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□ 手紙――戦士 □

 大切な者に手紙を書けと言われ、直ぐに思い浮かべたのは、あの男だったけれど。
 いざ、ペンを握っても、何も出てこない。
 僕の言葉は、いつでも目に見えるソレだ。こうして改めて記すべき事はない。
 けれど。
 それでも、何かを紡ぐのだとしたら。
 僕にだって、ひとつやふたつ、向けるべき言葉はある。

 今、この時。
 傍に居る事が、僕の誇りであるから。
 過去にも、未来にも、悔やむ理由はない。
 僕の覚悟は、変わらない。

 開いた紙に、あいしているなんて書かれていたならば、きっと戸惑うだろう男に。
 それでも心をこめて、その言葉を選ぶ。

 筑波直純が思う程も、言葉なんて生きてはいない。風化するものだ。
 だから、僕は先の言葉が色褪せる前に、次を紡ぐ。
 その言葉が何であれ。
 何度でも。

「トップdeお題」から








□ 手紙――不戦 □

 いつもは、俺がお前の字面を追う方だから、逆であるのは妙な感じだ。
 こうしてペンを持って改めて、お前が紡ぐ言葉が常に特別である事に気付く。
 お前はそれを否定しそうだが、こうして形として残るものは、想像以上に深くて重いん。
 そうだと意識せずにいた俺は、お前程も全てに対して誠実ではないのだろう。溢れるだけの言葉は、お前が記すそれに比べ、どれだけ軽薄であったのか。こうしてみると良くわかる。
 そう。
 それを誰よりも知っていたのだろうお前にとって、俺がお前に向け続けていた言葉は、一体どんな色をしていたのか。なんと頼りなかった事だろう。
 風に吹かれれば消えるような脆さを、お前は気付いているのだろう?

 だが、それでも。
 俺は気付いても、お前に向けるものは変えられない。意識しようが、変わる事はない。
 必死で俺はお前を捕え縛っているが。その瞬間がくれば、俺はお前を手放す。それは何があっても変わりはしない未来だ。
 俺が、この世界から抜ける事はない。

 それでも。そうわかっていても、共にと願う事を止められない俺を、お前は許すのだろう。
 いや、もう既に許している。
 だが、俺は自分を赦せない。

 だから、保志。
 頼むから、俺に愛など囁くな。
 お前の言葉は重くて、俺には持てそうにない。

「トップdeお題」から








□ 手紙――意志 □

 手紙を書けと強要される事は、別段何も思わないが。
 その実行を見届けようと戸川が居座った事は、多少問題である。
 噛んだ火の点かない煙草を上下に揺らしながら、書類が挟まれるのも気にせず、戸川は許容量を越えた机に腰掛ける。邪魔だと思わない方が、どうかしているだろう。
 不足があれば小言を向けられるのは自分だからと。水木は、早々に退室を願う手段として、処理中の書類を後に回し万年筆を取る。
 早く書けよと見下ろしてくる顔を一瞥し、白い紙の上で躊躇う事無くペン先を躍らせる。

『食事は毎日三食きちんと摂れ。
 睡眠も十分に確保出来る生活をしろ。
 遊ぶのは構わないが、怪我だけはするな。

 貴殿の日々の安寧を望む。

 千束大和殿
                 水木瑛慈 』

 面白味がないと評するだろうと思ったが、戸川は覗き見たそれに声を立てて笑った。
 お前はいつでもお前だな、と。
 自分という人間を形成するひとつとして当然のようにあの青年がいる事に、水木は書いた手紙を眺めながら、その是非を自らに問う。

 彼の安寧を自ら脅かしたその時。自分の取るべき行動は――

「トップdeお題」から








□ 手紙――同士 □

 困った。非情に困った。
 水木に手紙を書けと、拒否出来ない人物に強要されたのだが、一体何を書けばいいのやら。
 唸っていると、俺の苦難の要因である男がどうしたのかと聞いてくる。
 お前のせいだよ!とは流石に言えないし。本当はアンタ限定の課題であるのだと、俺が決めたわけじゃないけれど、そう白状するのは恥ずかしいしで。「…誰かに手紙を書かないとダメなんだけどさ、誰に何を書こうか思い浮かばなくて」と誤魔化して、助言を貰おうとしたのだけれど。
「ああ、俺も書いた…お前に」
「ええッ!?」
 思わぬ反撃を喰らい、俺は思わずにじり寄る。何だよ、オイオイ、早く言えよ。
「なんて書いたんだよ?」
 こんな男にそんな荒業を実行させた人物に、尊敬と呆れを抱きつつも。関心は一直線にその手紙へと向かう。
「俺、貰ってないんですけど?」
 それをゲット出来たなら、その返事を書けばこの任務は終了だ。簡単だ。いちから話題を考えなくてすむのだから、飛びつかない手はない。
 見せてくれよと片手を出せば、水木は数瞬俺をじっと見て、手紙の在処を口にした。一体、その数秒で何を考え決めたのか、気にならない事もなかったけれど。現金な俺はヨシ!と心でガッツポーズをして、書斎へ飛び込み示された引き出しを開ける。
「……って、オイオイオイ」
 勢い勇んで眺めたそれは、こんなのでいいのかよ?な、何て事はないもので。何か特別な事でも書かなきゃ駄目なのだろうと、勝手に思い込んでいた俺としては肩透かしを食らった気分だ。改めてしたためる内容ではない。
 ってか、俺は子供かよ。これじゃあ、リュウ宛みたいなものじゃねぇか。
 なんだか、ダシに使われた気がしないこともないんだけど…?
 それでも、仕方がないので、俺は一気にやる気をなくしたふにゃけた字で手紙を書き、居間に戻り水木に手渡す。
「はい、どうぞ」
 任務完了だと、厄介ごとを処理して一息吐く俺の横で。
 水木は無駄に色気のある笑いを、口角に小さく浮かべた。

『リョーカイしました。
 だけどさ、俺ばかりじゃなくってさ。
 アンタも色々気を付けろよ。俺より年寄りなんだからな!』

「トップdeお題」から



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