《 KEEP OUT 》

 ・「小竹×仁科」+「いつもと違う対処」

 小竹が鬱陶しい、と常日頃から思っているが。対策を他人に相談したことはない。口にするのも、鬱陶しいからだ。
 だが、下っ端の部下なんてこき使ってナンボな考えの仁科の上司二名は、一切話を向けられることがなくとも、勝手に話題を持ち出し、事実を捻じ曲げ、色んな想像を展開し、実行を強要してくる。 正直、手も足も口も出せないのを考えると、小竹以上に面倒な人物である。
 そんな二人が先日、小竹に付きまとわれる仁科を肴に、言いたい放題喋っていた。その中のひとつに、仁科が小竹に甘えてみればどうなるのかというものがあり、二人はそれは逆に有効な撃退手段になるんではないかと結論付けていた。いわく、仁科が甘えるなど気味が悪いとのことだ。
 仕事で日頃どれだけ自分に甘えているのか、無理難題をふってくるヤツが言えたことではない。が、真性ではなくともアレだけ蹴散らされてもメゲずにまとわり付いてくる小竹のことだ、多少のマゾ気質はあるのだろう。加えて、仁科が嫌がるそれ自身を楽しんでいるのであればエスっ気もあるのかもしれない。そういうヤツには、甘えるではないが、普段とは違う態度をとり面白みを欠けさすのも確かにひとつの手なのかもしれない――なんて。
 そう、少し思ったのがいけなかったのだろう。
 もちろん、最大の原因はそんなことを思い出し実行してしまった、寝ぼけた自分のせいなのだが。
「……ン、」
「…悪い、起こしたか?」
 明け方に戻った小竹に気付いたのは、自分もまた帰りが遅く寝付いたところだったからで、遠慮気味に触れてくる指が邪魔だった。追い払ってやろうと上げた手が小竹の手に届く前に、そう言えばと職場での会話を思い出したのが失敗だ。
 払わずに指をかけたところで落とされた小声に、気遣うような優しさが混じっていたのも頂けない。
「仁科…?」
 薄目を開けて相手の位置を確認し、すぐに瞼を落としながらそのまま腕を伸ばしたのは、だから、反射みたいなものだ。
 片腕を首に絡めて、促すように少し力を入れたのも。ちょっといつもと違うことをしてこの男を撃退しようとの考えが根本にあったのは事実だが、実際には半分寝ているままの身体の動きは鈍く、腕の重みを小竹が勘違いしただけの話でしかなく。
 鼻先に触れた熱に、目を閉じたまま、漸く。相手がキスをしてきたことに思い当たった。
 小竹にすれば誘われたというものだろうが、仁科にその意図はない。けれど、その時にまた、思い出してはならない偶然が重なった。
 そういえば、自分は風邪気味だしちょうど良いじゃないか、なんて。そんな発想、寝ぼけていなければしないものだ。
 うつしてやろうと思いつき、重ね唇を自ら食むだなんて。上司二人に強要されたところで実行しない行為だ。
 まして。
 ちゅっと上がった音に驚いたように。戸惑い気味に離れる小竹に内心でほくそ笑み、追いかけるなど。
 もはや、全てが狂っているとしか思えない。
「……もっと」
 吐息と変わらないような声で紡いだ言葉は、けれども小竹にはしっかり届いたようで。
「…………寝ぼけてるだろ、なあ?」
 警戒が滲んでいるような、探りを入れる声が落ちてきた。だが。
「ン…」
 軽く鼻を鳴らせば、せがまれたと思ったのか。観念するかのような小さな溜め息とともに、再び唇が降りてくる。ああ、まじでキスしてるよと、仁科は他人ごとのように思うくらいに、半分以上眠りに入り込んでいたが。夢と変わらないこの仕掛けにうまく引っかかった男が的確に攻めてきたので、徐々に覚醒が促される。
 なにしてんだと、どんどん自分の愚かさを自覚していく。
 ……あの上司二人の洗脳もそうだが、睡魔の何て恐ろしいことか。
 歯列を割ってきた舌をしばらく放っていたが、小竹が貪りだすにつれて仁科は段々と面倒になってきて、鬱陶しい舌を排除すべく押し出そうとするが。火がついた小竹に、仁科の意図は伝わらず。
「ぅ、…ン」
 応えられていると勘違いする小竹に、仁科は酸欠に追い込まれた。唇をふさがれて気づいたが、若干鼻詰まりだ。息が持たない。
 一瞬の隙を付き外れた唇から逃げるように、顔を背け肩で息をする。
「仁科…」
 甘い声で名前を呼びながら横顔に落ちてきた小竹の唇を、手のひらで救うようにして押しやる。
「……なんで名前で――」
 呼ばないんだと、そう言いかけて。
 顔を向け、言葉を止める。
 眉間に皺を寄せる。
 そして。
「――悪い、間違った」
 たっぷ三秒小竹を見据え、仁科は視線を外すようにして伏せ、謝った。
 それはもう、素直に。はっきりと。
「――――はァ?」
 背を向けて寝なおし、十秒は経っただろうところで、未だ理解できていないような驚き声が落ちてきた。
 あの上司二人が見たら爆笑するだろう演技が通用しているらしい。
「え? ちょ、それはどういう――」
「煩ぇ、邪魔すンなよ」
「おい!」
「俺は寝るんだ、出て行け」
 いつもならば、脚蹴りひとつくらい食らわすところだが。間違えてキスしましてこちらも体裁が悪いんだとのアピールを兼ねて、布団にもぐりこむ。本当に、マジで寝たい。
 深夜を回って労働させていようが、早朝に平気で呼び出す上司が居るのだ。仕掛けておいてなんだが、貴重な睡眠をこれ以上削りたくない。
「いやいや、待て待て、なんだよそれ! 誰と間違えたっていうんだ仁科!」
 お前、そいつの前ではあんなに可愛いっていうのかよ!なんて。若干予想とは違うが、怒っている小竹にほんの少しだけ満足し。それ以上に、バカなことはしなければよかったと、余計に面倒じゃないかと後悔する。
 ちょっとキスを求めただけでこれだ。上司二人が妄想していたような奇行をしたら一体どうなるのかと、仁科は想像しかけたが、あまりの恐ろしさにすぐにかき消した。少なくとも、この小竹の反応を見る限り、素直にドン引きはしてくれないだろう。エサを撒くだけにしかならなそうだ。
「そいつに出来るんだったら、俺にも甘えろよ!」
 甘えたが最後、現状は悪化の一途を辿るだろう。
 ここが自分の正念場だと、仁科は叫ぶ小竹の声に確信する。

 この後すぐに。
 しつこく食い下がり、身体を揺さぶってくる小竹にキレた仁科が実力行使で相手を黙らせたのは言うまでもない。

- END -
2012/07/01