだろうから、来訪者が迫害される地域もあるというのを考えれば、オレは充分に恵まれていて。全てを誰かのせいにして腐るなんて事をしては、オレを大事にしてくれる人達にあわせる顔がな――」
「行くぞ、メイ!」
「は? えっ、わッ…!?」
 突然近くで聞こえた呼び掛けに振り返ろうとしたが、その前に腕を掴まれグイグイ引かれた。加速がつく中で確認すれば、それは奇人であり、目指す先は出入り口だ。
 無理やり足を動かされながら振り返ると、ワッフ氏が笑いながら片手を上げるところで、挨拶なのだろうそれがどういう意味なのかと問う間もなく、その姿がオレの視界から消える。驚いているうちに、何故かサヨウナラだ。
 部屋を飛び出してもなお、勢いよく奇人はオレを引っ張りながらどんどん歩いていく。
「ちょ、行き成りナニ!? 自分で歩くって!」
「迷子になったらダメじゃからな、手を引いてやろうという親心がわからぬか?」
「アンタはオレの親じゃないでしょ。っつーか。マジで突然どうしたんですか!?」
 挨拶もなく追われるように飛び出して。本当に何なんだと聞けば、「あのまま一緒に居て、頑固やハゲガ感染っては堪らんからのォ」と、相変わらず適当な事をいう。一体、あのスキンヘッドとどんな言い争いをしていたのやら…だ。出て行かねば殺すとでも言われたか?
 話の途中だったのに…と、未練がましく後ろを振り向くが。掴まれた手を振りほどいて戻る話でもない。元々、奇人待ちで始めた会話なのだから。
 廊下は相変わらず暗かったが、夜中に通った程でもなく、どこからか光が届いているようで奇人の姿は充分に捕えられた。だが、初めて通るオレにはそれが限界と言ったところで、何度か角を曲がらされたが、今来た通路とどう違うのかわからない。
 かなり進んで漸く、夜中の道順ではないなと気付く。
「一体どこへ…?」
「腹が減ったからな、帰るんじゃよ」
 でも、通り道が行きと違うだろうと指摘しかけたところで、「ほら、こっちじゃ」と、明らかに隠し扉でしかない小さな穴へと押し込まれる。煉瓦で言えば数個分の薄いそれを抜けて渡った壁の向こうも、似たような暗い通路で。後に続いてきた奇人が扉を閉ざしてまた、オレの腕を取り引く。
 見えていますから迷いはしないと、何だかんだと取り合わない相手からどうにか片手を取り戻し、前を行く奇人に続いて階段を下り、上り、また壁を通り抜け、小さな部屋を横切ってと。もう、どこを歩いているのか一切わからないくらいに、薄暗い壁と天井に囲まれながらただ進む。
 あの最上階に通じていた階段のように、これはいわゆる隠し通路なのだろうが。何故に、オレはこんなところを通っているのか甚だ疑問だ。ただの奇人の気まぐれであろうが、勘弁して貰いたい。絶対、一般人が利用していいものではないはずだ。変なものに巻き込まないでくれ…。
「そう言えば、リエムが我慢できずに話したそうじゃのォ」
「…何をですか」
「フィナの事じゃよ。王に口止めされていたというに、あの男が珍しいものじゃ」
 まあ、珍しいと言えば、その報告を受け怒っていた王もまた珍しいものじゃったがなと。
 どうしてそんなに情報通なのか、嫌になるくらいのそれに、オレは聞いた話より先に頭痛を覚える。
「アンタ…、オレが聞いた時は判らないと言ったけど、本当は誰が神子召喚をしたか知っていたんじゃ…」
「さて、どうじゃったかのォ。この歳になると、昔の事はよく覚えているが、最近の事は忘れやすくていかんわい」
 とぼける奇人に、オレは確信を持つが。全て事実を話していると言っていたのはどこの誰だよと、胸中で悪態を吐くに留められたのは、ひとえに相手が奇人だからだろう。こういう輩には踏み込むだけ損で疲れるだけだと、理性で堪える。
 なので、舌打ちの代わりに、リエムの行方を尋ねると。案外あっさりと、出掛けている事を教えられた。
「じゃあ、王宮にはいないんだ?」
「ヴァンの息子は、王宮に居ない事が殆どじゃ。王の要請のまま、其処彼処を飛び交うのが仕事じゃての」
「へぇ、そうなんだ…」
 思わぬところで、リエムの情報をゲットする。オレを避けている訳ではないんだと安堵した半面。王との関係を垣間見せられ、ちょっと複雑だ。友であり主従の関係であるのだとは分かっていたが、何となく面白くない。
 仕事である以上、オレが口を挟めることではないけれど。あのどこに出しても恥ずかしくない出来たリエムが、あの王様にこき使われているのかと思うと、不満さえ浮かぶ。先日、奇人を迎えに行き、オレを助けてくれた爺さんの事を調べに行ったばかりなのに、なんて忙しさだ。
 加えて、オレにフィナさんの事を話したせいで怒られるだなんて。たとえそう言う命があったのだとしても、隠そうとしたのがいけないのであるから、理不尽でしかないだろう。
 やっぱり、いけすかない奴だなと。王である男の事を考えている間に、いつの間にか外へと出ていて。朝の日差しを浴びながら庭の中を歩き、緑を抜けた場所にあった扉を潜る。
「ソナタも腹が減っただろう。喜べ、漸く食事にありつけるぞ」
 奇人がそう言いながら、腕を伸ばして伸びをした。寛いだその様子と発言に、オレの中では疑問が浮かぶ。
 城と言えばどこもかしこも、似たり寄ったりな造りで、迷子になれ!と言っているようなものだけど。ここは、オレが歩いて見て回った場所のどこでもない。覚えのないところだが、部屋に近いのだろうか?
 オレが貰っている客間も、丁寧な仕事ぶりで綺麗なものだけど。ここは更に違うなと、派手ささえ滲む壁や天井、廊下の先へと目を走らせながら、華美な彫刻を確認していたその時。
 背後から声が掛った。
「ディアさま、メイさま、おはようございます」
 振り返ると、そこには当然のように一人の男が居て。
「どうぞ、こちらへ。直ぐ、お食事の用意を致します」
 そう言って、下げていた頭を起こしたそこにあったのは、見知った顔だった。

 オレは、この世界で他者に恵まれ感謝しているけれど。
 奇人が相手の場合は、それを考え直すべきなのかもしれない。


2010/07/11
167 君を呼ぶ世界 169