君を呼ぶ世界 170


 …心臓に悪い事ばかりだ。

 微塵も乗り気を見せなかったので、オレの心情を察して諦めた――のではなく。
 腰の重いオレに付き合っていては埒が明かないと見限った奇人が、「しょうがないのォ」とボヤキながら、ひとりで扉へと向かった。
 冗談ではなく、本気で王様のプライベートを覗きに行くのかと。遠慮も何もない奴だとはわかっているが、それでも相手は一国の王様であるんだぞと。なんて、何でもありなオヤジだなんだ…と。
 オレの方こそ、その行動に心底呆れながら、ひょろりとした背中が扉の向こうへ消えるのを見送ったのだけれど。
 なかなか重いだろう、ぶ厚いその扉は、閉じきる前に再び開いた。
 計画は失敗らしい。
「何じゃ、何じゃ。もう来よったわい」
 後ろ手で扉を開け戻した奇人が外に向かってそう声をかけ、オレを振り返り、「残念じゃったのぅメイ、探索は中止じゃ」と肩を竦めてみせた。まるで、オレも出掛けようとしていたかのようなその台詞に、勝手に巻き込むなと眉が寄る。
 だが、室内に戻った奇人が大きく開けて支えた扉から入ってきた人物に、その比ではないくらいにオレは盛大に顔を顰める羽目となった。
 当然だろう、やって来た相手が相手なのだから。
「早いご帰還じゃのォ」
 奇人がそんな声を向けたのは、今まさに奇人が探りを入れようとしていた当人である王様だった。
 ジフさんが戻って来たのだとばかり思っていたオレは、思わぬ相手の登場に、反射的に顔を歪める。
 クソ奇人め! 何が大丈夫だ! 思いっきり会っちまっているじゃないかッ!!
「もっとゆっくりしてくれば良かったのにのォ。気が利かぬ王様じゃ」
「……今度は何をしたんだ、ディア」
 見つかっちまった、どうしよう!?
 追い出されるのはやぶさかではないが、それ以外の罰は御免だぞ…。
 っつーか。嫌な奴が来たと顔を顰めている場合じゃないな、と。入室した男が奇人の言葉を受けながらチラリとオレを見て、平坦ながらもそこに滲む不機嫌さを隠しもしないような、この世に面白い事は何ひとつありませんというような声でそんな問いを発するのを聞いて。見付かった衝撃から数拍遅れで漸く、自分のまずさにオレはそれに気付く。
 別に何もしていないとの奇人の嘯きを聞きながら、冷や汗を浮かべる。
 ピンチじゃないかぁ!!
 ……この事態で今更だけど、逃げるべきか?
 逃げなきゃ、ヤバいよな…?
「ちょっと散歩に出ようとしただけじゃよ」
「食事は済ませたのか」
「あー、そう言えば途中じゃったかのォ」
「食べている間くらい、大人しくしていたらどうだ」
「ボクはいつでも、大人しく、慎み深くしているつもりじゃが?」
「その認識は改めた方がいい」
 あ、それはオレも思うぞと、内心で頷きつつ。案外大丈夫そうだと、王の様子に、脱走方法を模索しようとしていたのを保留する。
 奇人のフザケタ発言に返す言葉は、相変わらずの抑揚のなさだが、余裕さえ感じるようなそれで。何でこいつがいるんだと、オレの存在に噛み付いてくるかと思っていた手前、少し拍子抜けするような気持になりながらも。オレは、身構えていた身体から力を抜いた。
 どうやら、王様はオレを完璧に無視する事にしたようだ。
 そう言えば、この前会った時も、そうだったけかと。リエムに王城内を案内して貰っている時に偶然会ったあの時も、それまでの理不尽な絡みが嘘のように、一切相手にしないオーラを出していたよなと思い出す。
 まあ、確かにオレだって、ここで何をしているんだと聞かれても、堂々と答えられるものは全く持っていないし。正体がバレて待遇が変わったとはいえ、改めて仕切り直すような関係でもないし。当たり障りが出ないように、距離を取りまくっておくこの状態が一番なのだろう。
 無視は気分的にムカツクが、絡まれる事を思えばマシだと。これが最良なんだろうと、オレは王様のその判断に納得しつつも。
 一瞥してきた褪めた眼を思い返せば、少々気に障る部分もあり。
 奇人を相手にする横顔に、この前は笑っていたくせにと不満が浮かぶ。
 この関係では、それこそ急に、オレに対して和やかになられても気持ち悪いだけだけど。奇人と二人きりならばもっと、表情が柔らかいのかもしれないだとか。リエムの前では、素を見せるんだろうなとか思ったら。なんだか、面白くない気分になる。
 男からは無視するだけじゃなく、気に喰わない異界人への威圧が感じられ。気に入られたい訳ではないのに、うとまれているその事実に、遣る瀬無ささえ浮かぶ。
 暴力でも、暴言でもないけれど。やっぱり、理不尽だ…。
 こんな風だからこそ、会いたくないんだと。ラナックは会えと言ったが、会ったところで何がどうなるというのかと。相手がこれでは、何の意味もないだろうと。昨日のオレ様騎士の言葉を思い出し、そっと溜息を吐いたオレの視界に、再び思わぬ人物が飛び込んできた。
「…ぁ!」
 開いたままの扉から顔を見せたのは、ジフさんとレミィだった。
「レミィッ!!」
 オレの癒しの、ハム公だ!
 別れがああだったので、ずっと気になっていた相手が目と鼻の先に現れたのだ。飛びつかないわけがない。
「久しぶり! ずっと会いたいと――」
 ――思ってたんだ、と。勢いよく立ち上がり駆け寄りかけたところで、驚きに動きを止めた相手と同様にオレもハタと固まってしまう。
 ……いや、だって、ですね?
 お、王様の視線が、痛いんですよ…。……なんで?
「…………」
 その視線に、途中で止めた言葉に続き、オレは上げてしまっていた手と足を大人しく下ろした。そうするだけの威力を、それは持っていた。
 だけど……確かに、仕事中である王の護衛に今の絡みはないのだろう事なので、場違いな声をあげて騒ぎかけたオレは注意のひとつくらいなら受けても当然なのかもしれないけれど。
 だからって、そんなに睨まなくてもいいんじゃねぇか? 無視するんじゃなかったのかよ? ハム公はアンタの部下かもしれないけれど、オレだって友達なんだしいいじゃないか…クソ。
 スルーしていたのが、ガン見だよ…と。心で反論しつつも、実際には一瞬で萎縮してしまったオレと同様に。声を掛けられ半分巻き込まれているような状態であるハム公もまた心底困惑顔で、オレと王をチラチラ見比べている。
 ご、ごめんレミィ…オレが空気を読まないばっかりに…。本当に、ゴメン……。
 そんな風にして静まった空気の中で、ジフさんがテーブルの用意を始める音だけが響いた。
 なので。
「ふぉふぉふぉ、ソナタは相変わらずじゃのォ」
 オレのところまで戻ってきた奇人が長椅子に座り込みながら、妙な声で笑い指摘を口にしたそれは。この時ばかりは、周囲の様子を気にしない性格がありがたいと、感謝したくなるほどのものだった。
「…オレ?」
 これ幸いと固まっていた視線を発言した奇人へと向け、同時に、レミィに向けて踏み出しかけていた身体を回転させて王様の視線にも背を向ける。
「何が…?」
 オレの何をそう指摘しているのか、と。奇人のそれに食いついたオレだが、振り返り見た相手の顔には相変わらずの笑顔が張り付いていて、それが助け舟ではないかもしれない事に気付く。
 が、もう遅い。
「いやいや、メイではない。王じゃよ」
 案の定。
 奇人が、戻りかけた空気を掻き回す材料となりかねない発言をした。オレと王の関係を知っているというのに、態々絡める会話をしてくれるな!だ。
 嗚呼、これは食いつくべきではなかったんじゃないか…と。無視するべき発言だったな…と。聞き返したオレが察するように、王様もまた「余計な事を…」と思っているのだろう。相変わらず背中に視線を感じる…。
 つか、もうハム公の事は諦めるから……さっさと、恋人なり何なり、楽しい朝食に行ってくれ…。
「本当に、昔からこの男は、弟の事が関係すると普段にも増して頭が固くなる」
「…はぁ」
「大事で大事で仕方がないんじゃろうが。喋ったくらいで嫉妬されても堪ったもんじゃないよのォ?」
 もうオレの事は完璧無視でいいから、むしろ放置でいいから、と。心底から王の退出を願うオレにはどうでもいい話で、奇人が同意を求めてくるのだけれど。
「いや、そう言われても…」
 確かにそれが真実ならば、どんだけブラコンなんだよ…とドン引きするけれど。オレは、弟君と喋って嫉妬を向けられた事はないし、そもそもが口から先に生まれた奇人の話しだし、何より非難されている当人が後ろにいるわけだし、で。
 下手な発言は命取りになりかねないんだから、相槌を求めてくれるな!だ。何も言えねぇーよ!だ。…なんだよ、この地味なイジメは…オイ!?
 やっぱり、飛びついたのは間違いだったなと思いながら、奇人の言葉を適当に流してみれば。再び埒が明かないと思われたのか、面白さに欠けると思われたのか。
 オレを飛び越えて、当人である王様へと向かうのならばともかく。不意に、奇人は何故か「仲が良いのはイイ事じゃが。レミィも大変じやのぅ」と、ハム公に会話を向けた。
 本当に、誰でも相手構わず巻き込む男だ。オレ以上に、一介の部下であるハム公はどんな返事も出来ないのだろうに――って? ん? アレレ?
 今の会話、何か引っかかるんですけれど?
「…………ちょっと、待てよ」
 そんな事は…と、律儀に控え目な言葉を返すハム公の声を聞きながら、違和感が擡げて。
 オレは奇人に向き直り、「なんで、レミィに聞くんだよ…?」と訊ねる。それは、ハム公が王兄弟に振り回されているという事か? それとも、まさか――
 嫌な予感に、恐る恐るのオレのそれに。
「何じゃ、ソチは知らなかったのか? この二人は兄弟じゃ」
 奇人は片手を上げてオレの後ろを指差しながら、あっさりと答えを返した。
 オレは、その言葉の意味を噛み砕き脳へと送り込みながら、促されるまま振り返り二人を見る。
 愛想の欠片もない表情の王様と、困った様子のハム公がこちらを見ている。
「……。……兄弟、だって?」
「そうじゃ」
「…………マジ?」
「似ておろう?」
「…………」
 いやいやいや! 全く全然似てねーよッ!!  むしろ、この二人のどこに共通点があるのか教えて欲しいぜ! 外も中も、微塵も似た部分はないじゃないかッ!!  そう胸中では叫ぶが、余りの事で唖然としたオレは何も返せなくて。
 朝食の用意を整えたジフさんが、その場の全員に着席を促すまで。オレは阿呆のように、兄弟だという二人を見比べていた。

 別に、オレだけが知らなかったのか…と、泣きはしないけれど。  ……いろんな意味で、かなりショックです…。


2010/07/26
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