《 君を呼ぶ世界 》

 ・「メイと兵士達」+「飲み会」

 リエムに会いに兵舎を訪れたが、居なかった。
 変わりに、何故か酒盛りをしている面々に捕まり、その輪に入った。
「よく来たな、まあ飲め飲め!!」
「リエムさんならその内また戻ってくるからここで待ってな、ホラ旨いぞ、飲め!」
「うわっ、ちょっイイんですか? その人、王の――」
「小さいことをガタガタ抜かすな!お前ももっと飲むんだよ、ああ?それとも俺の酒が呑めないのかァ?」
 部外者であるオレを助けようとしてくれたのか、何なのか。酒盛りの中に紛れ込んだオレを気にかけた若い兵士が無理やりに酒を口へ流し込まれているのを見ながら、オレは遠慮なく誘われるままにコップに口をつける。アルコール度数はそれほど高くなさそうだが、一気飲みは大丈夫なんだろうか?
 うん、まあ、楽しそうだからあえて水はささないけど。
「何かのお祝い?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
 近くの兵士に聞けば、時々ストレス発散にこういうことが行われているらしい。慣れたもののようだ。
 だけど、夕方近くとはいえ、まだ陽は高い。非番メンバーなのだろうが、こんなに騒いで大丈夫だろうかと心配してしまうほどにハジけている。よく怒られないものだ。
「あ!レミィ!!」
「え? え!? メ、メ、メイさま!?」
 偶然だろう通りかかったハム公を俺は目ざとく見つけ呼びかければ。オタオタしながら酔っ払いの波を抜けて俺のところまでかけてきてくれた。だがしかし、それがハム公の運のつきだろう。
 兵士の中に紛れ込んでいる俺に「ど、どうして、コ、コチラにいらっしゃるの、で、ですか?」と首を傾げるハム公を、俺よりもふた周りは大きいだろうごつい兵士が後ろから羽交い絞めにして。あれよあれよという間に喧騒の中心へと引き込まれ、先輩だろう同僚に強制的に酒を飲まされ、見事、一杯で撃沈した。
 何故オレがここに居るのか説明する暇も無いほど、その一連の流れは見事なほどに鮮やかだった。
 他人事のように「本当にコイツは弱いなぁ」と、机で突っ伏したハム公の肩を遠慮なく揺らすヤツを見ながら、心底から呼び止めたことを俺は心で詫びる。こうなることがわかっていたのだろう当人はきっと、こんなところに近寄りたくさえなかっただろう。本当に申し訳ない…。
「ごめんな、レミィ…オレが呼びかけたばかりに…」
 倒れたハム公を心配するヤツなど居らず、部屋の端で床に突っ伏すレミィの傍らに陣取った俺だが、「放っておいても大丈夫だ、いつも事だ」「それよりアンタいける口だろ、もっと飲め」と。コップを持たされ、酒を注がれ、再びバカ騒ぎの中へ連れ込まれる。よく見れば、他にもゴロゴロ兵士が転がっているが…本当に大丈夫か?
「強いな、アンタ」
「いや、普通だけど……なあ、レミィ本当に大丈夫か?」
「心配するほど飲んじゃいねーよ、アンタも見ていただろ」
 いつもああだと声を揃える周囲に、だったらいいんだけど…と答えるも。それでもやっぱり心配で。
「やっぱり気になるから、オレ、レミィを連れて戻るよ。酒美味しかった、ごちそうさま」
 お辞儀付きで礼を言い、暇を告げる。
 けれど、ハム公のもとへ戻ったのはいいが、オレが思うようには行かなかった。
「……ムリだ…」
 どうにか起こそうと思うが、力が抜け切った身体は引き起こすのもままならなくて。ちょっと浮いた肩に手を入れても、挟まれて終わりだ。オレでは起こせない。
 その間、ハム公は小さく唸るのみで、起きる気配もない。
 そうこうしているうちに、「だから大丈夫だから、アンタはこっちだって」と、また兵士達に捕まった。
 オレって、超モテモテだ――じゃない!なんだよこれは……一度入ったら抜けだせないルールでもあるのか?
 しかも。
 仕方がないので、勧められるままにちびちびと酒を飲みつつ、半分ほどしかわからない兵士達の日常バカ話を聞く。時たま思い出したように話を振られて答えるも、オレの言葉など聞いているのかいないのかわからない方向へ話が飛んで行ったりするので、ついていくのも難しい。
 そうかと思えば、どうでも良い事を根掘り葉掘りと聞いてくる。
 だから。若干面倒になったので。
 何か面白い話はないのかとしつこく強請られ、オレは変わりにゲームをひとつ教えてやることにした。
 飲み会ゲームといえばやっぱり、王様ゲームだろう。

「参加者全員でクジを引いて王様と、奴隷の番号を決める。王様は何かひとつ命令できる権利を持ち、奴隷は従う義務を持つ。ただし、非人事的なことはなしだから」
 あと、参加していないやつへ迷惑をかけるような命令もなしだと、一通りルールと手順を教え、やっているうちに要領を覚えるだろうと始める事にする。
 が。
「間違っても、王様が命令を出すまでは、自分が引いた奴隷番号は口にするなよ? でないと、狙われて命令されるから」
 そう、わざわざ言ってやったのに。
 酔っ払いどもはテンション高く、1回目のくじ引きでは引き当てると同時に番号を叫んでいた。1番でも奴隷は奴隷だ、喜ぶなよ…アホだろう。
 しかし、王様になったヤツも慣れていないので、大したことのない命令しかしなかった。普通はチャンスなのに、残念すぎる。
 でも、まあ、このゲームに1番必要なノリは問題ないようだ。部屋で腕立てに勤しむヤツを見て俺以外は笑っているので充分だろう。
 そうして、2回目は更に盛り上がり、3回目には参加者が増えた。
 オレはといえば、奴隷ながらも命令に当たることはなく、騒ぐヤツらを生ぬるい目で見ていたのだけれど。
「あ。当たった」
 そろそろ抜け出そうかと思っていたとき、王様になった。
 なので。
 肉体試練な罰ゲームに若干飽き飽きしていたので、刺激を投入してやるかと。王様ゲームといえばコレだろうということで。
「じゃ、5番が10番に好きだと告白してキスをする、で」
 むさくるしい男同士のキスなど見たくもない。女の子が居てこそ楽しい命令だ。だが、このゲームの醍醐味は教えておいてやりたいし。
「もちろん、キスは口にだから」
 流石に、引かれるかと思いつつも言ったその言葉に。
 一瞬沈黙を作って上がった声は、歓喜だった。う〜ん、やっぱりどこの世界も、酔っ払いはみんなバカだ。
 だが、当然理不尽な命令をされたヤツからは抗議の声があがる。
「ふざけんなっ!」
「非人道的なのは無しだろうが!」
 こういう抵抗があるからこそ面白いんだが、ごつい男2人に息巻かれては暑苦しくて仕方がない。さっさとやれよと、他人事なので盛り上がる周囲に、意地になってするものかとキレぎみの5番と10番。
 もう少し、ノリで出来る男に当たれば良かったものを。めんどくさい。
「セックスしろといっているんじゃないんだ、たかがキスだろう。さっさとしろよ」
 仕方がない、命令を変えてやるかと思いつつ、一応嗾けてみれば。
「せ、性行為!? お、お前、なんてことを…!」
「たかが、ってなんだ、たかがって!」
 掴みがからん勢いの5番と10番に加え、周囲も唖然と言うか、引き切っているものが数名いる。まあ、更にヒートアップしているヤツもいるけれど。
「くちづけは、たかがなのか?」
 ゲームで同性となんて、カウントにも入らないだろう。
 っつーか、唇を重ねるだけで許してやろうと言うのだから可愛いものだろう。
「お前、顔に似合わず言うんだな…」
 どういう意味だ、おい。
 っつーか、ンな事を言われたら、ベロチューやお触りや舐める脱ぐなどなどが当然だと認識している自分が、ちょっと汚れているように感じるじゃないか。
「だったら、俺と口づけしてみろよ」
 番号に当たらなくとも、奴隷は奴隷だぞ。王である俺に生意気な。図々しい。
 このゲームでは個人攻撃は難しいが、出来るならば今度はお前に命令するぞ、あァ?
「あのなァ」
 ガヤガヤと騒ぐ面々を手を打って落ち着かせ、俺は自分の胸を指で軽く突く。
「オレが王様、お前ら奴隷。参加したのならルールには従えよ。命令の撤回はない」
 不服気なふたつの顔に、指を刺す。
「さあ、オレの命令を聞いてもらおうか。折角盛り上がってきたところで水を差すなよ、なあ?」
 みんなもそう思わないか?と見回せば。そうだそうだとの賛同の声が上がる。
「遊びだろ、サクッとやれよウーフ!」
「お前らがしないと、次が出来ないだろう!」
「俺だってなあ、今さっき過去の汚点を暴露されたんだぞ!」
「テナ、お前はそこに突っ立ってりゃ良いだけだろ、もう動くなよ。ホラ行けウーフ!」
 ははは、みんな次にこの二人が王様になったとき、やり返される危険もあるというのに言いたい放題だ。
 気づいていないんだろうと思うが、これがこのゲームが続く理由でもある。これこそ、醍醐味というものだろう。
 っと言うわけで。
 好きだとの叫びはヤケで起こした悲鳴のようで、キスはただの頭突きのようなぶつかり合いという、何の楽しさもないものを披露するという結果ではあったが。一応罰を終えた二人は、「次だ次!見てろよ、クソ!」と闘志をむき出しにした。周囲は爆笑。うん楽しい。
「凄く盛り上がっているな」
「あ、リエム!」
 さあ、くじを引こうかとしていたところにリエムが戻ってきた。
「メイ飲んでいるのか?」
「うん、まあ、ちょっと――それより、レミィが潰れちゃってさ」
「そうか。だが、心配ないだろう。何かあるほども飲めないからな」
 ちょっと眼を回してそのまま潰れるのが常なんだと、大丈夫だとリエムも言うので。
 オレはゲームをしているんだと、自分のところに来たクジをリエムに引かせて参加させる。
「その王様っていうのはコレか?」
「うわ!来て早々お前が王かよ!?」
「ずるいですよ、リエムさん!!」
「お前、それオレと変えろ!!」
 リエムの手には間違いなく王である印のクジがあり、周囲からはブーイングの嵐が起きる。
「っで。リエム、命令は?」
「そうだな」
 参加者の顔を見回すリエムに、面々が固唾を飲みその時を待つ。
「なら、命令だ。奴隷全員で、今すぐ酔いつぶれているヤツを部屋へ寝かしつけて来い」
 邪魔だからなと、さわやかに言ってのけたリエムに笑ったのはオレだけだった。


 こうして。オレが教えた王様ゲームは兵士達から王宮内で広がり、さらには城下へと降りていって。
 流れてくるうわさで、酒の席を越え、子どもの遊びにまで浸透したらしいことをオレが知るのは、かなり後になってからである。

 いろんな意味で、ゴメンナサイだ。
 国の品格を下げたかもしれないが、まあ、オレも酔っていたということで。ここはひとつお許しを。

- END -
2012/06/17