君を呼ぶ世界 169


 奇人に責任を問うのは、愚かな事なんだろうか。

 オレは別に、デートに誘われた女の子ではないのだけれど。
 あんな風に連れ出したからには、最後まで責任を持って、オレを部屋まで送り届けてくれと。
 それが出来ないのならば、せめて帰り道を教えろと。
 そう思うのは当然だというのに、諸悪の根源である男にその発想は愚か、理解もないようで。
 こんな形での思わぬ再会に、驚き以上にバツの悪さを覚え言葉を失くすオレを余所に。朝食をどうぞと言うジフさんの提案にあっさり従い、なんの違和感もなく案内されようとする奇人を捕まえ、ちょっと待てよと訴えたのだけど。
「ソチも腹が減ったじゃろう。なに、心配せずとも、毒など入ってはいまいよ」
「そうじゃなくって…! ジ、ジフさんが居るって事は、ここは…」
「王の私室じゃな」
「な、なんで!?」
「ボクもお腹が空いたのでな」
 って!そうじゃねえ!と。
 それはつまり、端からここで飯を摂る気でいたのか!と。
 ジフさんに見付かったのは偶然ではないのかよ!と。
 慌てるオレを一切構いもせずに、空腹の事ばかりを言う奇人に苛立ちを覚え、コソコソと会話をしていたというのに怒鳴りかけたのだけれど。
 そこで、オレ達を待っていたジフさんに、「お話はお席に着いてからごゆっくりどうぞ」と、こちらもまた、オレの発する空気をまるっと無視するような平坦な、慇懃な態度で、オレの言葉を封じに来て。
 ほら行くぞと、意気揚々と勝手知ったる我が家のような足取りで進む奇人と。あくまでも、客人であるかのような丁寧な態度を崩さずも、オレの意思を抑え込む程の完璧な執事サマの誘導に。青二才なオレは、ぐうの音も出ずに従うしかなく。
 ハタと気付いて、世話をしてくれる者に黙って出てきているから部屋に戻りますと、朝食も用意してくれているだろうし部屋で摂りますと。お邪魔しました、と逃げられる口実を思い付き、実際にそう言ってみたのだけれど。
「では、直ぐにあちらへ連絡いたしますので、ご安心下さい」
「えっ…、いやいや、いいです。帰りますから…」
「ソチは何をやっとるんじゃ。早く来い、迷子になるぞ」
 それとも、またボクに手を繋いで欲しいのか?と。困ったお子様じゃのぅ、と。既に、扉を潜り廊下から姿を消していたはずの奇人が再びやって来て、ジフさんの攻めに抵抗を試みていたオレを無理やりに引っ張り、食堂へと連れ込んでくれた。
 結果。
 ジフさんが居て、当然のように奇人が動いているので、またあの妙な噂が立つ部屋へ入るのかと思った事に比べればマシだが。結局は、王の私室内であるのは変わらず、居心地が良くないのならばあまり慰めにもならない、客人用の食堂で。
 どうしてこんな事になったのかと思えば、全く納得いかない思いに囚われる中。オレは朝食を前にする事になった。
 なので、当然。
 食事中でも何かと煩いというか鬱陶しい、正面に座る奇人に向かって胸中で毒を吐きながら、オレは黙々と食事を口に運ぶ。
 奇人がオレの面倒を見る気がないのならば、さっさと食い終えて、自ら撤退するしかない。
「そう慌てて口に放り込んでは、喉に詰まるぞ? 誰かに獲られるわけでもないんじゃ、いくら腹が減っていたとはいえ、落ち着いたらどうじゃ」
 のぅ?と、給仕役に徹するジフさんに振る奇人に向かって、オレはパンを千切りながら溜息を吹きかけてやる。ひとを欠食児童のように言うなというものだ。っつか、アンタこそダラダラ喋っていずに、さっさと食ったらどうだという話だ。
「…あのですねぇ。貴方は気にしないのでしょうけど、オレは一般人ですから、畏れ多くも一国の王様の私室で、当人の許可もない状態で長居など出来ないんですよ」
 こんなところで悠長に飯を食っていられる立場にはない、と。オレと王様の仲の悪さはご存知でしょう、と。
 もし、万が一この事が知れたら、オレはますます毛嫌いされるんですけれど、わかっています? アンタは何も考えていないのかもしれないけれど、オレにとってこの状況は、なかなか危機的状況なんですよ、と。
 自分の居ない間に、気に食わない異界人が自分の私室で飲み食いしたと知った王に、オレが罰を与えらそうになったら。アンタは助けてくれるのか? どうせ、いつものように適当な言葉を並べるだけで、責任までは持ちはしないのだろうと。
 不快を越えた敵愾心さえ滲ませて、どこに落ち付ける要素があるんだとオレが言ってやると。
 奇人はキョトンとした顔をし、コテンと首を傾げ、「う〜ん」とオレをジッと見たまま短く唸り。
 そうして。
「そちは、心配性じゃのぅ」
 と、そんな結論を持って、オレの心境を一蹴した。
「はァ!? どこがッ!?」
「どこって、のぅ、良く考えてみればわかるじゃろう。このジフが許しているんじゃ、たとえ王が怒ったところでソナタに咎が行くはずもない。勝手に押し入ったのならば兎も角、そうじゃないじゃろうが?」
「……」
 確かに、まあ、ジフさんに関しては、率先してオレをこの席に着かしていた感があるけれど。それだって、秘密通路からの王の私室へ入室は、勝手に押し入ったと言えるようなもので。もしかしたら、能面なあの表情の下では、侵入者二名を逃がさない為にこうして餌を出し釣っているのかもしれないじゃないかというものだ。
 悪いが、ジフさん個人は悪い人ではないと思うけれど。王の忠実な臣下である時点で、オレの不審は拭いきれない。
 何より、客間で世話になっていた頃の別れ方がアレだし…と。気にし過ぎじゃと、何の根拠もないのだろうに絶対の自信を崩さずにオレを諭す奇人から視線を反らし、壁の前で控える執事サマをチラリと見る。
 あの時は、オレの脱走を手伝ってくれたのかと思ったが。結局、ラナックのあれも嘘であったのだから、この人もそうなのだろう。王様の描いたシナリオ通りに動いただけなのだ。
 そう言えば、あの時サヨウナラではなく、いってらっしゃいと言われたっけ…。
「……でも、もしこの場に王様が入ってきたら。そんな弁解をする余地もなく、問答無用でバッサリやられそうなんだけど」
 はっきり言って考えれば考えるだけ、自分の立場が窮地に追いやられているようにしか思えないと。能天気とさえ言える奇人が恨めしく。また、思い出したあの日の事が悔しくて情けなくて。
 意地になるように卑屈な反論をしたオレに、奇人は、王は夜まで帰って来ないと言い切る。
「朝の礼拝を済ませば、そのまま朝議じゃ。その後は執務室に籠るなり、視察に出るなり何なりと、昼食にさえ戻ることはめったにない。戻って来たとしても、食事は自室じゃ。ここは、客人と共にする食堂じゃからな」
 あいつはここへは寝に帰って来るだけじゃわい、と。
 つまらない男だと呆れた口振りながらの奇人の話に、それはそれは忙しい事で…と嫌味半分の感想を持ちながら、何気なく部屋を見回す。
 十人程度ならば余裕で着けるテーブルだが、フル活用される事などあるのだろうか。
 確かに、ここで一人食事を摂るのはないか、と。ジフさんがオレを売らない限り、突然の王様登場はないようだなと、安心しかけたオレなのだけれど。
「お話に割り込み申し訳ありませんが、宜しいでしょうか」
「何じゃ?」
「今朝は、まだ王は食事を摂っておらず、朝議後にこちらへ戻られる予定です」
「珍しいのぅ。さては、好い相手と遅い食事を共に、ってやつか?」
 なんじゃ、そう言う事なら早く言わぬか。当然、相手は寝室じゃな? いや、もう直ぐ王が戻るのならば、起こされているかもしれぬかのぅ?
   どれ。ちょっと様子を見てくるか、と。
 どこまで本気なのか立ち上がった奇人を、オレはフザケタ話の展開で呆けたまま、つい見上げてしまい。
「メイ、ソチも行くぞ」
 バッチリ重なった視線がいけなかったのだろう。こんな面白い事は早々ないと、わざわざ回り込んできた奇人に肘を掴まれ立たせられる。
「ちょ、ちょっと…! いやいやいや、オレはいいです!」
「そんな事を言って。ホントは興味があるじゃろう? 遠慮など、子供のする事ではないぞ」
「残念ながらオレは大人なんで、遠慮します!」
「残念なら、今日だけ子供になるのを許してやろう。ほら、早く行かねば、嬉々として帰って来るのだろう王とかち合うぞ。いいのか?」
「良いも、悪いも…、だから、オレは行かないって!」
 そんな危険を考慮できるのならば、始めから巻き込まないでくれ!
 っていうか。恋人との朝食は、いいとして。それが楽しくて跳びはねる勢いで帰って来るような奇人の言い方に、あのいつでも不機嫌極まりない男のそれを思わず想像し、有り得ないとオレは顔を顰める。
 顰めたところで、気味の悪いそれに脱力した隙を突かれ、グイッと引っ張られよろめいてしまった。
「うっ…、あッ、」
 抵抗の為に踏ん張っていた足が浮き、引かれる勢いのままテーブルの脚へとぶつかり、痛みに呻いたオレに一拍遅れで卓上のグラスがひとつ倒れた。
 中味は水であったが殆ど飲んでいなかったので、派手にクロスに染みを作る。
「危…ッ!」
 今度は逆に、その事態に気が逸れたのか、オレが慌てて腕を振ると、奇人の手はあっさりと離れた。
 しかし、それに構う時でもなく、慌てて転がるグラスが落下するのを阻止し、寄って来たジフさんに顔を向ける。
「ス、スミマセン!」
「お怪我は御座いませんか?」
「あ、はい…」
 片手で握ったままのグラスをやんわりと取り上げられ、代わりにタオルを渡された。
 焦る自分が恥ずかしくなる程に落ち着いたそれに、オレは、奇人の最低な行動を止めようとはしないのに、こういうことへの動きは素早いんだなと、どうでもいい様な事を思う。
 …いや、どうでも良くないか。
 先程の奇人の話が百パーセントの真実ならば。オレと奇人が王の相手を見学に行ってもいいと判断しているということになる。しかし、一介の侍従にそんな権限はないだろう。あるはずがない。
 と、いうことは、だ。
 ここではないとしても、一応私室に王が戻るのを知りながら、嫌われているオレへ朝食を勧めたのも。超が付くほどの個人的なことを奇人に巻き込まれ垣間見ようとするのを、見て見ぬ振りしているのも。つまりは、奇人はさておき、オレの立場など少しも考えていないどころか、今以上にそれを悪くしようとしているという事じゃないのか?
 この人は、オレを陥れようとしているんじゃ…?
「足は如何です?」
 診ましょうと、「何をしているのじゃ、どんくさいのォ〜」と、傍らで他人事のように言う奇人を無視し、ジフさんがオレの手を取った。
「え、いや…だ、大丈夫です……全然、はい」
「その間に、こちらを片付けさせますので」
「いや、ホントに…ちょっと当てただけですから…」
 足を痛めているだろうからとのそれなのだろうけど、取られた手が何だか拘束のように思えて。反射的に引っ込めたのだが、あからさまなそれに気まずくなり、しどろもどろに応えると。
「では、あちらへどうぞ」
 オレの抵抗を汲んだのか、諦めたのか。あっさりと。
 ジフさんが窓際の長椅子を示し、「ディアさまも、どうぞあちらでお待ち下さい」と、テーブルの上を片付ける為に人を呼ぶのを断ってから食堂から出て行った。
 その動きを、オレ同様追いかけていたらしい奇人が、扉が閉まってから即座に口を開く。
「よし。上手くやったのォ、メイ。今のうちに、あのクソ面白味のない王を相手にする奇特な者を探しに行くぞ」
「は? 探す?」
 探すも何も、居場所はわかっているんだろう?と。
 全くもって、そんなつもりは微塵もないが、ついそう返してしまう。
 この男の事だから、王の私室も知り尽くしているのだろうと、寝室の場所を知らないなんて意外だなと驚いたオレに。お前は役者かよというように、オレの顔の前で立てたひと刺し指を奇人は数度振った。
「甘いのぅ、メイ。ジフが止めなかったという事は、ボクが言った事は外れているという事じゃ。寝室に向かわれても問題ないと判断してのことじゃよ」
「見られても良いってことじゃないんですか」
 しつこいようだが、本当にどうでもいい話だ。だが、相手にしないと、また強引に事を進められそうなので。抵抗のひとつとして返事をしながら、オレは促された椅子へと向かい座る。
「ジフが言ったのは、朝議後に食事をする為に戻る、それのじゃ。当然、ボクが興味を持つのがわかっておるのに、わざわざそれを教えておいて相手は言わないなど、中途半端で怪しすぎじゃろう。基本、王の私用を話はしないが、大丈夫だと判断したならば隠さない。その辺は、己の判断に自信を持ってきっかり線が引ける男じゃてな」
 つまり、奴はこの事に関して何か迷っているんじゃよと。
 故に、自分は気になるんだと。
 デバガメ行為をまるで正論のように、拳を握って言う奇人の談を右から左へ流しながら、オレはぶつけた足を押してみる。痛いが、痣になるくらいのそれだ。診てもらう必要派やはりないだろう。
「平気か? 遠慮せず診て貰えばいいんじゃぞ?」
「いや、押せば痛い程度だから」
 オレの様子を見ていたのだろう。案外まともなその言葉に、顔を上げそう答えると。
「よし、では行くぞ!」
 オレの返答に満足した奇人がニヤリと口角を上げると、それはそれは嬉しそうに声を張り上げた。

 ……だから、聞けよオイ。
 オレは行かないって言ってンだろうがッ!!


2010/07/19
168 君を呼ぶ世界 170