君を呼ぶ世界 174
たとえば、来訪者ですとオレが告白したら。
誰かに傷を付けたりするのだろうか。
驚いたといえば、驚いたけれど。
それは、全く知らなかったと、想像もしなかったよという純粋な感心のみで。
正直に言ってしまえば、悪いけれど。ジフさんとキックスの親子発言は、王とハム公が兄弟だと言うのに比べれば、遜色する話だ。衝撃は半分にもならない。
っと言う事で。
親子だと告げられてビックリはしたが、そうなんだと記憶する以外にやる事もなく。
なにはともあれお邪魔しましたと、ジフさんに挨拶をして王の私室を後にしたのだけれど。
「……いや、ちょっと待てよ?」
どんだけ広いんだよと思う長い廊下を歩き、衛兵が守る扉を擦り抜けて、覚えのある廊下まで来たところで。
納得して終わってしまう話ではないんじゃないかと、漸く気付いて自分自身で突っ込みを入れる。
二人が親子となれば、色々訊きたい事が出てくるというのに、何を呑気に別れてきたのか。それでなくとも、あの男に訊けなかった分、答えは返らないとしても意思表示変わりに、ジフさんには確認したい事があったのに…。
「どうしました?」
ボソリと落としたオレの言葉を聞き逃さなかったようで、半歩後ろを歩いていたキックスが問うてきた。
それに対し、オレはクルリと体の向きを変え、正面を塞ぐ形で行く手を遮り立ち止まらせる。
「キックスも、王様とは顔見知りなのか? 実は、仲が良かったりする?」
「まさか、滅相もないですよ」
「でも、ジフさんの息子なんだろう?」
長年王様のお世話を担当している筆頭です、な執事然とした侍従の息子となれば、王の覚えも目出度いんじゃないだろうか。そんな憶測から訊いてみたオレのそれを正確に汲み取ったキックスが、苦笑を交えながらも有り得ないときっぱり否定する。
確かに、オレも思い付きでしかなかったが。リエムやラナックの例があるし…なあ?
「じゃあ…、キックスはどうしてオレの世話役に付いたんだ?」
「どうしてと申されますと?」
「いや、その……」
真っ直ぐに見つめ返され、純粋に首を傾げられ、オレの方が視線を泳がせてしまう。
別に、後ろめたい気分になる事もない話ではないのだけれど。
「ズバリ言って、さ。キックスは、オレの正体を知っているんだろう?」
「正体、ですか?」
「だからさ。オレの世話は、王様かオヤジさんに言われたんじゃないのか? で、オレが厄介な奴だから、見張れとか何だとかで世話役なんかをしているんじゃないの?」
今までも、多少はそう思っていた。っつーか、オレを野放しにするのは何かと問題があるだろうし、然るべき者を付けるのが当然と言えば当然で。その役目をキックスが担っているものだと信じていた。
そもそもが、よく考えなくともだ。
オレが寝起きする程度の世話に、侍従が二人もつく必要もな話なのだ。チュラだけで十分であり、そうならなかったのは、結局はそこだろう。監視に重点を置いての、二人目だ。王の客人という建前であろうとも、オレ一人に二人掛かりなのは過剰でしかない。
だけど、そうであっても。別段、見張られる感じも、何もなく。結局は、オレの方が二人を気に入ったので、どこかの誰かの思惑などどうでも良いと言うものでしかなく。気にすることすら左程なかったのだけれど。
キックスが、実はジフさんの息子であると聞き、オレの中で腑に落ちてしまうものがあったのも事実だ。
そう、だからこそ、キックスがオレの世話役なのかと。
あのフザケタ客間に軟禁されている時に世話になった男の息子なのだ、そこに何もないと思うのは難しい事だろう。
「オレは、キックスを疑っている訳でも、不満がある訳でもない。そもそも、オレの立場ならそれは当然の事だと思うしさ、それはいいんだよ。ただ、オレ、思う以上に上手くやれていて、意識することすら忘れていたからさ。なんていうか、ここに来て今更だけど、その辺の事ははっきりさせておいた方がいいのかなと思って」
ジフさんは、オレに対して一切それを見せなかったけれど。あの客間でオレの世話をし、今も奇人の世話をし、さっきのようにオレに接するのだから。オレが来訪者だと知っているのは絶対だと思う。そりゃあ、王様に命令されたとなると、一切の事を知らずとも勤め上げるのだろうけれど。あの人は、言われずとも察知する能力に長けていそうなので、知らないなんて言うのはそれこそ有り得ない話じゃないだろうか。
何より、先日までは知らなかったとしても。早々に奇人が喋っていそうだし。
っで、キックスにしても。わざわざオレに付けるくらいなのだから、知っていると考えるのが妥当だろう。雇い主である王と、前任者であり親でもあるジフさんが伝達していないとは、やっぱり考え難い。
となれば、だ。
知らない、知られていないでやっていくのもおかしいだろう。はっきりさせて置く方がすっきりするし、何かと楽だ。王様が何を考え、オレをどうするつもりなのか。キックスならわかるかもしれない。
「来訪者だと言うのは、知っているよな?」
「え…? それは…、メイ殿が来訪者であるということですか?」
「そう、オレが」
「存じ上げていませんでした」
「……はァ? 知らなかったって?」
ハイと頷くキックスに、オレの方が驚く。
そこは絶対聞いているだろうとの確信を持っていたのに……墓穴を掘ったようだ。
来訪者のオレがどうして城に止まっているのかという王との確執をどの程度知っているのか、メインはそこへ探りを入れるつもりだったのに。あわよくば、味方はむりとしても、色々協力して貰えないかと思っていたのに。思わぬ返答にオレの言葉が途切れてしまう。
……って。なんで言っていないんだよ、オイ。
「…キックスは、何と言ってオレの世話係に任命されたんだ? その時、色々聞いたんじゃないの?」
「私はただ、王の客人が滞在されるのでお世話をするように、直属の上司から言われただけですよ。特に、何も聞いていません」
「それって、ジフさん?」
「いえ、違います。父は王の侍従であり、私はただの文官見習いなので、全くと言っていい程、城内で関わりを持つ事はありません。何より、父が自分の仕事を私に話す事もなければ、私の仕事に口を挟む事もありませんからね。メイ殿の事に関しても、別段話はしていないんですよ」
王の客人であるならば、父も知る人物なのだろうと想像していた程度でしかないと。父は、自分の新しい仕事がどういうものか、誰に仕えているのか知っていただろうが、自分はあえて訊ねる事はしなかったと。
今朝の出来事がイレギュラーなくらいだというように苦笑しながら話すキックスを前に、オレは我慢出来ずにいつの間にか溜めていた息を吐き出す。
なんだこれ、だ。
オレの扱いって何なんだ、だ。
オレに付いている人物が、本気で何も知らないってあり得るか? 真実を知る人物に近いところにいると言うのに、なんて効率が悪いのか。ある意味、不経済だ。ムダだ、バカだ、アホだろう。
親子関係が希薄なのではなく、それぞれに。王城という特殊な場所で働く者の常識として、職務の事を喋らないようにしていただけなのだろうなと思いもするが。最早、手際が悪いようにしかみえない。
神子召喚や、何だかんだと言った、国の中枢に衝撃を与えるような重要事項はともかく。
オレが来訪者である事くいらい、言っておいてもいいんじゃないか。むしろ、言っておいてくれよ、だ。客人はこの世界の者ではないから、色々教えてやりなさい――くらいの配慮をしてくれても罰は当たるまいに。
吹聴するのは勘弁だけど、付ける世話役には言おうぜ。なあ?
「生まれがどちらであれ、お世話させていただく事に変わりはありませんから」
正体だなんて、大袈裟だと言うように。一切気にする必要もない話だと言うように。
王の私室から出て以降、オレが気にしているのはそこなのだと考えたキックスがフォローしてくれる。その慰めに礼を言うことで、オレはこれ以上の探りを打ちきることにした。
来訪者である事さえ知らなかった相手に、フィナさんの事やその他諸々を聞くのは危険だろう。流石にオレだって、この世界にやって来た時期を断定するような話は向けにくい。察しのいい奴ならば、誰が何をしたか気付くだろうから。
そう。キックス相手にそこまで告白していいのかどうかは、オレがする判断ではない。
「キックスは、文官なのか。凄いなァ」
「まだ見習いですよ」
「またまた、ご謙遜を。でも、じゃあ、オレの世話係りなんてお門違いじゃないの?」
本人は知らなくとも、畑違いの場所へのその移動からは、王側の思惑がひしひしと伝わってくる気がするぞ?と。文官志望者が侍従をする珍妙さに、やっぱり奴らは色々考えてキックスを選んだんだなと内心で納得しつつも、一応、何も知らないと言うキックスにもツッコミを入れてみる。
おかしいその人事を、あっさり受け入れたのはやっぱり、何かを察していたからじゃないかと言う若干の疑念を込めて。
「何かあるなと思っただろう?」
「いえ、こういう事は珍しくもないですから」
「…そうなの?」
「見習いというのは、沢山のことを広く学ぶべきものですからね」
それは、文官だけに限らないと。逆に、兵士でも自分達と同じように机を並べている時がありますよと、例を上げて紹介してくれる。何かあると匂わせたそれを、オレが告白した来訪者のみの話で納得したようだ。
キックスは本当に何も知らずに、今の仕事をこなしているらしい。
文官を目指して励んではいるが、実際は雑用係の方が多く、何より、文官と言えど机に向かってばかりいる訳にもいかず。この王城でそれを勤めあげようと思うのならば、それこそ一度は軍に所属するくらいの事はせねばならないらしいので。要人の客人の世話役が回ってくるのなど、珍しくともなんともないのだとか。
そんな中では、確かに、どうして自分が王の客人の世話を?との疑問など浮かばなかったのだろうし。探る必要など何もなかったのだろう。本気の本気で、キックスは裏事情を一切知らなかったと言う訳だ。
でも、なあ? 王城で働くって、こんなものなのか? もっと、ドロドロはしていないくとも、色んな糸が絡み合っているものじゃないだろうか。
いやはや、なんて長閑なんだか…。
だったら、キックスのように。ジフさんも、オレの事や召喚の事を知らないと言うのは有り得るのだろうかと考えてみるが。流石に、そこまではないよなと否定する。
常に傍にいる人物に全てを隠し通せる訳がなく、また、ああして沢山の協力を得ているのだ。一から十まで話してはいなくとも、流石の王とて多少の事情は教えているだろう。
ならば、いつかはキックスにも、オレと王の確執は知れるのだろうと考えるのが妥当だ。さっきの様に、キックスの前でオレ達がいがみ合う事もあるかもしれない。だったら、今のように客人と思われているのは忍びないくらいに仲が悪いので、これはもうこの機会にばらすべきなのかも…?
そんな事を思うが、そもそもがオレ自身どうして喧嘩腰になってしまうのかよくわかっておらず、気が合わないだけなのだろうそれを上手く説明出来るはずもなく。一応、直接の関係ではないと匂わせているので、それで留めておくことにする。一国の王にどこまで言っていいのかも、やっぱりイマイチわからないし、喋らないのが無難だろう。
とりあえず、片方には話してしまったのだからと。部屋に戻ってすぐに、オレはごくごく簡単にだけど、自分が来訪者であると言う事をチュラにも告げた。
何だか色んな衝撃に晒され疲れ果てているのか、正常な判断が出来ないで脳が暴走している感もないわけではないが。この機械でないと言うタイミングが来ないだろう気がして、チュラにとっては唐突過ぎるくらいに唐突な話を振ってみた。
結果。驚きの中に若干の戸惑いを見せはしたが、ありがたい事にもチュラもまた、「メイさまはメイさまですから」と言ってくれた。
流石、王城で勤める奴らは人間が出来ている。それとも、異端児として虐げられるのは、オレが思う以上に昔の話なのだろうか。
拍子抜けがするほどの淡白な反応で、逆に、今まで黙っていたのが馬鹿らしくなる。
次にリエムに会ったら、女将さん達にも話していいものかどうか相談してみるかと思いながら、オレは欠伸をひとつかみ殺す。
まだ、陽は昇っている最中でしかないのに、早くも眠い。
奇人とこの部屋を抜け出したのは、まるで幾日も前のことのようだ。
それがどんなものであれ、誰かの思いに触れるのは、想像以上に疲れるものだ。
2010/09/21