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□ 彼の思考と、俺の感性 □

「じゃあね、バイバイ」
 バタンと閉ざされた扉も何もかもがあまりにも慣れすぎていて、慌てもしない自分が色んな意味で哀しい。
 寒空の下に恋人を追い出すのならば、せめてまともに服くらい着させろよとも思うが、口に出しても仕方がない事。
 彼は気に入っているらしいが、俺にとっては使い道のない花瓶を餞別代りに押し付けられても、一体どうしろと言うのだろうか。訊いてみたい気もするが、どうせ俺が納得出来る応えなど返らないだろう。訊くだけ無駄だ。
 溜息を吐くと、息は白く濁っていた。決して咥えた煙草のせいばかりではない。冬はそこまで来ているのだ。このままでは風邪をひくのも時間の問題だろう。
 世の中には訳のわからない奴がいる。どんなに頑張ろうと、理解出来ない奴が。
 だが、何故。あえてそんな奴が俺の恋人なのだろうか。
 相手の突飛で異常な思考回路を嘆くべきなのか、それともそんな相手を選んでいる自分の感性を疑うべきなのか。
 秋の高い空は俺のそんな声には耳も貸さず、ただ、可笑しな奴がいると俺を見下ろしている。

 はてさて。
 あいつは一体、何故、怒っているのだろうか。

「トップdeコラボ」から








□ 輝く未来 □

「今直ぐに消えろ。目障りだ」
 真っ直ぐと木の上から見下ろしてくる白い鳥に、俺は低い声をかけると同時に瞳に力を入れる。だが、感情など持たない監視役に、その効果はない。全く反応を示さず、一直線に見つめてくる小さな眼に、俺は懲りずに眉を寄せる。
「――わかっている…。わかっていると、上にはそう伝えろ」
 もう行ってくれと手を払うと、僅かに鳥は喉を鳴らせた。しかし、そこには何の意味も存在しないかのような沈黙がある。重い、息苦しい静寂だ。まるで、真綿で首を絞められているかのようなそんな感覚に、背中が濡れる。
 そんな俺をただ記憶する為だけに見つめる視線が、僅かに哀れみを含んでいるようにふと感じた。それでもやはり、普通の人間には見えない白い鳥は、ただそこに居るだけだ。
 不意に、耳に届いた呼び声に視線を向けると、愛しい者がこちらに向かって駆けて来ていた。それに軽く手を上げ応え、降ろしたその手を強く握り締める。
 生きる世界が違う事も、人間とは相容れない種族である事も、自分には時間があまりない事も良くわかっている。だが、それでも。いや、だからこそ、今この時を大切にしたいのだ。守りたいのだ。
 微かな気配の動きに再び顔を向けると、鳥は消えていた。ひらりと落ちてくる羽根を眺める俺に、息を切らしたままの掠れた声がかかる。
「何? 何かあるの?」
「…いいや、何もない。さあ、行こう」
 足を踏み出した俺の隣に並んだ青年の肩越しに、この半年ですっかりと見慣れた街並みを見る。

 俺と彼の世界に、未来はない。
 だが、たとえそうだとしても。この青年に明るい、光り輝く未来があれば、それでいい。

「トップdeコラボ」から








□ サクラ □

 風が吹く。
 ほんのりと僅かに赤みを帯びた白い小さな花びらが舞う中、男の微かな笑い声が耳に届く。
 その声はまるで、散りゆく桜を笑っているようであり、反対にそんな自分自身を嘲ているかのようでもある。
 振り向くと、微かに口元に笑みを浮かべた男がいた。その口には、珍しく煙草が咥えられている。
「今年はこれで、見納めだな」
 僕の視線に気付いた男は、静かにそう言い目を細めた。北の大地で散りゆく桜に何かを求めるかのように、優しげな眼差しで、それでも真剣に大きな樹を見つめる。

 まるでそこに、あの青年がいるかのように。

「トップdeコラボ」から








□ 駆け引き未満 □

「いい加減諦めたらどうだ?」
 しぶとい奴だと溜息交じりに笑うと、「それは俺のセリフだ」と男は苦笑いを落とす。
「意地を張るなよ」
 呆れるように頭を振りながら言うと、「お前の方こそ、ムキになるなよ」と相手は肩を竦める。
 いつまで経っても平行線を辿るしかないのだろう互いの想いは、単純が故にタチが悪い。俺がこの男を逃がすつもりがないのと同様に、男は友人以外の関係を望んではいない。
 互いに妥協も何もしないのであれば、その関係はこの先どうなるのだろうか。似合わないと自覚しつつも、そんな不安を持たないわけではない。それは多分男とて同じだろう。だが。
 本来は不安定なそれを、けれでも俺達は何処かで楽しんでもいる。厄介な事に。
「試しにオチてみるのも手だと思うがな」
 俺の真面目な顔での提案に、「勝手に決めるなよ」と男は情けない声を出し、それでも笑うのだ。
 実に、楽しそうに。

「トップdeコラボ」から








□ 別離の未来 □

「おめでとう」
 そのひと言がどうしても云えなくて、僕は彼を傷つけた。
 今なら、多分、心から祝福出来るだろう。笑顔でおめでとうと云えるだろう。だけど、あの時の僕は幼くて、自分がそうだと気づいてもいない子供で、ひとつの未来しか見えていなかった。
 自分自身のものだけしか。

「いつまでも、幸せに」
 もしまた会う事があったなら、今度こそはそう伝えたい。
 別れて気づくこの思いは、きっと何よりもの真実だろう。
 だからこそ僕も、僕自身のそれを探す一歩を踏み出せる。
 彼とは違う未来だとしても。

2004/03/20








□ 終止符の誤算 □

「別れよう」
 俺が言うはずだった言葉を先に言った奴は、これで用は終わったと言うかの様にあっさりと立ち去る。俺は自分がするはずだったその行動さえも奪われ、成す術もなく阿呆の様に見送る。
 最悪だ。
 なんて自分勝手で残酷な男なのだろう。自らが言えるはずもない言葉を、恥もなく平気で人に叩きつけるとは。厚かましいにも程がある。別れを告げるのは、関係に疲れ終止符をうつのは、誰が考えても俺だったはずだ。それなのに、一体これはどういう事だ。
 情けなくもあるが、怒りの方が強い。
 けれども。
 もしかすればこれは男の優しさであるのかもしれない。
 そう考えてしまう自分が、ここに居る。どれだけあの男に惚れていたのかを認めないわけにはない。
 そして。それは過去ではなく、現在も。

 終わるはずだった想いは、まだ続く。
 相手を失ってなお、俺は囚われる。

2004/04/06



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