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□ one wish――ミナト □

 何気なく。暇を持て余し、覗いた書斎。
 そこで見つけた、薄汚れたランプ。
 こんなもの前からあっただろうか。覚えがない。あの男の趣味には到底思えない。かと言って、家政婦の趣味でもない。
 違和感はないが、妙なものだ。そう思いながら突付くようにランプの表面を擦ると、グニャリと目の前の一部分だけの空間が歪んだ。何だ?と目を凝らした時には、もうそこには一人の男が立っていた。
「吾輩は魔神である」
 魔神と称する爺さんに会う日が来るとは、世も末か。
「ランプを擦り吾輩を呼び出したそなたの望みをひとつ叶えようぞ」
 奇天烈な展開だが、その申し出は別段自分に不具合が生じるわけでもなさそうなので、付き合うのも悪くはないかもしれない。
 何より、妙な奴だからと言って逃げるのも気が引ける。今この家にいるのは、病人と少女だけなのだ。自分が放置したが故に残りのふたりにこれが向かうのは、俺自身望んではいない。
「……何でも叶えてくれるのか?」
「吾輩が出来る事ならば」
 それは、なんともアバウトな。
 けれど、まあ、言うからにはそれなりに何かは出来るのだろうと、爺さんを前に俺は考える。望みなんて突然言われても、普段ならば思い付かないけれど。
 今、俺を飼う男はベッドの中で。
 願いはすぐに溢れ出てくる。
 水に触れたい。浸かりたい。あの人に会いたい。声が聞きたい。
 けれど、その内どれかひとつなんて、決められないから。
「風邪が治せるのなら、そこの寝室で寝込んでいる奴を元気にしてくれ」
 奴が治れば、俺はいつものようにプールに入れる。奴が元気になれば戯れてくるだろうから、あの人を渇望する気持ちも薄れる。
 全てではないけれど。雨宮と過ごす日々を、俺は悪くは思っていない。
「わかった、そなたの望み叶えよう」
 宣言と同時に消えた爺さんと入れ替わりに、男が扉の隙間から顔を出した。
 汗をかいたから風呂に入る。付き合えよ。
 疲労の色を残しつつも生気のある笑いを浮かべた主人の手招きに、俺は素直に足を運んだ。

「トップdeお題」から








□ one wish――リヒト □

 空気の澱む捜査本部で仮眠をとっても休めはしないと、食事のついでに明け方のファミレスで一時間程ソファに身体を傾ける。
 携帯電話の振動に覚醒を促され目を開けると、相棒が机に頬を押し付け熟睡していた。起こすにはまだ少し早い時刻であるのを確認し、腰を上げながら震え続けている電話を掴み出す。
 サブモニタに表示されていた名前に、俺は思わず眉を寄せた。
『ねえ、アンタさ。何か願い事ない?』
 通話を受け取ると同時に、意味のわからない問いが向かってくる。それは疲れた頭では処理出来ない突飛さで、取り合う気にはなれない。
「…用がないのなら切るぞ」
『ちょっと待てよ。用件言っているだろう無視するな。こんな朝早くから、どうでもいい事で電話なんてするわけないじゃん』
「何だと?」
 今のこの状況がまさにそれであるのに、どの口がそんな図々しい事を言っているのか。勘弁しろと溜息を吐きながら、重い目頭を揉んでいる間も、『何かないのかよ、願い事のひとつやふたつあるだろう?』と懲りもせず言い続けてくる。
 ふざけたその声を聞きながら、白み始めた空を見上げ、俺は捜査会議の開始時刻までの時間を確認した。今からではもう一度休んでいる余裕はない。
『なあ、氷川さん。どうなんだよ?』
「お前、寝惚けているのか? 夢なら寝てみろ。起きながら見て、人を巻き込むんじゃない」
『…アンタ可愛くないな。面白味もないし』
「そうか、わかった。切る」
 宣言すると同時に、叫び声がった。
『うわあぁ、ちょっと待ってッ!ゴメン、冗談だから』
 何が、どれが冗談だと言っているのかわからないが、素直に謝られると責める気にはなれなくて。甘やかしているのを判りつつ、苦言を飲み込む。
「…別に怒ってはいない。時間がないだけだ」
『そっか…邪魔したんだな悪かった。なあ、もしかして寝てないとか?それとも起こしちゃった?』
「……そんな事はない」
 今が何時なのか知らないわけじゃないよなと言い返してやりたい気持ちはあったが、しおらしい声につい大丈夫だと見栄を張る。だが、この青年は俺の嘘など見透かしているのだろう。
『犯人が無事に捕まって、貴方がぐっすり休めるくらいの休暇が得られるように。俺はそう願っています』
「……何を宣言しているんだ、おかしな奴だな」
『いいんだよ、別に。じゃ、切るよ』
 いってらっしゃいと妙な別れの挨拶をして通話を終えた青年の意図を測りきれず、俺は画面の明かりが切れてもなお、手の中の小さな機械を眺め続ける。
 だから一体、何の用だったのか。
 わからぬままに立ち尽くす俺の手の中で再び震えた携帯は、青年が願ったように犯人の逮捕を俺に告げるものだった。

「トップdeお題」から








□ one wish――荻原 □

 吾輩は魔神である。
 強力な魔力を持ちながらも、それを己の為には使えずにランプに閉じ込められているのは、罪を犯したからに他ならない。神が与えた罰が、ランプを擦りし者の望みをひとつ叶えるが為に生きよというもので、それ以外に吾輩の存在理由はない。
 それなのに。
 人は愚かな願いを口にする。吾輩の生きる意味となる彼らの望みは、吾輩を絶望させうる凶器だ。
 だが、そんな多くの中でも、時に変わった願いを示す者もいる。
「何でも叶えてくれるんじゃなかったのか?」
「吾輩にも、出来る事と出来ない事がある」
 望みはイイダマサキに会う事だと青年は言い切ったが、如何せん、その者を知らぬ吾輩にはどうする事も出来ない。画像としてでもとらえる事が出来るのならば、イメージで実体化するなり、夢に出すなり出来るが、何もないのに実物を出すのは無理だ。青年の頭の中までは覗けない。この世に居る人物ならば、瞬間移動をさせ目の前に呼び出す事は出来るが、死者は無理だ。吾輩の管轄ではない。
「写真があれば良かったのか、残念だな」
 そう言いつつも、さほど残念がった様子は見せずに笑った青年は、少し考え「だったら、さ」と新たな願いを口にした。
「あんたがこれから叶える望みは、そいつを幸せにするものだけにしてくれ。不幸になりそうなものは、今みたいに出来ないと断れよ?」
「…それが、そなたの望みか?」
「そうだ。少しでも、誰かが幸せになればいい。少なくとも、アンタはそうなるだろう?」
 それとも、人間を不幸にしたい魔神なのか?と茶化すように笑う青年に、我輩は何と言えばいいのか言葉に迷う。
「だからさ、あんたも色々大変だろうけど頑張れよ」
 じゃあなと笑顔で片手を上げ背中を見せた青年を、吾輩は何も言えないまま見送る。
 人間に励まされただとか、気を遣われただとかではなく。まして、なんておかしな望みをするんだというのでもなく。ただ、単純に。
 ここでこうして青年に会えた事に、少し感謝したくて。
 だけれど、そんな自身を持て余し、吾輩は遠ざかる背中に向けて息を吐く。
 難しい願いだ。だが。
「――そなたの望み、叶えよう」
 多分、きっと。
 それでも人間には、努力をむける価値がある。

「トップdeお題」から








□ one wish――仁科 □

 吾輩は魔神である。
 それを人間が信じようが、信じまいが。吾輩が魔神であることに変わりはない。
 魔神は、魔神。ランプに閉じ込めていられようが、魔力を己自身の為に使えまいが、それでも人間とは比べ物にならないくらいの存在なのである。
 なのに、人というのはは愚かだ。
 一瞬先には何が起こるかなんてわからないというのに、この後もずっと同じように自分の常識内で世界は回ると信じて疑わない。
 突然現れた魔神が望みを叶えてくれるだなんて、人間は想像もしていないのだ。だからその瞬間が来た時も、何が起こっているのかわからない。
「あァン? テメェどこから沸いて出てきやがったジジイ」
「おいコラ。お年寄り相手に無暗に凄むな。心臓発作でも起こったらどうする?」
「そうなったら、この国の未来はちょっとは明るくなるだろうよ。年金も医療費も、無駄に食い潰す奴等が減ったら万々歳だ」
「なんて事を言うんだ、お前。酷いな」
「事実だ」
 ランプを擦り吾輩を呼び出したそなたの願いをひとつ叶えよう――と伝え掛けた瞬間に遮られた言葉は、そのまま続けるタイミングを失う。目の前で言い合う若者二人の間に入っていく努力をせねばならないのかもしれないが、生憎、吾輩にその気が生まれてこないのでどうしようもない。
「っていうかさ、くそジジイ。いつまでそこで亡霊のように突っ立っているんだ、アン? 摘み出すぞ」
「だから止めろ仁科、絡むな」
「てめぇも一緒に蹴り出すぞオラァ」
「痛ッ!暴力は反対だと言っているだろう」
「ンなこと知るか」
「お前、どうかしたのか?いつにも増して機嫌が悪いな」
 わかった、俺が留守で寂しかったんだろう?とニヤつく若者に向かい、吾輩を呼び出した方の男が足蹴りに続き拳を突き出した。
 肉を打ちすえる音が、部屋に響く。
 床に崩れる若者を気にする様子もなく身体を元に戻した男は、吾輩を見据えると、「去れ」と短い言葉を低い声で吐きすてた。
「……」
 これが、この男の望みというのならば。
 吾輩がここに止まる理由はもうない。
 承諾を伝えるために「そなたの望みを――」と発した言葉は、けれどもやはり先程と同じように途中で遮られてしまう。
「ゴチャゴチャるっせぇーんだよ、帰れジジイ」
「…………」
 残念だと、勿体無い事をしたとこの先も気付かないのだろう男に我輩が出来るのはこれだけかと。更に強く乞われたその望みを叶えるべく、我輩がその場を離れランプの中へと戻ったのは言うまでもない。

「トップdeお題」から



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