《 Vitamin 》

 ・「水木×大和」+「デート」+「戸川」

「水木とデートをするならば、どこがいいですか?」
 戸川さんのそんな唐突な質問に、オレがまずもって思ったのはデートの行き先ではなく。この人はまた何を企んでいるんだ?の疑心だ。当然だろう、こういうからかいは日常茶飯事で、そのまま厄介に巻き込まれたことも1度や2度じゃない。
 二人で行きたいところはないんですか?やってみたいことは?と重ねられる声に、急に言われても思いつかないと答えながら、警戒を強める。今ここでどこどこへ行きたいと言ったらどうなるのか。無理やり言わせた願いを蹴散らして笑うのか。それとも、お眼鏡に適ったら、水木の予定を空けてくれるとでも言うのか。
 とりあえず、面白半分で訊いている事に間違いはないだろうと、オレは「水木と夢の国というのも案外面白いかもしれませんよ?」という男に、極力楽しませない答えを返す。反応したら、負けだ。たぶん。
「いや、でも、一緒のオレは面白くないですよそれ」
 あのファンシーな世界の中で、あの男を引き連れて遊びまわる根性はあんまりない。そりゃあ、行けば行ったで楽しいだろうけど、この戸川さんの前段階があっては萎縮して当然だろう。出来る限り遠慮する。
「でしたら、映画でも?」
 いやいや、あの男と改まって何故に映画を。しかも、何を見る? アクションですか?ホラーですか?恋愛モノですか?
 それも無いよなぁと首を捻れば、次の提案を示されて。いつの間にか戸川さんの話に乗り、真剣にアレコレ言われるがまま妄想し丁重にダメだしをしていたら。
「まあ、いきなりな話ですしね。また今度も機会はあるでしょうから、その時まで考えておいてください」
「は?」
 向き合って座っていた戸川さんが、あまりにも否定ばかりするオレに呆れたのか話を打ち切り、そう言って立ち上がった。
 そして。
「と言うわけで。本日は私のプランで行きましょう」
「……ハイ?」
 戸川さんのプラン? って。結局アンタの思惑通りなのか?
 …いや、それよりも。
「…本日って、なに?」
「ですから、デート、ですよ」
 にっこり笑ったその顔は。やっぱり、さわやかなのに胡散臭いいつものそれだった。


「……暑ィ」
 車を降りた途端に照りつける太陽に、思わず愚痴る。
 本当に愚痴りたいのは、初夏の癖に高い気温でも紫外線でもなんでもなく、あのフザケタ男になのだけど。
 結局こうなるんだと。いつだって、あの人の成すがままなんだと。
 水木と二人、バカ広い公園にマジで放り出された俺が叫ぶのは当然、戸川さんへの悪態だ。勿論、心の中での叫びだけど。
「とりあえず、行くぞ」
「ああ」
 突っ立っていても仕方がない。戸川さんに押し付けられた荷物を持つ水木に促され、木陰が続く散策道を選んで進む。
 考えようによっては、数時間とはいえ、水木との時間を与えられたことは嬉しい結果ではある。ただ、それに戸川さんが嬉々として関わっているとなると、複雑すぎる。
 しかも。公園デートを強要されるって、どうよ?
 これなら、映画の方がマシだろう。この男を、太陽の下に晒していいのか? なあ?
 本当に、何を考えているんだ、戸川さん…。
 五月の爽やかさに包まれた中、鬱屈を抱えて散歩をしている自分が虚しい。隣の男はこの事態をどう思っているのだろうか。
「…あのさ、こんなこと言いたくはないんだけどさ」
 明らかに仕事中だっただろう水木を、戸川さんはどう説き伏せたのか……いや、きっと問答無用で連れ出したのだろう。戸川さんの言うがままにここに居るのだろう男に、俺は溜息を吐く。
「アンタ達のじゃれあいに、俺を巻き込むなよ」
 平日なので人は少ないが、その中では母子の割合が多く、何だか奇異の視線を向けられているかのようで居た堪れない…。スーツ姿だがサラリーマンには見えない男前と、その辺のどこにでもいる学生風の男の組み合わせを何と思っているのだろうか。
 意識しすぎだと思うが、水木はムダに目立つ男なのだから仕方がない。
「善処はしているが、俺のそれは戸川には通じない」
「……自信満々に言うな」
「自信じゃない、事実だ」
 淡々と言い肩を竦めた男にムカつき、「…負けるなバカ」と二の腕に拳を当ててやる。開き直っているアンタはいいが、巻き込まれる俺はどうなんだよ、オイ。

 日差しを遮るものがないからか、広い芝生の上に人影はまばらだった。さらに人目を避けようと幾つものレジャーシートが広げられている周囲の木立か離れ、暑さを堪えて炎天下を選び腰を下ろす。
 疲れた。
 早くももう、疲れた。限界だ。
「汚れるぞ」
 水木が手にしていた荷物を降ろし、その中から取り出したレジャーシートを力尽き寝転がった俺の上に放る。
「いいんだよ……アンタは、まあ、ダメだな」
 高そうなそのスーツが汚れては流石に不味いと、寝転がったままシートを広げ横へ敷く。折角広げたのでそのままゴロリと一回転してシートの上に寝なおしたところで、腕をとられ身体を起こされた。
「ちょっ、ナニ?」
「やるぞ」
「は? いや、別にいいよ」
「折角持ってきたんだろうが」
「持たされただけだろ、戸川さんに――って、オイ!」
 もう、どうせそんなに時間もないのにゴロゴロしていればいいじゃないかと、力にものをいわせて立ち上がらされながら提案するが聞き入れては貰えず。
 戸川さんもからかう意味だけで持たせたのだろうバドミントンのラケットを手に、俺は心底ウンザリする。
「……マジかよ、ったく…」
 自ら提案しての事ならば楽しかっただろうが。お膳立てされてのこれが面白いわけもない。
 ジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずした男にバカだろうと呆れる。リュウ相手ならばともかく、俺が喜ぶと思っているのか。お前も楽しいのかよ。
 燦々と輝く太陽の下、真昼間からヤクザ男がバドミントンなんてコントだろう。
 それでも、遊んでいるうちにやる気の無さは飛び去って、気付けば懸命に俺はシャトルを追いラケットを振っていた。サークルとはいえ、現役テニス部員を舐めるなよ、だ。
「うわッ! 上げすぎだバカッ!」
「取れ」
「だったら、ちゃんと打ち返せよ――アンタこそ取ってみろよホラ!」
 下手なところに飛ばされ文句を言い、難しい場所に打ち込んでやる。空振りをした水木を笑い、ミスった自分に悔しがる。
 30分もすれば息が上がるほどで、顔も体も汗が流れ落ちていた。……アホだ、俺。これだと、まんまと思惑にはまっている感じじゃないか。畜生。
「…も、ムリ…ギブ」
「昼にするか」
「……いや、それもムリ…」
 荒い息でシートの上に倒れた俺の横に座った水木が、荷物の中から弁当を取り出し、手にした冷たいペットボトルを俺の首に押し当てた。
「…飲みたい、開けて」
「起こしてやろうか」
「起きるよ」
「飲ませてやるぞ」
「……バカだろ、マジで」
 何だこの男の余裕は。同じだけ運動したのに、その涼しさは何だ。シャツに汗染みを作っておきながら、スポーツとは無関係な顔をしている。詐欺だ。
 体力か、精神力か、その他の何かなのか。ここまでくれば比べるのもバカらしいが腹が立つことに変わりはなく、意地で身体を起こしペットボトルに口をつける。
 炎天下に置いていたがクーラーボックスにでも入っていたのか、冷えたスポーツ飲料をがぶ飲みし一息つく俺の横に、水木が広げた弁当が鎮座した。12時を大きく回っているので確かに腹は空いているが、食欲は湧いてはこない。流し込んだ水分で充分な感じだ。
「…こりゃまた、豪勢なことで」
 いや、ホントあの人もバカだ。バカすぎる。何を用意してんだ、オイ。普通に、おにぎりかサンドウィッチでいいじゃないか。
 三段重ねの弁当箱に並ぶのは、料亭で作らせたのか?と思うような豪華メニュー。正月か?ってな感じだ。完璧、御節。
 火照った身体では、受け付けがたい。
「食え」
「アンタがどうぞ。この後仕事だろ、しっかり食え」
 今日はバイトもないので、この後迎えに来る戸川さんに再び捕まらない限りは、俺は家に帰れるが。水木は強制デートの疲れを取る間もなく、夜中まで仕事に拘束される身だ。運動の疲れもなさそうだし、どうぞ遠慮せずガッツリと、全部でもいいので食べてくれ。むしろ、食べろよと押しやる。鮮やかすぎる弁当は、見ているだけで何だか疲れる。
「こら、箸使えよ」
「旨いぞ」
「そりゃ、高そうだもんなぁ。ってだから、箸だって!」
 指で摘み口に放り込む水木に、行儀が悪いと箸を取り出し渡してやる。…って、オイ。何故口の端だけで笑うんだ。感じが悪い。
「どれが良い、食わせてやる」
「要らねーよ!」
「なら、自分で食え」
「……」
 渡した箸は、有無を言わさぬ圧力に押され、オレの手に戻ってきた。今度はきちんと新たに出した箸で鰆だろうか焼き魚を口に放り込む水木を恨みがましく見てやるが、さらに食べろと威圧される。観念するしかないようだ。
「わかったよ…いただきます」
 目に付いた出し巻き卵を齧ると、少し甘めの出汁が口の中に広がった。普通に美味しい。
 そうして、ちまちまとだが少しずつ箸を進めていると。
「付いている」
「ん?」
 不意に伸びてきた手に、箸を咥えたまま首を傾げる。
 近付いた手が俺の顎あたりに少し触れ、そうして離れていく水木の指を見れば。そこには白いご飯粒が――ってッ!?
 その指が水木の口へ届くよりも早く、パシンッと叩くような勢いで俺は掴み取り引き寄せる。猫パンチ真っ青な素早さだ。
 だが、厚い手は片手では引き寄せ難く、両手で握った上に顔を近づけ舌も伸ばし素早くその物体を取り去る。時間との戦いはオレの勝利だ。
 危なかった…、と。恥ずかしすぎることをされるところだったと。水木の意図を察した瞬間にその阻止を判断した脳が突き動かした身体は、水木の思惑を完璧に打破することに成功して。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、俺はイタズラな手を開放して顔を顰める。
「バカなことをするなよ、恥ずかしい」
「自分が舐めとるのは恥ずかしくないんですか?」
「うわああッ!」
「とっても楽しそうなところを恐縮なんですが、時間になりましたので迎えに来ました」
 食事の途中にすみませんねと、全然全く済まなさそうな雰囲気ひとつなくオレの背後から現われた戸川さんを、俺は跳ねた心臓を押さえながら振り仰ぐ。もっと普通にわかりやすく近付いてきてくれ――って。え?
「お弁当、美味しかったですか?」
 頭を逸らして上を向いたオレを覗き込むように見下ろした戸川さんが、猫でもなでるように顎の下から細い指を滑らせ、俺の口元を指で押した。
「今度付けていらっしゃったら、是非私に取らせてくださいね」
「は?」
「おべんとう、貴方がしたように舐めとってあげますよ」
 離れる指が、今度は戸川さん自らの唇に置かれたのを見て。
 今さっきのことを反芻して。
 弁当を見て。水木を見て。
「ッ!!」
 自分が何をしたのかを認識し、一気に羞恥が襲ってきた。水木が摘んだご飯粒ばかりに気を取られた結果、俺もまたなんとも恥ずかしいことをやらかしてしまったようだ。口で取り返すって、バカだろ俺ーーッ!!!!
「あ、あ、あの…、その、今のは…」
「食え」
「食えねーよッ!」
 戸川さんに弁解をしようとしたが言葉は何も出てこなくて。しどろもどろな俺の前に、目の前のいじめが見えていないのか能天気にも、箸で摘んだ筍をオレの口へと運んでくる水木に八当たりを見舞う。状況を読めよこのバカが!

 その後。
 時間の都合も確かにあったが、水木と面と向かって食事を続ける厚顔さもなく。早々に戸川さんプロデュースの公園デートはお開きに。
 そうして、別の車へ乗り込んだ水木を見送り、俺は戸川さんに自宅まで送って貰ったのだけれど。
 止めておけばいいのに、どうしても気になって。ついつい、今日のこれは何だったのかと訊いてみれば。
「先日、水木が千束さんとデートをしたいと言っていましたので。私からのプレゼントです」
「は? え? 水木が、ですか」
「もちろん、アレも大人で駄々を捏ねる子どもではないので、口には出していませんがね」
 長い付き合いなのでわかるんですよと、ハンドルを握る戸川さんの横顔を、俺は「…嘘だろソレ」と眺める。確かに水木の思考回路など完璧に読み取っていそうな人ではあるが、それを汲み取る人ではない。水木の無言はきっと、戸川さんの仕打ちを飲み込む必要時間だろう。間違っても、あいつが俺とのデートをこの人に強請るわけがない。オレが戸川さんに遊ばれるのを、楽しんではいないのだから。
 でも。そんなツッコミはしない。俺だって、自分が可愛いので。
「……そうですか」
「ええ、そうなんです」
「…………」
「どうでしたか? 時間が少なくて申し訳なかったのですが、公園デート、少しは楽しんでいただけましたか?」
「ああ、まあ……暑かったですけども」
「ああ、確かに熱かったですね」
 いいですねぇ、羨ましいと。意図的にオレの返答を摩り替える男に言える言葉などなくて。俺は解明しない懸案を追及する気力もなくし、シートに身体を沈める。
 いや、もうなんでもいいや…。
 とりあえず、まあ。
 明日、筋肉痛になったら。
 戸川さんを恨もう。
 勿論、心の中でだけど。

 俺に出来るのは、そんなことくらいだ。
- END -
2012/06/17