お題 「水木 VS 隆雅」+「おバカ」
Vitamin

「エイジばっかりズルイの!!」
 小さな子供の反撃も、水木瑛慈には何の効果もない。
 高い声で叫んだ隆雅を一瞥しただけで、口を開くことなく書類に向き直る。
「ボクもヤマトくんに会いたいの!」
 それでズルイというのならば、言い掛かりに近い。非難されるほども、自分は彼に会っていない。
 耳に届く声に、頭の隅でそう返すが。水木の意識は手元である。
「ヤマトくんのところに行きたいの!」
 全てにおいて意見が通るといった環境ではないのは、この子供とて同じだ。だが、制約は自分の方が多い。これもまた、言い掛かりだ。彼に会いに行ける確率は、この子供の方が高い。
「エイジばっかり、ズルイよ!」
 同じ科白が繰り返される。いい加減、飽きないのか。子供とは大したものだ。
 だからと言って、感心してはいられない。
 大人の面子として、負けるわけにはいかないだろう。だが、面子を守るのは自分ではない。
 あえて騒ぐ隆雅を相手にせずに居た水木は、若林が宥めて彼を連れ出す間も仕事を進める。
 そう。もとはと言えば、若林が隆雅のおねだりを却下したのがそもそもの始まりなのだから、遅すぎだといえる対応でもある。だが、指摘はしない。すれば仕事が増えるのは必至だ。
 騒がしい子供と食えない同僚が部屋から去って漸く、水木は手を止め視線を天井へ投げた。首の筋をコキリと鳴らし、椅子の背にもたれる。
 子供の声を耳奥に蘇らせ、自分は単にとばっちりをくらったに過ぎないなと思いながら煙草を取り出す。控えていた部下が差し出した火を使い、紫煙を飲む。
 隆雅が件の青年を訪れただの、遊んだだの、何だの。そう言った話はよく聞く。自分が彼と過ごすのは、それ以下だ。ズルイと言えるのならば、言うべきは自分の方ではないだろうか。
 どうして、オレが責められるのか。水木は白い息を吐き出しながら思う。
 いっそ、同じ言葉をあの幼子に返してやろうか。
 いや、するのならば、あの子供と同じように。食えない同僚に、あの青年に会いたいのだと訴えるべきか。駄目だと言われたら、泣き叫ぶか。
 しかし、それをしたところで希望は叶うまい。なにせ、あの幼子ですら阻止されたのだから。
「風邪気味だと訊いていたが、充分元気じゃないか」
 賑やかだと笑いながら部屋に入ってきた戸川が、控える男に「コーヒー」と指一本で命令した。訓練された犬が出て行くのを見送り、水木は煙草を灰皿に押し付け、デスクワークを再開する。
「まだまだ退きそうになかったぞ王子は。クルミは暫く戻って来れないな」
 遣り取りを見ていたわけでも聞いたわけでもなく、騒がしい声だけで事態を予測したのだろう。二人に会っていないはずの戸川がそんな事を言って笑う。
「お前が宥めろよ、エイ。クルミに任せていたら、捻くれるぞ」
「あいつが泣かせたんだ」
「だが、王子の矛先はお前だろう」
「あいつは、自分が会っていない時間は、大和は俺に会っていると思っている」
 だが、実際にはそんなことはない。
 だから、謂れのない非難を相手にする意味がない。
 そう切り捨てるような判断を示した水木に、戸川は笑みを消し、小さく首を傾げた。
「そこまでバカじゃないだろう」
「バカじゃなくとも、子供だ」
 ズルイと言われたと顔も上げずにそう言った水木だが、戸川の低い溜息に手元から視線を外す。
「違うな、ガキでもわかるのさ。千束が誰を一番に思っているのかをな。『ボクの方がヤマトくんと仲良しなのに!』ってな感じで歯痒いんだろう」
 そう言って、戸川はニヤリと笑う。勿論、それが誰をさしているのか、水木とてわからないほどのバカではない。だが、それこそ言い掛かりだ。自分の方こそ、その仲の良さを面白くないと思ってしまうことがある。幼子相手に、嫉妬する。
「エイジ、一度言ってみたらどうだ?」
「…何をだ」
「王子に、真実をだ。『大和は俺のものだ』とな」
 からかう戸川の声を右から左へ流しながら、バカはここに居たかと水木は目を細める。あの青年と自分だけではなく、その触手を隆雅にまで伸ばしてこの男はどうするのか。
 そもそも、あの幼子をからかえば、若林が黙っていないだろう。いい歳になるのだから無意味な遊びは控えろと、口には出来ない小言を胸中でもらしながらも、水木は書類を裁く。
 気付けば、コーヒーを運んできた男が戸川に捕まり、何やらひたすら謝っていた。その光景を見ながら、今頃はバイトに勤しんでいるのだろう青年を思い浮かべ、水木は思う。
 もしもここに彼が居たら。
 あんた達は何をしているんだと、心底呆れるに違いない。
 きっと、全員まとめて。
 馬鹿だと評価されるのだ。

- END -
2008/06/26
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