□ 15 □



□ ダンス □

「あのね、住田くん。私の後ろで、ソレはないんじゃない?」
「なんですか?」
 いや、何デスカではないんだけれど。
「…作家が仕事をしている空間で、他の作家の作品を楽しむなんて失礼じゃない?」
 上半身を捻り背後の青年に顔を向けそう言うと、すぐさま呆れたような視線が飛んできた。そして、しれっと「イイから仕事をして下さい」と犬を追い払うように右手を振り、再び卓袱台に広げた原稿へ目を戻す。
「…………」
 いや。君が良くても、私は全然良くない。
「住田くん」
「……」
「…………」
 ……ああ、そうかい。無視ですか。へぇ…。
「…………。……なんか、やる気なくすなぁ。はあぁ」
 仕方がないから休憩にしようと立ち上がり伸びをすると、下からじっと見上げてくる非難じみた視線。今度はこちらがソレを無視すると、横を通り抜けざまに足を捕まれた。
「仕事、して下さい」
「ヤだ」
「…センセイ」
「…………」
「……。…あのですね、わかっていないようなので言いますが。貴方が予定通り原稿を仕上げて下さっていたのならば、僕だってここで他の先生の原稿を広げて仕事なんてしません。ちゃんと会社でしてますよ」
「…そうだよ、ここでするなよ非常識」
「だから、貴方がそれを言いますか。手ぶらでは僕は会社に戻れないんです」
「……知ってるよ、そんなの」
「知っているのならば、遊んでいずに書いて下さい。むくれていないで、さあ」
「…………知っているから、ギリギリまで粘っているんだよ。邪魔しないで欲しいね」
「……何ですって?」
「原稿。私が渡すまで、君はここに居るんだろう?」
 それなのに、ここで仕事を始めるんだから、君は無粋だよ。
 本当に、つまらない。面白くない。愛想がない。
 やる気をなくして当然だろう?と肩を竦めると同時に、足から離れた手が手首を掴み、私を強い力で引き倒した。
 畳の上で膝を折り、その勢いのまま青年の身体にしがみ付く。抱きとめられる。
「…少しだけですよ」
「……まだ言うのかい? 君も案外ケチだね」
「貴方が書いてくれないと、僕は担当を外されてしまいます」
「そんなヘマは私はしないよ」
 近付いた唇に囁きかけるようにそう言うと、青年は喉の奥で笑った。

 いつの間にか窓から入り込んだらしい色付いたイチョウの葉が、誰かの原稿の上を滑り踊る。
 優雅に。時に、無様に。
 私達のように。

「トップdeお題」から








□ 放置理由 □

 秋の夜長に楽しむ読書。
 それがエロマンガというのは、あと数年で50歳を迎えようとしている身にはどうなのだろう。
「って言うか。俺ン家で読まないで、帰って楽しんで下さい」
「バカ言うな。年頃の娘に見つかったら、俺の父親人生が終わるじゃないか」
「部屋に鍵を掛ければいいでしょう」
 他人の家でソレを楽しんでいるのは、世間的に見てどうなのだろう。父親として以前に、人間として終わっているんじゃないかと思うのだが、この男は違うらしい。
「お前アホだろう。3DKの我が家のどこに、俺が占拠して許される場所があると思うんだ。一家の大黒柱なんてものはなぁ、虐げられてナンボのものなんだぞ。めでたいなァ宮内、甘いぜ」
「ああそうですか、それはご苦労様です。しかし言わせて頂くのなら、だったらトイレにでも籠もったらいいじゃないですか、ってものなンですけど。それともそこにも鍵がないんですか?」
「鍵はある。だが、息子の愛読書をそんなところには持ち込めんだろう?」
「……。ソレ、息子さんのですか…?」
「俺が買うわけがないだろう」
「……そんなの、知りませんよ」
 突然訪問してきたかと思えば遠慮なくゴロリと狭い部屋に寝転がり、真剣な顔でソレを読み始めたのだ。誰だって本人の趣味だと思うだろう。
 ってか、コノ男。息子から取り上げてきたのか?借りてきたのか? その親子関係はどうなんだ?
「…………」
 他人の家庭に口を挟みたくはないが、妙な家族だ。ドン引きだ。
「……いや、だからって。それでどうしてココで読むんですか、アナタの隠れ家じゃないですよ」
「お前なら知っているかと思ってな」
「何をです?」
「コレ、というか。この手のものは何が楽しいのか…。宮内、わかるか?」
「……帰って直接息子さんに聞いて下さい」
 アンタこそ、本気で阿呆だろう。何を俺に教わりたいんだ馬鹿オヤジ。
 二人も子供を持つ男が、エロ本片手になにをぬかす。コレは嫌がらせか、セクハラか!?
「宮内。お前こういうので自慰したりするか? 俺には何がいいのかわからない。わからないが、父親としてはそれではダメだろう? ここは、息子の趣味に理解を示すべきなのか、それとも現実の女に目を向けさせる為にAVでも勧めるべきなのか。こんな眼のデカい女はこの世にはいないと、アイツは知っているんだよな? もしかして、そこから教えるべきなのか?」
 なあ、アイツは所謂オタクってやつなのか?と聞かれても。それこそ、本気で俺は知らない。関係ない。
 真剣な顔で、顔の半分程ある大きな目を潤ませ喘いでいる少女と見つめ合う中年男から顔を逸らし、俺は重い息を吐く。
 アホだ、バカだ、最悪だ。これが自分の上司だなんて、情けない。
 けれど、それなのに。どうしてこの男を俺は追い出せないのか。
 幾ら秋の夜は長いとは言え、難問の前では考えるには短すぎるというもので。
「なあ宮内、教えろよ」
「……」
 結局、ここに居る事を俺は諦め許すのだ。

「トップdeお題」から








□ 満腹満足 □

「それにしてもよく食うな」
「ああ、二人だからな」
 皿に残る料理を端からたいらげながらそう答えると、予想に反して沈黙が落ちた。何だ?とそれに気付き顔を上げると、相手は目を丸めている。
 そして。
 神妙な顔付きをした途端、「…子供が出来たのか?」と低い声で問うてきた。
 この男、アホだろう。
 冗談にしては、センスがない。
「……それ、相手が女だったらお前、間違いなく殴られているぞ。嫌な顔で言う台詞じゃないだろう」
「いい顔なんか出来るかよ。誰との子供だオイ」
「意味がわからないボケを続けるな、消化に悪い」
「子供に障る食い方なんてするな」
「お前はどうしても、俺の腹の中にガキが居るとでもいいたいようだなコラ」
 確かに食いまくったが、腹は出ていない。太ってもいない。どこにもない隙を無理に突くんじゃない。そのボケは疲れる。
 それでもブツブツうるさい男に、喧嘩を売っていうのかと茶碗片手に凄むと、「お前が二人だからと言ったんだろう」と、漸く話をまともな方向へと修正をした。
「そう、俺は二人だからと言ったんだ。普段は一人だと面倒でまともに食事なんて摂らないけど、お前と一緒ならば食が進むと俺は言ったんだ。美味い楽しい、当然だろう? それを、何だ。俺がいつ、二人前食っていると言ったボケ。お前、俺が大食いするのがそんなに嫌なのか?」
 それとも、お前ももっと食べたかったのか。食べたりなかったのかと首を傾げると、「…ああ、何だそうか」とホッと息を吐き、男ははにかむように笑った。照れるようなその表情は、けれども安心した弛みのようであり呆れてしまう。一体、他に何があるという。
「俺はまた、てっきり女を孕ませたのかと」
「だとしても、それでどうして俺の食が増すっていうんだ」
「いや、ほら。父親の自覚を持って意欲が湧いているのかと……」
「…………」
 飛躍しすぎだ。ワザとじゃないのかと疑いたくなる。だが、これは本気での発言だったのだろう。
 何故なら、こいつは本物の馬鹿だから。
「悪い」
「別に悪くはない」
「悪いだろう」
「全然」
「……いや、そこは寧ろ、怒って欲しいんだが…」
 まるでいつかそういう事が本当に起こる可能性があるような、そんな返事をするなよ。折角可愛い事を言ったんだから、もう少しサービスしてくれ。例えばそう、俺との子供以外は産む気はないとかさ。
 相変わらずアホ丸出しの言葉を、からかうようにだがどこか真剣な表情で口にする男の足を、俺はテーブルの下で踏み付けながら茶を啜る。
「痛ッ!」
「…ウルサイ」
 腹はもう、はちきれそうなくらい満タンだ。
 これ以上甘いモノを摂ったら、吐くかもしれない。

 そう。
 愛の言葉なんて、柄じゃない。

「トップdeお題」から








□ ハロウィン □

 帰宅後は真っ直ぐとリビングへ向かう俺の行動を把握しているのだろうか。
 居間のテーブルの上に、可愛らしいお化けカボチャが置かれていた。勿論、出かける前にはなかった品だ。
 戸川さんが来たのかと思いながら側をとおり、キッチンで夕食の用意をする。あの人もマメだよなと思いながら食事を摂り、片付けを終えて居間へと戻る。手にしていたマグカップと入れ換えに、カボチャを取りあげ眺める。陶器の中には、クッキーやチョコレートが一杯だ。
 わかってはいたが。まさに、ハロウィン。
「…俺は子供かっつーの」
 一人でツッコミを入れつつも、デザート代わりに甘い菓子を口に放り込む。
 こんなモノじゃなくアイツを寄越せよと、胸の奥で小さく呟く。
 くれなきゃ、悪さをするぞ、オイ。
 一体もう何日顔を会わせていないのか。
 こんなモノでは俺のご機嫌は取れないぞと思いながら、カツンとカボチャを指で弾く。

 そんな俺を見ていたかのように携帯電話が水木からの着信を伝えたのは、それから直ぐの事だった。

2007/10/31



Novel  Title  Back  Next