君を呼ぶ世界 175


 沢山の事を知るのはいいが。
 処理が全然追いつかないのは、困りものだ。

 オレは自分に付いてくれている二人を気に入っているし、二人からも似たようなものを感じているので、気を使っていた面など殆どなく、居心地良くしていたのだけど。
 それでも、秘密を抱えている負担や、知られているのかも知れないと言う疑念は、自分で思う以上に持っていたのかもしれない。
 オレはこの世界で生まれ育った者ではないと告白をしてみれば、予想以上に気持ちが軽くなり、スッキリとした。同時に、キックスとチュラの変わらぬ態度に、嬉しさ以上の愛情が湧く。
 本当に、オレってこういうところは単純明快だなと自分でも思くらいであるが。話して良かったと心底から思う。
 そして。
 そんな安堵も手伝ってか、夜明け前から色々あっての疲れが、気持ちが和む部屋の中で居るとどうしても出てきてしまって……瞼が重い。
 隙あらば勝手に閉じようとするそれと闘いながら、いつもより遅い風呂に入って、昼食を摂って、レーイさんに頼まれている花結びを作ろうとしたのだけれど……一本の紐が、二本三本に見える始末で。
 三時のオヤツを前にして、幼子の様で情けないが睡魔には勝てず、オレはベッドへ潜り込む羽目に。
 っで。
 夕方には起こしてくれと頼んでいたのだが、あまりにも熟睡していたからか、起こすのは忍びなかったらしく。ハタと気付いて飛び起きてみれば、外は真っ暗だった。
 時刻にもビックリだが、まさかと思いつつも飛び込んだ居間には、きちんと二人の姿が揃っていて。開口一番に出たのは、当然のごとく謝罪だ。
「ご、ごめんッ! 起こしてくれればよかったのに…」
「いえ、お気になさらないで下さい。よくお休みになられましたか?」
「ああ、うん、勿論」
「すぐにお食事の用意を致します」
「あ、いや、もう遅いし、今夜はいいよ。二人ともさがってくれて構わないから…」
 いつもならば、この時刻ならもう完全に引き上げ休んでいるだろう二人を更に働かせるのは忍びなく、動き出しているのを慌てて止めたのだけれど。オレの遠慮などあっさりとかわし、丁寧なのに強引に、戸惑っている間に席へと促され、あっという間に目の前に皿を並べられる。
 寝ていただけとはいえ、睡眠もそれなりに体力がいるもので。空腹に温かい食事は有難く、ほっとした。
 が。ゆっくり満喫出来る立場でもなく。口に詰め込むようにして食べ、今夜はもういいからと、食事を終えると同時に二人を解放する。
「遅くまで悪かったよ、ありがとう」
 明日もよろしくと、キックスとチュラを外まで見送り、部屋へ戻って食後の一服代わりにだらしなく長椅子に寝転がる。
 食った、食った。つーか、良く寝た。
 一人になり落ち着くころには、すっかりと眼は冴えていて、当たり前だけどこのままでは眠れそうもなく。
 夜なべの内職よろしく、昼間すぐに止めてしまった作業を再開することにする。
 だが、頭がクリアであり冴え過ぎているからか。昼間とは真逆であるというのに、またもや集中が続かない。とりあえず今は横へ置いておきたいと思うのに、今日得た沢山の情報が勝手に頭を駆け回ってくれる。
 リエムが来ない事だとか、ラナックに絡まれた事だとか。昨日の事が霞むほどのものを、奇人に叩きこまれ、王サマに植え付けられた。
 ずっと昔に神殿で行われた神子召喚に関わる話に加え、フィナさんの事にしても、奇人の事にしても、ハム公の事にしても、王の事にしても。本当に、嫌になるくらいの事があったのだから仕方がないのだけれど。何もなくぼんやりと過ごしてしまう日がある事を考えれば、少しはバランスよくつき合わせてくれと思う。
 正直、考える事が山積みであった上に、更なるものを乗せられて、オレの中では崩壊している感じだ。アレを調べて、コレを考えて、ソレを解決してと。色々思っていたそれらも、どんどん大量の情報に埋もれていっており、何がどうだったのか覚えていない気がする。
 そういえば、昨日王様の名前を初めて知って。もう少し、この国の王の意味だとかヤツの立場だとか何だとかを知ろうと思っていたんだっけ…。……今朝の、相変わらずな態度に、そんな事は微塵も思い出さずにいたけれど。
 まあ、思い出したところで、その当人に「アンタって偉いの?普通なの?」とは聞けないし、聞いたところで黙殺されて終わっていたことだろう。
 しかし、それは、ちょっとした例えでしかなく。つまりは何でも、一つひとつ解決していくしか方法はないのだと言う話で。オレが一番、それを切に願っている…というか、絡まり合っている情報の数々は、そうするしか紐解く事は無理であると思う。
 多分、ラナックはそう言うのを感じていて、王さまと話せだとか何だとか言ったのだろう。実際には、今の段階でのそれは無理な話でしかないのだけれど。
 そう、今まずするべき事は、何だろうか。
 オレとしては兎に角、自分自身の安定だろう。リエムに会えるのならば、まずそこから解決したいのだが、居ない状態ではどうにもならないし…。ってか、マジ、どこへ行ったんだか、あいつは。
 あんな話をした後なのだから、いくら仕事だとは言え、不在になるのを伝えてから行けよと言うものだ。まるで逃げるように行きやがって、案外気が利かない。
 どこに出しても恥ずかしくないほどの男で、スーパーが付きそうな出来た人物なのに。こと、己の事に関してはどこか詰めが甘いというか、残念な箇所があると言うか、何と言うか。兎に角、下手さが目立つ。
 完璧であるよリも、そういうのがあってこそ、人の魅力が引き立つのだろうし。リエムの不手際は、別段腹は立たないし。それだけ忙しいのかなとか、オレと顔を合わせ憎かったのかと推察出来るので、役立ちはしているのだけれど。事情が事情だけに、面白いものではない。何気ない日常の中ならば、笑い話なのだろうけど。
「……しっかりしろよな、お兄ちゃん」
 思わず零れたひとり言に交じるのは、苦笑ではなく溜息で。
 気付けば、手の中の作業は全く進んでおらず、無意識に指に紐を絡めて解いての繰り返しをしていたのか、太めの紐がカールしていた。
 レーイさんへの教授はオレの息抜きとして請け負ったもので、負担にはしたくない。出来ない時は仕方がないと、再び作業は諦め、拡げただけになってしまった用具を片付ける。
 作業のため手元にだけ残していたランプも消すと、暗くなった部屋に窓からの星明かりが舞い込み、誘われた。
 腰高の窓を開け放ち、窓枠に肘を付き体重を預ける。
 少し寒いくらいの夜気が心地良い。
 見上げた空で存在を主張する、いくつもの大きな星。相変わらず馴染みはないけれど、夜に顔を上げればそこに存在する事実は覚えてしまった。都会育ちでは滅多に見る事のなかった無数の星空も、ここで知った。
 未だ、夜空と言われれば、思い浮かべるのは満ち欠けする月ではあるけれど。こうして見上げて、そこに違和感を覚える間もなく脳が修正するようになった。馴染むのも、時間の問題だろう。
 もし、元の世界に戻れたならば。オレは、夜の空に、昼の街並みに。それこそ、人の在り方にまで違和感を覚えるのだろう。ここでの感覚を直ぐになくし、一瞬で元へと戻るなんて事は出来ないのだろう。
 変えられた世界が着実に、オレの世界へとなっている。
 窓の外へと突き出した両手は、いつの間にか組み合わさっていて。闇の中で白く浮かぶ己のそれを見下ろしながら、今の自分はまるで何かに祈っているようだなと他人事のように思う。胸に下げた片割れの形見と、左腕のミサンガに、この瞬間のオレはどちらに近いのだろうかなどと、自分でも良くわからない事を考えてしまう。
 どこの何に対して、祈るというのか。
 何を基準に、本物を決めるのか。
「……バカらしい」
 感傷に浸っても何も得ないぞ、と。これだから、夜は起きているものじゃないよなと。
 夜中に書く日記は昼間は恥ずかしくて読めたものじゃないという話を思い出しながら自嘲し、振り切るように俯けていた顔を上げたその時。
「アレ…?」
 気配を感じるほども近くではないが、肉眼で捕えられる場所で。闇と化した木々の間で動いたものがある事に気付き、目を凝らす。
 よく見れば、そこに。長い影が、暗闇の中で浮いていた。その足元には、もっと大きな物体だ。
 それが明るい色でなければ存在に気付かなかっただろう、庭の奥。大抵のものは寝ているだろう、真夜中もいいところの時刻。気にならない方が可笑しく、窓を開けているとはいえ、部屋の中である事とその距離を思えば危機感が生まれるはずもなく、そのまま観察を続けてみる。
 誰が何をしているのだろう。もしかして、この庭にも見回りとかがいたのだろうか? 昨夜は全く会わなかったけど。
 でも、まあ。確かに、ここはただの客間でしかないが、腐っても王城だし、守衛の一人や二人はいて当然なのかもしれない。
 そんな事を部屋の中で考えながら、気にしつつも結局は他人事のように、その存在が動くのをオレはぼんやり見ていたのだけれど。
「はぁッ?」
 影から抜け出したそれを遠目ながらもしっかりと捉え、思わず声が零れる。背中を起こす。
 ヌッと、先に星明かりの下に現れたのは、間違えようもない聖獣だった。数十メートル離れているとはいえ、あんなものがうじゃうじゃ居るはずもなく、オレが知るあのトラ公でしかないだろう。
 そして、地面に近いその動物に遅れながらも、続いて全身を星明かりに晒したのは、王様だ。こちらはトラ公とは違い、オレが知らないだけの王様と似たような体格の人物である可能性もなくはないのだが…。
「……いや、完全にヤツだな」
 窓枠に付けていた肘を外し、少し窓から身を乗り出すようにして、ゆっくりと近付いてきている姿を確認する。
 顔は見えずとも、やはりあの男にしか思えない。
 だが。
「何やってんだよ…?」
 正体に確信は持てても、彼らが居る事実が飲み込めない。王様と聖獣のセットは兎も角、こんな時間に王城内とはいえ、一人と一匹だけでうろつくのはどうだろう。おかしくないか?
 取り巻きを連れておけとは言わないが、護衛一人くらいいるもんじゃないのだろうか。
 脳裏に、テレビでよく見た、SPを引きつれて歩く大臣の姿が横切る。
 あそこまで大袈裟じゃなくてもいい話だけど、呑気すぎやしないか? あの側近はどうしたよ?
 それとも、王様自身腕がたつのだろうか。聖獣が居れば百人力なのだろうか。
 まあ、例え何かあったとしても、そもそもが危機管理が薄いのが問題である話なのだから、自業自得でしかないが。
「……え?」
 だから、呆れる以上に、オレが心配してやる義理はないなと思ったところで。
 その思考を変更させざるを得ないような光景が、視線の先で起こった。
「マジかよ…?」
 ゆったりと歩いていた男が立ち止まったかと思えば。
 そのまま、そう太くもない傍の木に凭れかかるようにしながら、ズルズルと座り込んだのだ。
 自室の庭先でならば兎も角、本当に何をしているんだあの男は。ンなところへ落ち着くなよ、オイ。星見は自室でしろ。
 オレがこの客間に居ることは知っているのだろうに、近くにくるとは。本当にわかんない奴だなぁ、と。ある意味、大丈夫なのかと心配にさえなってきたオレ同様。突然腰を下ろした主人を気に掛けたのだろう。トラ公が、王へと頭を擦り寄せている。
 だが、王は動かない。
 しかも、あろうことか。さっさと帰れよと、気になって見続けるオレの希望を打ち砕くように。幾らもしないうちにその身体が傾き、地面の上へと倒れた。
「…有り得ねぇ」
 嘆きがオレの口から零れる。
 だが、これは夢ではなく。
 悲しいことにも、現実だ。

 つーか、これは何だ? 罠か? 試練か?
 それとも、チャンスか…?


2010/10/03
174 君を呼ぶ世界 176