《 君を呼ぶ世界 》

 ・「メイと聖獣」+「人型」

 おかしなことになっている。まあ、別に悪いことじゃない。
 ただちょっと、人型聖獣に懐かれているというだけだ。
 …「だけ」、というのは適正な表現ではないだろうけど。大事にはしたくないので、オレは「だけ」で通したい。
「お前は、なんで人間になったらそうベタベタしにくるんだよ……くっつくな、暑い」
「メイこそ、アチラの姿だと触りにくるではないか」
「……」
 なんだそれは。じゃあ、日頃の鬱憤を晴らしているというのかオイ。撫でられるのが嫌だったっていうのか?
 …まあ、確かに。トラ型のときはこんなに接触はしてこなかった。だけど、ふかふかを満喫しても逃げはしなかったくせに、今さら言うなんて卑怯だぞ。
 とは言え……嫌だというのなら仕方がない。
「……自重する、これからは」
「しなくていい」
「は?」
「互いに慣れればいいだけだ」
 言うが早いか、押しやったばかりの身体がまたまとわり付いてきた。自分よりもでかい男にしがみつかれ思わずよろけると、そのまま羽交い絞めのように抱きかかえられる。
「うおっ!お、降ろせ!」
「聞けぬな」
 力に物を言わせ肩に担ぐようにして提げられれば、離れた場所からこちらを見ている知った男と目が合った。
 こうなっている元凶も元凶、王様だ。
「なに見てんだコラ!!」
 チンピラまがいのオレの叫びに視線を向けもせず、「構うなメイ」と聖獣はつれない。一応主であろうに、人型聖獣は王様に厳しい。
 というか。そもそもがそこなのだ。
 聖獣が変身したのは、オレが王様に襲われかけたのがきっかけで、オレを助けるために変身したのだ。
 まあ、正しく言えば、王様は微塵も驚いていなかったので、初めての変身ではないのだろうが。
 とにかく、それを機に、こいつはやたらめったら人型をとるようになった。オレのほうはトラ型のほうが楽しいのに。
 しかも。
 この人型、性質が悪い。喋るとなかなかにオレサマだ。トラ型の可愛さ皆無だ。
 髪も肌も白いその姿がまた、性格に拍車をかけて近寄りがたいもので、面白みがない。男前ではあるが、にこりと笑うことさえしないそれに魅力は憶えないから意味がない。
 一応、トラ公も気にしているのか。基本は二人のときでしか、まとわり付いてこない。だが。やたら目立つ姿をしており、遠目にもバレバレであまり意味がない。
「メイ」
「いいから、降ろせ」
「メイ」
「…なんだよ」
「そもそも、お前が傍に居ろといったのだろう」
「…………協力、だ」
 勝手に変えるなよと、訂正しても余り意味はないだろうが溜め息とともに頭に落とす。
 そう、確かにオレはいったさ。キレた王様に嫌がらせで襲われて、人型になったこの聖獣に助けられたとき。たまたま、力を使って変身したトラ公のそれに便乗して、ナゼかオレが思ったとおりに王様が消えたとき。それが神の力を狩って起こった超常現象だと理解したとき。
 だったらオレがもとに戻れる可能性があるじゃないか! 協力してくれ! と。当然、そう願ったさ。
 王様を無事に探し出したあと、その辺の記述よりも正確だろう聖獣の話を聞き、以前よりもまして、帰郷への可能性を模索しているさ。
 諦めなくてよかったと嬉しくて泣いたのは、こいつのお陰だ。ありがとうなと何度も礼を言ったのも当たり前の話だ。
 でも、だからって。
 この過剰な接触はどうかと思う。トラ型ならいいが、人型ならただの男だ。子どもでもないのに、ベタベタするのも限度があるだろう。
 男にじゃれ付かれていたなと、何度からかわれたことか…。アレは聖獣だとの説明に、しらけた目を何度向けられたことか…。真っ向からふざけた話だと怒られたことはないが、凄く下手なごまかしをしているかわいそうなヤツと思われているのだろう。大抵、「……そうか」と、ものすごく含みのある言葉を返してくる。ヤツらは全く信じていないのだ。
 聖獣も知られたら面倒だと思っているのか、話さないし。王様なんて我関せずで、無視状態だ。あいつが一言、アレは本当に聖獣なんだと言えば半分くらい事態は解決するだろうに。
 少なくとも、男に言い寄られているかのようなこのオレに向けられる生ぬるい視線はなくなるはずだ。
「お前さ、ホントなにしたいんだよ…」
「メイを守っている」
「……いや、まあ、それはありがたいんだけどな…?」
 わかっている。発端であるのは王の虐めで。いまだ、オレとあの男は上手く言っていないのだから、今後を危惧してくれているのはわかっているのだ。それはトラ公の優しさなんだとよ〜くわかっている。
 が。全然、守られてはいない。むしろ、逆に窮地に陥っている。
 居た堪れなさに嘆くオレに気づいたのか、立ち止まったトラ公は暫く考えるような沈黙を作り、そろりとオレを地面へ降ろした。
「怒っているのか?」
「……いや、まあ、そういうわけじゃなくてだな」
 そう素直に聞かれると、嫌がり怒っていたのがわからなかったのかよ?と言うわけにもいかず。
「ならば、どういうわけだ」
「困っているだけだ」
「なにも困ることはない。問題ない」
「いやいや、お前にはわからない問題がいろいろとあるんだよ!」
「気にするな」
「気にしないわけにはいかないから、困っているんだろ――って!だから腰に手を回すなよ!」
 オレの話を聞け!といっている傍から、引き寄せ、髪に鼻を埋めクスンと匂いをかぎにくる。このネコ科が!!
「慣れる約束をした」
「約束までしてない!」
「今度、アチラの姿のとき背に乗せてやる」
「動物虐待する気はねーよ! いいから離れろ!」
「……いっしょに昼寝をしてやる」
「…………その姿じゃなく、か…?」
 問えば、渋々といった感じに頷く顔に、「…ハラまくら、な?」とダメ押しすれば。
「…………わかった」
 了承する男に、勝った!と心の中でガッツポーズをとり、「約束だぞ!」と笑いかける。
 が。
「お前もだぞ、メイ」
「え? うわッ!?」
 何が?と言いかけたところを、再び抱えられ。昼寝の最高クッションに心を奪われていたオレは、トラ公との約束が等価交換であったことに思い当たり、思わず叫ぶ。
「そんな約束はしてねぇッ!!!」

 目の前にエサをぶら下げられ、聖獣とはいえ所詮は動物であるトラ公に屈するオレってどうなんだ…。

- END -
2012/07/01