君を呼ぶ世界 171


 確かに、王には弟が居るのだと聞いていたが。
 それがハム公だなんて……ナシじゃねぇ?

 黙々と動いていたジフさんによって整えられた朝食は、この場に居た四人のものだった。つまり、奇人が意味深なことを言って盛り上がっていたが、蓋を開ければ王様の食事相手は、ただの弟だったわけだ。
 だが、まあ。色っぽい話を期待していたのか、わかっていて遊んでいたのか、奇人の方はともかく。オレとしては、見ず知らずの女の人の顔を拝むよりも、お気に入りの知人が王との接点を持っていて、しかも兄弟とくれば。単なる兄弟での朝食風景も、「単なる」では済ませられない心境であるのだから、これはこれで重大な事態である。
 ……弟、ねぇ…。
 何度自分の中で確認しても、衝撃が抜けきらない。当人達が一切否定しないので、奇人の嘘だとは思わないけれど。そう思いたい心境だ。ドッキリ企画だったらいいのに…。
 正直に言って、何だか穢された気分なのだ。
 オレの癒し名ハム公が、イヤな奴の弟だなんて、詐欺もいいところである。
 食事の途中でグラスをひっくり返してしまったので、新たに用意されたのは、幾分か抑えられた量でのものだったけれど。中途半端に中断したからか、衝撃事実の影響か、とりあえず席についたはいいが食欲はあまりなく。ただただオレは、静まらない驚きを持て余しつつ、同じテーブルについた二人を観察する。
 奇人は似ているというが、やはり、外も中も、全然違う。オレには、王とハム公の共通点は見つけられない。
 オレと奇人の席はそのままで、一席分あけた奇人の隣に王が座り、オレの隣にはハム公が座っている。なので、オレからは斜め前の王の顔がよく見えるのだけど、どんだけマズイものを食べているんだと思うくらいに、相変わらずの表情だ。この状況が気に食わないのかもしれないが、だったら別室で食べろというものなので、それが出来るのであろう男が不機嫌になるのはただのオレへの八つ当たりじゃないか?と思う。
 ……まあ、思ったところで、わざわざ喧嘩を吹っ掛ける様な事はしないけれど。
 だけど、この状況が面白くないのはお前だけじゃないんだぞと、念を込めて睨んでやるくらいの事はする。オレは王様とは違い、拒否権皆無で今の事態に陥らされているのだから、そのくらいは許されていいだろう。
 そうして改めて見た王様の顔は、今まで別段気にする必要もなく意識してみたことがなかったとはいえ、今更過ぎる話なのだけど。クソ面白くない表情をしていても、女の子達が騒ぐと言うのも頷けるくらいに、なかなかに整った容姿をしている。美形というか、男前というか。人ぞれぞれ好みはあろうとも、そんな風に言うだろう造りだ。
 だが、だからって、オレには何の免罪符にもならない話で、それがどーしたなのだが。
 そう、王様だからって、顔がいいからって、生憎オレと男は「しょうがないなぁ」の苦笑で許せられるような関係ではない。オレ様男を好む女の子ならいざ知らず、同じ男としては性格最悪の癖に、顔が良くって金もあって権力も保持しているってのは、いけ好かない男でしかなく、その容姿を認めたところで好感アップにはつながりはしない。
 その点で言えば、ハム公は真逆だ。デブ専ではなくとも、その全てに好感を持つ。眉間に皺を寄せる男も見習えと言うものだ。
 相手をけなす資格はないくらいにオレのこれも八つ当たり気味だと自覚しつつも、そんなことを考えて。未だに納得できないまま、兄弟だという二人を見比べる。
 オレ以上に、室内の空気の重さに気付いているのだろう。どこかぎこちない動きで口に食べ物を運びながら、前の席につく兄の顔色を伺うその様子に、オレは他人事のように可哀相だとさえ思ってしまう。きっと、何て事はない、兄との食事であったはずなのに、ハム公はいま想定外の緊張を強いられているのだろう。その一因であるオレとしては、ゴメンなと謝りたくなる雰囲気だ。
 身体はオレよりも大きいし、当人にとっては兄でもある王様との接触もオレ以上に慣れていて、本来ならばビクつく要素などないのだろうに。小心者というよりも、周囲への気遣いが半端ないと言うか、何においても気にする性質なのであろうハム公が、オレの分までこの事態に手に汗を握ってくれているのがわかるので。逆にオレの方が、天敵と向かい合うこの事態では余裕はないのだろうに、どこか落ち着いてしまう。
 個々の外見や中身に加え、こういった風なオレが得るものでも、二人は正反対だ。王は、考えるだけでもムカツク相手だが。ハム公は、思い出すだけでも癒される。本当に、共通点などない。
 それでも、どうにかこうにか、こじつければ。  まあ。こんなにも太っていなければ、もしかしたら美少年だったかもしれないと思えるハム公なので。
 素材がイイ、という点は共通事項になるのかもしれない。だが、そんなのは、他の誰であっても言えることだ。オレと奇人の身長が同じぐらいだ、と言うのとあまり変わらない話だ。遺伝子レベルでのものではない。
 そう、何よりも。その、特徴的な体型はおいて置くとしても。王の髪は黒に近い焦げ茶で、眼は蒼で。一方、ハム公は金髪で青緑の眼だ。髪も眼も違えば、当然、顔つきも違う。ハム公が痩せてかっこよくなっても、王さまとは違った種類の美形だろう。
 ここまでくれば、もう、王様ではなく。
 実はハム公はリエムと兄弟なんだと、そう訂正された方がすんなり納得できるくらいだ。何なら、奇人でも、ラナックでも、他の誰かでもいい。兎に角、王とは似ても似つかない。
 なのに、何故に王様なんだよ…。
 はァ、と思わずため息をつきかけたところで。あまりに見すぎていたせいか、ハム公がオレを振り向き、眉を下げきった困り顔を見せてきた。それに苦笑を返しつつ口を開こうとしたところで、奇人から声がかかる。
「メイ。子供のように目移りさせておらずに、先に集中して食べてはどうじゃ?」
「あー、うん、まあ…そうなんだけど」
 お茶のカップを持つばかりで、食事に手をつけない様子が余程目に余ったのか。奇人の奇人らしからぬ正論に、思わずどの口が言うのかと思いはしたが。確かに、箸を握ったままテレビに釘付けになってしまった子供のようなことをしていた自覚はあるので、斜めになっていた身体を戻し前を向く。
「残して悪いけど、もう充分だから。御馳走さまです」
「しっかり食べねば、大きくなれぬぞ」
「…………。……なあ、レミィはそれで足りるのか?」
 二十三にもなれば、身長は諦められるし、体重はセーブしたい話なので。大きくなれなくて結構だと、空気も読まずに軽口を叩く奇人をスルーしつつ、オレは奇人のおかげで動いたそれに乗っかりハム公に喋りかける。
 席についた時から気になっていたのだが、食事の量が前の席の王と全く一緒だ。体型に合っていない。
「少ないだろう?」
「え…、あ、いえ…」
「オレのでよかったら、手を付けていなくて手勿体ないし、食べる?」
「あ、う…。その…ぼ、僕は…」
「レミィ?」
 突然に話しかけられて戸惑った――なんて事は流石にないだろう。数日前までは、結構仲良く喋っていた間柄なのだから。
 なのに、オレから視線を外してあちこちへと目を泳がせる。
 明らかにキョドりだしたハム公に、オレがどうしたんだ?と眉を寄せたところで――
「――構うな」
 それまで黙々と食事をしていた男が一言、そんな発言をした。
 一瞬、喋ったことに驚き呆然としてしまったオレだけれど。次の瞬間には、「はァ?」と、何言ってんだ?と、鼻から声を出してしまう。
 その一言が、オレに対しての「可愛い弟にお前みたいな奴が気安く絡むな」という意味なのか、レミィに対しての「そんな得体の知れない奴の相手など一切するな」という意味なのかはわからないが。例えその他の意味であったとしても、何にしろ、いきなりなんて命令してンだよ!?な言葉だ。傲慢さしか滲んでいない。
 確かに、友達感覚で自分の食事を勧めてしまったが、この場では失礼な行為だったのかもしれない。ハム公にも迷惑だったのかもしれない。それは認める。
 だけど、別にオレは、ハム公の上の立場に居る訳でもなく。ただ単なる会話として、「食べる?」と訊いただけだ。必要ないのならば、ハム公が、自分の分だけで十分だから要らないと答えれば終わった会話だ。兄が出しゃばる必要は微塵もないだろう。
 まるでオレと喋れば何かが感染するとでもいうようなこれは何だ。お前は何サマだよ? 王としても兄としても、おかし過ぎる。
 こうなっては仕方がないと割り切ったのか、自分の中ではオレを無視する構図が出来あがっていたからか。食事を同席する事への異論を唱えることなく、その前の睨みもなかったかのように、オレへ目を向ける事なく居たというのに。少し弟クンと喋ったと思ったらこれだ。度の過ぎたブラコンか、この男。
 そんなに弟が大事なのならば、もっと体調を気にしてやれというものだ。ふくよかを通り越した肥満は命取りだろう。
 っつーか、それよりも何よりも。まずは、その文句あり気なオーラをひっこめろ。ハム公がビクついているのがわからないのかよ? 大した兄ちゃんだなァ、オイ。
「ァッ、あッ、あのッ! メ、メイさま!」
 畜生。本当に毎度毎度、いちいちムカツク奴だと。自分の発言が部屋の雰囲気を悪化させた事など微塵も気にせずに、グラスに口を付けている男へ半眼を向けたオレだけど。焦った声に呼び掛けられ、隣へと視線を戻す。
 兄の発言を気にしているのだろう弟クンが、許しを乞うように何度か兄へと視線を向けて伺いながら、必死でオレへ言葉を紡ぐ。
 その内容は、あっさり要約すれば、兵士は食事管理も仕事のひとつで貰う訳にはいかないというもので。いやいやでも、腹減るだろう?とか。制限されている割には、肥満じゃん?とか。それは突っ込みたい話でもあったのだけれど。
 ドモリながらも必死に説明する姿は、ハム公自身にこの空気がささくれた原因がない分、哀れを誘うものであり。オレの中から幾分毒気が抜かれ、この青年もまたオレ様な兄王に苦労しているのだろうと思うと、同情的な気分にさえなった。
 なので、突っ込みは胸に置いておき。そうか、とオレは頷くに留める。
「兵士って大変だな。頑張ってるんだな、レミィは」
 凄いなと感心したオレに、ハム公は相変わらずちょっと突っつけば泣いてしまうんじゃないかというような困った顔で眉を下げた。
 オレは、兄が目を光らせていやしないかと、王が邪魔をしに来ないかと斜め向かいを確認し、男がジフさんに食後の茶を貰っているのを見て。もう少し大丈夫かと、話を続ける。
 色々と相手をして貰ったのに唐突にあの客間から出ることになり、そうして今まで一切接触を持てなくて。気になっていたんだと、悪かったとオレが言葉を向けると、ハム公はとんでもないとブンブン首を横に振った。そして、オレのいまの居場所を教え、暇な時には食事をしたり話をしたり付き合ってくれないかと頼むと、今度は縦に首を振る。
 その姿がなかなかに可愛くて、心の底から癒されて、オレはホッと笑ったのだけれど。
 逆に、ハッと状況を思い出したハム公が首を巡らし、王を見て。もの言わぬ兄の無言の指示に気付いたのか、オレを見て口を開き、けれども何も言わずに俯いた。
 ……おいおいおい。異界人とは遊んじゃいけません、との信号でも送られたのか?
 弟までをも威圧するとは、大した兄貴じゃねえかと。レミィも可哀相にと。食後のお茶を給仕されるのにも恐縮する、必要以上に戸惑っているようなハム公を見つつそう思い、オレの方もハタと思いつく。
 王様の弟なんだから、オレの正体が知られているのは間違いないのだろうけど。それがバラされたのは、もしかしなくても最近じゃないか? この間までは、ハム公もまた、オレを来訪者だとは微塵も知らなかったはずじゃないか?
 だったら、この、いつも以上に落ち着きのない様子は。王とオレの確執を感じての居心地悪さにムズムズしているのではなく、オレ自身への戸惑いだったりするのだろうか?
 ハム公が、偏見を持っているとは思わないけれど。自分がそれなりに難しい存在であるのはオレ自身わかっているし…。
 王の命令はムカツクが。確かに、あまり絡むのはハム公に悪いのかもしれない。オレの立場が立場なのだから。
 でも…、だ。ハム公はオレの癒しであり、我慢は出来ない。そこに居たら、喋りたいし、触りたいし、遊びたい。可愛いハムスターを前に、何もしないなどあり得ないだろう。
 王様だか、兄だか知らないが。オレとハム公の中を邪魔する奴は、馬にでも蹴られればいい。
 相変わらずの王に、部屋の空気に、若干ヤサグレ、少々ズレたことを考えていたオレに。王と奇人への断りを入れての後だけれど、レミィが丁寧に退室するのを報告してくれた。
「あ、じゃあオレも――」
「ソチは、王に聞きたいことがあるんじゃろう」
「後ほど迎えが参ります。どうぞ、メイ様はもう暫く、こちらでお寛ぎ下さいませ」
 ハム公と共にこの場を去ろう、と。部屋への帰り道を教えて貰いながら、目を光らせている男が気になって話し込めなかったので、少しお喋りでも…と。仕事に戻るというハム公便乗してオレも席を立ちかけたのだけれど、奇人とジフさんのそんな言葉で止められてしまった。
 いやいやいや、オレが居心地悪い思いをしているのわかりませんか? 王様が不機嫌なのを、アナタは感じないのですか?
 つーか、聞きたいことってなんだよ? そもそも、聞いたとしても素直に答えてくれる奴じゃないだろう。
 加えて、迎えって……そんなに、オレとレミィを一緒にしたくないのかよ? それはジフさんじゃなく、王様の意思なんだよな?
 つーか、どうやってこの中で寛げと?
 二人してなんだよ、と。言葉に詰まっている間に、ハム公が去っていく。オレの癒しが…。
 部屋の空気が一段と重くなる。
 こういう時に限って、バカをやって欲しいのに、奇人は大人しい。

 ああ、もう、弟でも何でもいいから。
 ハム公、カムバック…!


2010/08/09
170 君を呼ぶ世界 172