君を呼ぶ世界 188
自分自身で、変わらないといけないと思うことはあれど。
誰かに変えられるなど、絶対にイヤだ。
全てを、恨む。
元の世界に戻るためにオレが出来ることは、それだけ。
……いや、それもナシだろう。ありえない。
「……」
まさか、ハム公と仲良くしているのに嫉妬して言い出したわけではないだろうが。だったら、何がどうなりそうなったのか、意味が分からなさすぎるのは勿論なんだけど。
それ以上に、また面倒なことを言い出すのだろう予感に、オレが真っ先にとってしまった行動は受け流しだった。
「…あはは、まあ、なんていうか、ムリムリ。ぜってームリ。っつーか、ナニソレ、ウケるね」
まるでオレが都合の悪いことを隠そうと誤魔化しているようなものだが、取り合うよりも逃げたいと思ってしまったのだから仕方がない。
片手を振り苦笑しながら、厚いグラスに口を付ける。
出会うヤツみんなに呪いでもかけろってか、すごいジョークだなぁと。アンタも冗談を言うんだなぁと、視線を投げる。
が。
笑い返されることも、冗談じゃないと指摘されることもなく、オレの望みに反して空気が緊迫を孕んでいった。
「…………」
ナニコノ雰囲気は…オレのせい?
「……えっと、」
「……」
「…………」
とりあず、身体を戻せと近い姿勢に思うが突っ込めないので。モゾモゾと微妙にオレが身体をずらし距離を置く。
……だって、いきなり手を上げられてはたまったモンじゃないし。
だが。なんとなくだが、この無言は別に、怒っているわけではないようで。オレを静かに見ているだけの男から感じ取る空気は、言葉の重さの割りに何も変わっていない。
だったら、この重さは。緊張を生み出しているのは自分だ、と。そう気付き、若干頬が引き攣った。
笑い飛ばそうとした不発の自業自得とはイタすぎる……でも、笑うしかないじゃん!
よくよくその言葉を考えるに、オレの今が崩壊するような発言じゃ――いやいや、考えたくない……考えるのは必要だと判断した後でいい…。
そう、無意識に流してしまいたいと思ったのは、本当にただ面倒くさいと思ったからか。追求してはいけないとの予感があったからなのか。わからないが、気心知れた友人ではないのだからあの返しはないだろうアホ!と、数秒前の自分に心でダメ出しをするにとどめる。
何をこんなに緊張しているのかと、王様でもクソ男だぞと、意味不明にビビっているような自分に発破をかける。
けれど、そんな頑張りも空しく、胸の動悸は高まるばかりだ。よくわからない中で、論点が違うとわかりつつも自分が失敗した事実がオレを苛む。ホントマジわかんないが、絶対オレは墓穴を掘っている…!
「……その、」
自分の周りだけじっとりと重くなった空気の中でぎこちなく動き、グラスを机に置き空いた手で顔を覆う。
……流せないのなら、いつものように何を馬鹿なこと言ってんだと蹴り返したいが、その手段は最早ない。この空気で今さらキレるほど、オレの神経は太くない。
だったら、ここはきちんと。今の言葉を考えなければならない…のか?
だが、それこそ、ムリだろ。
何が恨めだ。暴君め。
っつか、もう、いたたまれなさすぎて、暴言発言など二の次なんだが…。
「……恨めって、言われてもだなぁ、うん…」
間違いなく、オレはアンタを恨んでいるのでそこだけはクリアしているのだが、全てとなると話は違う。というか、元の世界へ帰りたい願望とその排他的思考がどう繋がるのか、しかもそれをこの男に命令されるのか、やっぱり意味が分からないし、噛み砕いて理解もしたくない。
そう、どんな話であっても破壊的なその言葉だけで、楽しくない会話になるのは絶対だ。だからこそ、取り合わずに聞きたくないと誤魔化そうとしたというのに……。今日貯めたHPを一気に消化してしまいそうだ。今すぐここにハム公が現れればいいのに……助けてくれ……。
どうしてオレがこんなにも負けているのか、納得いかないが。目をあわす勇気がないのだから仕方がない。
「アンタにとっては簡単なのかもしれないけど、普通は無理でショ。何言い出すンデスカ」
手は退けても顔は上げず、気泡が混じるグラスの肌質を確かめるかのようにじっとりそこに視線を固定しながら言葉を紡ぐ。もう止めてくれよと嘆きを込めまくって。
しかし。弱音のように吐き出したつもりだが、けれどもふてぶてしく見られたのか、「お前、得意だろう」と今度は明らかに挑発するような半笑い声で返された。
けれども、フンと吐き出された鼻息にまじり続けられた言葉が「オレが嫌いだろう」であり、まるで拗ねる子供のようであって、言葉は強くとも、いつものような戦意は微塵も湧き上がらない。
「得意じゃねーよ」
嬉しい誤算というか、ちょっとだけ緩んだ空気を見逃さず、軽口に便乗するよう嫌いは否定せずにそこだけ突っ込み顔を向ければ。じっと視線だけ向けられるが、それはやはりとても静かなもので。
今までの態度なら、「嘘をつけ」とオレを疑ってかかってくる視線であるのだろうに、今日はおかしい。言っている言葉は不穏漂うものだが、王様が大人しい。…やはりまた酔っているのだろうか?
うん、そうかもしれないなと思うと、少し落ち着いた。
酔っ払い相手にビビる必要はないと、跳ねる心臓を宥める。
「アンタは得意そうだよな」
冗談というか減らず口というか、とにかく嫌味ではなく落ち着く手段としてそんな軽口を叩いてみる。すると、今度は成功したのか、「お前にはそう見えるのだろうな」と、男はオレから視線を外し手元へ落とした。
「見えるっていうか、そうだろう?」
この男の恨みは末代まで祟られそうな執念深さだと思うのだが。
「そう見えていたのなら、俺もまんざらでもないらしい」
「……何の話だ?」
まんざら? 何が?
「お前が思っているほども、俺は他人に強い感情なんて持たないし、持てない」
「は?」
「そんなものは、俺が王である以上、一番不要なものだ」
持てば空しくなるだけだと言いながら天井を仰いだ男が短い沈黙を作り。
また訳のわからない話になりハテナが飛びまくるオレへと視線を向け。
起こした頭を、少し傾けて。
「お前に嫌われる努力をしていたと言ったら、信じるか?」
「…………」
……これが、かわいい女の子だったら、キュンとなる仕草かもしれないが。
この男は無理、絶対ムリ。男前でも、微塵も可愛くない。
内容も、今度こそ笑って誤魔化したい類だが。恐ろしさが勝って、笑うことさえできない。
「信じねぇーよ……」
嫌われる努力って……アホだろう。ンな努力、するな。
これが、リエムが言っていたもので、今から必要悪について語られるのだとしたら……グラスの中身をぶちまけてやるぞクソ。
ホント今日はいつにも増して宇宙人だ。何言ってくれるんだヤメテクレ。
「そもそも、それが本当なら、もっとオレの中であんたの評価を下げる話にしかならないと思うんだけど」
「そうだな」
認めるのかよ!? だったら言うなよ!!
なに、コイツ、自虐モード突入か? そういえば、一昨日も、まるで嫌いだと言われたいように、やけに自分が嫌いなんだろうと突っかかってきていたような……賢者でも入ったかオイ。酔っ払いめんどくせぇ…。
そういうのはオレに関係のないところでやってほしい。いくら嫌いな相手であれ、オレには加虐趣味はないから楽しくない。
そう。こういう時がチャンスだと、今までやられたのをやり返そうと、これ幸いに相手を甚振れるような性格をしていたならば。今のこの男は、恰好のカモだろう。酒のツマミにさえなりそうな感じだ。
だが、本当に残念なことに、オレはこういう時でも、どうしたんだコイツ?と考えるタイプなので。心配はさすがにしないが、関心はそこに向く。ムカついていれば理由を知るのも面倒だと思い放置するが、現段階では興味とういうか、こうなっている事態の理由を知りたいと思う方が勝る。
ああ、本当にいろんな意味で、この男はたちが悪い。いつでもどこでも誰相手でも不遜にしていればいいのに、普通っぽい顔など見せるなよ。
酒など飲むな、バカヤロウ。
「なあ、どうかしたのかよ? いつもと違うぞ」
と、いうわけで。
いじけているのか何なのか、こんな男など放っておけばいいのに。ついつい、その言葉を拾い上げてしまう。
ホント、オレってばお人好し……っつーか、バカはオレだ。マジで。
お悩み相談など、絶対する仲ではないのに…。二日前の夜も変だったし、コイツはもう酒を飲まないほうがいいんじゃないか?
「噛み付かれても困るけど、しおらしいのも困る」
また酔っているのか?と聞けば、じっと見返された。若干、何か言いたそうな顔に見えるが、何も言わない。
短い沈黙でその何かを飲み込んだような男が、背もたれに大きく伸ばしていた腕を降ろし、組んでいた足を解く。
「俺はお前がわからない」
…今までのいざこざがなければ真摯にさえ見えるような表情で、ンな逆ギレみたいなことを言われても。
「…………それ、この前も言っていたな」
「知らないと言っているのではない」
そう、確かにオレは、知ろうとしないのはお前だろうと言ったが…よく覚えていたな、酔っ払い。
マジ、聞いているのならその時に会話をしようぜ、なあ? 今だってそうだ、ズレた言葉ばかり返してくるのはわざとか、おい。
明後日の方へ投げられてばかりの言葉をキャッチしに行く身にもなれってもんだ。順番にひとつひとつ話題を解決しながら進もうぜ…。
「……でもさ、実際知らないだろ?」
「全てではなくとも、多少以上には知っている」
「……」
……はい、ヘリクツきました。
子どもの負けん気発言ならば可愛いけれど、だからやっぱり、こいつなら可愛くないんだよ!と。
今度はオレがじっとり半眼で、今すぐ寝オチしろと呪いをかけるように見やれば。
「知った上でわからないと言っている」
開き直った男がそう言う。
いや、開き直る前にまず、自分のダメさをわかろうぜ……。最早、ホントに心底残念な男すぎて、逆に泣けるかもしれない。
「……オレが、って意味だなそれは」
これに付き合う意義が空しさ以上にあるのか。一瞬考えるが、腰を上げてお疲れさんと逃げ出す気力がなく。そう思う時点で負けだと諦め。感じたいろんな事に目を瞑り、話を促す。
二日前の酔っ払いは、ここから出て行かないのが何故なのかわからないと言ったが。今度はその話ではなく、オレの話。…って、ナニコレ、今度は絡み酒突入か?
知るだのわからないだの謎掛けのような言い方に、ダメな生徒と話す教師ってこんな感じかなと境地に爪先を放り込んだくらいの気持ちでの対応。
酔っ払い相手に親切心MAXすぎるぞ、オレ。
「オレの何がわからない? 知っているのならそれが答えだろう?」
逆に、オレがコイツをわからないのは知らないからだ。オレが直接知ったことと周囲からの情報が合致せず、未だにこの男のことを知っているとは言いがたい。自分だけの情報が男の全てだと断定できないくらい、オレ以外のやつらは、オレが知らないコイツを知っている。戸惑うくらいに、たくさん。
けれど、オレは違うだろう。なにやら色々と調べているのか聞かされているのか知らないが、目の前のオレもそれとなんら変わらないはずだ。単純なつもりはないが、裏表のあるような性格はしていない。嘘か本当か嫌われるようにしていたと言うコイツのように、目的を持って接していたわけでもない。
オレは常に、オレだ。
そもそも、異世界に放り込まれた身に、飾る余裕などあるわけがない。
「オレはごくごく普通のヤツだ。アンタみたいに、複雑な思考も持っていない。何も難しいところなんてないだろう」
「普通ならば、この世界を恨むのではないのか」
「……」
…どうしてもそこへ行きたいのか…はぁぁ…。
「だが、お前は恨むどころか、この世界に馴染もうとしている」
当たり前だろう、馴染まなくてどうするよ。帰るあてもないのに、ひとりで孤独に生きろってか? ンなの死んでも無理だろう。
知った世界ならば、他者との接触を極力避けて生きていけるだろう。けれど、知らない世界でそれは自殺行為でしかないだろバカ。
それこそ、オレには選択肢がなかった話だろそれは。真面目腐って言うな。アホバカすぎて力が抜けるぜ…。
「マジで、オレのそれが、アンタのわからないところか?」
「全てを恨めばいいと思っている……いや、思っていたが…」
今は、そう思っていいのか、それがわからない。
そんな風に続くのだろう言葉は流石に紡がれなかったが。言葉にされずともそれは感じられ。
オレは何をどうすればいいのかわからず、途方に暮れる。
恨みは必須だが、強要できるかどうかわからない――って。そんな悩みなど相談されても、オレにはどうしようもないだろう。
酔っ払い、マジで落ちろ。寝ろ。寝てくれ。
最悪な態度ばかりなのでどうにかならないかと思っていたが、これもこれで困る。困りまくる。
キテレツな発想で深みに落ち自爆するバカに巻き込まれるなど、敵意むき出しと変わらないくらい、これもまた厄介。
変わろうとしているヤツの邪魔をする気はないが。
手助けをするかどうかは、相手による。
2013/09/16