君を呼ぶ世界 184


 トラ公は、モフモフ。ハム公は、プニプニ。
 どちらも魅力的だが、一方しか選べないのならば決まっている。

 いつのまにか居なくなっていたトラよりも、やってきたハム公にテンションが上がるのは、当然だろう。単純に、好きな奴が来てくれるというのは嬉しい。
 なにせ、リエムは全然来ないので、今のオレにとって友達ポジションにいるのはハム公のみ……いや、キックスたちもいるから、これは言いすぎか。
 でも、まぁ。油断すれば気鬱になりそうな状態の中では、そこにいるだけで癒してくれる存在は両手を広げて受け止めるというもので。
 っつーか、むしろ、しがみついて離れたくないくらいの気持ちだ。
 はっきり言って、オレは病んでいるのかただの変態なのか、自分でもおかしいと思うくらいにハム公を気に入りまくっている。
 いや、でも。誰だって、安西先生であれ魔人ブーであれ、一度はみんな触りたいと思うもので、オレだけが特異であるわけではないだろう。子どもの頃に憧れた存在が目の前に現われたら、実践せずになにをする?だ。何もしないほうがおかしいだろう。
 そして、ハム公はそんなオレの夢を見事に叶えてくれて。さらに、そのフォルムもさることながら、触り心地も至極であり。一度触れば病みつきものなのだから、これまたオレだけが悪いわけじゃないハズだ。
 デブ専では決してないつもりだが、彼の赤ん坊のような柔らかいプニプニした体は、モフモフのトラ公以上に気持ちがいい。人肌のぬくもりを感じる前に、ほんのり冷たい感触がなんともいえない。暑苦しい脂ぎったデブなら遠慮するが、しがみ付き、回した腕に余るふくよかな身体が、なんとも充実感を与えてくれて安心する。
 しかし、それでも。オレにだって、遠慮と言うか、理性は存在するので。
 思う存分味わうには、ハム公は立派な大人の男であり、多少の支障が生じるのは理解している。もとの世界では、過剰な接触は訴えられるかもしれない行為であろうことも。
 オレがいくら好意を示したところで、それを理解されなければハム公の自尊心も傷つけるのだろうから。
 己の欲を抑え、他人の目とハム公自身を気遣い、ついつい伸びてしまいそうになる手をいさめる。
 ……ああでも、こんなに近くにいるのに触れないのも寂しいものだ。
 これがトラ公なら、そうそうに諦められるだろうなぁ。
 そう。なにせ、恐怖心はあまりないが、襲われた前科はあるので、やっぱり何処かで遠慮して触っているし。そもそも、あの動物は触ろうが何をしようが、動じないので面白みがないし。ふかふかを満喫する以上に、何を考えているんだかわからなくて持て余す。
 しかし。一方のハム公は、困りながらもされるがままであり、そのかわいさの前では聖獣サマだろうがなんだろうがトラ公のポイントはさがって当然。
 なので。
 トラ公が消えたのも何のその。訪ねてきてくれたハム公にオレは飛びついた。まともな挨拶もせずに、そのタプタプを味わった。
 そして、そんなオレに対し、キックスもチュラも完全に引いていたに違いない……実際は、侍従のプロなので笑顔で流し昼食の給仕をしてくれたが。空気はちょっと微妙だったと今ならわかる。あの時は、ハム公にテンションあがりまくりで気にもならなかったけど。
 二人にドン引きされていないことを願うが、評価を落とされていたならば、それはそれで仕方がないのだろう。己を省みれば、自業自得の話でしかないのだから。
 桔梗亭へ付き合ってくれるというハム公と一緒にこうして出かけてきたが。今頃は二人は、きっと相談していることだろう。今度オレのハム公へのポヨポヨ攻撃を見かけたら助けましょうかとかなんとか策を練っているかもしれない。なにせ、ハム公は王弟なのだから、変態行為から助け出すのが当然だろう。
 あ、もしかしたらハム公だけじゃなく。
 聖獣の扱いも悪いからそれとなく注意しましょうかとか言われていたりして……
「なあ、レミィ」
「は、は、は、はい!」
 なんでしょうかと間近で振り向く青年に、問いかけも忘れてやに下がる…って、しっかりしろオレ! 自制心よカムバック!
「いや、あの、聖獣サマのことだけどさ。朝、いつの間にか寝室に入り込んでいたんだけど」
 あいつって、壁すり抜けたりするの?ときけば、「え、え?」と荷馬車の振動に揺らされながら、さらに首を傾げたハム公の肉がタプタプ、プヨヨン……拷問ですか?
 揺れる頬をガシッと掴みたくなるのを我慢し、オレはそのまま後ろへ倒れ荷台に寝転がる。下り坂でこれをするとすぐに頭に血が上りそうだけど。
「まあ、壁を抜けるだけじゃなく、空を飛ぶとか、口から火を吐くとかさ。なんでだかオレに絡みに来るから、参考に覚えておこうかと」
「そ、そ、そのような事は、ぼ、ぼ、僕は、き、聞いたことはありません」
 ですが、兄上ならご存知かもとハム公はいう。うん、まあ、そうかもしれないが。あの男にそんなことを聞いたら、呆れ果てられるか怒られるかで、どちらも腹立たしい結果になりそうな気がする。それなら、トラ公本人に出来るなら見せてみろと命令する方が話はスムーズに進むだろう。
「まあ、多分、キックスたちが気づかないうちに入り込んだだけなんだろうけどな」
「せ、聖獣さまは、メ、メイさまをとても気に入って、いらっしゃるようですね」
「そうかぁ? 懐いているっていうんじゃなく、見張られているって感じでもあるけど」
「そ、そんなことは、な、な、ないです!」
「仲良しのレミィがいうのなら、そうなのかな? ありがとな」
 でも、オレとしてはあの獣よりも、レミィに好かれたいなと。気遣ってくれる青年へ視線を向け微笑めば、恥ずかしそうに眼を伏せ、捻っていた身体を元に戻して顔を隠した。
 なんだこの、可愛い生き物は!
 これが女の子だったら、即、彼氏候補に名乗りを上げるところだ。
 あの男にだって、「妹さんを僕にください!」と言ってやる。撃破されるとしても、本望だ。
 何ていうのは言いすぎだけど。ハム公は本当に可愛い。
 丸い大きな背中を見ながら、オレはニヤニヤ笑う。
 それにしても、なんてバカなくらいにのんびりとした昼下がりなのか。暖かな光に照らされ、緑豊かな森を荷馬車に乗り、傍らにはお気に入りの奴がいて。
 学業や用事が詰め込まれて時間に追われていたあの日常が、いつの間にか遠のいているのは寂しくはあるが、この状況が自分で選んだものならば最高だったのかもしれない。それくらい、全てにゆとりが広がっている感じで、他愛無いことが楽しく嬉しい。
 もっとも、オレの場合、それを満喫するのは現実逃避でもあり、突き詰めれば落ち込む話なのだが。王宮に来て得た色んな情報を煮詰めて答えを導き出さねばならないものだが、こねくり回すばかりで何一つ形を変えてくれない。不毛まっしぐら。
 正直。一日一日、日々を重ね。この世界で暮らし、人と接し、物を考え。もとの世界に帰ることに固執することこそが、愚かに思え。こうして見つけた喜びを追求しろとさえ思う。
 こう考えること自体間違いだが。なんだか、負けそうだ。無くしたものなど振り返らず、何も考えずに今を生きろとこの世界に洗脳されかけている気さえする。
 もしかして。ハム公に夢中になるのも、現実逃避の一種だろうか…?
 いやいや、そんなわけはない、と。オレは本当に気に入っているんだと思う方が断然大きいが。胸にくすぶっているのも事実。ああ、この降りそそぐ光を素直に喜べないオレは、勿体無い暮らしをしている。
 あ、そうだ、勿体無いと言えば。
 ハム公が軍人なのはとても勿体無い。
 王である男に話をふった時は取り付くシマがなかったが、当人ならば答えてくれるだろう。
「なあ、レミィってなんで軍に入ったんだ?」
 両腕を使って身体を起こし、ハム公の顔を覗き込むようにして問いかけると。突然だったからか、眼を真ん丸くして驚いてくれた。うん、やっぱり可愛い…じゃなくて。
 兵隊さんの話だよ、オレ。
 ハム公の魅力は癒し系なところなのに、軍では全然活かされないだろう。宝の持ち腐れとまでは言わないが。それこそ、殺伐とした軍の中での癒しマスコットになり大人気なのかもしれないが。軍人なんて肩書きは、余計なオプションだろう。王宮でならば、聖職者や文官とかのほうが似合うし。さらに言えばそれよりも、城下町にいる方が似合う。それこそ、オレよりも食堂の給仕役がハマるんじゃないか?
「えっ、あ、あの、ぼ、僕は、その」
「うん」
「そ、その、あ、兄のお役に、た、立ちたくて…」
 出たよ、出た。諸悪の根源男が。
「軍に入ることがか?」
 言っちゃぁ悪いが、ハム公が似合わない軍隊で活躍出来ているようには思えない。それとも本人は、自分がそんなキャラだと思ったのか? 周囲はダメだししなかったのか? 奇人ですらほら見ろと言ったような発言をしていたのに、間違っているだろうそれは。
「レミィなら軍よりも他に似合いそうなのがあると思うけどなぁ。だってさ、今みたいに警備だとしても、侵入者が居たりしたら戦うんだろう? オレのときもそうだけど、レミィすごく優しいから、そういうの大丈夫なの?」
「あ……あの、ぼ、ぼくは、全然、その、ゆ、優秀じゃないので……」
 充分にできなくて怒られてばかりだと俯く姿に、やっぱりと思いもするがそれ以上に、言葉を選んだはずだが傷つけたかとこちらも悲しくなる。
 …いや、オレ、ダメっ子だとは思ってないから、縮こまらないでくれ。
「あのさ、オレはすごいと思っているよ。オレ自身、体育会系なのりは苦手で、命令に何も考えず従うなんて無理だし、体力勝負なんて早々に逃げ出したいし、軍なんて一日も無理だからさ。だから、そこで頑張っているレミィは尊敬する。ただ、それとは別に、レミィ自身、その、何が何でも軍人になるんだみたいな熱意というか、今の仕事を楽しんでいますみたいなのが見えないから、大変なんじゃないかなと思ってさ。それで、聞いてみただけで、避難しているわけじゃないから、な?」
「は、はい……」
「だから、さ。さっきも言ったけど、癒し系な優しいレミィなら、あんなキツくてお堅そうない職業よりもっと庶民的っていうの?柔らかいものが似合うなと思っただけで……うん、でも、兄貴の役に少しでも立ちたいと思うのはかっこいいよ、立派だ」
「そ、そんなことは……」
 眼に見えてのハム公の縮こまりように、オレが泣きそうだ。なぜそんなに恥じるようなんだよ…。
「あ、あの、ほ、本当は、ぼ、僕は、役になんて立てていなくて…」
「ん?」
「だ、だから、その、役立つというか、ぼ、僕はただ、兄の傍に居たくて……」
「うん、そうだな。でも、だったら、文官とかの方が、もっと近くで一緒に仕事ができたりするんじゃないのか?」
「べ、勉学はあまり得意じゃなくて…」
 運動も得意じゃないだろとは流石に突っ込まず、そっかと頷くにとどめる。
 どうしよう。見事にここまで萎縮されると、軍とか王城の仕事とか、何も知らないオレにはフォローの手立てがない。
「一緒だな。オレも、勉強は好きじゃないよ。興味があることしか頑張らないタイプだな。それにしても、本当に好きなんだな、兄貴のことが」
「は、はい!」
 漸く自信を持って答えられる話がきたからか、元気な声で、満面の笑みでそう答えられ、思わずオレも笑顔になる。相手があの男かよと思いもするが、ハム公の溢れる感情が気持ちよくて、オレも嬉しくなる。
 こいつは、こういう周囲を幸せにする魅力をもっと開花させてやるべきだろうに、兄貴も権力を持っているのならどうにかしてやれよ。この無垢な弟を軍に入れて心が痛まないのか、心配じゃないのか。
 今の様子を窺い知るに、王城の警護とはいえ、緊迫感溢れる息詰まるほどの仕事をしているようではないし、殺伐な戦いが繰り広げられているなんて環境でもなく、あの王様も考えて弟を配置しているのかもしれないが。レミィ自身が軍で頑張ると言っているのかもしれないが。やっぱり、レミィのよさを活かせてないように思えて残念だ。
 それに。
「なあ、レミィ。王はお前に優しい?」
「は、はい。とても」
「昔から?」
「ぼ、ぼ、僕は、子どものころから、で、出来ないことがたくさんあって……ず、ず、ずっと兄が、ぼ、僕を助けてくれています」
「ふ〜ん」
 弟にはいい兄貴のようで、奇人がいうように、あの男がブラコンなのは間違いないのだろう。王となった兄への憧れ一心で、ではなく。ちゃんと慕っているらしいハム公の真っ直ぐな愛情に、弟に対してはまともそうで良かったと思いつつも、ちょっと面白くないとも思う。っつーか、嫉妬だ。オレ様男のくせしてハム公の心をわし掴んでいるヤツへの妬みだ。
「オレもレミィと兄弟だと良かったなぁ」
「ど、どうして、ですか?」
「だって、兄弟ならもっとレミィに気心なく接してもらえて、仲良くなれて、好きになって貰えるのかも。だろ?」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は、きょ、兄弟じゃなくても! メ、メイさまのことが、す、好きです!」
 勢い込んで答えるハム公に、ちゃんと好意は伝わっているんだと安心して、嬉しくて、幸せだとさえ感じて。
 オレは礼を言いながら声をあげて笑う。

 トラ公も、このくらい可愛ければ。
 不可思議な夢でも、行動でも。ちゃんと信じ、考えてやるんだけど。
 どこまでも、惜しい。


2013/03/03
183 君を呼ぶ世界 185