君を呼ぶ世界 185
いつかきっと叶うじゃ、満足できない。
オレは、掴みたい。
街へ仕入れに行くという人の荷馬車に乗せてもらい山を下ってきたが、結局、レミィと一緒に桔梗亭の前まで送ってもらえて大助かり。徒歩なら夕方前になっていただろう。しかも、帰りも迎えに寄ってくれるとのことで、ありがた過ぎる。
王宮の住人達の御用聞きをしているらしい爺さんは、大抵、毎日一度は王宮と城下町を往復しているそうだ。
なので、予定よりもずいぶんと早くに到着してみれば、桔梗亭はちょうど昼の営業が終わったあたりで。一週間ぶりでしかないが、女将さんたちはオレの訪問を手放しで喜んでくれて、昼の片づけを邪魔してしまう形となったが、レーイさんに早めの休憩を貰うことができた。
むしろ、女将さんの方が手を止め、オレが用意してきた花結びのサンプルや解説図に食いついているような状態になってしまったのだが。
着いた時は元気な子供二人は居なかったが、話をしている間に現れ、ひとしきりオレの周りで騒いでいたが。
話し込んでいて相手を出来ずに居ると、気付けば居なくなっていた。ハム公と一緒に。
「あれ?」
途中で気付き首を傾げれば、あっさりと遊びに行ったぞとエルさんが言う。
レミィは大丈夫だろうかと心配すれば、「あの子はこのあたりで生まれ育ったんだよ、何を心配するんだい」と女将さんに呆れられた。まあ、確かにそうなんだろうけど。あの元気すぎる兄妹に泣かされないかが心配だ……お姉さんの前では言えないが。
振り回されていなければいいんだけど、と。オレのようにいじめっ子連中に遭遇していなければいいんだけれど、と。女将さんに笑われるので心の中でだけ気にかけていたら、案の定。帰ってきたハム公は少しくだびれていた。でも、笑顔からもわかるように楽しかったようだ。
話を聞けば、どうやらレーイさんがお手玉を置かせてもらいはじめた店へ行ったらしい。お姉ちゃんが作ったんだよと子供二人に自慢げに言われたレミィは律儀にも、ひとつのお手玉を買ってきていた。
「オレが作ってやったのに…」
ついボヤけば、女将さんに「メイが得意なのはこっちでしょう」と机にひろがる花結びを示された。……はい、そうです。裁縫は上手くないです…でも、手先は器用な方なので、やれば出来ると思うんだよ。ハム公のために頑張りたいんだよ。
というわけで。
耳とシッポがついた、白いそれはネコなんだろうけど。模様を描けばトラ公になるなと思いつき、オレはハム公に断り黒い線を書き込んでやった。
「せ、せ、聖獣さま、ですね!」
予想通り、トラ公好きのハム公は感激だ。オレも嬉しい。
しかし、それを見ていたレーイさんは「聖獣さまを模すなんて…いいんですか?」と心配げで、一方の女将さんは「これは売れるかもしれないねぇ」と笑っている。ハギ国土産で聖獣のお手玉。OKか?
ポテンとしたそれを指ではじくと、若干歪んで、当然転げる。…う〜ん、ダメか?
まあ、聖獣サマだからと敬遠するなら、投げられるものをやめて、いっそのことぬいぐるみでもつくればいいんじゃないか? リアルなものではなく、お手玉よりちょっとそれらしい、デフォルメされたトラ公を。うん。
それとも、そもそも何を作っても不敬とかになるのだろうかと思いつつ、女将さんの案にオレは一票投じてみる。
どのくらいハギ国の聖獣がトラだと知れ渡っているのかはわからないが、これは国の宣伝になるだろうし。何より難民が生活の糧を得られるのはいいことだ、このくらい大目に見てもらおう。
と言っても、商売は始めて数日でしかなく、まだまだどうなるのかわからない。ただ、今のところ反応はいいようで。桔梗亭でもオヤジどもが関心を持つくらいだから、多少は売れるだろう。
それを、どれだけ広げ、ちゃんと商売として成り立たせてていけるかだが…まあ、単純なお手玉とはいえ、レーイさんとその母親二人では大量に作れるわけでもないので、暫くはボチボチやっていけばいいだろう。聖獣お手玉で大ヒットするとしても、すぐではない。おいおい考えればいい話だ
花結びの方は、簡単なものを少し教え、それを図に描いて説明しておいたが。こちらはやはり女の子というか、何というか。レーイさんはこの数日の間に色々考えていたようで、ああしたいこうしたいと難易度を上げており、少し試行錯誤期間が必要だ。だが、手先が器用な彼女なら、納得のいくものを作り上げるだろう。母親の内職といっていたが、こうして彼女が少しでも興味を持ち、楽しんでくれるのならばそれに越したことはない。
「作成キットもいいけど、こんな風に教えるのも楽しいかもな」
いつか教室を開けばいいよと言えば、そんな発想はなかったのかハテナを飛ばされた。
そういう商売もあるんだと説明すれば、素敵だとレーイさんは目を輝かせる。ああ、もう、女の子ってどうしてこんなにかわいいのだろう。美人を前に、オレの鼻の下は勝手に伸びっぱなしだ。
手芸に詳しいわけではないが、この世界にまだないものでオレが知るものが他にもあるだろう。彼女が本格的にこういう商売を始めたいと思うのならば、今のうちに出来る限りの協力をしておきたいと思う。
オレだって、自分で商売を始めたことがあるわけでなく、この世界のそれがどんな風なのかよくわかっているわけではないし、役に立つのか怪しいものだが。なんたって、こちらから見れば異世界育ち。オレにとっては普通のアイテムも、ここでは人目を引くものもあるだろう。今回のように。
科学や文明に関わるようなものならば、オレの知識を垂れ流すのはどうかと思うが。こういうことはいいだろう。逆に、もっとこちらの生活を知り、役立つアイテムがあれば提供したいとさえ思う。
しかし、オレの商売ではないし。
自ら起業する気もないし。
今くらいがちょうどいいのだろう。教えるそれをどう生かせるかは、レーイさん次第だ。
それでも、こういうのはワクワクする。楽しい。
「ああ、ダメ…失敗!」
オレが描いた図とにらめっこして紐を通していた女将さんが机に突っ伏した。まあ、初見であわじ結びで玉を作るのは無理か…。っで。その横では、10センチほど出来た左右結びの紐を眺めて溜め息をついている。力加減が均一でないので真っ直ぐになっていないのがお気に召さないようだ。
「難しいですね…」
「腕に巻くならそれでもいいんじゃないか? 気にしない」
「でも、並べると…やっぱりメイのものの方がキレイだもの」
買いたくなるのはそっちですと、見本で作ったオレの方を褒めてくれる。
「ありがとう」
礼を言えば、にこっと笑い返され「それで、願いは叶いましたか?」と訊かれた。
ん?願い?
っていうか。美人に見つめられドキドキだ。ついでに言えば、初対面時の喧嘩腰も困るが、敬語を使われるのもなんだかこそばゆい。呼びかけがさん付けだったのを呼び捨てにしてもらう交渉は何とか成功したが、この間再会してからはですますなのだ。レーイさんなりに思うところがあるのだろうが、オレとしてはちょっと慣れない。
別に、気遣わなくていいのになぁ。
「まだですか?」
「え?」
見返して、ちゃきちゃきのしゃべりの方が好みだとバカなことを思っている場合ではない。マジ何の話だ?
「切れたんですよね?」
自分の手首を示して首を少し傾げるレーイさんに、そこまで言われてようやく、オレがしていたブレスレットだと理解する。ああ、そうだった。うん。
「ああ〜、あれは、不注意で切れたんだ」
正確には、引きちぎられた、だ。緩く編んでいただけだが、まだ傷んでもいなかったというのに、見事にブチ切れた。あの男、マジ最悪だ。
でも、正直、今は怒りはない。
あれがもう少し前の話だったら、オレの願いを踏みにじりやがってと。自分で勝手に作ったまじないだから何の被害もないわけだが、理屈じゃなく悔しくて腹立たしくて怒っただろう。でも、夜中に酔っ払ってうろついて、気に入らない相手に迷惑かけて、コイツバカだなぁと思うしかないあの状況を過ごした後では。なんか、もう、こんな小さなことで怒り狂っているのも疲れるというもので。
損害賠償で小遣いでもせびってやろうか、なんて。そんのくらいの嫌味しか思いつかない。切れたものは仕方がない、だ。
「こういう紐だと頑丈だから、普通に生活しているだけじゃ自然に切れるのはかなりかかるよ。きっと」
「でも、だからこそ、叶う気がしますよね」
「だけど、あまりに切れないのも、売れないよな?」
願いが叶わなかったと怒るやつは再購入などしないだろうが、あくまでもこういうのは気持ちのもので、遊びに近い。女の子は、叶う叶わないより、そういうことをしている自分が好きだ。っつーか、願いごとをしているという過程が楽しい。だからこそ、一度目で願いが叶わなくとも、次こそは!とか。別なお願いをとかで、何度も買うんじゃないだろうか。
頑丈なのも考えもの。しかし、かといって、花結びの紐が細く軟いものでは形にならない。
「もう少し切れやすいもので作るのもいいな。紐じゃなく、糸とかで。編むようなやつなら多分糸でもできるよ」
「糸ですか?」
「うん。こんな風に形じゃなく、模様を楽しむものになるんだけど…オレもあんまり作ったことがないから、試行錯誤が必要だけど」
細い糸を何本かまとめた程度の糸で単純に編んでいくんだと、机に散らばる紐で実践してみるが、流石に太すぎて上手くいかない。
刺繍糸で作るミサンガは斜め模様ができるものしか作ったことはないが、まあ何とかなるだろう。花結びも、それで出来ないかやってみよう。
「今度また見本を作ってくるよ。まあ、期待せずにいて」
刺繍糸とかなら、帰った後でも手に入るだろう。チュラに聞いてみよう。
そして、出来そうなら、また自分用にも作ろう。
願いは、同じく。
あの、オレが現状に押しつぶされずにすんだ、オレを支えてくれた旅一座との再会を。
望みと願いは、似ているようで違うのと同じく。
おまじないだからこそ、かけられない願もある。
2013/03/20