□ 2 □



□ 指定席 □

 暑い、暑いと文句を言いながらも、少年は腕に猫を抱く。
 それを指摘すると、「こいつの指定席はここなんだ」ときっぱりと言い切る。
 傍に居ないと落ち着かないという彼に呆れると同時に、当然のようにそこに寝転がる猫に僕は嫉妬を覚える。
 ただの猫の癖に、何て羨ましいのだろうか。
 口にしても相手にされないそれを心で吐き、僕はただ溜息を落とす。
 少しでもと思い、眠る体勢に入った彼に団扇で風を送ると、猫は楽しげに尻尾を振ったが、生温いと少年は眉を寄せた。
 それでも。
 それでも、暑いと嫌がるこの部屋にやって来ては、無防備な姿を僕に晒す。
 彼が、僕の傍に自分の指定席があることに気付くのは、それを認識するのは、まだまだ先の事なのだろう。
 無意識の行動。けれども、そのひとつひとつが、僕に喜びを与える。

 暑さが消える次の季節には、君に僕の秘密を打ち明けよう。

「トップdeコラボ」から








□ 天使が悪魔 □

「だったら。そいつを殺せば、問題ない」
 そうだろう?

 決して同意など出来ない意見を、さも正論のように口にする片翼の天使は、悪魔以下だ。
 お前の方こそ、一度死んでみろ。

「何なら、俺がやってやろうか?」

 多大なる親切心を発揮しているのだとしても、それは願い下げだ。絶対に止めてくれ。
 俺はまだ、人生を捨てたわけじゃない。

「なあ、おい。聞いているのか?」

 頼むから。少し大人しくしていてくれないか。
 出て行けとも、目の前から消えろとも言わないから。あと、少しだけ。

「トップdeコラボ」から








□ 望み □

「別に、俺は構わないよ」
 何処にも問題はないと言うようにあっさりと頷く男は、この場合、馬鹿としか言えないだろう。口が裂けても、誠実な対応だとは言えない。
 だが。そうだとわかっていても、男のその応えに、自分の中の何かが反応を示してしまう。ふざけていると思いつつも、ほんの少し、自分を救ってくれるのではないかと縋りそうになってしまう。
 そんな風に感じてしまう私を、この男は知っているのだろうか。わからずにただ、軽口を叩くのか。それともわかっているからこそ、馬鹿げた発言をするのか。こうして私を捕らえようとしているのか、本当に何も考えていないのか。今の私には、男の真実など見えない。
「ここから俺が飛び降りれば、あんたは何かを得られるのか? だったら、やってやるよ。あんたがそれを望むのなら」
 私は決して、そんな事は望んでなどいない。ただ、確かめたいだけなのだ。跳んでみせろと子供のような事を言ってしまったのは、男の自分に対する言動がわからないからだ。罠なのか、それとも救いなのか。少しは、その真実が見えるかもしれないと思ったからだ。
 けれど、それももう、必要のないものだ。
「…もう、いい」
 そんな事をしても、私は何も得られはしないのだろう。自らが、真実から目を逸らそうとしているのだから。
「そう? じゃあ、行こう」
 あっさりと切り替えてただ笑うこの男は、知りはしないのだ。
 私が本当に望んでいるものが、何であるのかを。

「トップdeコラボ」から








□ 二匹のバカ □

「だあ〜っ! そんなにウダウダ言うのなら、お前が立っていろっ!」
 そう言って男は大きな花を押し付けてきた。名も知らない造花を手に、俺は溜息を吐く。どう考えようとも、この男はバカだ。何故、俺がマネキンと一緒にショーウィンドーに並ばねばならない。全く意味がないだろう。
「お前が見て感想を云えというから、俺は――」
「全て貶せとは言っていないッ」
 理解不能なセンスを発揮させるからこそ、俺がそれを指摘するはめになったのだという事を全くわかっていないのだろう男は、言い返そうとした言葉を遮り「もう黙っていてくれ!」と口に咥えていた煙草を俺に咥えさせた。
「吸うなよ。最後の一本なんだからな」
 火事を危惧して預けてきただけなのか、大量の綿を抱え込みながら、やったわけではないのだと吠える男は、やはり本物のバカだ。火が点いている限り、吸わずとも煙草は燃えていくというのに。
 何だってこんな奴に付き合っているのだろうかと、吸い込んだ煙を吐きならが考え、バカだからこそ気になるのだろうと結論を結ぶ。
 何とも厄介な友人だ。だが。
「おいこら、吸うなって! マジでマネキンにするぞッ!」
 だが、それに付き合う自分こそが、本当は一番イカレた人間なのかもしれない。

「トップdeコラボ」から








□ 別れ □

 次に会った時が、彼との別れなのだと知っていた。
 これで最後なのだと、今夜の約束を取り付ける電話で気付いていた。
 もう、遣り直せないのだと、わかっていた。
 だが、予想していても、どれだけ覚悟をしていても。実際に訪れたそれは、僕から全てを奪っていく。
 悲しいと思う心もない。

 好きだと言われた訳でも、愛していると言われた訳でもなかった。
 それでもいいから、このままでいたいと思った僕が間違っていたのだろうか。たとえ嘘でも、その言葉をねだっていたのなら、少しはあの男を縛れる材料となったのだろうか。
 残ったのは、疑問ばかり。

 これからどうすれば良いのか、わからない。

「トップdeコラボ」から








□ 告白 □

「もう一度、云ってくれないか」
 先の発言の応えは、意味深なものだった。同じ事を二度聞きたいのか、俺に言わせたいのか。それとも、本当に訊きのがしての謝罪の意味を込めてのものなのか。文庫本に視線を落としたままの男からその真意を量り知る事は、俺には出来ない。
「だから…、その……」
 尻窄みになる自身の声が情けなく、惨めで、とてつもなく恥ずかしい。それでも、言わねばならないのだと覚悟を決め、先程以上に緊張しながら俺はもう一度その言葉を口に乗せる。
「好きになったんだ、お前を」
「誰が」
「…俺が」
 変なのは、おかしいのは充分にわかっていると俯いた俺に、「そうだろうね」とにべもない言葉が落ちる。
「だが、僕よりもまともだろう。安心しろ」
 …それのどこに安心出来る要素があるのだろうか。
 思わず、自分が常識外れな告白をかました事を棚に上げ、相変わらずな男の態度に「お前はなぁ…」と俺は溜息を吐く。精一杯の告白を雑談のように聞き流す男に呆れ果て、最早その後に続けるべき言葉が浮かばない。
 そんな俺に、漸く本から視線を上げた男は、少し意地悪く笑って言った。
「後少しで読み終わるから、黙って待っていろ。話はそれからだ」

「トップdeコラボ」から



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