お題 「筑波×保志」+「玩具売り場」+「童心」
言葉の無い国

 出掛ける準備をしていると、まだどこか眠たげな筑波直純が声を掛けてきた。
「今日は遅番じゃなかったか?」
 自身ですらわからなくなる不規則な僕のシフトを、この男はよく把握している。休む事などあるのだろうかと思うほどアレコレ考え動き続けているようであるのに、不要な事まで組み込むとは大した余裕だ。それとも、そんな事を叩き込んでいるから忙しいのだろうか。
 何にしろ、僕と違って働き者だ。
「出掛けるのか?」
 乱れた髪をかきあげながら問いを重ねる男に頷き、出勤前に寄るところがあるのだと説明する。先日、職場の林さんに貰ったクジが当たったので、その礼に彼の息子へ贈る品を調達せねばならないのだ。週末が誕生日らしい。
 僕のその答えに、まだ着替えも済ませていない男が「俺も行く」と言い出した。
「時間はある。もとから送るつもりだったんだ」
 笑うよう、小さく唇を歪めた筑波直純が寝室へと戻っていく。本気で出掛けるらしい男の気配をその場で探り、リビングの時計を見上げ、僕は出来た時間を持て余しソファに腰を降ろす。
 彼が着いて来た所で、別段、問題はない。問題はないが、役に立つわけでもないだろう。僕には必要がない。
 用もないだろうに、態々行きたいところでもないだろうに、変わった男だ。それとも、用があるのだろうか。子供が居ると聞いた事はないが、子供の知り合いは居るのかもしれない。
 ならば。どちらかと言えば乗り気ではない僕の代わりに、適当に品物を見繕ってきて欲しいものだ。何より、こういう事は、僕よりも適しているだろう。
 これは名案だと、僕はその思い付きに喉をならす。手間が省けると。だが、流石に筑波直純一人に行かせる訳にもいかないのはわかるので、指でソファを弾きながら大人しく男の支度を待つ。
 頭で一曲演奏を終えた頃に、ノーネクタイ姿の待ち人が現れた。僕が立つ前に、行くぞと先に足を踏み出す。僕に付き合うというよりも、僕を付き合わされているような雰囲気の後ろ姿に肩を竦めたのは言うまでもなく。
 やはり、お使いをさせるべきかと。背中を追いながら本気で思ったのは、僕だけのせいではないはずだ。

 開店したばかりの平日のデパートは、当然ながら客は少なかった。予想通り、玩具売り場となれば更に少ない。
「どんなものが良いんだ?」
 僕の怠惰さを感じ取ったのか、通路に立ち辺りを見回した筑波直純は、躊躇いなく低い棚の間へと入り込んでいく。率先して動く男の後を着いていきながら、ここはこの男に任せておくのが無難だと思う。贔屓目を抜きにしても、ぬいぐるみを手にとるその姿は、悪くない。
 男の子ならばアクションものかと隣の棚へと移り、懐かしいなとキャラクターを指差す笑顔が微笑ましくさえある。
 兄弟が居るのならボードゲームもいいんじゃないのかと、箱を裏返し説明を読み込んでいる様子が面白い。
 パズルやブロックは既に持っているだろうし、屋外での遊具は怪我を考えると下手に贈れないよなと、真剣みを帯びだす横顔に喉が鳴る。
 本当に誰の買い物なのか。
 ハードを持っているのならばソフトでも良いなと、ゲームコーナーに足を踏み入れ、サンプルゲームを始めるに至っては、最早自分が何故ここに居るのかさえわからなくなる。コントローラーを手に格闘する男の横で所在なさげに立っているのもなんなので、太鼓に向かってみる。曲に向かって撥を打つと、何故かニャンと音が上がる。意味不明だ。
 これでは出勤前に疲れると、途中で撥を置くが、横の男はまだモニターに向かっている。こちらも意味がわからない。
 ゲームでも、プラモデルでも、何でも。男には、幾つになってもそういうものを楽しむ心があるのだろうし、それらを趣味にしている者は思う以上に多いだろう。
 だから、別に。面白いのであるならば、それでいい。僕としても、問題はない。
 しかし。こんなところでうろつき遊んでいて構わないのだろうか。それは、疑問だ。
 ヤクザとて、子供がいれば玩具屋ぐらい行くだろう。職場で禁止令など出されていないだろう。だが、格好のつくものではないと思う。
 恋人の、ヤクザの癖に面子など気にもしていないところが、好ましく思う反面、呆れが浮かぶ。
 この男、何をこんなところまで付いてきているのだろうなと、改めて思いながら僕は足を踏み出す。気付いた筑波直純が、未練はないのか直ぐにコントローラーを置き追ってくる。
「決めたのか?」
 横に並んで掛けられた声に、購入せねばならない事を思い出す。いや、忘れていたわけではないが、どうでもよくなりかけていたのが事実。
 そうだったなと足を止め、丁度そこにあったラジコンの箱を眺める。五歳児には早いのかもしれないが、父親が一緒に遊ぶだろう。適当に眺め、子供の手でも乗ると思われるほど小さなヘリコプターの箱を取る。よく見ると昆虫のような形だ、面白い。
「へぇ、こういうのがあるのか」
 飽きない男が並ぶ商品を手に取り言葉を並べる。昔は子供には与え難い程度に値が張るものだったのになと、吟味するように中味を見比べ、ひとつの箱を腕に抱く。
 財布を取り出す様子にまさかと思ったが、案の定、筑波直純は僕と同じようにそれを購入した。興味半分、呆れ半分でどうするのかと聞くと、「遊ぶに決まっているだろう?」と首を傾げる。
 誰が遊ぶのかとの問いを重ねる気にはなれなかった。

 出勤と同時に約束の品を渡すと、林さんは「ホントに買ってきたのか」と笑った。
「お前がどんな顔でこれを選んでいたのか、見たかったなぁ」
 そうからかう男に、僕は肩を竦めこっそり息を吐く。問題にすべきは、僕ではなくあの男だ。
 悪くはなかった。微笑ましくさえあった。
 だがそれでも、僕は筑波直純のあの姿は余り見たくはなかったように思う。
 あれではまるで父親みたいではないかと、今更だが改めてそう感じる心に蓋をして、僕は軋む椅子に腰を降ろした。
 ただひとつ思うのは、疲れた、それのみ。

 慣れないことは、するものではないし。見るものでもない。

- END -
2008/05/28
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