《 Vitamin 》

 ・「水木×大和」+「ラヴラヴ」

 睡眠は3時間でいいというようなヤツがいるけれど、俺は駄目だ。一日や二日ならば出来ないことはないだろうが、常に頭痛に見舞われるだろう。ベストは7時間睡眠。
 だけど、実際にとれているのは5、6時間程度だ。今夜こそは早く寝ようといつも思うが、気付けば時間が過ぎて日付を越えているのが常だ。なので、朝は非常に弱い。なかなかに寝汚いほうだと思う。起きねばならないから起きるが、爽やかな目覚めとは程遠い。あともう少し…と、時間ぎりぎりまでベッドで粘っている性質だ。
 だけど、時どき。スッと目が覚め、頭が働きだす時がある。まるで電源スイッチが入るように。
 そんな時は大抵、隣に水木が居るので、たぶん。意識はしていないけれど俺の中で、貴重な水木に対してPEAだかドーパミンだか何だかが出てそういうことになるのだろう。
 いつもは大抵、朝は水木の方が早く起きることが多いので、こうして寝ている姿が隣にあるとテンションが上がる。まあ、半分寝ぼけて水木に擦り寄り、そのまま寝てしまうこともあるけれど。そういう時は起きた後、もったいないことをしたなとちょっと思う。
 頭は覚めても、体はまだ起ききれていない中で、しょぼつく目を瞬かせながら、眠る男をただ眺める。自分でも、乙女だと思う。伸びたヒゲを触りたいと思うのも、他人ならば気色が悪いというものだ。自分にも生える無精ヒゲを触りたいなど、バカでしかない。
 っで。バカといえば、三十後半であるこの男の若さもそうだろう。
 朝イチで、うっすらヒゲを生やしておいて、なんだこの色男ぶりは。むくみひとつ感じさせないスッとした頬が、なんだか憎い。オレより身体も精神も酷使しているのだろうに、肌艶がいいなんて詐欺だ。
 これが戸川さんだったら、ストレス知らずゆえだろうと納得できるけれど。
 そうして、そんなことを思っている中で、ふと我に返り。寝起きに何をしているんだと、呆れもする。どこまでこの男を好きなんだと、情けなく思ったり。それは、日々の暮らしの中でもあることで。時には、依存している事実に怖気たり、人生を、何十年後かの未来を描き、不安で仕方なくもなるのだが。早朝のこのひと時では、怯えは余り訪れない。とても、静かだ。
 俺だって別に、自分でも今のままでいいとは思っていない。今だけを考えれば、まだ年齢的にいくらでも未知をやり直せるし、大丈夫だろう。でも、40歳50歳になった時はどうだ。その人生に満足していようとも、心底からいいんだとは言えない気がする。きっと手に入れられなかったものを羨み、後悔だってするはずだ。
 二十歳も大きく過ぎれば、愛や恋だけでは生きていけないことを実感する機会も多く、その都度俺は未来を考える。この日常の延長が人生の終焉へ繋がる補償があっても、俺はこれを選び続けるだろうか。選び続けられるのだろうかと。いろんな時に、今の自分や水木と、違う未来へ繋がる可能性とで天秤にかける。はたして、そんな不安定さの中で、必要だとしてもその一番を手放さずに俺はいられるのだろうか。
 子どもであり続けるのならばそれも出来ただろうが。
 大人になると、諦めることが上手くなる。
 今の俺も、大事なものをいくつも諦め、ここに居る。いつ、それがこの男になるかはわからない。反対に、俺自身がまたいくつもの大切なものを失うのかもしれない。
 覚悟なんて、いつもない。
 そんなもの、いつになっても付けられるわけがない。
 選ばなかった未来に指を咥えるのも、悩んで選んだ結果なのに地団太を踏むのも、それが人生で。仕方がないものだ。誰だって似たようなものだろう。
 だから。
 だから俺は、俺が思うまま選び取れる人生ならばそれでいいじゃないかと、迷うたびに自分に言い聞かせ。失敗して泣こうが、死ぬほど苦労しようが、それが出来るのならばオレの人生捨てたものじゃないと思いたいと思っている。それは、たとえこの男が傍からいなくなろうとも、俺が離れることになろうとも同じだ。一番や二番も大事だけれど、もっと大切にしなければならないものも確かにあるのだ。
 慌しいばかりの日々の中で、成長している感覚など全くないけれど。自分が欲しいもの以外にも、自分にとって重要なものはあるんだと気づく程度には、俺も大人になったと思う。物分りがいいだとか、意気地なしだとかと紙一重の諦めでしかないのかもしれないけれど。水木だって、家族だって、仕事だって、何だって、失くせば全てが終わりになるわけではないのだから、その諦めで付く傷なんてないはずだ。寂しさや空しさはまた別の話で、何があっても結局、全て俺の人生だ。
 そのためにも、俺は自分で全てを選び続けていたい。
 ここに居る今も。
 いつか、違う場所を求めるかもしれない、その時も。
 一番でも二番でも、最悪でも、無意味でも、何でもだ。

 貴重な睡眠を削りたくは無いと思いながらも手を伸ばす。
 猫の機嫌をとるかのように、顎の下からそろりとヒゲの感触に指を刺激されながら撫で上げれば。イタズラな手を叱るように手首をとられ、そのまま引っ張られた。肘で起こしていた体が水木の上に崩れたところで、起きぬけとは思えぬ素早さで反転されベッドに押さえ込まれる。
 ホント、この男も相当バカだ。
「どうした」
「どうもこうも、俺が襲われそうになってンだけど?」
「起きるか」
 俺の髪や顔に指を這わせながら時計を見た水木が確認してきた。
「まだ早いじゃん」
 俺は早いが、水木は知らない。でも、駄目なら俺に構わずさっさと出て行くだろうから、そんなことまで気にかける必要はきっとない。無駄な気遣いだ。
 むしろ、時には俺に流されて、遅刻してみればいいと思う。
 でも、それで戸川さんに怒られ苛められるのは嫌だ。俺自身はもちろん、水木が遊ばれるのも面白くない。だから、そういう気遣いならば使ってやりたいと思う。
「遅刻したら、怒られる?」
「怒られるとしたら、お前と仲良くしてリュウに、だな」
 いたって普通に、ある意味真面目に返答した水木に、俺は声を上げて笑いながらしがみつく。なんだよそれは、面白い。
「リュウくんと張り合うのかよ」
「リュウが張り合っているんだ」
 そうか? でも、ちょっとは意識しているから、そんなこと言うんだろ? それにリュウは、お前のことだって大好きだ。張り合うじゃなく、仲間はずれで拗ねているんだよアレは。
 懐いてくれる子どもを思い出しながらそう思ったが、降りてきた口付けに免じてツッコまずにおく。
 もう少し寝たい。遅刻するギリギリまで付き合えよと言えば、起こしかけていた身体が隣に戻った。10分でも20分でも良いからとくっつき眼を閉じる。

 二十年後。もしも今と同じようなことをしていたのなら。他人は奇異の目で見るだろう。こんな風に朝から仲良くまどろんでいるなんて、他人じゃなくともオレ自身、バカだと思う。知らない奴らがしていたのなら、オッサン二人が気色悪いと思うだろう。でも。
 誰がなんと言おうと、四十代になった俺もきっと。目の前にいろんな問題があって疲れ果てていたとしても、それとは別に。水木と並んで眠っていることを幸せだと思うはずだ。

 水木が好きだ。

- END -
2012/07/01