□ 11 □



□ バレンタイン □

「宅配便が来ましたよ。サインしておきましたから」
「あぁ、悪いね」
 原稿から顔を上げずに答えたが、果たしてそのサインは一体誰の名前を書いたのか、少し気になり遅れて振り返る。だが、飛び込んできた光景に、その疑問はどこかへ吹き飛んでしまった。
「…………ナニしてるのかなぁ、住田くん」
 自分宛に届いたはずの荷物を、断りなく開けている青年に低い声を飛ばすと、「気にしないで執筆して下さい」と平坦な声が返ってくる。
「……。……何処から?」
「青池出版。バレンタインの荷物のようですよ」
「ああ、そう言えば」
 そんな事を言っていたなと、昨日の電話での会話を思い出している僕の前で、青年は遠慮無く取り出した小箱の包装を剥がしている。じっと見ていると、躊躇いなくそれを開封しチョコレートを口に入れてから、「欲しいんですか?」と小箱を差し出してきた。
「順番が、違うね」
 先に私に勧め、了承を得て食べるんじゃないかと。わかっていながら好き勝手な振る舞いをしているのだろうが、それでも一言注意を口に乗せる。年下の恋人としてとらえるならば、いくらでも許してやる行為だが。担当編集者としては、ちょっといただけない。これがクセになり、他の作家先生のお宅でも傍若無人振りを発揮したら…と思うと、心を鬼にしてでも反省を促さねばならない。
 だが。まるで小さな子を持つ親の心境だと、自分自身で口にした小言にヘコむ。
 しかし。
「あ、そうでした。先にコレ、渡しておくべきでしたね。ハイこれ、どうぞ」
 軽い口調でなおざりに差し出されたのは、バレンタインプレゼント。
「え?私に…?」
「他に誰が居るんですか。おかしな人ですね」
「それ、君に言われたくはないんだけど…」
 口を尖らせてみるが、フェイントな贈り物に、頬が勝手にゆるんでしまう。
「ありがと」
 笑顔で礼を口にすると、「どう致しまして。僕もまあ他のファンには負けていられませんから」と言い、彼はまた一つチョコを口に入れた。
 チョコレートのように甘い言葉を紡げるほども、まだ年を重ねていない恋人が、実はちょっと可愛くて、楽しかったりするのだが。それは、秘密だ。

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□ チャージ □

 何の前触れもなく、パチリと目が覚めた。下手に動くと隣の男を起こしてしまうので、眼球だけを動かしカーテンの向こうの様子を探る。薄明るい光に、慌てる時間ではないと二度寝を決め込むが、覚醒しきった頭では無理だった。仕方がないので、部屋を眺めぼんやりする。瞼を閉じ、背中の男の寝息に耳を澄ます。
 だが、時間はとてもゆっくりで。堪え性がないかな、すぐに焦れてしまう。こんなにも近くにいるのに、触れられなければ見ることも出来ない体勢が無意味に思えてくる。多くの場合、暇な時はろくな事を考えないものであり、それに従い俺もまた、自制したはずの行動を取ってしまう。
 寝返りを打ち、不躾に男の寝顔に視線をぶつける。穴が開くほどに、じっくりと。
 相変わらずムカツクくらいに整った顔は、ぴくりとも動かない。
 だが。
「腹、減ったのか?」
「……べつに」
 食べたいくらいにイイ男だと、こちらを向く高い鼻を目指して口を開けたところで、はっきりとした声がやって来た。いつから起きていたのか、ヤな奴だ。
「おはよ」
「あぁ」
「……」
 男の髪に指を絡めると、ようやく瞼が上がり、視線が重なった。やっぱり、寝起きにあるまじき眼力。けれど、俺とて今朝は、いつものように寝ぼけてはいない。
 自ら進んで、挑むように仕掛けた噛み付くような俺のキスを、水木は軽く喉の奥で笑い余裕で受け止める。
 ちょっと、癪ではあるが。
 それでも、これで今日一日を乗り切れるだろうと満足し、俺は笑いながらシーツの中から飛び出す。
 さあ、栄養補給は完璧だ。今日も一日頑張ろう!

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□ LOVE 2 □

 一皮むけば、初夏の爽やかな風を体感することが出来るのだろうが。公衆の面前で、脱皮は出来ない。すれば、子供の夢を壊してしまう。時給が下がる。
 我慢だガマンと、着ぐるみの中で奮闘すること三時間。ようやく、昼の休憩だと声をかけられ、店の裏手に戻る途中、手の中にあった最後の風船を通りすがりの子供にあげようとし、失敗した。小さな手から滑り落ちたプードルが、風に運ばれ大通りへと走っていく。慌てて追いかけるが、この衣装では走り難く、また屈みづらい。
 伸ばした手を避けるように風船は車道へと飛び出し、タイヤの向こうへ消えた。追いかけるのはもう無理だと諦めた瞬間、一気に疲れが膝に来る。汗がどっ吹き出し、滝のように身体を流れる。
 もう限解だ。
「ぷはぁーッ! 気持ちイイ!!」
 着ぐるみの頭を脱ぎ、胸一杯新鮮な空気を吸う。開店で賑わう店から離れたので、これくらいは大丈夫だろう。人気キャラのイメージダウンにはならないはずだ。
 生身の頭を振ると、汗が飛び散った。だが、この熱いくらいの日差しと風があれば直ぐに乾く。
 さて、息も落ち着いたし戻って昼飯にするか。そう決心し身体を反転しかけた視界の端に、見知った車が通った。まさかなと思いつつ、信号待ちのそれに近付く。
 ビンゴだ。
 腕に抱えていた頭をかぶり、クマへと変身!
 ボンネットに乗り上げフロントガラスに張り付くと、前席の二人が胡乱な目を向けてきた。後部座席の男は呆れ顔だ。
「危ないだろう、ナナミ」
 降りておいでと、恋人は苦笑する。この姿でも直ぐに俺だとわかるとは。流石と感心するべきなのか、どうなのか。ビミョーだ。
「よくわかったじゃん」
「愛の力だ」
「バ、バカ! ンな事、こんなとこで言うなよ!」
 俺のその非難は何処吹く風だったのだろう。恥じらいのない男が、汗の浮いた俺の額に唇を落としてくる。最低だ。こんな奴、もう知らねェ!
 どうしても赤くなってしまう顔をクマで隠し、一目散に退散しながらも。ヘバっていた自分がが元気を取り戻している事に気付き、軽くなった足取りを自ら笑う。俺ってば、単純だ。
 何より。
 笑いながら駆けるクマに比べれば、恋人のあの行動など、他人にすればどうでも良い事なのだろう。だったら。。
 俺にもヤツがいう「愛の力」はあるのだから。彼のそれを次回は少し許すべきなのかもしれない。

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□ ペット □

 額に張り付いた髪をはずし、そのままそれを弄びながら男は言った。
「随分と伸びたな。今度、切ってやるよ」
「……」
「ミナト」
「…………別に、いい」
 落ち着きを取り戻しつつある呼吸の合間に、俺は短く答える。
「イイっていうのは、拒否かい了承かい?」
「…どっちでも」
 情交の余韻がまだ頭の中に残っていて、上手く考えられない。髪など、一気に伸びたわけではないのだから、今日明日の話ではない。今、あえて何故、これなのか。男の考えることはわからない。
 そもそも、そんな暇がこの仕事人間にあるのかどうか疑問だ。
「……今度って、いつ?」
「その返答、待ち遠しい子供みたいだな」
 可愛いよと、髪を梳いていた手が頭を引き寄せ、キスを仕掛けてくる。
「リクエストはあるか?」
「…別に、何でも」
「やりがいがないな」
「……なら、坊主」
「それじゃ、俺の腕前が発揮できないだろ」
 腕があるのかと、その発言に呆れた俺の頬を男は摘み、「覚えていろよ」と笑った。

 数日後。
 さすがに俺でも忘れぬうちに、男は俺の髪を切った。全体的に少し短くなった髪に俺自身は思うところは全くなく、翌日顔を合わせた家政婦さえも気付かぬその変化に、けれども当人は満足気で。
 これからはお前の髪は俺が切るからと宣言するほどご満悦な主人に、ペットの俺が言えることは何もない。

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□ 出来心 □

 ふとした違和感に進めた足を数歩戻し、廊下からリビングを覗く。
「……珍しいナ」
 呟きまで漏れたのは、ソファで越智が寝ていたからだ。浅く腰掛け、腕を組み目を閉じている。だが、ボクがここでこうしていても声を掛けてこないと言うことは、確実に睡眠中であるということだ。あの越智が、だ。凄い、凄すぎる。
「…………」
 こういう機会はめったにないと、肩にかけたカバンを急いで降ろし、逸る気持ちを抑えボクは中を漁る。筆箱を物色し見付けたのは、油性のネームペン。
 キャップを外し、ポケットへ。開いたドアに身体を滑らせ、そろりと足を運ぶ。ヒゲにしようか、眉毛にしようか、ホッペに渦巻も捨てがたい。
 だけどやっぱり、同じ書くならば、ボクの名前か。所有物宣言が出来るチャンスは、今しかない。
 投げ出された足を跨ぎ、無表情な顔を見下ろす。額にでっかく書いてやりたいが、直ぐには気付かないだろう場所に書くのもおもしろい。さて、どうしようか。首のうしろ、耳の付け根。無難なのはそのあたりだろう。
 狙いを定め、いざ出陣。ゆっくりと身体を近づける。接近する顔を一瞥し、目標は襟足へ。
「どうした若」
「……」
 あともう一歩というところで、気付かれた。寝起きとは思えぬ声で囁かれ、耳に息を吹きかけられる。
「やけに楽しそうじゃないか」
「…………今、この瞬間まではそうだったんだけどね――って、うわッ!」
 ペンを持つ手を取られ、引かれたと感じた次の瞬間には、ソファに押し倒されていた。ボクの腰を跨ぎ、あろう事か越智はそこに座り込む。
「お、重いんだけど…?」
「何をするつもりだったんだ?」
「別に、何も……って、近いよ」
 口を引き上げ歪めながら覆い被さってくる男の胸を押すが、全く効果はなくビクともしない。ソファの背に腕をかけボクを見下ろす越智の顔は、さっきまでのボクよりも愉しげだ。
「正直に言わないと、喰うぞ」
「…………何を」
「お前を」
「……冗談にしては、センスがない」
「センスがなくて当然だ、本気だからな」
 そう言った越智は実践する気なのか、ボクの鼻先で大きく口を開けた。

 ちょっとした子供の出来心に対し、大人がする行為ではないだろう事をされたボクは、今度越智が眠っている時は必ず書いてやるんだと誓いを立てる。書くのは当然、名前じゃない。分別名だ。
 さて、大型粗大ゴミの収集は何曜日なのだろう。それまでに調べておかないと。

「トップdeお題」から



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