□ 18 □
□ 運命 □
自ら会いに行く事はない。
その決意を聞いてはいたが、それはこれに当てはまらないだろうと、福島は保志の訪問を筑波に告げた。貴方を見掛け、追いかけてきたようだと。
「……そうか」
報告を受けた筑波は、ただ神妙な面持ちでひとつ頷いただけだった。どうしましょうかと福島は聞きかけ、この男に他の術などないのだと気付き「車でお待ちです」とだけ促す。
一瞬、筑波は何か言いたげな表情を見せたが、何も言わずに足を運んだ。別れを選んだ、青年のところへ。
もしも本当に、「運命」と言うものが存在するのならば。筑波直純は神に誰かのそれと間違われたのではないだろうか。魂と人生が噛み合っていないと福島には思えてならない。
だが、それでも。
保志翔と出会った筑波を見ていると、その人生も悪くはなく。
間違っていようとなんだろうと、対の相手を見付けられたのならば、それ以上の事はない。
筑波が乗りこんだ後部座席のドアを閉めながら、福島は小さく口元を緩めた。
2008/10/29
□ お化け退治 □
「う、あ、ァ…ウソ、つき…ンッ!」
酸素不足で頭が朦朧とするけれど。それでも、荒い息の合い間で非難する。心中では、この嘘つき野郎!さっさと俺の上から退きけやがれ!!てなものなのだ。何をされていようが言わずにはいられない。
「い、イイ加減に……ハッ、ァあ!?」
鼻先に突きつけられたソレに気付き、マジかよと驚き素っ頓狂な声を上げる俺とは逆に、男の声は冷静だ。
「噛むなよ」
「バッ…!」
馬鹿野郎!と言い掛けた口に押し付けられ、唇に触れたソレに咽が詰まる。最悪だ。最低だ。
「……舐めて」
俺の髪に指を絡めながら、馬鹿が囁く。
この、変態め!
帰宅早々、「お菓子をくれ。でなきゃ、悪戯をするよ」と阿呆全開で絡みついてきたので、早々に逃げるため、その鬱陶しい手に貰ったばかりの菓子を置いてやったのだけど。
俺をからかう目論見が外れたからか、その菓子の出所がレイコだったからか。考え込むように沈黙を作っていた男が動いたと思った次の瞬間には抱え上げられ、抵抗も抗議の間もなく、俺は寝室のベッドに押し倒されたのだ。
そして、腹立たしいかな。
悪戯の限度をはるかに通り越した行為に突入されているというわけだ。情けない。
断じて俺は、了承も納得もしていないのに。何が「舐めて」だクソッタレ! 噛み千切ってやろうか、あン?
俺がやった菓子の代わりだとでも言うように、「美味いか?」と本気で聞いてくる男のソレに歯を立て、オレは唇を引き上げ笑ってやる。
決して、こんな不味いものは食いたくないし、口にもしたくはないけれど。背に腹は替えられない。
そう。
悪戯をするお化けは、やっつけないとな。
2008/10/31
□ 変身――子供 □
これは一体どういう事だ…?
俺はどうなったんだッ!?
昨夜は普通に寝て、朝起きたら子供になっていただなんて――有り得ない。
だが実際に、鏡に映るのは十歳ほどの子供で。
大きな眼を見開き凝視するのは、正しく俺で。
見下ろした両手も当然小さく、何だよこれと呟いた声も幼い高さで部屋に響く。
「…………嘘だろ」
理由は何ひとつ思い浮かばないが。
俺は子供になってしまったらしい。
いや、戻ったという方が正しいのだろうか。
この姿は間違いなく、十年前の自分自身の姿だ。どのパーツも、まさしく俺のもの。
だったら――
「――もしかして」
時間が逆行したのか。
それが一縷の望みであるかのように、期待を込めて自室を飛び出した俺は。
けれども、リビングでいつもと変わりない荻原の姿を見て、その場で頭を抱え座り込んでしまった。
どうして俺だけが、過去の姿になっている…?
悪夢だ。
「どうした?」
「……」
「おい、マサキ」
「…どうしたじゃないだろッ!」
こいつは、この姿を見て何も思わないのか!?
何を普通に声を掛けてきているんだッ!!
のんびりと近付いてきた男の気配に、立ち上がり睨みつける。だが、荻原の顔は向けた視線より、俺の目線より遥かに上で。
「……」
見上げねばならない屈辱に視線を外すと、荻原は膝を折り俺の前で屈みこんだ。
「マサキ?」
「…………子供に、戻った」
「ああ、そうみたいだな」
「……簡単に頷いてんじゃねえよ」
「いや、俺だって、お前が寝ている間に一通り驚いたさ。だがな、お前がガキでもジジイでも、まあ、ここに居てくれればそれでいいかなとな」
「……」
な、なんて。どう考えても、そんなレベルの話じゃないだろう…。
「だから、お前もそう怒るな。若くなったんだから、いいじゃないか」
「……」
全然、何ひとつ良くはない。
そもそも、どうして、この異常事態を俺は荻原に納得させられねばならないのか。
まずそこが、不快だ。
「…馬鹿なこと言ってず、戻る方法を考えろ」
「俺が魔法を掛けたわけじゃないんだ、わかる訳がないだろう」
「……役立たず」
偉そうな事を言ったわりには役に立たないなと舌打ちすると、荻原は苦笑しながら手を伸ばし俺の頭を撫でた。
「それでも、お前を慈しみ守るくらいは出来るぞ?」
親代わりにでもなるというのか。軽口のような、けれどもどこか真剣みを帯びたその声に、俺は何も言えず、ただ首を振るしか出来なくて。
翌日。
一晩寝て起きたら元に戻っていた俺に、荻原は笑顔で良かったなと言ったが。
俺は彼ほども喜べていない自分を持て余す羽目になった。
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□ 変身――カラス □
朝だ!
起きる!
明るい太陽の温もりに、オレはいつものように身体を起こしたのだけど。
アレレ?
オレ、落ちてる…?
うわあああーーー!!!
どんどん近付いてくる地面。着地に供えて身体を伸ばしかけ、オレはもう猫ではないことを思い出す。
だけど、だったら、どうすればいいのか。
このまま落っこちるのは良くないはずで。でも、どうすればいいのかわからなくて。
焦ってジタバタと手足を振ると、どうしてなのか身体が浮いた。
ホント、どうして???
ゆっくりと地面に降りて、自分を見てみれば。
オレ、鳥になっている…?
元は猫だけど、昨日までは確かに人間だったのに。
人間って、ある日突然、鳥になったりするのだろうか??
知らなかった。ひとつ勉強になった。
だけど、それよりも。
オレ、カインのところに帰らないと!
鳥だから、木の上で寝てたようだけど。オレは鳥でも、カインのところに居たいから。
森に用はない。
飛ぶ事には慣れていないから、ゆっくりと。だけど、本当はビュンビュン飛んでみたい気持ちにもなる。それくらいに、空は広くて気持ちいい。
この楽しさを、カインにも教えてあげたいくらいだ。
カインも早く、鳥になればいいのに。
猫だったときと同じように、開いた窓からカインの部屋へと入る。
直ぐにオレに気付いたカインは、けれども「そこに居るのはいいが、金魚は食わないでくれよ」と言って風呂場に消えた。
お風呂は嫌いなので、オレはカインが出てくるのを待ちながら、街の上を三回ほど飛んでみる。
窓辺にカインが出てきたので戻ると、カインは凄くビックリしたような顔を見せた。
どうかしたのかな?
首を傾げると、「…おかしなカラスだな」と言われる。
カラスじゃなく、オレはアルだ。
カインわからないの? オレだよ、アルだよ。
鳥になったんだと、言いたくて。カインに伝えたくて、大きく口を開けるけれど。オレの口からは、カーカーとしか声は出ない。
これは猫のときと同じだ。
猫のときも、どんなに話しても、ニャ―ニャ―としか音にならなかった。
人間は、人間の言葉しか聞こえないのに。どうしよう、困ったぞ…。
「ほら、お前。こんなところで遊んでいずに、行け」
追い払うように、カインがオレの前で手を振る。
その手を見ていたら、とても悲しくなって、泣きたくなった。
だけど、鳥じゃ泣けない。
イヤだよ、カイン。追い出さないで。
カインの腕に止まろうとしたけど、避けられた。床の上で何度も飛び跳ね、オレはここに居たいんだとアピールしたけど、「出て行け」と言われてしまう。
人間になったときにもそう言われたけど、カインは優しいから置いてくれた。だけど、鳥ではダメらしい。
どうしてオレ、鳥になんてなったのだろう。
人間に戻りたい。
カインに怒られたくはないし、困らせたくはないので出て行こうとしたとき、後ろから声が掛かった。
「ああ、そうだ。うちのバカがどこへ行ったのか居ない。見かけたら帰って来いと言っといてくれ」
振り返ると、直ぐに「じゃあな」と言われた。それはサヨナラの合図。
そのバカってオレのこと?
オレはここに居るのに。気付かないカインの方が、バカだ。
…うん、そう、カインのバカ。
……だけど、オレの方がもっとバカ。どうして鳥になんかなったんだよオレ。
カインと一緒に居られないのなら、空なんて飛べなくても全然いいのに…。
カイン、カインと何度も呼んでいるうちに眠くなって、木の上で寝て。
次に起きたら、オレは人間に戻っていて、カインが隣で寝ていた。
夢だったのかな?と首を傾げていたら、起きたカインに「どこへ行っていたんだ、不良猫」と怒られた。
怒られたけど、それが嬉しくて笑っていたらまた怒られた。
だけど、やっぱり、オレは嬉しかった。
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